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第5章 音のない世界で、君を聴く

 目が覚めたとき、世界はやけに静かだった。

 鳥の声も、風の音も、なかった。

 けれど、胸の奥では、なにかが鳴っていた。

 あの日の紬の声が。


 彼女がいなくなった朝、

 街はいつも通りに動いていた。

 誰かの笑い声、信号の音、遠くの電車。

 それらすべてが、やけに遠く、空洞のように響いた。


 葬儀の日、蒼真は何も話さなかった。

 ただギターケースを抱え、ずっと座っていた。

 花の香りと、白い光の中、

 紬の笑顔だけが、写真の中で変わらずにいた。


 夜、帰り道。

 ポケットの中のスマートフォンが震えた。

 通知――動画投稿サイトから。

 「“紬と蒼真”の新曲が、急上昇中です」


 震える指で画面を開く。

 再生数は、数万を超えていた。

 コメント欄には、

 「涙が止まらない」「この声、消えないで」「もう一度聴きたい」

 そんな言葉が、幾千も並んでいた。


 蒼真は、息をのんだ。

 “紬の声”が、世界のどこかで、

 知らない誰かの心に届いている――。


 あのときの約束を、

 彼女は、ちゃんと果たしていた。


 音は、死なない。

 声は、残る。

 そしてその声が、誰かの涙をつくる。


 ――それが、紬の生きた証なのだと思った。


 蒼真は机の上に、録音データの入った古い端末を置いた。

 再生ボタンを押す。


 『ねぇ、蒼真。もし、私がいなくなっても――』


 その声が流れた瞬間、

 部屋の空気が、柔らかく震えた。

 涙が頬を伝っても、止まらなかった。


 「紬……」

 名前を呼ぶと、

 スピーカーの奥から、風のような息づかいが返ってきた気がした。


 その夜、彼はひとりでギターを弾いた。

 弦の上で音が跳ね、震え、消えていく。

 でも、そのすべての隙間に、紬の声がいた。


 彼女が笑っていた。

 彼女が泣いていた。

 彼女が歌っていた。


 音が止まるたびに、心が痛んだ。

 けれど、痛みの中にだけ、確かに彼女がいた。


 翌朝、蒼真はスマートフォンを手に、

 “投稿”ボタンを押した。

 新しい動画――

 タイトルは、

 『音のない世界で、君を聴く』


 画面の奥で、再生回数がゆっくりと増えていく。

 コメント欄には、見知らぬ誰かが綴っていた。


 「この曲、どこかで聴いた気がする」

 「歌ってる子の声、優しいね」

 「亡くなった恋人を思い出した」


 見知らぬ誰かの“涙”が、画面越しに届く。

 その瞬間、蒼真はようやく理解した。


 ――紬は、消えていない。

 彼女は、音の中に生きている。

 再生ボタンを押すたびに、息づいている。


 だから、彼は今日も弾く。

 誰かがまた、彼女の声を見つけるまで。

 そしてその“誰か”が、また別の誰かにその音を渡すまで。


 世界は静かだ。

 けれど、その静けさの奥では、確かに鳴っている。

 音にならない音。

 届かないはずの声。

 それでも、聴こえてくる。


 ――君の歌が、まだ、生きている。

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