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プロローグ

毎日地道に完結まで更新していきます。

新しい年が始まる。それは悲劇の始まりだった。

いまでもあの日のことを後悔している。

偏差値なんてあってないような大学を卒業して、就活して最初に内定をもらった会社にとりあえず就職した。そこまではよかった。

西暦2023年4月。入社式。遅刻してしまった。

家は余裕をもって出た。近くの駅のホームまでは時間通り。

でも、気になってしまったのだ。

線路になにか落ちている。いつも見ないようにスマホの画面に集中していたのに、その時だけはどうしてスマホの画面から目をはして線路の下を見てしまった。

ペットボトルが転がっている。別に珍しい光景ではなかったが、なんと中身が残っていた。

その捨てられたペットボトルのことが気になって、電車に乗り過ごしてしまった。

僕は落ちているものが気になってしまう癖があって、ほかの人からしたらゴミみたいに見えるようなものを拾って帰る。

食事でも米粒や料理を残すことができない。そのせいで標準体型よりはちょっとぽっちゃりしている。

そのあとも、今日に限って落ちているゴミが気になって気になって仕方がなかった。そのなかのいくつかを拾ってカバンに入れた。

入社式の時間を1時間過ぎていた。

名前を名乗って会場に入ろうとしたら、「お入りください」と苦笑された。

なんで苦笑されたのだろうか。そのときは分かっていなかった。

入社式はほぼ終わっていて、新入社員向けに配属先の上司がやってきて説明をしてくれた。

そのとき、周囲から笑い声が聞こえた。僕を見ている?

なんだろう。

隣の男が言った。「ネクタイどうしたの?」

見てみると、ネクタイに切り傷が。

「あ、自動販売機の下に落ちていたものを拾おうとしたときについたんだ」

それを聞いて、女子社員たちはクスクス笑う。

それ以来、社員たちには自販機の人と陰口をたたかれるようになった。

ただそれだけのこと。人によってはそうかもしれない。

でも、これまで就活以外まともに成功したことがない僕にとっては十分だった。

学校では落ちているものを拾って靴箱なんかに入れていたら、「ゴミ拾い係」というあだ名をつけられて、いじめられた。どう見てもいらないゴミを持って帰るように言われた。

違うんだ。僕は自分が樹行ったものを集めたいだけなんだ。

でも、そのせいで僕はいじめられる。新卒で入った会社では陰口をたたかれる。

学校よりはましだ、そう思ってなんとか会社にいった。でも、どんどんつらくなっていった。

「自分がゴミみたいな人間だからゴミに愛着もっちゃってるんじゃないの?」と女子の言葉が聞こえた。

その言葉を聞いて、我慢の限界だった。

でも、僕には女の子を殴る勇気なんてない。いや、そんなことはしちゃいけないんだ。

そのことをいう友達もいない。

いま振り返ってみると、あの落とし物が気になったのは自分が落とし物になる未来を予告しているように思える。


女子社員が笑っているのを聞くと自分が笑われている気がしていたたまれなくなり、ゴールデンウィークを迎える前に退職代行を使って仕事を辞めた。

それからはニート一直線。新しく仕事を探すつもりもなく、都内の実家にいた。

とはいえ実家にこもっていたわけではなく毎日散歩していた。おかげで体も少しやせた。

でも癖はなくならなかった。散歩のたびになにかを家に持ち帰るようになった。それを自分の部屋においたのでもともとキレイとは言えない部屋はますます汚くなっていった。

僕は片付けが苦手だった。なんというか、捨てられないのだ。

捨てようとすると、「まだ使える」「もったいない」

小学生のころに使っていたコップもまだ捨てられないままでいる。

そんな感じで2年間ニートをして、大雨や雪の日以外は毎日散歩をして落ちているものを持ち帰ったら部屋から異臭がするようになった。たくさんものがありすぎて原因はわからなかった。

「片づけなさい! 今日中に片付けなかったら追い出すわよ!」

母親の冗談だと思って流した。でも、それは冗談ではなかったみたいだった。

「大学卒業させるのにいくらかかったと思ってるの?」

僕はこれまで何度も母親の期待を裏切ってきた。高校受験でも志望校に入学できず、当時授業料が無償化されていなかった私立の高校に入学した。大学も私立のたいしたことない大学に入り、1年間留年までしてしまった。

やっと入った会社も初任給を受け取ることなくやめてしまった。

ずっと恩返しがしたかった。でも、その機会はついに訪れることなく、僕は邪魔ばかりしていた。

母親の長い説教、本音を聞いて僕は「もういいや」と思ってしまった。

「出ていきなさい!」

「わかったよ。でも、荷物は持って行かせて」

僕の返事に母親は意外そうな顔をしたが引き留めるようなこともなかった。

僕が出ていけばゴミみたいに見える荷物は母親に捨てられてしまうだろう。

僕には捨てられないから母親に代わりに捨てもらう。

本当に大切だったんだろうか? 

本当に大切なものは何だったんだろうか?

僕はどうでもいいものを守るために大切なものを捨ててしまったんじゃないか?

僕が家を出ていくとき、母親は心配そうな顔をしていた。

「行ってきます」

仕事を見つけてなんとか生計を立てられるようにしよう。母親にこれ以上迷惑を掛けたくはなかった。

部屋から持ってきたどうでもいいガラクタの一部を大きなリュックに詰めて持ってきたから移動するだけでも大変だ。

季節は夏。炎天下の日差しが苦しめる。

水が欲しい。

幸い、日本は水が豊富にあるから水くらいは公園でもどこでも飲める。

今日はどこで寝ようか。

そんなことを考えながら公園のベンチに寝転がろうとしたら、一人分ごとにひじ掛けみたいなのがついている寝転がるのが難しいやつだった。

でも、問題はない。

なぜかというとブルーシートを持ってきているからだ。

このブルーシートも拾い物で、前に花見の時に敷かれて置き去りにされていたものだ。

この上に寝ればいい。いまは夏だし、布団はいらない。冬になったら? それまでにはなんとかしよう。



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