【針の上で天使は何人踊れるか《シースレス・エンジェル》】
吾輩は月である。
正確に言えば、宇宙の底に存在する『在界の月』だ。またの名を地球から在界に送り込まれた人工知能『賢者の方舟』。
元々は『原初生命体・プリモ』と共に在界の調査任務に向かっていたのだが、艦船が瘴気に耐え切れず爆散。部品が宇宙空間を漂う事になった。
まあ、そこから自己進化型コアが上手い具合に作用し、マナ溜まりである『在界の月』と融合して稼働を続けているのが現状である。
在界に不時着したプリモの方も、治療院の総裁メリディエースとして楽しくやっているようだし、悪くない結果だろう。
吾輩からしても……在界は眺めているだけでも興味の種が尽きない。地球のように管理された星ではなく、個人の意志がぶつかり合う不完全な場所。
これこそが世界だ。
『そう思わないかね、ステファノス?』
『ユーと長話をするつもりはないよ』
『クククッ、臆病だな!やはり、振る舞いほどの余裕はないか!……いや、すまない。考察の答え合わせができる機会など、なかなか得られなくてね。つい、興奮してしまった』
自由に動き回れる君達と違って、傍観者は暇なのだよ。
『賢者の方舟。今からユーを破壊する』
『ああ、そうだろう。黙示録なら瘴気の海を抜けて宇宙を移動できる。吾輩の本体を発見できたのなら、むしろ狙わない理由がない!』
『……意外なレスポンスだ。私達はユーにとってのエネミーではないのかな?』
やはり、同じく道具として生まれた黙示録にも吾輩の内面は理解できないようだ。吾輩は地球の技術者達の設計思想に従っているだけなのだがね。
『吾輩は機械。樹から落ちる林檎の如く、予めプログラムされた通りに動くだけだ』
全ての生命が終わる日まで、生存可能領域である在界の記録を残す事。それが吾輩に与えられた唯一の存在意義。
『破壊されそうになったので自己保存の為に全力で抵抗させて貰ったが、恨んだり悲しんだりはしない。……不服かね?』
吾輩が在界の月に構築した防衛システムでは、ステファノスを倒す事ができなかった。確率を手繰り寄せるディザイアは手強い。
『ユーと話せて良かったよ。自分がまだ一介の生物に過ぎない事をコンファームできた』
ステファノスが在界を見下ろした。
『地上も計画通りに進んでいるようだね。ようやく、イレギュラーを封じられる』
体外のエネルギー反応が増大。大規模な権能を行使しようとしている。
『さあ、始めよう。私達がこれまで各地にセットしてきた楔をコアとして、摂理をリライトする』
時間経過で消えるべき終末世界を強引に維持するシステム。超越者が1箇所に集まりつつある今、広範囲に打たれた楔に対応できる者はいない。
『新編──|公正■■■■■■■■世界』
終末が在界を包み込む。同時に吾輩の存在も上書きされ、消えていく。
『これにて、終焉』
吾輩はただ最後まで記録し続けた。
『ちょっと、異能連盟!?歌姫のあちきは最後に現地入りするものぽよ!今すぐ、リ・ス・ケ!口伝──釣り合わない貿易!!』
車椅子の縦ロール女──遊泳のネライダ・ソウルキスがマイクを掲げると、巨大な鯨が生物を象った彫刻を呑み込んでいく。
ショベルカーで砂場を掘り起こすような光景だと思った。あれで少しは偽典が減っただろうか。
黙示録との戦いで最も厄介なのは数だ、と僕は考えている。
偽典と烙印者。元を断たない限り、上位者に匹敵する強さの忠実な駒が増え続けるのだ。突破するのは容易ではない。
前の世界の経験に学んだ今回は、数減らしの為に砂紋部隊や各国の上位結社も動員している。万全の布陣だ。
『連結絡繰天蓋コグスパイア』
だが、ここにいるのは僕達だけではない。敵側の主力もアガルタ遺構に辿り着いている。
『ふっ、邪魔よ。大物を狩るのが我の仕事』
『ミセリコルディア……!』
紫と桃色の髪が靡いた。歯車が噛み合った巨大な機構が鯨の横腹を深く切り裂き、人の可聴域を越えた悲鳴が響き渡る。
『奇遇であるな。失伝──突撃する地表』
褐色肌の男の触れた地面が隆起し、長大な塔となってミセリコルディアの歯車と衝突した。
『この世の大地は全て当方の領土。花唇にも貴公らにも渡す道理はないのである』
版図のへー・ランプラー。
シグネットは土。ライフワークは執筆。女王と鎬を削っていた残体同盟の旧世代。
『しかし、当方が以前より声高に唱えていた異界からの侵略者はやはり実在したか』
そして、重度の陰謀論者だ。
『こうなると、全人類異能者計画も未来人もドッペルゲンガーも月面改造要塞も異世界召喚も本当に大切なモノは近くにある説も……』
『最後のは、もはや陰謀論ですらないね~』
アスナヴァーニイがボロボロになった白衣の袖を振る。
ステファノスとグロリアを除く遺失支族が、この場所に集結していた。それを追うように超越者達も集まってくる。
全員が浅くないダメージを負っており、こちら側は足止めや重傷による戦線離脱者も多い。……せめて、死者が出ていない事を祈ろう。
『ごごーん!とソドを削られた!偽典もこれ以上は出せん!ま、少ない工期と現場監督でこれだけやったんだ!オレらの役目は充分果たしたよな!』
ツナギ姿のドゥレッザは豪快に笑い、僕の放った光矢を握り潰した。
『ラミナ・クルシフィックスは撃破されましたか。天使の成長速度は予想以上ですね』
カウボーイハットを被ったクラシーヴィが炎の間を潜り抜け、すとんと着地する。
『ドゥレッザ……エクスタは?』
『……死んだよ。超越者2人相手に時間を稼いでな。思う存分、暴れられたんだ。アイツも満足しただろうよ』
『え~、降着円盤シリーズの第3号、死んじゃったんだ~。戦闘特化で面白かったのに~。原型残ってるなら、死体は後で分解させてね~?』
超越者達に囲まれ、一斉攻撃を受けている窮地。だと言うのに、遺失支族の面々は平然としていた。
『そろそろ、廃棄作業の時間やね』
エンテンデールが高級ブランドスーツのネクタイを締め直す。
『分かっておる。正直な話……』
サピエンティアは貴族服の皺を整えた。
『総決算じゃ、人の子よ』
──終末が、訪れる。
ウールーズの6人は偽典に取り囲まれていた。
『幕楽!!』
志鳳が閑話を飛ばす。ただそれだけで、彼女には意図が伝わったようだ。聞き返す事もせず、胸元に埋め込まれた遺物に手を当てる。
『──封印解放。目覚めの時間だよ、私』
血のように赤い長髪。礼装が真紅のドレスに変化し、器仗が波打つような剣──フランベルジュを形成した。
『ベート。アレ、どうにかできる?』
志鳳が空から忍び寄る終末の影を指差す。女王ベートは肩を竦めた。
『まったく、こんな時も他人の事を考えてしまうのが、お前の悪癖だな。枷を外したのだから、もう少し我儘に振る舞え。……さて』
擅権のベート・バトゥル。
『世界の支配を掲げた私が、何の下準備もしていないとでも思ったか?』
シグネットは命令。しかし、史上最強と謳われる所以はシグネットに非ず。
『侮るな。楔を仕込んで能力の影響を強める程度の事は誰でも思い付く』
ただ、彼女自身が異能者として誰よりも優れていた。それだけ。
『全てだ』
──世界が。
『全て、私に跪け』
この在界そのものが、確かに脈動した。
自由奔放な超越者の間で、自らを縛るような基柱協定が結ばれたのには理由がある。もしも『彼女』が大規模な異能を行使した時、それを止められる鎖が欲しかったのだ。
『失伝──至上なる命令』
地上に存在する全てのマナが、ただ1人に平伏する。森羅万象にエネルギーが浸透し、終末世界を押し返した。
『私の世界を踏み荒らすな』
万物に対する絶対命令。これが頂点。
しかし、その負担は軽くない。女王が息を切らし、片膝を折る。
『相手も存外……しぶといな……。情けないが……今は術式の維持が限界だ……』
『『『『充分!!』』』』
志鳳が女王を抱え上げ、アイン達4人が守るように配置に付く。
当然、遺失支族がその隙を見逃すはずもない。
『儂が殺る!!如何に最強と言えど、シグネットの価値を落とせ、ば……!?』
最初に動いたのはサピエンティア。価値のディザイアには異能による攻撃が効かない。
……異能による攻撃は。
『口伝──名状しがたきもの!!』
枝分かれした触手が人の腕のように有機的に動き、サピエンティアを拘束した。
『……!?は、外れん……!!』
『キキキキキキッ!やはり理解できないモノはアナタ達の能力対象にならないのデスネ!!』
擬態のレーシュ・ソレイユ。
その力の根源は地球の科学技術であり、異能による強化はおまけでしかない。
『今の内に離れ……』
『ごごーん!とスーパー質量上乗せ!!』
ドゥレッザが血を吐きながら叫ぶ。ウールーズの肉体がその場に固定された。
『今回ばかりは褒めてあげるよ、脳筋~!イリバーシブル・アンタゴニスト!!』
アスナヴァーニイの指がキーボードを叩くように動く。拮抗していた終末が押し勝ち始めた。
『ボクのディザイアは切断~。片っ端から接続を切れば、女王の命令も届かないでしょ~』
『ちっ、小癪な……』
空が黒く染まる。モノクロの終末世界が徐々に近付いてくる。
『残念だったね、人類~。女王を恐れて窮屈な器に封印しなければ、まだ打つ手があったかもしれないのに~』
不味い。このままでは終末が到来する。脳裏にかつての惨劇が過った。
僕はよく知っている。摂理が崩壊した後の黙示録は超越者でも手に負えなくなるのだ。
エンテンデールが生み出す偽典の大軍を蹴散らしながら、懐を探る。黙示録の負担を軽減する緑色のカプセル剤。残り2カプセル。
今、ここで……。
『ナーヌス・バレンシア。貴方を放置していた理由が分かりますか?』
取り出した小箱が蹴り飛ばされた。クラシーヴィのブーツが中身ごと踏み潰す。
『世界を満たす終末が訪れれば、受肉前の黙示録など恐れる必要がないからです』
『勝利宣言は気が早いかえ、遺失支族!』
プレイスホルダーは凄絶な笑みを浮かべた。
『摂理破損度……65%……64……66……』
『まさか、摂理が壊れるより速く修復するつもりですか……!?』
『失伝──仮初めの代役!!』
『くっ……!』
光と化した腕でクラシーヴィを殴り飛ばす。
まだ終わっていない。女王とプレイスホルダーのおかげで、終末と摂理は未だ中途半端な状態でせめぎ合っている。
『プレイスホルダー!あと少し耐えて!』
僕は術式を組み直した。
『権能の効果から逆算して、ステファノスの位置を割り出した!僕が……月を撃ち抜く!!』
ありったけのエネルギーを込めた光の矢を生成する。重要なのは威力と射程。全て余さず、絞り出せ。
『サード・バースト……!』
『失伝──破滅的な音響』
妨害に動こうとしたクラシーヴィが、大気を震わす振動の波に巻き込まれた。
『ディジェスティブ・テーブル!』
『失伝──何もない部屋』
エンテンデールの権能が発動前に消滅する。
『は、ぁ……!!』
閃光が一直線に放たれた。月が丸ごと蒸発し、終末の拡大が止まる。
背後に嫌な気配を感じた。
『仕事にはプライオリティというものがある』
光のシグネットで拡張した視界に入ったのは、遺失支族を率いるステファノスと……ウールーズの6人を包むモノクロの景色。
『今回で言えば、エンジェルとガーディアンの排除が最優先。ユー達が消えれば、強いだけの超越者にワールドを護り切る事などできない。……サピエンティア』
『マーケット・クラッシュ』
レーシュを振り解いたサピエンティアが、志鳳達に権能を向ける。
『ユー達の奮闘をリスペクトして、スペシャルな終焉を用意しておいた』
『異界への放逐。この世界では渡界者とか言うんじゃったな』
渡界者。
世界を正常に保とうとする摂理が、急激な人口の変動を検知し、異界から連れてくる人間。
摂理はマナと祝福の量を参考に個体が世界に与える影響力を判断しており、デクラン・ギャグノンのように位階の低い者か未能者が対象となる。
『変な話、超越者相手に、それも狙って発生させるのは奇跡に等しい現象じゃが……』
梧桐志鳳。もう1人の僕が連射した光の刀は目茶苦茶な方向に飛んで消えた。
『私達のディザイアを組み合わせれば、世界の壁を越える程度のミラクルは起こせる』
アイン・ディアーブル。いつでも僕の隣にいた親友が何かを出そうとする。
『異界直通のエレベーターだ。それも、既に滅んだワールドに繋がっている』
信桜幕楽。梧桐志鳳だけの出会いが。
山藤杜鵑花。僕の世界では救われなかった1つの命が。
サラート・シャリーア。彼らと巡り合って生きる意味を得た者が。
プレイスホルダー。この世界で再起した摂理の守護者が。
希望が。
『グッバイ、フォーエバー』
蝋燭を吹き消したように、この世界から一瞬で消失する。
『……ふざ、けるなああああぁぁぁぁっ!!』
──僕は、また1人、取り残された。
巨大な機械が宇宙を飛んでいる。
宇宙船アステロイド・スキップには4人の異能者が搭乗していた。
『宇宙船をマナで満たして瘴気の海を抜けるなんて冗談みたいな発想、考えた事もありませんでした』
諧謔のスフィア・ミルクパズル。この艦船の管理者権限を持っているのは彼女である。
『私って天才かも?』
雑種のソーク・ブルームーンが胸を張った。
『皮肉ですよ。常識的には不可能だから考えないだけです。実際、何度も死にかけたでしょう?』
『ええー、楽しかったのに!……ね!?』
ソークは腕に抱いたぬいぐるみを覗き込む。
『吾輩に訊くのかね?』
在界の月と同化していた『賢者の方舟』の中枢プログラム──つまり吾輩は、鼠のぬいぐるみの中に縫い込まれていた。この女性はまんまと遺失支族を出し抜いた事になる。
『はぁ……私の乗ってきた宇宙船の残骸が賢者の方舟の正体だったなんて……。衝撃の事実に寿命が200年くらい一気に縮みそうだよ』
治療院の総裁、メリディエース。試しに彼女のデータを計測してみた。
メリディエース(プリモ)
存在【☆☆☆☆☆☆☆☆】
技能【自己再生■】【医術B+】【指揮B】【威圧C+】……
吾輩には形のない能力や祝福を視覚化し、適切な言語に翻訳する機能が備わっている。無論、これで分かるのは基礎能力だけなので過信はできないが。
『総裁でも知らなかったんですね』
スフィア・ミルクパズル
存在【☆☆☆☆☆☆☆☆】
技能【危機察知B+】【学習■】【謀略B】【詐術B】【斧術C】……
『賢者の方舟は枢密院の管轄ですからね。分業案件なのでは?』
茶色と黒色が入り交じった髪を結んだ青年が、宇宙船の外を眺めながら話に加わる。
『ヴァルナさんも災難でしたね。無茶な航行の為に転移のシグネットを酷使されて』
『いえいえ、私は宇宙とか天文学とか結構興味があったので、良い経験になりましたよ』
ヴァルナ・ジェイン
存在【☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆】
技能【座標転移S+】【測量■】【■■■】【■■■】【■■■■■】……
『ほら、やっぱり楽しかったよね!で、これからの予定なんだけど……』
ソーク・ブルームーン
存在【■■■(乙女の秘密だよ!)】
測定機能をオフにする。危うく思考回路に逆干渉されるところだった。深淵を覗く時には引き摺り込まれる覚悟をしなくてはならない。
『私、地球を消そうと思うんだ!』
空気が凍った。
『堂々と虐殺宣言してますけど……。この人、宇宙に捨てた方が良くないですか?』
『あっ、違う違う!そういう意味じゃないよ!』
ソークが腕でバツ印を作る。
『あのね、ずっと考えてたんだ。黙示録の言う世界攻略は何の達成を指すのかって』
『摂理の完全崩壊じゃないんですか?』
『普通の世界ならそうかも。摂理=生存可能領域だからね。でも、この世界には摂理の外で生まれた奇跡の人類生存領域がある』
白と水色の髪に手櫛を通した。
『地球が残っている限り、摂理が崩壊しても世界の攻略は終わらないかも。だから、遺失支族が地球人類の存在に気付かないように隠して、勝利条件を誤認させようよ』
ソークは吾輩を見下ろす。
『私と君が思考を合わせれば余裕でしょ?』
拒否権はないか。君も大概、怪物だよ。
『──約束通り、私に傅いてね』
深い青色が目に入る。どうやら、僕はまだ生きているようだ。
美容室に行く暇のない日々が続いたせいで、前髪が少し伸びている事に気付く。神智教の信徒は超越者を永久不変の存在だと言うが、実際は不老なだけの人間に過ぎない。
髪も伸びるし失敗もする。……今のように。
「渡界者の一行。わたくしが視た未来の通りでございます」
「君の未来視が初めて役に立ったな」
「それはわたくしの台詞です。其方の怪しげな召喚術も成功する事があるのですね」
「私の秘術を愚弄するか」
2人の人間が言い争う声が聴こえた。ただし、近くには気配がもう1つある。
ちなみに、何を言っているのかは全く分からない。少なくとも在界のメジャーな言語ではないはずだ。
しかし、烙印者には思えない。ステファノスは滅びた世界に飛ばすと言ったが、何故まともな人間がいるのだろう。
『幕楽』
隣に感じる気配に閑話を繋いだ。……返答はない。ベートの封印解放で大きな負荷が掛かり、気絶しているのだろう。
『アイン』
『人間の気配と独自の言語。奇妙な状況になっているようだ』
『これ、何処の言葉?』
『私の記憶にはないぞ。……が、既に言語の規則は覚えた。日常会話くらいはできる』
『流石、天才』
僕はもう少しかかりそうだ。何かあったらアインに通訳して貰おう。
『杜鵑……』
「アンタら、少しは仲良くできないのかよー?お客さん達が呆れてるぜ?」
瞬間、僕達は動き出した。
「狸寝入りか!──准爵級『奔雷』!」
全身にローブを纏った人物が、雷を宿した脚で蹴りを放つ。
『サラート!』
『当たらなければ何とやら、よね!』
サラートが前に飛び出し、蓄積のシグネットで雷を吸収した。
「っ……!男爵級『水時計』!」
ローブの男の掌から水が溢れ出る。その流れに足を乗せると、滑るように後退していく。
「精霊を奪われた!?何だあの奇怪な術は!?」
『えっ、電気のシグネットじゃなかったの!?』
混乱している2人の向こうでは、執事のような格好の女性が杜鵑花と戦っていた。
「浄罪の鞭!くっ……当たりません……!」
『遺物使いですかぁ。生憎、近距離特化は私にとってカモですよぉ』
いや、戦いと呼ぶには些か一方的に見える。引力のシグネットで鞭の軌道を乱されては勝負にならない。
「おーい、待て待てー!俺の言い方が悪かった!あまりに信じられない事が起きたから、テンパってたんだ!矛を収めろー!」
金髪に黒の交じったプリン髪の青年が声を上げる。リーダー格なのだろう。
『杜鵑花君、サラート君!停戦だ!』
アインも閑話で指示を出してから、咳払いをして口を開いた。
「敵意はない、と捉えても良いか?」
「お、おー……。ここの言葉喋れるのかよー、アンタら。てっきり、異界では言語が違うのかと思ったぜ」
「いや、今覚えたぞ」
「???……そ、そっかー」
僕も段々と会話を聴き取れるようになってきたが、ここはアインに任せた方が良いだろう。
「アレキサンドライトー。いつも言ってるが、初対面の相手に見境なく喧嘩を売るなよ。ただでさえ、ヨフネがいなくなって人手不足なんだぜー?」
「あの術は何だ……?興味深い……」
「あー、やっぱ聞いてないのなー」
リーダー格の青年が項垂れる。執事風の女性が目を伏せた。
「申し訳ありません、旦那様……」
「ま、ありゃ仕方ない。後で土下座なり何なりして許して貰おうぜー。……異界に土下座文化ってある?」
「あるぞ」
アインが答えた。
「マジかよー。人あるところに土下座ありだな。……で、そちらさんは男1、女5……」
「ああ……一応、男は2人だ」
遺失支族との戦闘による疲労でダウンしているプレイスホルダーの代わりに、アインが訂正する。
「えー、アンタが……?」
「私じゃない。金髪の方だぞ。……と言うか、まずそちらから名乗るのが礼儀じゃないのか?」
「……そりゃそうだなー。無作法で悪いね。新顔と話す機会なんて全然なかったから……」
青年は儀式場のような部屋を見渡し、2人の仲間を紹介した。
「ここにいる連中は俺の側近だ。全身ローブがアレキサンドライト。執事服の女がエメラルド。そして……」
自分の胸に手を当てて名乗る。
「俺はナサヤ。大罪のナサヤだぜー」
僕達の世界では老若男女……誰もが知っている、その名前を。
「一緒に魔王を倒してくれないか、勇者様?」




