【断章取義】に関する隙間
桜国の西部に置かれた迷宮都市には、豪華な天守閣を有する城がある。
花蓮会議の本部において一際目立つその城こそ、四大結社で2番目の歴史を誇る断章取義の本拠地。在界の最高戦力である超越者の巣窟だ。
畳を敷いた大広間の最奥。黒髪をアップバングに整えた男性が、手慰みに弾いていた琴から顔を上げる。
「今回は8人か」
晩鐘の玄松夕鶴。
シグネットは振動。ライフワークは作曲。世界最強の攻撃力を持つ断章取義のボス。
「ふん、貴様ら雑音に興味はないが、この俺の招集に応じるとは殊勝な心掛けだ。褒めてやろう」
黒色のシャツに灰色のネクタイを締めた彼は、眉間に皺を寄せながら普段通りの上から目線で評価した。
「俺も来る気はなかったけど、ここまで大規模な問題が重なれば流石に気になるっしょ」
「珍しく過半数が集まったのは、それだけ皆が情報を欲しがってる証拠だろうぜ」
神聖喜劇なら喧嘩、残体同盟であれば殺し合いまで発展しそうな夕鶴の態度だが、内向的で職人気質の強い断章取義では軽く流される。
「書生服の彼は来ていないのかい?」
ショートボブの白髪。サスペンダーでタイトスカートを吊った理知的な女性が、飲みかけのゼリー飲料を片手に志鳳へと訊ねた。
「鹿苑は繊維による強化を使い過ぎて、筋肉痛になってるみたい。親衛隊に怒られてた」
「ああ……彼は異能者になるまで病床の身だったからね。自由に体を動かせるのが楽しくて、つい張り切ってしまうんだろう」
誘水の穂芒珠月。
シグネットは薬品。ライフワークは製薬。出不精な彼女をこういった会議で見かけるのは、随分と久し振りである。
「珠月も他人事じゃない。安易にシグネットでドーピングする癖は直した方が良いと思う」
「あれくらいの無理は許容範囲だよ。薬の専門家が言うんだから間違いない」
珠月は志鳳の忠告を笑い飛ばし、ゼリー飲料を握り潰すように飲み干した。
「……それ、美味しい?」
「2点だね」
「出た、ミヅきゃんの謎採点。ウケる」
桃髪をポニーテールに束ね、タンクトップとダメージジーンズを着用した女性が、畳の上に両足を投げ出した姿勢で茶化す。
「紗鶯が付けるアダ名の方が謎」
「あたしのセンスに謎とか言うなし。シホりんはシホりん、ミヅきゃんはミヅきゃん。そっちの方が可愛くね?」
幽鬼の梅園紗鶯。
シグネットは電気。ライフワークはシステム開発。フランクな性格だが、創設時から断章取義を支えてきた古株でもある。
「呼び名など何でも良かろ。そんな些事よりも妾が気になっておるのは、擬態のレーシュ・ソレイユの扱いについてよ」
クリーム色の髪にカチューシャ。落ち着いた色合いのエプロンドレス。小柄で華奢な体格も相まって、一見すると強者には見えない女性。
「遺失支族と同じ外界からの侵略者であろう。処分が少々ぬる過ぎんかの?」
福音の舞萩猪尾。
シグネットは血液。ライフワークは法学。嫌がらせが趣味の謀略家。
「レーシュは和平を望んでる」
「疑わしいの」
「ただでさえ、超越者レベルの戦力が欠けてしまってる。今は味方を増やすべき時」
「それなら、弱みでも握って協力させれば良かろうに。妾にちょいと貸してくれれば、地球とやらの情報まで洗いざらい吐かせてみせるがの」
子供のような背丈の猪尾は、老獪さと非情さが入り交じった笑みを浮かべた。
「猪尾はいつも、やり過ぎる」
「受け身のお主と違って、妾は徹底的に叩くやり方しか知らんでの」
「交渉の基本は逃げ道を用意する事」
「交渉の基本は退路を塞ぐ事かの」
睨み合い。断章取義の参謀役を務める2人は、とにかく反りが合わない。
「宇宙……地球人であるレーシュは、異能法の適用範囲外。慎重に扱う必要がある」
「法というものは、都合良く解釈するものよ。演劇の世界も同じであろ?」
「一緒にしないで。そんな上っ面で演じてるわけじゃない」
「言うようになったの、小童」
志鳳の額に血の槍が、猪尾の首に光の剣が押し当てられた。
「悪徳弁護士」
「お遊びの演出家風情が」
断章取義には超越者の中でも更なる規格外──第0位階が4人いる。
玄松夕鶴、信桜幕楽、舞萩猪尾、そして梧桐志鳳。
幕楽は戦闘が不得手であり、志鳳は超越者としての歴が浅い為、断章取義の実質的な2番手は猪尾だ。しかし、彼女は苛烈な本性を隠す事をせず、人望では志鳳に軍配が上がる。
2人の発言力はほぼ同等。ヒートアップするのも無理はなかった。
「はいはい、そこまで。流石に第0位階に暴れられたら城がもたないっしょ」
2人の発するマナの圧も気に留めず、青みがかった銀髪の男性が注意する。
離愁の菖蒲酒八橋。
シグネットは獣。ライフワークは美容。スーツをホスト風に着崩しているが、軽そうな外見とは裏腹に面倒見の良い兄貴肌である。
「八橋ちゃんの言う通りだぜ。この城が散らかったら、誰が後始末すると思ってんだ」
花柄の南国風シャツが目を引く小柄な男性が幾重にも結んだ橙色の長髪を弄ると、空中から伸びた腕が志鳳達の体を持ち上げた。
稜鏡の双菊離盃。
シグネットは人体。ライフワークは清掃。彼は頭を冷やせと言うように、シグネットで掴んだ志鳳と猪尾を軽く振る。
「ごめん、離盃」
「まあ、この辺が引き際かの」
「え、良いんすか?バチバチの喧嘩してたのに、そんなあっさりと……」
トークハットに喪服のような黒のドレスを合わせた明るい金髪の女性が、拍子抜けしたように影から出てきた。
宵闇の弱竹美虎。
シグネットは影。ライフワークは報道。断章取義で一番の新参者は、第0位階の圧にビビって隠れながらも少しだけ戦闘を期待している。
「これ以上は無益」
「そういう事よの」
「潔い姿勢だね。30点」
珠月は胸に食い込んだサスペンダーの位置を直しながら、何の意味があるのか分からない採点を行い、全員からスルーされた。
「ようやく静かになったか。招集目的も聴かずに場を掻き乱すとは、相変わらず行儀が悪いな、福音」
「大目に見ておくれ。ババアは若者との無駄話が好きな生き物での」
「ふん、まあ良い。そういう性格だと知って勧誘したのは、この俺だ。見逃してやろう」
煙に巻くような猪尾の言動にも揺らがず、夕鶴は尊大に返答する。桜国出身の彼が畳の上に座る姿は堂に入っていた。
「呼び出した理由は単純だ。遺失支族を黙らせる計画がそろそろ動き始める。四大結社が先頭に立ち、連盟の主力結社がバックアップに回る予定だ。貴様らにも情報を共有してやろう」
「連盟も必死だね。でも、病巣は一度に除去すべきという考えには賛成だよ」
珠月の意見に全員が頷く。実質的に異能側の全戦力をぶつけるやり方は荒っぽいが、現状の最適解ではある。
「連盟がそこまで大胆に動くって事は、敵拠点の位置は絞れたんすか?」
「そりゃそうだろ。真説大陸を虱潰しに探してたら、攻め落とすどころじゃないぜ」
「敵は9人っしょ?班分けは?」
「……騒がしいな。詳細はこの俺ではなく、責任者の壟断に訊け」
夕鶴は鬱陶しげに志鳳を指差した。
「お主が指揮役かの?」
「そう。遺失支族の討伐作戦は僕が主導する。敵との交戦経験は一番多いし、僕なら他の結社にも伝手がある」
付け加えると、遺物である志鳳は黙示録の改編に抵抗可能な唯一の存在である。
「シホりんがリーダーとか、マジウケる。あたし的にはユヅるんより全然おけおけ。で、どんな感じで攻めるつもりなん?」
志鳳は慣れない正座をしたまま、全員をゆっくりと見回した。演出家の性として、観客に注目されるとサプライズを入れたくなるが……。
「壟断。言っておくが、命が惜しければ妙な悪ふざけは挟むなよ」
「……。……勿論」
「くかかっ、ざまぁないの!」
夕鶴の警告に皆が疑問符を浮かべる中、真意を理解した猪尾だけが腹を抱えて爆笑した。
黒髪を伸ばした陰鬱な男性──怪雨のドルク・バッシャールは、バレンシア派閥の所有する巨大倉庫で探し物をしていた。
(み、妙だな)
ドルクは積み重なったコンテナの間を歩きつつ、違和感に顔を顰める。あるはずの物がない。
(だ、誰かに先回りされたか……?いや、どの勢力もあんな物に興味はないはずだ。時間をかけるのは好ましくない。こうなれば、シグネットを使ったローラー作戦で……)
「何をしているんですか、ドルクさん?」
落ち着いた雰囲気の澄んだ声。足音を殺して行動していたドルクが声の主へと視線を動かす。
「す、スフィア嬢」
見上げた先では、チェック柄の服の袖を余らせた白髪の女性がコンテナの山の上に腰かけていた。
諧謔のスフィア・ミルクパズル。同じバレンシア親衛隊に所属する彼女が派閥の倉庫にいるのは、別におかしな事ではない。
しかし、秘密主義のナーヌスが世界中に置いた隠れ家の数を考えると、偶然ばったり鉢合わせる事などあり得るだろうか?
またしても違和感。ドルクはこれから行う作業に邪魔が入らないように、わざわざスフィア達の活動時間を避けてここに来た。それなのに……。
「奇遇ですね。ええ、本当に偶然です」
スフィアは白々しく肩を竦め、一定のリズムで叩いていたコンテナから踵を離し、ふわりと飛び降りる。
「王にも困ったものですね。レプタに物を言わせて買い取った倉庫を、ろくに管理もせずに放置してるんですから。埃を落としたり窓を拭いたり塗装し直したり、少し掃除するだけのつもりが半日潰れてしまいました」
彼女は淀みなく舌を回し、塗装用と思わしきスプレー缶をシャカシャカと振ってみせた。ドルクは警戒を強める。
「ところで、探し物はこれですか?」
「……ッ!」
スフィアが何かの破片の入った透明袋を掲げると、ドルクは冷水を浴びせられたように目を見張った。
「過去の交戦で回収された偽典の残骸。こんな物を欲しがるなんて、随分とマニアックな趣味ですね」
黙示録が手足として使役する、生物を模した彫刻。完全に機能を失っている事が確認された為、研究後の余剰分は適当な倉庫にまとめて放置されていた。
「な、何故。俺が求めている物が偽典の残骸だと分かった……?」
「おお、いきなり正解ですか?順番に反応を見ていく予定だったんですけど」
ドルクは閉口する。何処まで本気で言っているのかは知らないが、言葉の駆け引きでスフィアを出し抜ける自信はない。
かくなる上は。ドルクは活術で四肢を強化し、一気に距離を詰めた。
『おや』
スフィアは錬術で斧を形成し、ドルクの正拳を受け止める。同時に近くのコンテナからマナの弾丸が降り注ぎ、ドルクは連撃を断念して距離を取った。
『舐められたものですね。親衛隊長の私を簡単に気絶させられると思いました?』
『り、律術による条件起動式のトラップ。最初から戦うつもりだったか』
『誤解しないで下さい。私は戦闘を想定していなくても、滞在先には迎撃準備を仕込んでおく事にしてるんです。酒場で襲ってくるような、いやらしい人もいますから』
スフィアは手品のように自然な手付きでスプレーを噴霧する。無色無臭の何かが倉庫内に充満した。
(ど、毒ガスか……?いや、並の毒なら俺の纏うマナに弾かれる。そもそも、上位者の祝福を貫いて害を及ぼすほどの毒なら、スフィア嬢が真っ先に自滅しているはずだ)
スフィアはスプレー缶を斧の腹で叩く。缶は無惨に砕け散った。
『ご、ゴミは分別した方が良い』
『後でやりますよ、後で』
スフィアが斧を両手で握る。
『あまり虐めないで下さいよ?秘伝──厄災を示す地図』
『そ、それはこちらの台詞だ。秘伝──雨を運ぶ男』
ドルクの周囲から弾丸のように放たれた蛙の群れが、倉庫の壁や床を凹ませながら跳弾を繰り返した。
スフィアのシグネットは状況に応じて、察知する危機のスケールを切り替えなければならない。
全ての危険を際限なく察知してしまうと、無駄な情報が増え過ぎて処理が追い付かないからだ。最悪の場合、対処の優先度を間違えて詰む。
戦闘中に遠い先の危険を教えられてもノイズになるだけだ。だから、即時の対応が必要な時は『自身を害する直前の危機』のみに絞って知覚する事に決めている。
戦闘に秀でたドルクはその癖を見抜き、戦闘においては自分が優位だと見積もった。彼女が直前に迫る危機を知覚してから反応する速度よりも、ドルクの攻撃速度の方が速い。
『ええ、そうですね。危機察知のシグネットにも、格上が相手だと高速の追撃に対応できない弱点がある』
今度こそ、ドルクは目を疑った。速度で勝るはずの蛙達が、スフィアの斧に1匹残らず先手で狩られていく。
『勉強させて貰いましたよ、志鳳様』
ドルクは迷う。スフィアに戦闘でここまで追い詰められるのは想定外だ。このまま交戦を続けるべきか。
『どうしました?早く終わらせないと、王が来てしまいますよ?』
『く……!』
迷いが生じてしまえば、後は悪党の独壇場だ。ここぞとばかりに援軍の存在を仄めかし、心理的なプレッシャーをかける。
『なーんて、冗談ですけど』
蛙の隙間をするりと抜けたスフィアは、呪術で気配を抑えてドルクに接近し、首筋に斧を突き付けた。
『こ、殺さないのか?』
『それは今から決めます。貴方の事情が私の信条と合致すれば、見なかった事にしてあげましょう』
『す、スフィア嬢の信条とは何だ……?』
『そうですね。強いて言うなら』
スフィアは斧から片手を離す。そして、スカートの裾を摘まみ、格好付けて一礼した。
「──悪の矜持」
「お、俺の攻撃速度に対応できた理由を知りたいところだな」
「秘密です」
学習能力が高いスフィアは自身の弱点を補うべく、様々な技術を吸収してきた。その結果が先ほどの勝利だと言えるだろう。
鍵は最初に使用したスプレー缶。あの中にはスフィアが所有する宇宙船──アステロイド・スキップから発見された技術が封入されている。
残念ながら、未来的機械の数々はアステロイド・スキップの船内に固定されていたが、設計図の類だけは内容を外に持ち出す事ができた。
ただし、敵対者に技術が渡る可能性を懸念してか、船内に兵器の設計図はない。生活を便利にする程度の平和的な設計図しか保管されていなかった。
その中でスフィアが注目したのは、地球の身体拡張技術。脳波によって肉体の一部として動かせる超小サイズの機械の設計図である。
精巧な義肢の骨組みに使われるらしいそのナノマシンは、数を集めても大きな荷物を持ち上げる程度の出力しか発揮できない。
祝福を持つ異能者の肉体にダメージを与える事は不可能だ。そう判断せざるを得ない。
しかし、彼女は閃いた。
スフィアのシグネットは自身に迫る危機を精密に察知できる。この『体の一部として動かせるナノマシン』を使えば、『自身』の範囲を広げる事ができるのではないか、と。
対抗神話のロムバス博士に設計図から試作品を作製して貰い、何度かの試験運用を経てようやく実戦に投入できたナノマシンは、彼女の予想以上に役に立った。
散布したナノマシンを通り抜ける敵の攻撃の軌道が『自身への危機』として鮮明に知覚できる。まだ色々と改善点は残っているが、ドルクほどの強者に通用した事実は大きい。
「ち、超越者達が手を尽くそうと終末は避けられない。俺はそう思っている」
ドルクが独り言のように言葉を溢すと、スフィアは瞬時に思考を切り替える。反省会は後で良い。それよりも、気になる話が出てきた。
「だ、だが、逆転の目も確かにある。梧桐志鳳だけが終末に抗う希望ではない。……スフィア嬢には話しておこう。俺の正体と」
彼の声が熱を帯びる。
「──お、俺達の母について」
世界の鼓動に身を委ねるように、彼は目を瞑って語り始めた。




