【攻城戦】に関する閃き
「ワタシはこの在界に着陸して以降、陰から『地球』の知識を浸透させて来マシタ」
僕は取り調べの名目で、擬態のレーシュ・ソレイユと面会していた。
「文化侵略は支配の基本デス。ワタシの使命は在界を制圧し、地球のマスター達へ献上する事。その為に、ワタシはあらゆる知識を事前に詰め込まれていマス」
宇宙船アステロイド・スキップの奪還に失敗し、様々な枷を付けた上で蘇生された彼女は、自嘲気味に思惑を語る。
「デスガ、その知識を駆使しても在界の征服は困難デシタ。摂理という楽園のような環境維持システムの前には、異能者と呼ばれる番人が立ちはだかっていマシタカラ」
摂理。
この世界の恒常性を維持している自己防衛機構。物理法則を逸脱した異能者を縛る、唯一絶対のルール。
「……もしかして、摂理のない地球には異能者がいなかった?」
「おそらくは。ワタシも断言はできマセン。マナを精製・感知する術を学習したのは、在界に降り立った後の話デス」
それはそうか。しかし、研究者としては興味深い。摂理が先か異能者が先か。摂理の存在する在界に来た地球人は、僕達と同じく一定の割合で異能に覚醒するのか。
ああ、前の世界のアインがここにいれば、きっと僕以上に興奮しただろう。遺物の発生機序を研究していた彼女は、摂理の詳細な仕組みを解明したがっていた。
「人工的に製造されたレーシュの体はあまり参考にならない。地球の動植物のサンプルくらい持参して欲しかった。宇宙人は気が利かない」
「悪かったデスネ。次があったら留意しマスヨ」
「やけに素直」
「方針が変わりマシタ。文化侵略は確固たる自己を持つ異能者までは染められない。武力侵攻もアステロイド・スキップなしの独力では困難デス。となると、もうアナタ達と友好関係を築くしかないデショウ?」
レーシュは僕と口頭で対話しながら、閑話を飛ばしてくる。
『これまで拡散した知識は何世代も昔の枯れた技術。ワタシを解放してくれるのなら、地球の最先端技術をアナタに提供するデス』
監視を警戒しているのか、彼女の口は和平交渉を続けていた。これは……何か術式に盗聴防止の細工をしているな。
見た事もないアルゴリズムが使われている。僕でも解析と再現には時間が掛かりそうだ。おそらく、地球の技術力を誇示する意味合いもあるのだろう。
まだ心が折れていないとは、異星人でありながら超越者の域に達した実績は伊達ではないな。
『それは別に要らない』
『何故デス!?』
まあ、僕に対してその交渉は無意味だったが。
『どうせ嘘だから。お前は最先端技術を提供しない。いや、提供できない』
『……ッ!』
『逆に訊く。何故、地球人類はそれだけ必死に在界を狙う?摂理を欲する?僕の予想を言わせて貰う。地球では何らかの問題が発生し、生存に適した環境ではなくなった』
その原因を頭の中でシミュレートした結果、最も可能性が高いと思われる仮説が……技術の発達による環境破壊。
レーシュは超越者や黙示録という反則級の敵を知っても、在界の奪取にこだわっている。彼女は敵を恐れない。ならば、地球の危機は外敵が原因ではないはずだ。
そして、彼女が最先端技術を提供できない理由もそこにある。もし在界を完璧に地球化したとして、故郷と同様の末路を辿らないとは限らない。
未来を変える為に過去に戻った僕と、同じジレンマだ。あまり手を出し過ぎると、僕達が知る最悪の未来へと収束してしまう。
だから、僕は未知の塊である梧桐志鳳の陰に隠れる事にし、レーシュは敢えて古い時代の地球文明を広めた。
『見透かしたように言いマスネ。その目、シホウにそっくりデス』
『当たり前。彼は僕1人が作り出した世界の歪みから生まれた、鏡像のような存在だから』
『やはり、そうデスカ』
『……リアクションが薄い』
『摂理や異能なんてファンタジーを前提として考えれば、驚くほどの事ではありマセン。生体情報の一致率から推測済みの事象デス』
勝ち誇るレーシュに向かって、僕は提案する。
『解放には協力しても良い。ただ、交換条件は地球の最先端技術じゃない。僕が欲しいのは……利害の一致する味方』
『はぁ、また厄介事に巻き込まれるわけデスカ……。早く地球に帰りたいデス……。マスター……』
レーシュの嘆きを聴いて、僕も無意識に溜め息を漏らした。
『……羨ましい』
どんな形であれ。
帰りたいと思える場所があり、帰りを待つ人がいる彼女が、羨ましい。
焼肉屋の個室に配置されたテーブルに、2人の男性が向かい合って座っていた。
「流石、桜国屈指の焼肉激戦区。幕楽がオススメするだけあって、凄く美味しい」
志鳳が一息吐いて感想を述べると、滑らかな錆色髪の虚弱そうな男性が、野菜を網の上に追加しながら答える。
「ボクは普段から小食な方だけど、これはなかなか箸が進む味だったり」
絹紡の紅葉谷鹿苑。
シグネットは繊維。ライフワークは裁縫。彼に衣服を仕立てて貰う事が一流の証とされるほど、世界的に有名な礼装職人だ。
内向的で大人しい性格の彼だが、仲間との交流を大切にする青年でもある。
「ノア、シャトーブリアンが食べたい気分なの。ロッくん、焼いて」
「ちょっと待ってね。今、焼くから。あと、野菜も食べないとバランスが悪かったり」
「私は特上カルビを貰いますねぇ」
「杜鵑花、僕の分も少しは残して」
男性陣2人の膝の上には、それぞれ小柄な女性が座っていた。
志鳳の膝に乗っているのは、喫茶ウールーズの常連でもある山藤杜鵑花。
彼女は引力のシグネットを使って、志鳳にべったり貼り付いていた。それが傷心の時の癖だと知っている志鳳としては、力ずくで剥がすのも躊躇われる。
「ノアは美味しければ良いもん。お肉だけ取って」
対して、鹿苑の膝の上を占拠しているのは、傷心でなくても常に我儘放題な内巻きボブの金髪女性。
ブラウスの裾を結び、ビキニブラを大胆に見せるへそ出しスタイルと、守備力皆無の超ミニスカート。
「あっちのお肉も良さそうなの」
「僕の特上カルビがまた狙われてる」
象牙の柳条暖蛙。
シグネットは砂。ライフワークは鑑定。甘え上手なサボり魔で、今も鹿苑に焼肉を口まで運ばせている。
「ロッくん、お水も飲ませて」
「……暖蛙と比べると、自分の手で箸を握っている杜鵑花がマシに見えるから不思議」
「この肉、焦げたのであげますぅ」
「清々しいまでの横暴」
お姫様コンビに振り回されながらも、断章取義の同僚が集まった事で、徐々に互いの近況へと話が移った。
「シホくん、真説大陸でシビュちゃんと会ったの?」
「結構前の出来事だけど、暖蛙が食い付くなんて意外。シビュラを知ってたんだ」
「シビュちゃんはノアの弟子だもん。才能ありそうだから目利きを教えてあげたの」
「徒弟卒業の最短記録保持者が認める才能?それは、ちょっと気になったり」
「別に凄い事じゃないよ。ノア、勉強嫌いだから、ぱばっと卒業しちゃっただけなの」
暖蛙は心底興味なさげに言う。彼女は鑑定士として物の本質を測る技能に優れているが、代わりに価値を見出だせなかった対象にはとことん冷たい。
「ああ、そうだ、杜鵑花さん。器仗修理のお礼に仕立てた礼装の着心地は、問題なかったり?」
「上々ですよぉ」
シルク風の民族衣装、バーテン服、ノースリーブ、ブラウス、薄手のセーター。
杜鵑花は礼装をマナで操作し、普段時のオフショルダーから衣装デザインを変えて、ウールーズの正装を次々に再現する。
「先日の戦闘で破れた箇所も、直ぐにマナで自動修復できましたぁ。瘴気に対する抵抗力も高いみたいですし、活動範囲の広い金枝玉葉辺りが欲しがりそうですねぇ」
「注文は来たけど、素材が用意できなくて断ったよ。その礼装は志鳳くんが討伐した竜の特殊個体と、黒い骸骨の嵌合体から採れた素材を組み合せた特注品だったり」
「僕だけじゃない。サラートと一緒に挙げた戦果。希少素材の出現に2回も居合わせるなんて、凄い偶然」
他3人が志鳳にジト目を向けた。知覚系の宣う『偶然』ほど疑わしいものはない。意識的にせよ、無意識にせよ、彼らの行動には深い意味が込められているはずだ。
「そう言えば、サラートさんは大丈夫ですかねぇ……」
「神聖喜劇のヤザタくんが遺失支族に奪われた件の事だったり?あそこは仲間意識が強いから、色々と心配だね」
「サラートは親衛隊を動員して、危険のない範囲で敵の情報を集めてる。今は解決できない問題なのは分かってるけど、流石にじっとしてられないみたい」
「ふーん」
志鳳と暖蛙、杜鵑花と鹿苑の交差するような雑談の途中で、暖蛙が退屈そうに欠伸をする。
「で、ノア達は何をすれば良いの?」
「遺失支族が梅国に残していった城塞を無力化する。それが、今回の仕事」
「何となく、話が見えてきましたねぇ」
志鳳は頷いた。
「じっとしてられないのは、僕も同じ」
梅国の迷宮都市を改造した武術道場──性命双修。元々は羽化登仙の本拠地だったが、遺失支族の襲撃を受けた後は、敵の拠点の1つとして再利用されていた。
『僕、杜鵑花、鹿苑、暖蛙。この面子での攻略だと、力押しの正面突破よりも頭を使うべき』
志鳳は外郭を取り囲む警備兵の過去を知覚し、偽典の巡回経路を確認する。迷宮都市の外には偽典、内には堅牢な城塞と烙印者が配置されているようだ。
『幕楽さんや八橋さんがいれば、迷宮ごと一撃で壊すのもありなんですけどぉ……』
そこで攻撃力最強とされるボスの名前が出てこない辺り、杜鵑花の中での好感度序列が何となく分かる。
『ボク達は火力タイプじゃなかったり』
『神聖喜劇の脳筋ちゃん達と違って、ノア達は頭脳労働者だもん。か弱い存在なの』
勿論、超越者基準での話だ。彼らが想定する火力は現代兵器と桁が違う。
『どっち道、遠距離から解決は難しい。あの城塞はドゥレッザの権能の影響を受けてる。質量のディザイア。外から壊せるとは思えない』
『あの……って言われても、ボク達の目にはまだ迷宮の外郭しか見えてなかったり』
『きゃひひ、侵入するまで中身が分からないのが迷宮の怖さですからぁ。過去知覚は攻め手に回ると反則的ですねぇ』
『知覚系は自分の感覚基準で物事を考え過ぎだもん。上司にしたくない人間なの』
『ちくちく言葉、止めて』
志鳳は無表情の裏で落ち込んだ。
『重要なのは最奥にある杭。あの周りだけ警備が厳重になってる』
暖蛙から言われた事を気にした志鳳が、光のシグネットで自身が見た過去の映像を投射する。
『暖蛙の意見が聴きたい』
『……これは多分、楔なの』
異能者の言う楔とは、迷宮を現実世界に繋ぎ留めるキーアイテムの事だ。
『術者本人がいなくても烙印者が消えてないのは、杭が楔になって特殊な領域を形成してるからだもん』
『つまり、その楔を壊してあげれば良いわけですねぇ。分かりやすくて助かりますぅ』
『逆に楔を破壊せずに放置してたら、いずれドゥレッザの終末世界が外にまで拡大してたかもしれない。僕達が引き受けて正解だった』
鹿苑が光の映像を指差す。
『何か浮いてるように見えたり』
『私の予想ですけど、質量のディザイアで物体の動きにくさを上げて、空中に固定してるんじゃないですかぁ?』
『空中に障害物を置いて敵の動きを制限する。昔、ミリアムが似たような事をしてた』
粘着のシグネットを持つ知り合いを思い出し、志鳳は表情を引き締めた。
『作戦はシンプル。僕と暖蛙が城塞に穴を空けるから、杜鵑花と鹿苑は杭の前まで連れて行って。僕が最短ルートを光で示す。再演──既定路線の未知』
『攻城戦は久し振りねぇ』
志鳳はタヴ・モンドの思考をシミュレートしながら、未来の予測を始める。
『速攻で楔を破壊して終わらせよう』
迷宮に侵入した志鳳の前に眩い光が集まり、巨大な刀と化した。
『口伝──七星宝刀』
飾り気のない武骨な城塞の壁面にある、小さな小さな継ぎ目。建設段階から観察していないと気付けないような綻びを、光の冠を戴く天使が正確に斬る。
『仕上げなの。口伝──滑らかな砕屑』
そうして生まれた僅かな隙間に、今度は暖蛙の操る砂粒が滑り込んだ。見た目以上の質量を誇る建材の継ぎ目をザリザリと削り広げる。
『飛ばしますよぉ!口伝──|存在の耐えられない軽さ《フリー・フォール》!』
全員の体から強い引力が発生し、障害物の間を高速で飛んでいく。
『あの障害物、何なんですかねぇ。四角い箱の集合体……ですかぁ?』
『ドット絵みたい』
ドゥレッザの城の内部は独特だった。色とりどりの立方体が塊となっている形状は、解像度の低い画像にも見える。そこの住人である烙印者の姿も同様だ。
『動きがカクカクしてて、ちょっと可愛いの。ノア、持って帰りたい』
『危ないから駄目だよ、暖蛙さん。口伝──融通の利く傀儡』
鹿苑の腕から全身へと繊維の束が伸びる。彼の振るう鞭の器仗が、ドットの烙印者をバラバラに粉砕した。
『軽いね』
柔軟性の高い鹿苑のシグネットは筋繊維のように収縮し、虚弱体質の彼を怪力の持ち主に変貌させる。
鹿苑は繊維で布を編み、烙印者の残骸を包んで遠くに投げ捨てた。不死身の烙印者に対して、こういう対処ができる異能者は相性が良い。
鹿苑が地面に着地する。更に群がってくる烙印者に向けて、両足から放射状に繊維が広がった。
『少し離れて欲しかったり。口伝──織り成す芸術』
烙印者の動きが一斉に止まる。そして、鹿苑の指示通りに杭の周囲から離れていった。
『繊維を繋いで操り人形にしてしまうなんて、えげつない術式ですねぇ』
『人間相手にはあんまりやらないから、怖がらないでね』
『常識人に見えるけど、やっぱりロッくんも超越者の1人なの』
『あのヒョロい超越者!ががーん!と良いパワー持ってるな!』
淡い茶髪の遺失支族──ドゥレッザは、特注サイズのツナギがはち切れそうな巨体を揺らし、豪快に笑った。
モニターには今まさに攻略されそうな自身の城塞が映っているが、天使が来た時点で最奥まで辿り着かれる事は想定内。連盟側の戦力を釣り出せた時点で成功である。
それに。
『まだまだ、ここからが本番だ!ずずーん!と俺を楽しませてくれよな!』
『降着円盤シリーズ、第3号・エクスタ!性能試験を開始しましゅ!』
ドゥレッザの言葉に応えるように、虚ろな目をした黄緑髪の少女が画面の向こうに現れた。瘴気を纏った巨大鉈を目茶苦茶なフォームで振り回し、志鳳達へと迫る。
『報告にあった偽典の特異個体ですかぁ』
『ロッくん達は烙印者を押さえてて。こっちはノアが片付けるの』
『だったら、僕も参加する。僕はあっちの2人と違って、多数の動きを封じるのは苦手。エクスタ相手の方が戦いやすい。それに、僕と暖蛙の異能は相性が良い』
『了解なの』
暖蛙が親指を立てると同時に砂塵が舞った。砂嵐なんてレベルの量ではない。城そのものを砂の海に沈めるような激流に、杭に仕込んだ監視装置の視界が潰された。
『うおっ、なんだなんだ!目眩ましか!?派手にやるねえ!だったら、俺も面白いモノを見せてやるよ!』
ドゥレッザは真説大陸の拠点から遠隔で信号を送る。
『おっしゃ、行けえっ!合体だあっ!突撃要塞デラックスバンガードール!』
質量のディザイアを封入し、擬似的な終末世界の楔としていた杭。その存在感が膨れ上がり、城を形作っていた立方体が吸い寄せられていく。
のみならず、烙印者達もキューブ状に分解され、全てが1つの巨人として組み立てられた。
『派手にやろうや!デラックスパンチ!』
『暖蛙っ!』
暖蛙にバンガードールの拳が直撃し、砂塵が晴れる。遠隔ながら権能で操縦しているドゥレッザは、インパクトの瞬間に人体を破壊する手応えを感じた。
『エクスタ!ヒョロい男と紫髪の女を狩れ!天使はバンガードールがやる!』
『殺して良いでしゅか!?』
『当然!』
『最高でしゅ!!』
烙印者を遠ざける事に集中していた鹿苑の背に、エクスタが斬りかかる。
『烙印者を捌きながら対処するのは、幾らなんでもキツいんですけどぉ……!』
杜鵑花の引力が紙一重で攻撃を逸らした。
『うりゃりゃあっ!デラックスキック!』
『……!』
その直後、バンガードールの蹴りが志鳳を捉える。偶然近くにいたエクスタは、転がってきた獲物に鉈を振り下ろした。
『天使、殺しゅ!』
ザシュと肉に食い込む音が響き。
『……おりゅ?抜けないでしゅ』
エクスタは首を傾げる。そして、直下で発生した砂嵐に弾き上げられた。
『でしゅううううっ!?』
砂が食い付くように鉈を奪い取る。志鳳の肌は砂と化して崩れ落ち、衣服だけがその場に残った。
『砂人形か!?確かに人間を殴った感触があったのに!!』
『全然、気付かなかったでしゅ!』
『僕と暖蛙の異能は相性が良い。僕の光のシグネットで外見を騙せば……』
回り込んでいた本物の志鳳は、バンガードールの腰を接合部に沿って斬り付ける。
『ノアが砂のきめ細かさを調節して、質感なんて簡単に誤魔化せるもん。シホくん、やっと致死量の砂を混ぜ込めたの。壊して良い?』
『当然』
バンガードールの内側に混入した砂が暴れ、体が軋み始めた。
『暖蛙が砂を巻いた時点で勝敗は決まってた。物質系に環境を弄る隙を与えると、こうなる』
『不味い!一旦、ぱぱーん!と分解して再合体……』
『そう』
志鳳の背後に後光のような光の輪が出現する。
『それを待ってた。再演──独り善がりな栄光』
バンガードールの核となっていた杭が露出した瞬間、光の矢が刺し貫いた。
「これにて、終演」
楔を失った終末世界と烙印者が、白昼夢のように消えていく。
『ああっ!俺のバンガードールまで!』
『武器が奪われたでしゅ!』
『エクスタ、撤退だ!帰ってこい!鉈は新しいのを用意してやるからよ!』
『わぁい!』
ドゥレッザは腕を組んで微笑む。敵にしてやられたものの、血湧く戦いが観れたので個人的には満足だ。頼まれていたデータを得られたからには、他の遺失支族も文句は言うまい。
「……君達を見てると、色々悩むのが馬鹿らしくなる」
「おっ、なんだ?まだ喋れたのか。気合い入ってんな」
ドゥレッザは灰色の髪の同族──モナルキーアを見下ろした。
「手合わせ、もう1回……!」
モナルキーアは傷だらけのジャケットを放り捨て、血塗れの体で言う。
「おい、ちょっとくらい治した方が……」
「駄目。改編で事実を上書きすると、傷を負う間に得た経験値まで『なかった事』になる。だから、上位メンバーは死ぬ事を極端に嫌う。……エンテンデール以外」
「まあ、そりゃそうだけどな。そう焦る必要は……」
「焦る必要はある」
モナルキーアは床を強く叩いて、立ち上がった。
「アメイズもツェーンも、部下の1人も守れなかった。私は弱い。弱いまま、納得できない形で……終末を迎えたくない」
槍を構えたモナルキーア。その切実な覚悟を見て、ドゥレッザは根負けした。
「そんじゃ、ごごーん!と殺す気で行く。死なないように耐えてみろや」
「上等」
レーシュは触手で絵札の黙示録を弄びながら、哀れむような表情を僕に向けた。
絵札の裏……おそらく裏と思われる面には、黒地に底の深い舟の紋様。対して、表面には見た事もない魔物の絵と金色の文字列が刻まれている。
未知の生物が走り書きしたような、混沌極まる記号の羅列。勿論、黙示録の外観に意味なんてない。一応、解読を試みた事もあったが、復元鍵があれば解ける類の暗号でもなさそうだ。
「結論から言いマス。アナタの症状と黙示録は、ワタシ個人の力ではどうにもできマセン」
不治の病人を相手にする医者の顔はこんな感じなのだろうか、と僕は冷静に考える。
「穂芒珠月が製造したカプセル剤も、侵食を軽減する効果しかありマセン」
レーシュが厳重に封をした小箱を触手で示した。やはり人間の手よりも触手の方が使いやすいらしい。
「1つだけ断定できるのは、その黙示録が魂を侵食し切った時……アナタという個は完全に消滅するという事デス。遺失支族が使っている体の、元の持ち主達のように」
秘密を開示して以降、レーシュはやけに僕を心配してくる。僕の境遇に思うところでもあったのか、元から義理堅い性格なのか。
「人間と悪魔。1つの器に2つの個は共存し得マセン。そして、超越者よりも黙示録の方が存在強度は高い。侵食が進んでいるのが、その証拠デス」
「覚悟の上」
願いの代償は悪魔から聴いている。その上で契約したのだ。今でも後悔はしていない。アインのいない世界を生きるくらいなら、魂を削ってでも奇跡に縋ってやる。
「王、見て見て!シビュラ、拡張思考回路の習熟度がまた上がっちゃったんだよ!」
レーシュの発する微妙な空気を掻き消すかの如く、バレンシア親衛隊で1番騒がしい女が飛び込んできた。
『秘伝──綾なす珠玉の御姫様!』
シビュラの桃色のツインテールに絡み付くように、小さな宝石の粒が展開する。僕と同じ系統の術式を覚えた事が嬉しいのか、彼女は自身の成長度合いをよく報告にきていた。
実際に成長が著しいので褒めていると、味を占めたように纏わり付いてくる。小型犬でも飼っている気分だ。
「あ、もしかして、大事な話中にお邪魔しちゃった……?」
「いや、別に大した話じゃない」
「内容、聞きたいデスカ?」
「レーシュ」
僕は口の軽い宇宙人を咎める。僕自身が辿るであろう末路に関して、彼女達にはぼかして伝えてきた。今更……。
「大した話じゃないんデショウ?彼女も親衛隊なら知っておくべきデス」
「……意地が悪い」
お前もどうせ、宇宙人である事は隠してきたんだろうが。触手捥ぐぞ。
「もう良い。僕の口から話す」
先ほどと同じ話をシビュラ相手に繰り返す。正直、泣かれる程度は予想していたが、最後まで話を聴いた彼女のリアクションは思いもよらないものだった。
「なーんだ、そんな事?じゃあ、簡単に解決しちゃえるよ!だって……」
僕はシビュラの言葉に息を飲む。その発想は正常な異能者が考え付くものではない。天才か、はたまた狂人か。
輝石のシビュラ・クリスタル。
──僕は超越者にも劣らない『何か』の種を育ててしまったのかもしれない。




