【神聖喜劇】に関する隙間
「今回は貴女に助けられましたわ。ありがとう、ソフィア」
神聖喜劇のボス──洗礼のラミナ・クルシフィックスから感謝の意を受け取り、婚配のソフィア・アイオーンが顔の横でピースサインを作った。
「#MVP #神プレイ #超絶キル」
「ですが、それはそれとして」
ここからが本題とばかりに、ラミナは腰に手を当てて言葉を続ける。
「連絡もしないで迷子になっていた件に関しては、深く反省すべきでしてよ。淫祠邪教に保護されていると知って、わたくし達がどれだけ心配したか、分かりまして?」
「#反省 #恐縮」
至極真っ当な注意をされ、ソフィアは一転して縮こまった。
気の向くままに放浪する彼女の悪癖は、いつも予想できない結果をもたらす。時にはプラスに働く事もあるが、身内としては気が気ではない。
「まあまあ、ラミナ。それくらいにしてあげては?ソフィアが小さくなっていますよ」
茶と黒の髪を後ろ結びにした男性──痛悔のヴァルナ・ジェインが、やんわりとラミナを宥める。相変わらずの苦労性だ。
「怒られて物理的に小さくなる人間はソフィアさんくらいよね!」
聖傅のサラート・シャリーアは、よく分からない点に感心している。
「ソフィア、怒られてやんの!あっちこっちフラフラしてるからだし!」
薄紫色のお団子髪をツインにした女性──神品のミリアム・ゼミーロートが、生き生きとお説教に加わった。
普段はそそっかしさを叱られる事が多いミリアムにとって、矛先が変わった事はよほど嬉しかったらしい。そのような態度だから、ラミナに注意されるのだが。
「……んあ?なんだ、なんだ、賑やかだな。神聖喜劇が全員揃うのは久々だろ」
金銀の髪にヘアバンドを巻いた男性──聖体のハイノ・エクメーネは、休憩室の騒がしさに仮眠を中断して目を開けた。
「ヤザタ兄が居ないし!」
「ヤザタはレムリア遺構に出現した巨大迷宮の調査に向かいましたわ」
調査の名目ではあるが、戦闘狂のヤザタなら嬉々として単独攻略するだろう。
「たった7人の私達でも揃わないんだから、残体同盟とかは永遠に全員集合しなさそうね」
「超越者は我の強い人間の集まりですからね。こうして6人集まった事が奇跡では?」
「#エゴイスト #自己中」
神聖喜劇は最も新しく設立された四大結社である。そのせいか、ドライな繋がりしかない残体同盟・断章取義・淫祠邪教と違い、疑似家族のような仲の良さが特徴だった。
「ソフィア!わたくしの話をちゃんと聴いていまして?今後は遠出の前に行き先を……」
「心配性だな。共鳴が繋がってるんだから、無事かどうかは分かるだろ」
共鳴は親密な異能者同士で魂を繋げる術式。神聖喜劇は全員が共鳴を結んでおり、離れていても互いの状態を感じ取る事ができる。
「そういう問題ではありませんわ」
ラミナが長い前髪の下から睨むと、ハイノは飄々と肩を竦めて話を逸らした。
「にしても、サラートが神聖喜劇の本拠地に居るのは地味に珍しくないか?アンタ、暇さえあれば、桜国のギーク街かウールーズに遊びに行ってるだろ」
「ギークで悪かったわね。志鳳さんと幕楽さんが忙しそうにしてて、誰も構ってくれないから暇だったのよ。ちなみに、プレイスさんは相変わらず爆睡してるわ。難儀な体質ね」
「志鳳、ですか」
ヴァルナが顎に手を当てる。
「神聖喜劇にいた頃から、彼は底知れない先見を感じさせる事がありましたが……。今回は何処まで予測して動いていたのでしょうね?」
「余所に鞍替えした大聖兄の事なんて知らないし!裏切り者だし!」
頬を膨らませるミリアムに、ヴァルナが苦笑した。彼女は志鳳に懐いていたので、今でも突然移籍した事が許せないらしい。
(知覚系の志鳳が大胆な行動に出たからには、彼にしか分からない理由があったのでは?……いえ、これを言ったところで火に油を注ぐだけですね)
「幾らミリアムさんでも、志鳳さんを悪く言う事は私が許さないわよ!」
「上等だし!模擬戦やるかー!?」
「#観戦 #ポップコーン」
「お止めなさいな……」
「ははは」
前衛最強の武闘派集団である神聖喜劇にも、今だけは穏やかな団欒の空気が流れている。
『え……』
その異変に最も早く気付いたのは、ラミナだった。続いてヴァルナとサラート。ハイノ、ソフィア、ミリアムの順に反応する。
今、この瞬間。神聖喜劇の古株、ヤザタとの共鳴が失われた。
「わしゃあ、真説大陸の奥で巨大迷宮が発生したと聞いちょったが」
傅膏のヤザタ・スプンタは、ボサボサの黒髪を掻いた。
「まんまと罠に嵌まったぜよ」
「ザッツライト」
赤いインナーが入った黒髪の黙示録が指を鳴らす。
レムリア遺構に広がる砂漠が割れ、崩れる砂の流れが2人を地中へと運んでいく。逃がさない。そう言外に伝えるかのように。
「おんし、1人だけがか?」
「ユーのイマジネーションに任せよう」
「がっはっは!」
遺失支族のリーダー格、ステファノス。確率のシグネット……いや、黙示録の場合はディザイアだったか。
(前にデカブツと死合うた時に、黙示録の力に対する耐性は貰うた。出し惜しみできる相手じゃないき。最初からシグネット全開で)
──狩る。
「静かに息を、吸い込みて。心の霧を、晴らしけり。水面のごとき、心持ち。波風立てず、身を沈め」
思わず、笑いが込み上げた。混成語による詠唱。教科書通りに術式を組み立てるなど、何年振りだろうか。
当然、隙だらけのヤザタに向けて、ステファノスから権能が放たれるが、ソドの流れを読んで躱す。
遺失支族が人間に受肉している事は、ヤザタにとって僥倖だ。超一流の整体師である彼ほど、人体の内側を見通す目に長けた者はいないだろう。
「骨の1つを、石とせよ。動かぬ意志は、鋼なり。折れぬ覚悟は、刃なり。巡るを知れば、操れる」
敵が目の前に居る状況で悠長に肉声で詠唱する事など、普通はない。ヤザタの選択は大きな賭けである。
「今ぞ放たん、極の技。音すら残さず、斬り伏せよ」
これは固有術式ではない。
失伝・口伝・秘伝・皆伝。いずれにも当てはまらない。オリジナルの術式を名乗るには、複雑さが皆無の代物であるが故に。
紙に丸を書き連ねるが如く、ただただシグネットを重ね掛けするだけの、単純な技術。ほんの短時間、ヤザタの心身に無敵の耐性を宿すだけの、名もなき術式。
「我が身を捨てて、刃とせん」
『ソーリー。フィニッシュだ』
ステファノスは器用に逃げるヤザタの前に回り込み、彼の持つ二刀を弾き飛ばした。絶対に避けられない近さで、確率のディザイアが牙を向く。
「刹那に終わる……」
目前に迫った死の気配に、ヤザタは微塵も動じない。そんな事よりも楽しさが勝っていた。
強大な格上と戦う中で発見した、糸よりも細い僅かな勝機。そこに捨て身で飛び込む喜び。
「──修羅の道」
ヤザタは砂を掘るように頭を低くして滑り込み、手刀でステファノスの足首を刎ねた。
『……ッ!』
あらゆる耐性を極限まで引き出した今の彼は、無手で万物を斬れる。ただし、四肢を当てられる距離まで近付く事ができたら、という注釈が付くが。
(やり方は知らんが、おんしらは超越者を手駒に変えちょる!確実に生け捕りにする為に、最後は近うまで来ゆうと読んじょったぜよ!)
腕を砂上に置いたまま、倒立状態に移行しての蹴撃。二刀と化したヤザタの両脚が、ステファノスの体を斬り伏せる。
(そして、予想通り!確率のディザイアは攻撃と防御の同時には使えんみたいじゃき!向こうが攻撃を仕掛ける瞬間は、カウンターが通るぜよ!)
推測に推測を重ねた勝算。彼の積み上げてきた途方もない実戦経験は、その刃を遺失支族へと届かせてみせた。
(討ち取ったり!)
両断されたステファノスの肉体に、ヤザタが追撃の腕を振り下ろし。
『正直な話』
水色の髪の人物に止められる。
『儂ら黙示録のリソースは有限じゃからな。闇雲に暴れて人類を減らしても、己の首を絞めるだけよ。終末に至るまでは、最小の消費で最大の効果を狙う必要がある』
動かない。押せない。ヤザタは思考より早く砂を蹴り上げ、蹴り脚をそのまま敵の腹に叩き込んだ。
『そこで、其方じゃ。ヤザタ・スプンタ。死闘に取り憑かれた修羅よ』
『そりゃ、光栄ぜよ……!』
重い。異能や権能の影響すらカットしているはずの超耐性が、薄皮1つ貫けない。
(権能の影響なしでこの硬さ言うがか?……いや、あり得んき。遺失支族は人間に受肉しちょる。素の強度には限界があるぜよ)
ヤザタは側転で距離を空け、仕切り直そうとする。貴族服を着た遺失支族──サピエンティアは、眉を顰めた。
『何を死んだフリなどしておるのじゃ。真面目にやらんか、ステファノス』
『ノーノー、アドマイアしてたんだ』
ヤザタが突然体勢を崩し、無傷のステファノスに頭を掴まれる。
『まさか確率のウォールを抜けて、私のディザイアを攻略してくるとは。彼がこちらの駒になってくれるなら、嬉しいサプライズだ』
『攻略できとらんかったじゃろうが』
『オールモストではあっただろう?私のカードがアレ1つならジ・エンドだったさ』
『改めて、反則的に多芸じゃの』
『ユーには及ばない』
ステファノスは微笑んだ。
『さて、私としてはサレンダーを推奨したいシーンだが……』
返答は手刀。ステファノスの手首に傷ができる。
『往生際の悪い男じゃな』
(傷痕は消えちょらん、か。これで少しはカラクリが絞れたはずじゃき)
ほぼ詰みに近い状況で、ヤザタは思考を回し続けていた。それは最早、彼の習性である。
(ラミナ、志鳳、ヴァルナ、ミリアム、ソフィア、サラート、ハイノ……。おんしらを信じるぜよ)
ヤザタの両目は、最後までギラギラと尽きぬ闘志を宿していた。
ステファノスは風にはためくマントを片手で捌き、もう片手に持っていたヤザタの体を砂に下ろす。
「レピュテーション以上だ、ヤザタ・スプンタ。部下に欲しいくらいのタレントだったよ」
心からの称賛である。生け捕りのつもりが、大人しくさせる為には仮死状態にせざるを得なかった。
秘密裏に事を運ぶ予定だったが、これでヤザタが敵に回る事は連盟側に察知されてしまっただろう。
「まったく、儂の手まで煩わせおってからに……。この後の処理も、どうせ儂がやるんじゃろ」
「ユーに一任するのがベストだからね。価値のディザイアはあまりにユーズフル過ぎる」
サピエンティアは不満げにしながらも、ヤザタの頭に掌を乗せた。
「レテ・ダームと同じ処理で良いな?超越者としての『価値』を一時的に落として、改編への抵抗力を下げ、イフの可能性を上書きする」
サピエンティアがヤザタの攻撃を受け止められたのは当たり前である。ヤザタが自身の耐性を高めた分だけ、サピエンティアが彼の価値を下げていたのだ。
「以前と同じく、ヤザタ・スプンタの中にある『世界の敵になる事』の価値を引き上げておくのでな。奪い返された時の蘇生対策じゃ」
「オーケー。パーフェクトだ」
ステファノスは拍手で返す。
「気付いているかい、ガーディアン。ディスタイムに摂理が抱えている破損パーセンテージは、ユーの予想を越えているよ」
ステファノスはヤザタを戦利品のように担いで歩き出した。後に続くサピエンティアが、ふと自身の肩を叩く。
「ワッツ、ハプンド?」
「いいや、何でもない」
サピエンティアは首を振った。
「──小さな虫が1匹、飛んでおった気がしただけじゃ」




