【デザート】に関する閃き
──もはや、地上は人間のものではなくなったのだ。
自由の国アクイレギアと最期を共にした大統領は頼りない風貌の男だったが、未能者にしては正鵠を射た遺言を残した。
(……確かに、これは人間が生きるのに適した環境とは呼べない)
キュビスムのような景色の広がる地域。全てが結晶化した地域。そして、僕が今いるベリスの環境は──爆発。
僕はできる限り体を縮めて、欠伸が出るようなスローペースで移動を続ける。
間抜けな格好だが、全方位から襲ってくる爆発の余波を軽減するには最も効率的な姿勢だ。体を守る為のマナも最小限で済む。
終末が到来してから気分は常に最悪だが、僕は可能な範囲でコンディションを保ってきた。大丈夫。僕はまだ戦える。
(まさか、真説大陸の異常環境を平和に感じる日が来るなんて)
皮肉なものだ。強力な結界で保護された一部の重要拠点を除いて、今では無法地帯の真説大陸の方が安全になってしまっている。
(だけど、僕はそっちに逃げるわけにはいかない。アインと合流する約束が……)
『詩凰チャン、ちょっとペース早いっしょ!ほら、後続が遅れてる!』
『有象無象なんて、置いてけば良い』
隣に並ぶ青みがかった銀髪の男に対して、僕は素っ気なく返した。無駄な閑話に使うマナすら惜しいが、この男にはその価値がある。少なくとも、今はまだ。
『そうもいかないっしょー!』
離愁の菖蒲酒八橋。
シグネットは獣。生物系の中でも高い総合力を持つ超越者で、スーツを着崩したホスト風の服装がトレードマーク。
同じ断章取義に所属していた事だけを接点に、僕はコイツと一緒に行動している。
終末の世界では超越者であっても単独行動は命取りなので、それに関しては仕方がない。だが、親衛隊以外にも生存者を保護する行為は理解できなかった。
『うわー、爆発で髪が乱れる!美容師にとっては最悪の環境っしょ!』
『研究者にとっても、最悪の環境』
新作術式のテストをする余裕もないからな。まあ、そもそも爆発の中でも平気という生物はいないだろうが。
(ああ、そう言えば、いた)
瘴気に適応した未知の不死者を思い出して、僕は辟易した。しつこくて厄介なアレは……。
そこまで考えて、敵に便宜的な名称すら与えられていない事実に気付き、人類が悉く後手に回っている現状を再認識して余計に気分が悪くなる。
瘴気が烙印のように深く刻まれてるから……『烙印者』なんてどうだろうか?いつもなら、アインにそう提案するところだ。
『はぁ……』
『詩凰チャン、暗い顔よりも笑顔笑顔!ポジティブに行くっしょ!』
うるさい。楽天家め。
空気を抉り取るような凶悪な爆発音。世界をこんな風にした元凶──敵の1人が近付いてきている。
『逃げられる奴は全力で逃げろ!派手に散りたい奴だけ俺に付いて来い!冥土の土産に、生物系シグネットの極致を見せてやるっしょ!』
熊、犬、猫、鼬、馬。
八橋の足元から獣の軍勢が生み出される。1匹1匹に込められたマナは絶大だ。……不自然なほどに。
魂を燃料にした、死に際の輝き。彼は終わりを覚悟している。それが分かった。
『八橋……っ!』
シグネットで作られた熊が僕の体を抱え、戦場から遠ざかる。合理的な判断だ。超越者が1人でも生き延びれば、世界に希望が残る。
だけど、お前はそんな事、考えてないだろう。女の子の前では格好付けたいっしょ、なんて言って笑う姿が容易く想像できた。
『獣神様……!我らも囮くらいはこなして見せましょうぞ……!』
『仲間の仇に1発入れてやれるなら!』
『無論、親衛隊は最後まで付き従います。……あの世で奢れよ、伊達男』
これだけ離れても、皆の閑話は聴こえている。それだけ、深く共鳴してしまった。もう誰にも情を抱かないように気を付けていたのに。
『──バイバイ、詩凰チャン』
感じていた熊の体温がなくなり、地面に落ちる。超越者の僕にとって、この程度の衝撃は問題ない。……だが。
獣のシグネットが、消えた。
『あ、あぁ……っ!』
黙示録に殺された人間は蘇生できない。断章取義が、仲間が、また1人減ってしまった。
『絶対……っ!僕と、アインが……っ!絶対に、お前らを……』
そうだ。ここで死ぬわけにはいかない。僕にはまだ、アインがいる。合流地点に到着するまでは這ってでも生き延びないと。
先の事を考えていないと、おかしくなりそうだ。
「夢、か……」
僕は目元を拭って起き上がる。こういう悪夢は何度見ても慣れない。
ヘッドホンを耳に装着し、朝の支度を終わらせた僕は、棚の上でポーズを決めるフィギュアのような何かを掴み取る。
「神聖喜劇のソフィア・アイオーン」
「……」
「いや、フィギュアのフリしてもバレバレだから」
僕は小さな侵入者を握ったまま、ぶんぶん振ってみた。超越者の私室に忍び込んだのだから、これくらいは軽い罰の範疇だろう。
「#止めろ #振り回すな!」
紫色の髪と黄色のスカーフが特徴的な女が、唸るように叫ぶ。うるさい。僕は手を離す。彼女はべちっと顔から床に落ちた。
その体が見る間に巨大化して、人間の女のサイズになる。
「#痛い #拡散希望 #人権侵害の現場!」
婚配のソフィア・アイオーン。
シグネットは体積。ライフワークは採掘。普段は新しく生まれた迷宮や真説大陸を最前線で開拓しているので、過去に戻ってからは初対面だ。
僕は寝起きの頭を整理しつつ、足元を跳ねていた飛蝗を踏み潰す。ソフィアを片手で引き摺って、淫祠邪教の拠点に用意された私室を後にした。
迷いのない足取りで別室に向かい、ドアを膝で乱暴にノックする。
「アタイは無実さね」
「まだ何も言ってない」
蝗害のネーベル・キングスバレイ。
シグネットは蟲。茶色のミドルツインテールのスポーティーな美人だが、その実態は他人の秘密を暴く事が趣味の野次馬。
「ネーベル。僕の秘密を盗み聴きしたからには協力して貰う。知っての通り、世界を存続させる為には僕の力が必要」
「何の話だか……」
言い逃れようとしたネーベルが途中で言葉を切り、目を見開く。
「モルトとの密談……わざと聴かせたのかい?道理でアタイの蟲が簡単に潜り込めたわけさね」
「だったら、どうする?」
これは賭けだ。ネーベルには全てを忘れて引き返す選択肢もある。彼女がやらなくても、他の超越者が代わりを務めるだろう。
さて、どう出るか。
「良いさね。乗った。なかなか楽しそうじゃないかい」
「……そんな、あっさり」
「聞くに終末の世界ってのは、隠し事もできないような環境なんだろう?暴くべき秘密のない世界なんて、アタイは御免さね」
「そう」
僕は天井から肩に飛び降りてきた虫を叩き落とす。どんな時でも隙あらば仕掛けてくるな、この女は。真剣な空気が台無しだ。
「フライパン、何処?」
「え、まさか食べたりしないだろうね?」
「悪い?虫を食べるくらいの事を忌避してたら、終末は生き残れなかった」
「#サバイバル」
そうだ、ソフィアを忘れていたな。
「ネーベル。何故、神聖喜劇が淫祠邪教の拠点にいる?」
「ああ、それは道に迷ってるところをアタイが拾って連れてきたからさね。そしたら、シグネットで体を縮小して走り始めて……」
「見失ったと。目を離すと直ぐにいなくなる子供みたい」
「#抗議 #名誉毀損」
原寸大ソフィアの訴えは無視された。
「閃いた」
志鳳はスーツケースを膝の上に置き、キノスの仮想空間上で行われる疑似戦闘を眺めていた。
『わたくし達のデータをシミュレートさせ続けると、キノスが過負荷で壊れる可能性がありますわ。有効打で決着にしませんこと?』
暗い灰色の髪で両目を隠した女性が、黒いレオタードの礼装を確認するように撫でる。
洗礼のラミナ・クルシフィックス。
シグネットは時間。ライフワークは教育。現代異能教育の発展に最も貢献した、神聖喜劇のボス。
『私は別にどっちでも良いかな』
『相変わらず、貴女は戦闘にこだわりがなさそうですわね……。まあ、今は気にしませんわ。好きに攻めて来なさいな』
彼女がレース生地に覆われた腕で手招きすると、対戦相手──撃針の信桜幕楽がマナを拡散させた。
幕楽は空間を自身のマナで塗り潰し、術式の起点を広げていく。高度な異能戦の第1段階。それを制したのは幕楽だった。
無数の起点から炎のシグネットが放出され、戦闘区域を埋め尽くす。後衛かつ現象系の幕楽が得意とする広範囲攻撃。
だが。
『本当に対人戦のセンスはゼロですわね』
『え……!?』
次の瞬間、幕楽の眼前には既にラミナが迫っていた。
ラミナは最初からマナの押し合いに乗っていない。起点は自身の周囲だけで充分。凝縮された時間のシグネットは時流の壁となり、彼女に最強の防御力を与える。
そして。
「ラミナに近付かれたら、終わり」
『あっ、遅……く……な……っ……て……!』
敵の減速と自身の加速。そこにラミナの体術も加われば、相手に反撃の余地はない。
模擬戦の決着が付くまでに、さほど時間は掛からなかった。
「やっぱり、ラミナが適任」
預言のタヴ・モンド。恩寵のザイン・ラムール。大赦のレテ・ダーム。
これまで志鳳が倒してきた3人も優れた超越者だったが、彼女達は直接戦闘が本領ではない。
戦闘者としての思考と反射においては、ラミナが圧倒的に上を行っていた。
「昔会った時と違って、よく笑うようになりましたわね、幕楽」
「あはは、素敵な出会いのおかげだよ。おかしいかな?」
「いいえ、そちらの方が魅力的でしてよ」
上品な手捌きで食事をしながら、幕楽とラミナは穏やかに笑い合った。認識失墜の祭具でも隠し切れない2人の高貴な仕草に、他の客達がちらりと視線を奪われる。
しかし、そこは最高級レストラン。無闇に詮索するような不埒な客はいない。
「……」
ちなみに、テーブルマナーに自信がない志鳳は、対面に座るラミナの動きをそのまま真似していた。
「ラミナちゃんも怪我が完治して良かったね」
「日々の鍛練の賜物ですわ」
ラミナは胸に手を当てて誇った。志鳳も胸に手を当てる。そこまで真似しなくて良い。
「それで、遺失支族に対するわたくしの見解を聴きたいという話でしたわね、志鳳」
「いきなり本題?」
「教育とは人の時間を奪う行為。教え子を待たせないのが、わたくしの主義でしてよ」
教え子と呼ばれた志鳳が目を逸らす。超越者になってからはこういう扱いをされる機会も減っていたので、若干くすぐったい。
「あはは、照れてる、照れてる」
「幕楽、うるさい」
志鳳は隣に座る幕楽を肘で押し返した。ラミナはそんな遣り取りに微笑んでから、1つ手を叩いて話を続ける。
「結論から言いますと、受肉した黙示録はいずれ超越者でも手に負えなくなりますわ」
世界屈指の実力者でありながら、教育者としの視野も持ち合わせる彼女の言葉は重い。
「遺失支族の操るエネルギー……摂理学者達は『ソド』と名付けたそうですが、あれはマナとは少し違う性質を持ちますの」
ラミナはフォークを静かに置く。
「例えば、マナをレストランだと考えて下さいまし。適切に予約して時間通りに席に着けば、料理が目の前に出されますわよね?」
「あはは、そうだね」
「これは突き詰めて考えると、わたくし達がその店のルールに合わせていると言えますわ。手順に正しく従う事で、約束された結果が得られる」
「世界のルールに合わせるのが、異能者って事?」
ラミナは満足そうに頷いた。
「ソドはその手順を無理矢理スキップしてしまいましてよ。レストランの例を使うのでしたら、隣の店から料理を奪って来て来客に提供するようなイメージですわね。結果だけは同じになるのが、お分かり?」
「何でもありだね。そんな横暴がまかり通るとは思えないかな」
「ええ、治安を維持するモノ……摂理に阻止されてしまいますわね。だからこそ、今の彼らは大きな制限を課されている。しかし、それは平時の話ですわ。強盗行為を大規模に何度も繰り返せばどうなるでしょうか?」
「近辺の治安が荒れて、余計に強盗を働きやすい環境になる」
そして、最後には世界からルールすら失われる。それが終末。
「ソドは今の世界を否定するエネルギー。瘴気と違って人体に有毒ではありませんが、この世界にとっては瘴気以上の猛毒になる。一刻も早く解決しないと、取り返しが付かなくなりますわ」
「そう。ただ、希望はある。黙示録はソドを自力で生み出せず、人間の願いや欲望から少しずつ補充する事しかできない。だから、ザインは……」
志鳳は首を軽く振ってから、スーツケースを持ち上げて2人に見せた。
「ラミナが説明してくれたから話が早い。実は遺失支族のソドを増やさせない為に達成すべき依頼がある」
「ずっと気になっていましたわ。何ですの、それは」
「ノクティフルート」
「の、ノクティフルート!?」
幕楽が糸のように細めた目を大きく開く。椅子から腰を半分浮かしかけていた。冷静な彼女がここまで驚くのは珍しい。
「僕の予想では、これが遺失支族に狙われてる」
「そっか……。さっきの話から考えると、ピッタリの食材だね。でも、その……どう処理するのかな?」
「問題ない。僕に考えが……」
「お待ちなさいな」
ラミナが慌てて話を止める。
「ノクティフルートとは何か、まずは説明して下さる?」
志鳳と幕楽が顔を見合わせた。
「「願いを吸って育つ果実」」
「ノクティフルートは世界に1つしか出現しない実なんだよ。世界中の人々の願いのエネルギーが一点に集まる事で実体化する、伝説の果実」
幕楽が簡単に要点を解説する。
「人の願いを糧にする黙示録からすれば、喉から手が出るほど食べたい実じゃないかな?よく確保できたね、志鳳くん」
「ノクティフルートの目撃情報を知った時にはヒヤッとしたけど、最終的に流れ着いた場所がムー遺構──神智教の勢力圏で助かった」
神智教は超越者を神として信仰する宗教だ。正確な教典では『いずれ幽世に導かれて神となる魂』とされているらしいが、結果としては似たようなものだ。
彼らは崇拝の象徴として卵型の祭具を持ち歩いているので、一目で分かる。何でも、この卵にマナを注ぎ込むと幽世に祈りが届き、救いが得られるのだとか。
そんな神智教なので、信仰対象である超越者からの要求は基本的に断らない。
「ちなみに、ノクティフルートは猛毒だから、料理人として超一流の腕がないと無害化できない。だから、幕楽を連れてきた」
「あの……遺失支族に狙われているんですわよね?料理人の前で言うのも憚られますけど、普通に廃棄した方が安全ではなくって?」
「この実は普通に廃棄しても、中に込められた願いのエネルギーが飛散して別の場所で再出現する。誰かに吸収されるまでは、鼬ごっこ。遺失支族から守るには食べるしかない」
志鳳は無言で器仗を取り出そうとする幕楽の肩を押さえて、ラミナに補足説明した。
「必要な調理は2つ。適切な量の光を当てて『洗う』事と、実が理想的な色に変わる瞬間まで『炙る』事だね。どっちも僅かなズレすら許されない繊細な作業かな」
幕楽が指折り数える。
「とにかく、ここじゃ駄目だよ。ノクティフルートは繊細だから、理想的な時間・場所・気候で外に出さないと、一瞬で有毒化するからね。一番近い時間だと今夜の……」
幕楽はメモ帳に走り書きして、胸ポケットに押し込んだ。
「なるほど。わたくしが呼ばれた理由も分かりましたわ。貴方達を遺失支族から守れば良いのですわね」
「よろしく、ラミナ」
ムー遺構。隆起した地面の上に設置されている宗教都市にて。
寒々しい暗闇の中で、志鳳はスーツケースに手を掛けた。ここからは慎重さと迅速さが求められる。
『なんでうちがこんな雑用を……』
人払いを済ませた都市の端で、志鳳達の感覚が接近してくる強い気配を察知した。
『今頃はエネルギー回収システムが完成して、本格的に侵攻を始められたはずやのに。肝心のパビェーダは引き継ぎもせんままおらんくなるし』
白の短髪とブランドスーツの人物。
『誰も彼もがバチバチ出し抜こうとしてはるし、何もかんも上手くいかんわ』
ダン食品の元最高経営責任者、エンテンデール。
『……貴方の狙いはノクティフルートに含まれるソドですわね?』
『ソド?……ああ、願いのエネルギーの事どすか。分かりやすくてええね。アスナヴァーニイが喜びそうやわ』
完全に調理モードになった幕楽が志鳳に合図を出し、銀色の果実が外気に晒された。
ノクティフルートの処理にはある程度の時間が掛かる。それまでラミナが持ち堪えられるかが鍵だ。
『失伝──|針の上で天使は何人踊れるか《シースレス・エンジェル》』
だが、それは2人の気にすべき事ではない。志鳳と幕楽は既に自身のやるべき事だけに没頭していた。
『失伝──この世は舞台。と、再演──大赦』
『私の出番らしい』
作業の手順や光量の調節は、幕楽が志鳳に叩き込んだ。その動作を拡張思考回路と記憶領域の組み合わせで完璧に再現する。
付け焼き刃の技術だが、幕楽が合格を認めたのだから可能なはずだ。信桜幕楽は料理に関して絶対に妥協しない。
『ダン食品におれんくなって、悲しいわぁ。うちがどれだけグループに貢献してきたか、知ってはります?』
『失伝──時計仕掛けの抱擁!』
『不均一な原材料の選別、機械の完璧な洗浄、新商品の製造ライン構築。自動化の難しい人力作業は、うちの偽典が全部支えてたんどす』
『くっ……偽典の数が多過ぎますわ!』
角度と照度を変えながら、ノクティフルートを光のシグネットで洗う。
『足掻いても無意味どすえ。まったく……あんさんらが余計な抵抗さえしなければ、何も分からん内に楽に滅ぼしてあげたんにねぇ』
『随分と身勝手な主張ですわね!』
『当然どす。黙示録と人間は対等やあらしませんから』
洗う、洗う、洗う。永遠に感じられるような時間を経て。……ノクティフルートの外果皮が剥けた。
『幕楽!』
『任せて!』
最後の仕上げ。炎の鎌を携えた幕楽の手に果実が渡る。
『あっ……!』
その前に、巨大な象の偽典に2人の体が弾かれた。
『失伝──無秩序な熱狂!』
幕楽が鎌を数度振って、象を絶命させる。だが、調理中の果実は既に。
『改編──可能世界D38。ノクティフルートが毒なんは、人間の体にはソドが濃過ぎるからやさかいに』
権能によって距離を詰めていた、エンテンデールの手の中。
『黙示録が食べる分には下処理なしでも問題ないんよ。皮剥き、ご苦労さん』
『ああ……』
志鳳達の周囲に巨大な影が落ちる。勝敗は完全に決した。
『よく味わって食べて。──ソフィア』
巨人の指がエンテンデールを叩き潰し、ノクティフルートを爪に引っ掛けて口に運ぶ。
体積のシグネットで巨大化したソフィアが、銀色の果実を飲み込んだ。
『#映えるデザート #カロリー爆弾 #ドカ食い気絶部 #健康と引き換えの美味!』
ソフィアは涼しい顔で果実を平らげる。実際、あの巨人形態なら全身への影響など微々たるものだろう。
『これにて、終演』
志鳳達はエンテンデールが再生するまでの間に、ソフィアの掌に乗ってムー遺構を後にした。
「……という流れみたいさね」
「流石、覗き魔」
僕の感知能力は視覚の延長でしかないので、様々なセンサーを内蔵した蟲を使うネーベルは有益な情報源になる。
しかし、遺失支族は内輪揉めの最中か。真説大陸の新拠点の位置もバラけている可能性が高いな。
「本体の発見は難しい?」
「そう言えば、今の連中は人間に寄生してる状態って言ってたさね。で、本体の『黙示録』の隠し場所を見付けて壊すのが一番手っ取り早いと。アタイの協力を欲しがった理由もそれかい?」
「そう。遺失支族の秘密を探るなら、適任はお前しかいない」
蟲に偵察させるだけなら、ネーベル本人に危険が及ばないのも大きい。
それこそ、超越者クラスなら術式を辿って遠隔攻撃を仕掛けてくるかもしれないが、遺失支族はあまりそういう器用な事はできない印象がある。奴らは力の使い方が大雑把なのだ。
種族的な体質なのかソドの性質なのか知らないが、もっと器用な応用ができるなら僕達のような残党は終末の世界で全滅していた。
今もそうだ。僕が奴らの立場だったら、こうして情報を抜かれるような隙は見せない。勿論、フェイクかもしれないので情報の裏取りは手を抜かずにやるが。
「大親友のナーヌスがそこまで言うなら、アタイも一肌脱ごうかね」
「勝手に親友面しないで。不快」
僕はナーヌスの部屋を退室し、廊下の壁にもたれて溜め息を吐いた。
「……僕はもう二度と、友達は作らない」
「ところで、悪魔。お前、黙示録は摂理の崩壊を達成するまで、内輪揉めしないとか言わなかった?」
『随分と古い出来事を根に持つのだね、孤高の青よ。全ての事象に例外なく適用できる法則はない。研究者ならばそれくらい分かるだろう?』
甲高い声が頭の中で反響する。
「……まあ、良いけど」
僕だって、とっくに気付いている。
コイツは他の黙示録とは何かが決定的に違う。更にその事を隠そうとしている。いや、そもそも本当に……。
「1つだけ聴きたい。お前の目的は何?」
『我輩の目的かね?クハハッ、実に興味深い問いだ。はて、色々と思い付く回答はあるが、敢えて言うとすれば』
はぐらかすつもりか。それならそれで良い。そう割り切っていた僕の足が、悪魔の言葉で停止する。
『──君と同じだ』
悪魔の答えは本当に簡潔だった。




