【国際異能連盟】に関する隙間
ラフな白シャツを着た男性。『お喋りマイク』のニックネームで親しまれている彼は、淡い虹色の髪の女性と向き合っていた。
「私の計算によると、貴方は裏の世界──異能社会の存在を確信していますね?」
真剣な表情で切り出す女性とは対照的に、用件を察したマイクが肩の力を抜く。
「わざわざ呼び出されたという事は、答え合わせをしてくれるのかな?」
「ええ。未能者が異能者の実在に辿り着いた場合、基本的な事項の説明をした上で……連盟の協力者となるか、記憶を封じるかを選択して頂く。そういう規則です」
「1人1人を呼び出して、こうやって説明するのかい?ご苦労な事だね」
「そもそも、ここまで辿り着く方はごく少数ですので」
マイクは大袈裟に手を開いて驚きを表現した。
「それこそ信じられないよ。異能とやらは知らないけど、少し調べれば誰でも勘付くさ。教科書に載っている諸々を鵜呑みにしたら、辻褄が合わない出来事が多々あるってね」
「貴方が思う以上に、多くの人間は先入観や常識に縛られているという事でしょう。口の悪い同僚は『何も考えずに生きてんなァ』などとぼやいていましたが」
暗に常識知らずと言われたマイクが、未来的なデザインのテーブルに置かれたコップを持ち上げ、冷たいオレンジジュースを呷る。
「生憎、皆が崇拝する常識とやらが、僕に何かをしてくれた覚えがなくてね。そんな幽霊みたいな存在よりも、自分自身が確認した事実を信じるべきだろう?」
「幽霊は実在しますけどね」
「そいつは凄い!僕が靴紐を結び忘れるのは悪霊の仕業かな?」
虹髪の女性から睨まれて、マイクは笑って誤魔化した。
「……何にせよ、最初から信じて頂けるのであれば話が早いです。この後に様々な手続きが必要なのですが、お時間の方は大丈夫ですか?」
「ああ、それは大丈夫。今朝、上司から『良い1日を』と挨拶されたからね。職場に戻らなくても問題ないさ」
「私の計算によると」
女性は深く溜め息を吐く。
「おそらく、そういう意味で言ったわけではないと思います」
マイクは異能者に協力する異装者として、連盟の名簿に登録された。
異装者には響きの通り、マナを動力とする異能の装備──祭具が支給される。
特に異装者の間で人気があるのは、強化スーツこと外装鎧だ。攻撃力と防御力の両面に優れた戦闘向け祭具で、機動隊の装備よりも総合力では上らしい。
当然、新人に回ってくる代物ではないので、マイクは安価なモデルガン型の護身用祭具をレンタルしていた。
「これは雑談ですが、最近はマナ代が上がっていて大変ですね」
「まったくだよ」
異能関連で知り合った同居人の言葉に、マイクは強く同意する。
祭具を使用する為には、前もってガソリンスタンドのような施設でマナを補充する必要があり、庶民にとっては出費が馬鹿にならないのだ。
「僕なんて安い伐根種の素材を大量に買い取って、どうにかマナを絞り出せないか実験中さ」
「馬鹿ですか、君は。マナの抽出なんて専用の祭具がないとできないのが常識なのに」
「やってみないと分からないじゃないか。取引相手には菜食主義者になったのかと疑われたけどね」
マイクは持ち前の世渡り上手さにより、早くも他の異装者達と強固な横の繋がりを築いている。更には、一部の異能者にも気に入られて、様々な融通を利かせて貰っていた。
「これは称賛ですが、君のその行動力は尊敬に値しますよ。それが許されるほど平和なこの世界もね」
同居人が書斎に入っていく。仕事中は邪魔してはいけないので、マイクは静かに祭具の表面を磨き始めた。
異能者は貴族だ。少なくとも、マイクはそのように解釈している。
マイクの通っていた未能者の学校にも、1学年に1人は同じ人間とは思えないような超人がいた。
容姿が魅力的で、高い知性を持ち、運動神経が良く、強い向上心を秘め、カリスマがある高嶺の花。
異能者は全員がソレだ。そして、彼らは自身の影響力を自覚している。
意識が高い。当事者意識がある。言い方は人それぞれだが、マイクには『貴族』という表現がしっくりきた。
「……まあ、これで僕も晴れて異能者の仲間入りってわけだ」
マイクは数日前の外回り中に、運悪く迷宮の発生に巻き込まれた。迷宮は発生して直ぐに異名持ちが攻略したが、そのショックで異能が目覚めたらしい。
異能に覚醒して最初に驚いたのは、身体能力の変化だった。現状は最低の第9位階に過ぎないのに、筋骨隆々の力自慢を片手で制圧できる程度には身体能力が増している。
ただ、流石に術式の扱いはまだまだ未熟だ。漫画の超能力者や魔法使いのような派手な事はできない。
威力もショボいが、何よりコントロールが不完全過ぎる。空中に錬術で足場を作る練習をしては、何度も途中で崩れて落下する醜態を晒していた。
「華々しい活躍ができる日は遠いね……」
そんな状態で迷宮に突っ込むような無謀はできず、マイクは異能者ならではの内職で小銭を稼いで暇を潰している。
お祭り用のマナ爆発袋。繊細な技術を求められず、とにかく数を用意すれば良いそれは、異能初心者に人気のバイトだ。
「これは疑問ですが、随分と大量に作っていますね」
同居人が起き出してくる。マイクはそこでようやく朝になっている事に気付いた。
どうやら徹夜してしまったらしい。やはり異能に覚醒した事で、無意識に浮き足立っているのだろうか。
「オックス社の広報イベントで、まとまった数を使うそうだよ」
「オックス社ですか。それは良いですね」
同居人が2人分のコーヒーを用意する。
「これは私見ですが、異能者と未能者の棲み分けを軽んじる遺失支族は、どうにも信用なりません。老舗の異能企業として、オックス社には頑張って貰いたいところです」
異能者と未能者の関係は、歴史的な背景も絡む非常にデリケートな問題だ。
未能者は弱いから異能者が守るべきだという意見もある一方で、同居人のような意見も強く、今の異能法では相互不干渉が基本となっている。
「マイク、LITH端末が鳴っていますよ?」
「おっと、そう言えば朝になってたんだったね。そろそろ、お勉強の時間だ」
「勉強熱心ですね」
「君がバーグラーの試合を毎晩観ているのと同じ事さ」
マイクは徒弟として通信制で基礎知識を学びながらも、自主的に解説動画を視聴して更に理解を深めようとしていた。
異能者になったからには迷宮都市に居を移した方が便利なのだが、現代はテネトが発達しているので、同居人を置いて引っ越すほどでもないと思いつつある。
『夜が明けても舞踏会は終わらない!シンデレラちゃんねるのお時間れす!今朝の生配信は、覚醒して直ぐの人こそ必見!マナの扱い方、初級編れす!』
画面端に移動して手を振る銀髪マスクの異能者──シリカ・リザンテラは、この業界でも特別な『生きた神話』とも称される『超越者』だ。
『異能者が体内でマナを作り出している事は周知の事実れすが、このままだと術でも式でもない無色のエネルギーれす』
ホワイトボードを模した枠の中央に人間の絵が浮かび上がる。シリカはその体を一回り大きい円で囲み、『マナ』の文字を書き足した。
『マナを広げた範囲が異能の起点となり、そこから術式は発射されるれす。なのれ、マナ精製量の多い高位階の異能者に近付くのは、非常に危険なんれすよ』
円の中に無数の点を打ち、『起点』と小さく書き添える。
『銃口を全身に押し当てられてるようなものれすからね』
そのタイミングで『それでは位階が上の異能者には勝てないのか』という内容の質問コメントが流れた。
『ああ、いや、そこは工夫次第れす』
映像記録の祭具がシリカを映す。彼女は自身の腕にスプレーを噴射した。
『わらしが分かりやすいように実演するれす。ちなみに、これはマナを一時的に着色する新開発のスプレーれすよ!動画のネタ作りに対抗神話を襲撃してみたらドロップしたれす!』
シリカが自慢げに解説している間に、モクモクと黒い煙……いや、可視化されたマナが腕を包むように広がる。
『まあ、こんなところれすか。あまり範囲を広げると近所迷惑なのれ、放出量を普段より抑えてるれす。この状態で術式を撃つと、こう』
黒いマナの中から小さな硝子片が射出され、木の的に刺さった。
『それでは、マナの総量を変えずに形状だけを変更すると……』
腕を包んでいたマナが的に向かって伸びる。細長くなっているので、確かに全体の体積は変化していない。
『こう、れす』
マナの先端から生み出された硝子片が、ほぼゼロ距離から的に刺し込まれる。
『どうれすか?起点は練習すれば自在に動かせるようになるれす。この技術を極めれば格上狩りもあり得るれすよ!……あっ、でも!』
シリカは慌てて補足した。
『異能が暴発したら危ないのれ、初心者は教科書通りに混成語でフル詠唱するところから慣らしていくんれすよ?わらし達を真似して、いきなり閑話で術式連射しようとしちゃ駄目れす』
指でバツ印を作って掲げてみせる。
『補助祭具や詠唱なしでの術式行使は、目を瞑って銃を撃つようなものれすから!初心者はしっかり構えて撃たないと危ないれす!』
その後はコメント欄に答える形で、シリカが細かいコツに関する説明を入れていた。超越者の教えるハウツー講座だけあって、朝早くから賑わっている。
マイクも質問コメントを送りながら、動画を最後まで視聴した。
「財布と玉葱の共通点を発見したよ。中身を見ると涙が出る」
「これは確認ですが、そんな詰まらないジョークを言う為に私の部屋に入ってきたのですか?」
ソバージュの髪を掻き上げながら、同居人は眉を顰める。
「別に良いじゃないか。用件は今考えるよ。……そうだ、君の部屋の壁に掛けてある宗教画を観賞しにきたなんてどうだろう?」
そこに描かれているのは2人の人間。右側には赤い髪の女性。左側には……。
「宗教画ですか。言い得て妙ですね。神智教の方々なら、そう呼ぶかも知れません」
同居人は神々しく描かれた人物を隠すように手を押し付ける。細い指の隙間から覗く光の冠を見て、皮肉げに口元を歪めた。
「私の世界にも天使が舞い降りていれば、少しは救われたのでしょうか」
「はあ……?しかし、自室にこういう絵を飾るなんて、僕には理解できないセンスだね。流石は人気漫画家。サインでも貰おうかな?」
「構いませんが、私のサインにあまり価値はありませんよ。これは懺悔ですが」
冗談めかして揶揄うマイクに対して、同居人は自嘲気味に返す。
「『大罪のナサヤ』は、私が考えた創作の世界ではないので」
未能者でも知っている世界的な人気漫画『大罪のナサヤ』の作者──白河夜船。それが、マイクの家に居座る奇妙な同居人の名前だった。
「事務局の総裁になろうと思うんだ」
異能者として経験を積んだマイクは、飾り紐の付いた高級な仕立ての上着を肩に掛け、祝福の影響で赤みがかってきた茶髪をきっちりセットしていた。
派手な格好ではあるが、奇抜な服装の多い異能社会で悪目立ちするほどではない。理想の自分の姿になりきる事による自己暗示は、内面を補強してシグネットを安定させる。
「これは助言ですが、無茶だと思います」
「やっぱり総裁になるのなら、眷属と隷獣を手に入れないと格好が付かないかな?」
「それ以前に実績が足りないでしょう。幾ら舌が回っても、何も成していない者に投票する異能者はいませんよ。連盟の総裁ともなれば、誰もが知る功績がなくては」
「その目処が付いたから言ってるのさ」
マイクが人刺し指を立てて胸を張る。
「あれはシッスルの迷宮都市で上位者同士の決闘が勃発した時の事。生物系と物質系の衝突は正に戦争だったね。軍隊のように行進するビーバーの群れが、紅茶の洪水を泳いで渡り……」
「何ですか、そのシュールな光景は。もう途中経過は良いので、結末だけ教えて下さい」
「神聖喜劇のサラート・シャリーアに、異名持ちのコレクションカードを作る企画を提案したら、協力して貰える事になったんだよ。そこから……」
「すみません。やっぱり途中経過をお願いします」
結局、夜船に理解できたのは、目の前の男が大物になりそうな器だという事だけだった。
「はっきり言って、遺失支族の脅威度を見誤ってたね。寿命が200年は縮む失態だよ」
目の下に不健康そうな隈を湛えた紫髪の女性。治療院の総裁──メリディエースが会議机に突っ伏して唸る。
「超越者が束になって負けたってのは、現場の士気にも関わるよなァ……」
黒髪の下に眼帯を付けた男性。紋章院の総裁──ポールヴは険しい表情で額を押さえた。
「私の計算によると、そこは事務局の領分です。新総裁の手腕に期待しましょう」
淡い虹色の短髪が特徴的な女性。枢密院の総裁──ディーシが新しい同僚に目を向ける。
「着任早々、容赦がない先輩方だね。知ってるかい?スカイダイビングは1度目に失敗したら、基本的に2度目はないんだ」
赤みがかった茶髪の男性。事務局の総裁──セーヴェルは肩を竦めた。
「そういう職場ですから。そう言えば、初対面の時に言い忘れていましたね。マイク……いえ、セーヴェル様」
「何かな?」
ディーシは意地悪く微笑む。
「ようこそ、国際異能連盟へ」
──ここからは、政治の時間である。




