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【金策】に関する閃き

 異能者が最初に表舞台に出てきたのは、遥か昔。未能者達が互いに憎しみ合い、積み上げてきた文明が一度半壊するほどの、大きな戦争が起きた時だった。


 先頭に立ったのは残体同盟。そもそも、当時はまだ超越者の数が少なく、まとめる組織も残体同盟しかなかったらしい。


 とは言え、少数でも超越者は超越者。彼女達が介入すると瞬く間に戦争は終結し、異能者は公に認められる存在となった。


「そして、異能者と未能者が手を取り合う友好の証として、花唇のダレット・ランペラトゥリスが各国の首都に大輪の花を咲かせた」


 僕がダレットのイラストカードを世界地図の中心に置くと、桃色のツインテールの女──輝石のシビュラ・クリスタルが興奮気味に言う。

 

「異能史の教科書に載ってたけど、素敵な話だよね!シビュラ、何度も読み返しちゃったよ!」


「なるほど。異能者に逆らえば、次は貴方達が花の養分に(こう)なりますよ、と警告したわけですね」


 白髪の小柄な女──諧謔のスフィア・ミルクパズルは、感心したように頷いた。


「スフィアちゃんは、どうしてそんな捻くれた解釈しちゃうのー!?」


 ……まあ、示威行為の意味合いも少なからず含まれていただろう。


 未知との遭遇でいきなり超越者の力を見せ付けられれば、どんな戦意も挫かれる。結果、超越者は現人神、異能者は貴種として崇め奉られていたようだ。


「は、花の名を冠している国々が多いのは、未能者がその件を忘れていないというアピールだ。彼らは異能者への敵対意思がない事を暗黙の態度で示している」


 長い黒髪の陰鬱な男──怪雨のドルク・バッシャールが、掠れた声で話を締める。


「そういう国ばかりが列強に名を連ねているのは、色々と政治の匂いを感じますね」


「表舞台に出しゃばらないだけで、異能者が裏から人間社会を支配してるのは事実」


 だから、異能者に認められている円卓の連中の発言力は強いし、国家元首でも異能に理解がなければ国際政治では蚊帳の外だ。


 真の国力とは、異能者の数と迷宮都市の総面積。極東の桜国などの異能大国は、その点を見誤らなかった国とも言える。




「──今の時代では、そのように伝わっているのですね」


 修道服の女が紅茶を飲みながら呟いた。


「実際は、花唇と版図が更地になった領土の奪い合いで揉めている最中に、決闘中の女王と戦渦が乱入して戦争どころではなくなっただけなのですが」


 彼女の目の前にホログラムが出現し、残体同盟の初期メンバーの姿が映写される。光のシグネットだ。僕からパクったな。


「私と侵蝕と恩寵が、口八丁で場を収めるのに苦労したような気がします」


 ……いや、その裏話に興味がないと言えば嘘になるが、そんな事よりも。


「まずは、アレフが僕の拠点にいる理由を説明して」


 始原のアレフ・マットゥ。


 魂のシグネットを持ち、女王に好意を向けるファンガール。 


「極光と共に行動する事が女王の意に沿うと判断したような気がします。お邪魔ですか?」


「……別に良いけど」


「勿論、宿泊費はお支払いしますよ」


 懐から通知音。LITH端末を取り出してみると、出所不明の大量入金があった。


「シビュラ、こんな金額が一度に動いてるところ、初めて見ちゃったよ……!」

 

「流石は超越者。冗談みたいな金銭感覚してますね」


 親衛隊がドン引きしている。僕も湯水の如く研究費を使っているので、他人の事をとやかく言えないが。


「何泊するつもり?」


「無期限です。レプタで足りないようなら、クオリアでも構いませんよ」


 前言撤回。この女の金銭感覚は超越者の中でも相当狂っている。

 

 通常、異能者はレプタと呼ばれる通貨で取り引きを行う。通貨基金の理事長──エノック・ザナドゥの手腕もあり、レプタは非常に値崩れしにくく安定した通貨として有名だ。

 

 ただし、それは一般の異能者に限った話。高位階の異能者となると、しばしば『値段の付けられない貴重品』を取り引きする機会があり、レプタだけでは不充分になってくる。


 そんな時に使われるのが、クオリアだ。


 クオリアは硬貨の形をしているが、正確には通貨ではない。国家規模の組織にのみ製造を許される『借り』の証明である。


 例えば、発行者としてアレフの名前が刻まれたクオリアが手元にあれば、僕は彼女に対して借りの精算を求める事が可能だ。


 国家や超越者を相手に優位な交渉を行える、絶大な権利。間違っても居候の対価として差し出すようなものではないだろう。


「クオリアなんて受け取れないから。デクランと一緒に島船の管理でもしてくれれば、それが家賃代わりで良い」


「そうですか。承りました」


「ああ、勿体ない。貰えるなら貰っておきましょうよ。これから先は市場も混乱する予定ですし、先立つものは大事じゃないですか」


 スフィアが余計な口を挟むと、アレフは虚空からカップに紅茶を注ぎ直して頷いた。何のシグネットを使ったのか地味に気になる。


「十大企業に連盟が介入する件ですね」


「ん、遺失支族は完全に人類の敵として動き始めた。奴らの事業も放置できない」


 秘密裏に進めていた計画ではあるが、遺失支族は連盟の動きを早期に察知したようで、既に真説大陸へと活動拠点を移しつつあるらしい。表の六大陸に戻ってくる事はもうないはずだ。


 イッサカル資源のパビェーダが消えた時ですら大騒ぎだったのだから、十大企業のトップ全員が一斉に失踪した影響は計り知れない。連盟にとっても苦渋の決断だろうな。


「僕も紅茶が欲しい」


「どうぞ。シッスルで手に入れた紅茶のシグネットです。既製品よりも風味が柔らかいような気がします」


 ……あるのか。紅茶のシグネット。




「閃いた」


 青のウルフカットの男性──梧桐(アオギリ)志鳳(シホウ)は、机の上に並べたタロットカード占いの結果を見て立ち上がった。


 礼装にマナを流して、シルク生地に鳳凰の模様が刺繍された民族衣装から、没個性な黒スーツに換装する。


「お゛……っ!」


 橙のハーフアップの小柄な女性──サラート・シャリーアがブラウスの胸元を押さえ、濁点混じりの悲鳴を漏らしてよろめいた。志鳳の姿が何らかの琴線に触れたらしい。


「ふぅ……。この私を倒すとは、なかなかやるわね、志鳳さん」


「サラートさんは一体、何と戦ってるんですかぁ?」


 紫のサイドテールの女性──山藤(ヤマフジ)杜鵑花(サツキ)も、気怠げな欠伸と共に顔を上げた。例の如く、オフショルダーのトップスとショートパンツというラフな格好だ。


「失楽園の騒動も片付いて、ラミナも無事に完治したし、気分転換が必要だと思う」


「うむ、青き同志よ。汝の言いたい事はよく分かるかえ」

 

 金のショートヘアの男性──プレイスホルダーが、喫茶ウールーズに備え付けのソファから身を起こして、キリッとした表情で同意する。

 

「行くか。女子とお楽しみできる店に」


『模造──ボールペン』


 緑のロングウェーブの女性──アイン・ディアーブルは、ノースリーブから露出した腕を振りかぶって彼にペンを投げ付けた。


「のわっ!」


 プレイスホルダーが薄手のセーターを翻して避ける。


『口伝──|存在の耐えられない軽さ《フリー・フォール》』


「なぬっ!?」


 杜鵑花の術式に引き寄せられたボールペンは、プレイスホルダーの後頭部にコンと当たった。


 ちなみに、今の彼は補綴戦姫ではなく男性型の義体に入っており、運動性能が著しく低下している。


「志鳳さんを変な事に誘わないで貰えますぅ?」


「とんだ助平爺だぞ」


 女性陣2人がプレイスホルダーを揶揄う横で、志鳳は至って真面目に返答した。


「そういう店はほとんど金枝玉葉が仕切ってるから、僕はあんまり行きたくない」 

 

 金枝玉葉。


 異名持ちを安定して輩出している、七大名家の血統。彼らは優秀な血を取り入れる過程で磨き上げた異性を魅了する技術と知識を活かし、性産業にも力を入れている。


 それは別に良いのだが、金枝玉葉の家系は超越者が相手でも隙あらばハニートラップを仕掛けてくるので、対応に疲れるのだ。


「あはは、じゃあ気分転換に何をするのかな?」


 赤のミディアムヘアの女性──信桜(シノザクラ)幕楽(マクラ)が、いつもの目を細めた笑顔で訊ねる。


 遺失支族との激戦の疲労が癒えた彼女は、トレードマークのワイシャツと黒のベストをきっちり着こなし、元気に店を回していた。


「とにかく外に出たい。行き先は適当に……アクイレギア辺りで。皆はどうする?」


 志鳳は若干の期待を込めて確認する。


「私は梅国のカジノに行く予定があるので、パスですねぇ。凄いんですよぉ?異能者が触れてイカサマしないように、ダイスを振る為だけに未能者を配置してるんですぅ」


「一周回って馬鹿ね!あ、私も『大罪のナサヤ』の店舗特典を集めに桜国に行くから無理よ!ごめんなさい!」


「私はチュリパの競売に参加する予定だぞ。上級者向けのオークションだから、金額を提示する為のハンドサインをいかに素早く出せるかが明暗を……」


「残念ながら、ちょうど今フルールドリスで仕事の依頼が入った。手慰みで作った香水が、想定以上に人気になったようかえ」


「あはは、私はヘリアンサスの市場に食材を買いに行く予定かな」


「そう。じゃあ、また明日」


 寂しそうに肩を落とした志鳳が退店すると、他の5人が顔を見合わせた。


「それにしても、今回は予想よりも凹んでなかったな」


「タヴさんの時は可哀想なくらい落ち込んでましたからねぇ」


「状況が状況だったから、逆に吹っ切れた可能性もあるわ!極限状態に放り込んで殺しの罪悪感を減らすのは、新兵指導の基本よね!」


「物騒ではあるが効果的な方法ではあるかえ。その基本ができないまま超越者に至れてしまったのは、同志も運が良いのか悪いのか。……どう思う、赤色の?」


「そうだね。私は戦いの事はよく分からないけど……。多分、志鳳くんがタヴちゃんを殺した後に落ち込んだのって、罪悪感よりも寂しい気持ちが強かったんだよ」


 幕楽は穏やかに微笑む。


「志鳳くんは人にすぐ共感しちゃうから、その相手がいなくなると寂しいんだと思う。だから、いつも通り賑やかにしてあげたら良いんじゃないかな?」




 志鳳はアクイレギアに向かう前に、自身の拠点へと寄り道していた。その目的はザインに影響されて作った家庭菜園の管理である。


『だーかーらー、土に栄養が足りないからって、一気にマナを注いだら駄目だってば!葉の色をちゃんと見て!濃過ぎるのは栄養過剰!分かった!?』


『さっきの占い、1枚の意味に囚われてるのが良くなかったわぁ。全体を物語として繋げて解釈するべきねぇ』


 志鳳の中に既に倒したはずの強敵達の声が響いた。


『どうやら私の与えた記憶領域のおかげで、この術式を残心できるようになったらしいな。便利だろう?』


 志鳳が新たに開発した術式は、過去に基づいて特定個人の人格をシミュレーションする。常に発動できるなら大きなアドバンテージだ。問題は。


「賑やか過ぎて落ち込む暇がない……!」


 志鳳は複雑な気持ちになっていた。


『あと、流石にうるさいから一旦切る。口伝──燦然たる開演ハイライト・ショータイム──解除』


『『『あっ』』』


 そんな1人芝居が終わると、人の気配が近付いてくる。


「壟断。アクイレギアに行くれすか?」

 

 舌足らずな口調でそう言ったのは、口元をマスクで隠した銀髪の女性。


「それなら、わらしもお供するれす」


 清澄のシリカ・リザンテラ。


 志鳳と同じく花蓮会議の超越者で、結社無所属。ライフワークは配信。俗に言うインフルエンサーである。


「ありがとう、シリカ」


「護衛れすから、当然れす」


 志鳳の出自に由来する特異体質。あらゆる遺物に対する適合。


 この特性が判明したからには、連盟としても彼をノーガードで出歩かせるわけにはいかない。超越者に護衛を依頼するのも、至極真っ当な判断だった。


「待って待ってー!面白そうだから、私も行きたいかもー!」


 2人が梧桐派閥の島船を出て、移動用の開廊に向かっていると、リボンの多い地雷系ファッションの女性が空中をドタバタと走ってきた。


「ソーク」


 白と水色のグラデーションヘアと、何処かコミカルな所作は見紛うはずもない。


「ソーク……?最悪の思想犯、雑種のソーク・ブルームーンれすか!?」


 意外にもシリカが強く反応する。


「指名手配は……まだ撤回されてないれすよね……?わらしが捕獲すれば歴史的な偉業……。もしかすると、晩鐘の演奏動画を越えるサイト1の再生数に……!ごくり」


 配信者としての血が騒いだらしいシリカに対して、ソークはあたふたと言い訳を始めた。


「やや、私は凶悪犯は凶悪犯でも、善良な凶悪犯だから!世界を平和にしたいだけだから!ね、ダーシァンくん!」


「……(カン)大聖(ダーシァン)は神聖喜劇にいた頃の名前。今は梧桐志鳳」


「そそ、志鳳くん!貴方には貸しがあったかも!覚えてるよね!?」


 それを言われると弱い。志鳳は約束や仁義を重んじる性格である。


「シリカ、止めて」


「れすが……!」


「君の今の仕事は?」


 志鳳の護衛。その本分を思い出して、シリカは高ぶったマナを抑える。


「……雑種が壟断に危害を加えない保証はないれす」


「その時は僕がどうにかする。僕のアウトロー狩りの実績は知ってるはず」


「私をそこらのアウトローと一緒にしたら、痛い目見るかもよ?」


 ソークが敢えて挑発的に笑っても、志鳳は特に気にしなかった。


「僕にその台詞を言う権利があるのは、擅権のベート・バトゥルだけ」


「ふーん」


 刹那。ソークは珍しく真顔になり……直ぐに能天気な笑顔を貼り付ける。


「──ちょっと妬いちゃうかも」

 



 乱立するビル群。壁に映された株価情報。志鳳達の耳に入るのは、スーツ姿の人々が奏でる足音とLITH端末の通知音。


「タロット占いでは、今日の僕は金運が最高みたい。せっかくだから、金融の中心地に来てみた」


「皆、せかせか動いて忙しないれす」


「お洒落なカフェがあるよ!寄ってみたいかも!」


 演出家、配信者、人材スカウト兼アウトロー。常日頃から自分のペースで仕事をしている3人は、他人事のようにゆったりと歩く。


 一応スーツを纏っている志鳳はともかく、下着のような布面積の服に派手な蛍光色の上着を羽織ったシリカはかなり浮いていた。


 認識失墜の祭具で誤魔化していなければ、注目の的だっただろう。

 

「この格好が一番、視聴者数を稼げるんれすよ。ポイントは最先端ファッションとしても成立させる事れす。ただのお色気サービスだと女性視聴者が離れるのれ」


「確かに、ターゲットを広げるのは大事」


 志鳳とシリカが観客へのアプローチ談義で盛り上がっていると、ソークが遠くを指差した。


「わわ、凄い!貴族っぽい服の人がいるよ!私達よりも浮いてるかも!」


「浮いてる自覚はあったんだ。そもそもシリカ達は……。……シリカ?」


『口伝──散乱する玻璃(ステンド・グラス)!』


 止める暇もないほど、唐突に。


 シリカの両腕から、硝子でできた鋭利な刃物が一斉に射出される。その凶刃の向かう先は、中世の西洋貴族にも似た華美な服装の……。


「ぶっちゃけた話」


 水色の髪を七三分けにした人物は、広げた両腕で全ての硝子を受け止め、ボール状に丸めてみせた。


「お忍び中に見付かるとは思わなんだ。参ったものじゃ」 


 シメオン金融の最高経営責任者。遺失支族の次席──サピエンティア。


『失伝──|針の上で天使は何人踊れるか《シースレス・エンジェル》』


『失伝──頭の外の万能鍵(マスター・キー)

 

「真説大陸に潜伏して、違法な資産を扱う闇ビジネスでも始めようかと呑気に構えておったら……。はてさて、どうしたものか」


 顎に指を添えて考える仕草をしてから、サピエンティアは白々しく手を叩く。


「そうじゃ、天使よ。儂がどうすべきか、簡単な勝負で決めんか?」


 その表情は悪戯を思い付いた子供のようだった。


「勝負内容は、同額のレプタを元手に期日までにどれだけ増やせるか。勝った方が全額総取り。儂が負けたら潔く退いてやる。分かりやすいマネーゲームじゃろ」


「……そちらが勝ったらどうなるれすか?」


 サピエンティアが指を銃の形にする。


「──この国を滅ぼす。無論、ゲーム中に敵対行為を見せても同じじゃ。其方らが戦力を揃えるよりも、儂がアクイレギアを落とす方が早い。硝子使いの娘はよく知っておるよな?」


 シリカは息を飲んだ。


「壟断。あの遺失支族は本当にヤバいれす。まともに戦うよりかは……」


 志鳳が1歩前に進み出る。 


「引き分けなら?」


「引き分け……同額になった場合じゃな。まあ、その時は適当なところに寄付でもすれば良かろ。儂も暴れる気にはならん」


「分かった。それで同意する」


 志鳳が無表情に親指を立てると、サピエンティアは耳の横で指を擦り合わせて宣言した。


「楽しみ尽くして世界を滅ぼすが儂の流儀。暫し余興に付き合って貰おうか」

 



「とりあえず、金策しないと」


「ノープランだったんれすか!?」


 志鳳は超越者に認定されて以来、資金繰りに困った事があまりなかった。


 超越者の周りには黙っていてもレプタが集まる。


 異能社会でトップクラスの影響力。金も力も既に持っている彼らが、小銭を惜しんで自らの名誉に傷を付けるわけがない、という取引相手として最上級の信頼度。


 富める者が更に富むのは、資本主義の基本である。


 連盟に睨まれるリスクを冒してでも、ビジネスチャンスを求めて近付いてくる者は後を絶たず、傘下の異能者に任せておくだけで金は増える。


 しかし、今回ばかりはそう楽には進まないだろう。


「相手は世界有数の経営者れすよ!わらし達と違って資金を増やすプロれす!」


「……ソーク。何かアイデア出して」


「はいはーい、シリカちゃんの硝子を売り捌いて大儲けしようよ!」


 異能によって創造された物体や引き起こされた現象は、発動時に注いだマナが尽きると自然消滅する。


 だから、シグネットの産物を売って儲ける行為は詐欺でしかないのだが……高位階の異能者は例外だ。彼らの異能は存在強度の高さから、長期間に渡って影響を残す事がある。


 渣滓と呼ばれる、異能の爪痕。


 桁外れの異能を持つ超越者ともなれば、渣滓を半永久的に残留させる事も可能だ。 


「ソーク。シグネットで意図的な過剰供給を起こすのは、異能法違反」


「ちぇー」


 これがあるから、異能を使う場合は間接的に稼ぐ事しかできない。


「私は派閥の再建途中だから、あんまり力になれそうにないかも。人手が足りないんだよねー。失楽園のお友達はオーメンくんしか連れ出せなかったし」


「シリカは?」


「身近なところで思い付く商売だと、異能保険・祭具レンタル・術式トレーニングジムとかれすかね。……どれも一攫千金は難しそうれす」


 大前提として、そんな美味しい儲け話があるのなら、ブルーオーシャンなわけもなく。


「賭け事はどう?少し前に、事務局の新総裁を大穴で的中させた人が、ブックメーカーを通して大金を手に入れたとか」


 連盟の実務を担当する事務局の総裁は、紋章院・枢密院・治療院とは異なり、実力ではなく人望……つまりは、選挙で決まる。異能者からの注目度が高いイベントの1つだ。


「まさか、あんな結果になるなんれ!あれは台パンものれした!」


「シリカも賭けてたんだ……」


 この面子で悩んでいても埒が明かない。志鳳はLITH端末を取り出した。


「こうなったら仕方ない」


「どうするんれすか、壟断?」


「悪どいお金稼ぎが得意な知り合いがいる。嫌がらせが趣味の困った人だから、できれば頼りたくなかったけど」 


 志鳳は断章取義の同僚──福音の舞萩(マイハギ)猪尾(イオ)に通信を繋ぐ。


「もしもし、猪尾……」


『悪どい金稼ぎが得意なババアで悪かったの。妾に相談したくば相応の誠意を見せい』


 ピッ、と通話が切れた。志鳳は周囲を見回す。


「……僕達の会話、筒抜け?」


「超越者の息が掛かった人間は至るところにいるれすよ」


「力ある者は常に監視される、って偉い人も言ってたかも」


 志鳳は気を取り直して、知人を総当たりしていった。


「もしもし、僕だけど。今、お金の事で困ってて……」


「そこはかとなく、詐欺っぽいれす!」

 



 それから数日間、市場は荒れに荒れた。


 金融界の大物と超越者の投機合戦に注目が集まり、多くの異能者がその波に乗ろうと躍起になる。株価の高騰と急落。


 ベンチャー企業や投資家の競争が激化し、これまで無名だった天才が頭角を現す。正に乱世の様相を呈していた。


 そして、約束の日。サピエンティアが手配した金融街の高層ビル最上階にて。


「それなりに面白い催しじゃったな。やはり、人間が必死に踊る様を見るのは最高の娯楽よ」


 サピエンティア、7億6900万LP。


「ろ、壟断……。どうするれす?」


「……」


 梧桐志鳳、6億5000万LP。


「勝負は勝負じゃ。それでは、契約を履行しようか」


 サピエンティアが緩慢な動作で、見晴らしの良いビルの窓に手を触れる。


『改編──終末世界(コンクルージョン)……』


「待っ」


「間に合ったー!ギリギリセーフかも!」


 戦闘の気配が漂い始めた室内に、ソークが転がるように飛び込んできた。彼女へと視線が集中する。


「預けられた分を増やしてきたよ!これでどうだー!」


 ソーク・ブルームーン、1億1900万LP。


「「「……」」」


「えっ、何?これでも負けかも?」


「いや、大丈夫。これで同額になった」


 シリカがぐっと拳を握る。


「引き分け!引き分けれす!」


「……中途半端な結末じゃな」


 サピエンティアは悔しそうな様子もなく、肩を竦めて結果を受け入れた。


「まあ、そこそこ楽しめたから良しとしよう。儂はお暇する」

 

「集まったレプタの寄付先は?」


「其方が勝手に決めて良い」


 一同が唖然とする間に、サピエンティアは風のようにその場を後にする。

 



「結局、何が目的だったんれしょうね」

 

「さあ、敵情視察とか?」


「遊びたかっただけかも!」

 

「雑種じゃないんれすから……」


 マネーゲームを終えた志鳳達は、梧桐派閥の島船で打ち上げをしていた。


「それにしても、ぴったり引き分けなんて、凄い偶然れすね!」


『『え?』』


 焼売を箸で奪い合っていた志鳳とソークの動きが止まる。そして、哀れむような目と閑話をシリカに向けた。


『な、何れす……?』


『シリカ、もしかして八百長に気付いてなかった?』


『これだから物質系は脳筋で困るかも』


 とんでもない事実を開示する2人。


『や、八百長!?八百長ってどういう事れすか!?』


『初めから、お互いに引き分けで終わらせるつもりだったって事』


 志鳳は顎に指を添える。


『億の桁』


 指を銃の形にする。


『7』


 親指を立てる。


『6』


 指を擦り合わせる。


『9。……異能者がオークションで使う、一番有名なハンドサイン。アインから習った』


『あっ!あの時の!』


 サピエンティアにゲームを持ち掛けられた時の事を思い出し、シリカは腰を浮かせた。


『そもそも、どういう経緯で資金運用したのかも確認しなかった辺り、金融のプロとしては杜撰過ぎて不自然かも』

 

『最悪の場合は、自分のポケットマネーを使えって意味だと思う』


『じゃ、じゃあ、何が目的だったんれすか?』


『遺失支族が抜ける事によって傾く予定の、十大企業への支援』


 志鳳が断言する。


『超越者が大きく動いた事で市場が加速し、優秀な経営能力を持つ異能者が炙り出された』


 サピエンティアが言外に含ませた意図はこうだ。大人しく退く代わりに、今だけ全面的に協力しろ。


『遺失支族の後継者選定と、僕達の掻き集めた寄付金による支援。これで、十大企業の最高経営責任者が抜けた影響は最小限に抑えられる』


『なんで、そんな回りくどい事をしたんれす……?悪い事じゃないんれすから、普通にお願いすれば協力くらい……』


『力ある者は常に監視されている』


 志鳳は焼売を飲み込んで言う。


『多分、他の遺失支族に対する口実。世界の終末を目指す黙示録からすると、あまりよく思われない行為だろうから』


 志鳳は遺失支族の内部事情を察し、迷わずサピエンティアの演技に乗った。


『自分の益にならないのに古巣を案じるなんて、やっぱり黙示録は個体による性格差が大きい。受肉した体の持ち主の影響か、それとも……』


 その情の深さは弱点なのかもしれない。だが、そう呼びたくない気持ちもある志鳳だった。




「無駄にギラギラした部屋ですね。所有者は趣味が悪いような気がします」


「実際、アイツは趣味が悪い」


 貴金属と宝石で彩られた、成金じみた部屋に僕とアレフは呼び出されていた。


 いや、正確には僕に対してのみの招待だが、同伴オーケーとの事だったので、文句を言われる筋合いはない。


「お待たせしたでござる、ナーヌス殿。おや、そちらは……始原のアレフ殿でござるな。よろしくお願い致しまするよ」


 長い黒髪を後ろで結んだ愛想の良い男が部屋に入ってきて、握手を求めるようにアレフへと手を差し出す。


 が、彼女は行儀良い姿勢で座ったまま微動だにしない。


「失礼ですが、私は悪辣な魂の持ち主とは握手をしません。ご理解下さい、錬金」


 慇懃無礼の体現者か?そして、やはり魂のシグネット持ちには表面的な愛想は通じないらしい。


「左様でござるかぁ……」


 錬金のモルト・ブラックレイン。


 シグネットは黄金。ライフワークは押し売り。淫祠邪教の中でも屈指の実力者。


 かなりの古株との噂を聴いた気もするが、何処まで本当かは分からない。とにかく信用ならない男だ。


「それでは、本題でござる。ナーヌス殿は何者なのか、正体をお聞かせ願いたく」


「何故、知りたい?」


「知的好奇心でござるな」


 知的好奇心、か。古今東西、そこらの堅気よりも一角の悪党の方が勉強家だという事例は珍しくない。


「見返りは?」


「拙者が協力者になるでござる。遺失支族と黙示録に関しては、我々よりもナーヌス殿の方が詳しいでござろう?その情報を共有して貰えれば、討伐に協力するでござる」


「……」


「善良な拙者としては、終末の到来を目論んでいる連中など、一刻も早く討伐して欲しいのでござるよ」


 僕は頭の中で要点をまとめた。


「つまり、お前みたいな狡い悪党は秩序の裏で甘い汁を啜りたいから、現行体制の崩壊は望んでいない。そういう事?」


 モルトが無言で微笑む。僕は盗聴術式の類がないかを入念に確認し、咳払いをしてから語り始めた。


「僕は終末に呑み込まれた未来から来た」


 ──また、シナリオが書き換わる。

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