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【迷宮】に関する隙間

 迷宮の出現は災害である。


 竜巻。噴火。津波。迷宮。


 世界各地で最も頻繁に、最も広範囲に発生してきた自然災害。


 それは、対処する術を持たない未能者にとって、何の前触れもなく訪れる絶望だ。


 迷宮の出現とは、眷属や隷獣の故郷──幻界の一部が現実世界に飛び出す現象である。


 とは言ってみたが、実は幻界という場所に関しては異能者(ぼくたち)もよく分かっていない。


 辿り着いた者が誰もいない事から、人間の空想が生み出した実体のない幻だとか、雑魂や直魂が成仏した先にある天国だとか囁かれている。


 まあ、専門家の仮説が何処まで的中しているかは知らないが、幻界に実体がない事だけはかなり信憑性が高い定説だ。


 だから、迷宮は発生時に周囲の人や物などの実体を呑み込んで、現実世界に定着する為の楔とする。


 その傍迷惑な性質に巻き込まれて、毎年多くの人間が迷宮遭難者として行方不明になっていた。


 迷宮は陸に限らず海や空にも現れる。


 迷宮の出現報告が入ると、異能社会と未能社会の橋渡し役──円卓が周辺を封鎖し、連盟が異能者を派遣する流れが一般的だ。


 迷宮への対処法は大きく分けて2通りある。迷宮の核を発見して自身のマナで掌握する完全攻略と、外郭に異能で穴を開けて外に出る緊急脱出。


 どちらも迷宮内の過酷な環境に体を慣らしながら、襲い掛かってくる幻想生物を捌きつつ行動する必要があり、負傷や疲労が蓄積して探索速度が遅滞しやすい。


 その為、遭難者の救出や迷宮の攻略には潤沢な人員と時間が必要になる。


『模型──暴走列車』


 そう、常識では。


『飛ばして行くぞ!』


『往復5秒あれば、充分』

 

 僕は列車の上に協術で両足を固定し、遺失支族の創造した異空間と失楽園との境界面を見定めた。


『……そこ』


『了解だ!』


 乗務員室の側窓から顔を出したアインが、僕の指示通りのタイミング、光で照らした通りの位置に誘導装置を次々と投げる。


 それらを起点として、数十の迷宮が折り重なるように展開し始めた。僕達の乗る巨大な列車も、連鎖的に膨張する迷宮群の中に吸い込まれていく。


『遊園地のアトラクションみたいだな!』


『確かに』


『おや、君はそういった遊びには興味がなさそうだと勝手に思っていたぞ。人は見掛けに依らないな』


『……友人の趣味』


『ふふ、友人か。それなら納得だぞ。口伝──見かけ倒しの試作品トランペリー・プロトタイプ


 僕達が最初に突入した沼地の水面から、何かが勢い良く飛んできた。


『気の置けない友人は、何よりも大切だからな!模造──金網!』


 アインの具現した柵が受け止めた頭のない蛇は、液体で構成された怪獣──烟波種(イェッド)だろう。


『邪魔』


 僕は細長い槍を模した器仗を振り、発術で液体の塊を雑に吹き飛ばした。


『アイン。この迷宮はそろそろ、別の迷宮に上書きされる』


『攻略中に次が来るとは、新鮮な体験だぞ』


 やるべき事はシンプルだ。蠱毒と同じで、最後には一番強度の高い迷宮が残るはず。それをどうにかすれば良い。


 勿論、律儀に核を目指して攻略するつもりはない。


 迷宮の核はボス級(フォング)の怪異や怪獣と融合しているパターンがあり、討伐に無駄な時間が掛かる。


 迷宮の外郭に穴を開けて脱出する方が早いだろう。


 幸いな事に、黒い星の光冠(ルーザーズ・クラウン)の効果はまだ切れていない。自慢じゃないが、残心はかなり得意だ。


 今の僕なら、外郭を見付けるくらいは容易である。


『それで、志鳳君は捕捉できたか!?』


 アインの列車が平原を走ってきた数匹の蜥蜴を轢く。その全身は植物でできており、ぶつかった衝撃で散り散りになる。伐根種(ヘルラス)だ。


『少し待って。迷宮は外郭に遮られてるから、中身を知るには入ってみるしかない。だけど……。失伝──独り善がりな栄光(ロンリー・アウレオラ)』 


 僕は光の矢を全方位に射る。不運にも射線上に入ってしまった獣型の咬牙種(カロシュ)と煙型の閑雲種(ファダー)の群れが、光に呑まれて蒸発した。


『瞬殺だな』


『有象無象。あの程度、超越者の障害にはならない。それよりも』


 迷宮の外郭は破壊しても直ぐに塞がってしまう。しかし、見渡す限りの迷宮を無理矢理ぶち抜いた直後だけは。


『──今なら、全部見える』


 僕は光を介して視界を何処までも広げていった。


 シグネットは個人の内面に合わせて派生する。外に出る事を嫌った僕の光は、接近する事なく敵を捕捉し葬る事に特化していた。


『あっちに梧桐志鳳の姿が見えた。桃髪の遺失支族から逃げてる。と言うか、追い付かれる寸前。こっちに敵を誘導しても良い?』


『やってくれ!今の彼よりかは、私の方がまともに戦える!』


 僕の目から見ると、アインもかなり無理な連戦をしているのだが、言っても聞かないだろう。

 

 超越者は意思が強い。簡単に信念を曲げるようでは、僕達の領域には到達できない。


 まあ、だからこそ、黙示録に改編されて価値観を変えられてしてしまうと、穏当な説得は無理なわけだが。


 


 僕は溜め息を吐きながら、遺失支族に向かって光の矢を飛ばす。


 あくまで牽制だ。こちらの存在は既に察知されているだろうし、エンテンデールの時のように奇襲で殺せるとは思えない。


 ただ、予想外だったのは。


 レトロな服の背中から伸びた機械の巨腕が、僕の射た矢を掴んで投げ返してきた事だ。


『ふっ、戦闘音痴のエンテンデールじゃあるまいし、その程度の動力(エネルギー)で我は殺せないわ』


『器用な真似を……!』


 返却された光の矢は僕の胸を貫く事なく、吸い込まれるように霧散する。


 術式からマナへの逆変換。自身のシグネット限定で使える裏技だ。


『そんな事もできるのね。貴君達の異能は応用が利いて羨ましい』


 遺失支族は機械の腕で後方の地面を強く押し、血に飢えた獣のように突進してくる。


『我はナフタリ機械のミセリコルディア。貴君達の意思に敬意を表して』


 ミセリコルディアが掌を掲げると、進路上にいた骨の兵士──絶命種(ラトーム)が木っ端微塵に粉砕された。


『敵と見なしてあげるわ』


 僕が空けた穴を抜けて、桃髪の遺失支族──ミセリコルディアが間合いを詰めてくる。


 クラシーヴィほどの速さはないが、僕が過去に戦ってきた遺失支族とは違って、動きに全く隙が見当たらない。


『ふっ、趣味が良い列車ね』


『おっと、これは……』


 ミセリコルディアの掌が僕達の乗る列車へと向けられた。アインが焦燥の感情を見せる。


『もっと小回りの利く道具を使うべきだぞ!模造──エアバッグ!』


 大きく膨らんだ袋体が、アインを列車の外に押し出した。僕も攻撃の前兆を感じて、車両の上から逃れる。


『回りなさい』


 権能の行使。縦一列に並んだ歯車が回転し、火花を散らしながら列車を真っ二つに切断した。


 凄まじい威力の歯車は、そのまま背後に迫っていた鉱物の怪獣──鍍金種(ボウック)の小山のような巨体まで斬り捨てる。


『迷宮が崩れ始めた。今討伐された怪獣が迷宮の核を持った個体だったみたい』


 超越者の具現した物体を破壊した余力で、硬さに定評のある鍍金種のボス級をバターのように斬る歯車。シンプル故に迎撃が難しい権能だ。


『模型──陳列棚(ショーケース)

 

 アインは全身と融合する形で多数の蒐集品を具現し、背中から生えた祭具を羽ばたかせて飛行する。


『失伝──仮初めの代役(アンダー・スタディ)


 僕の全身が光に溶け込み、拡張思考回路がより深く意識と繋がっていく。


 協術の応用による、シグネットとの一体化。僕達の奥の手が似ているのは当然だ。この発想はアインから学んだのだから。


 感覚派のアインと理論派の僕は、互いに研究成果を学び合う機会が多かった。


『ふっ、素晴らしいわ。シグネットについては門外漢だけど、練り上げられた機能美は我の好みよ』


 空間の忙しない塗り替えは既に収まっている。つまり、互いに喰らい合う時間が終了し、迷宮が1つに統合されたという事だ。


『ナーヌス君、信じるぞ』


『ん、お願い。今は時間がない』


『作戦会議?我から逃げる方法は思い付いたかしら?』


 絶対的な優位を確信した言葉。油断ではなく強者の余裕。


 僕の空けた外郭の穴は全て塞がってしまった。ミセリコルディアに接近された今、迷宮を脱出する難易度は跳ね上がっている。


『驚かせる方法なら思い付いた』


 僕は全身を覆う光を1箇所に集めていた。純粋なエネルギーを収束した、光の弩砲。


『飽きさせないでね』


『それは心配無用だぞ』


 アインは両手と尾で巨大な宝剣を握り、投擲の準備を完了させている。


『一撃で終わる』


『ふっ、出任せでない事を祈るわ』


 ミセリコルディアの周囲に、歯車の盾が現れる。防御にも使えるのか。残体同盟のギーメルを思い出すな。


 極まった強者の行き着く先は、意外と共通しているのかもしれない。


『発射』


 僕達は今実現できる最高火力をミセリコルディアに向けて同時に放つ。


『残念ながら、外れね』


 その渾身の一撃は、歯車の盾に逸らされた。


『『いや、当たり』』


 軌道が逸れた先の着弾地点。アインの宝剣は見事に1体の怪獣を刺し貫いていた。


 黒い鱗の飛竜種(ティゴン)。最後に残った迷宮の核を抱える怪獣。


 そして、僕が射出した光の砲弾は。


 呪術で気配を消していた、梧桐志鳳へと着弾した。


『──逆変換』


 僕のマナを込めた光が、志鳳の中に吸い込まれていく。


蓄光(チャージ)、完了』


 同一人物のマナとシグネットだ。誰よりも彼の体に馴染むだろう。


『再演──独り善がりな栄光(ロンリー・アウレオラ)


『ッ……!』


 思いがけない方向から飛来した光の矢に、ミセリコルディアが初めて動揺を見せた。


『核は壊した!迷宮が崩壊するぞ!』


 その一瞬で、迷宮の外郭が消失する。僕達は全力で逃走を始めた。


『くっ、天使が……!』


 ミセリコルディアの判断は間違っていない。志鳳に迷宮の外郭を破壊する余力はなかった。ならば、放置して僕達を先に片付ける選択は正しい。


 だが、理解しているか?


 権能による異空間が剥がれ、迷宮も崩壊したこの場所が、何なのかを。


『独演──失楽園』


『あ……』


 分厚く盛り上がった地面が、ミセリコルディアを呑み込み、地中に生き埋めにした。


『君達が教えてくれた。僕は適合者として失楽園を制御できる』


 失楽園は監獄型の遺物である。


 ミセリコルディアの力を考えると、この程度の妨害では、僅かな時間稼ぎにしかならないだろう。


 しかし、作戦成功の合図を空に打ち上げるくらいの事は充分にできる時間でもある。


『アインまで来るとは思わなかった』


『その割りには驚いていないようだが』


『僕の予想を超えてくるのがアインだから。逆に納得』


『なんだ、面白くないな。親友からのサプライズには驚くのが礼儀だぞ』


 満身創痍の癖に元気な2人だ。いや、そんなものか。


 僕もアインと一緒の時は、どんな無謀な研究にも楽しく挑戦できた。友の存在は理屈以上の支えになる。


『──さっさと、外に出ろ』


 相変わらず尊大な女王の命令と共に、失楽園での戦いは終結した。

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