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【監禁】に関する閃き

 異能者の生命活動は、祝福という器の中をマナというエネルギーが循環する事で成り立っている。


 外見こそ似ているが、異能者の内部構造は未能者とは別種と呼ぶべきレベルで根本から違うのだ。


 人類が今以上に進化する事はない。環境の変化を科学技術で乗り越えられるようになった人間は、肉体そのものの進化を必要としなくなった。


 そんな定説を唱えている未能者達に異能者の体を見せれば、さぞかし驚いてくれるだろう。


 異能生物学は僕の専門ではないのだが、術式学の観点からでも特筆すべき差異はある。


 例えば、皆が何気なく使っている閑話の術式もその1つだ。


 言語や文化の壁を超えて正しく意思を伝える技術と言い換えれば、少しはその価値の大きさが分かり易いだろうか。


 閑話の存在により、異能者の間には人種差別などの思想は芽生えにくく、拠点とする国はあれど大前提となる同類意識が崩れる事はまずない。


 世界規模の異能革命も、その性質があってこそあれだけ迅速に進んだようなものだ。


 まあ、国際恋愛が盛んな弊害として、僕のような孤児は正確な出身国が自分でも分からないという問題もあるのだが、恩恵と比べれば些末な欠点だろう。


 しかし、その点に関しては堂々と梅国出身を名乗れる梧桐志鳳が羨ましいな。遺物としてではあるが、彼が生まれた国は間違いなく梅国だ。


『おい、ナーヌス君。汚染された食物を食べ過ぎると、瘴気が体内に蓄積してしまうぞ』


 移動中に葡萄の木の枝を手刀で斬り、実を口に運んだ僕に向けてアインが注意する。


『……ん、気を付ける』


 世界の終末を経験した僕は、瘴気に汚染された葡萄を浄化して摘まむ行為に抵抗がなかったが、普通の感覚だと非常識に見えたかもしれない。


 別にこれくらいは大丈夫なんだけどな。経験上、多少の不調が出たとしても、摂取した食事から生み出すマナで補完できるはずだ。


 そう考えつつも、アインに心配されるのは昔を思い出して悪い気分ではない。


『──死ね、緑髪』


 殺気。アインの腰を抱き寄せ、瘴気の刃が通る軌道上から退避する。


『あーしの杜鵑花は何処だぁ!?』


『呪術か』


 アインが冷静に分析した。


 黒縁眼鏡の烙印者──ツェーンは異能者が扱う基本六術を瘴気で再現できる。瘴気と気配を一時的に抑制して、僕達に接近してきたのだろう。


『杜鵑花君に会ってどうするつもりだ?』


『決まってんだろ?一緒に未能者(パンピー)共を皆殺しにすんだよ!』


『呆れたぞ。そんな提案に乗る馬鹿がいるわけないだろう?』


『いいや、いるねぇ!何故ならあーしら異能者は進化した人類で、未能者は環境に適応できなかった負け犬の〇〇野郎共だからだ』


 ツェーンの腕を瘴気が覆い、凶器に変えていく。 


『異能革命前にあーしらを迫害していたパンピー共に、何を期待できる?いずれまた、異能者が不利益を被るだけだ。生かしておく価値がねぇんだよ!』


『未能者は世代交代が早い。迫害の当事者はもういないはずだぞ』


『だから、許せってか?それとも、今の世代はもっとお利口さんになってるって?それこそ、馬鹿の考えじゃねぇの?』


 前述した通り、異能者は特異な進化を遂げた人類だ。その存在は祝福によって何処までも強く美しく成長し、マナによって常人を越えた技術を出力できる。


『未能者は害獣なんだよ。向こうが先に共存を蹴ったんだ!もう駆除しか道はねぇ』


 だから、優生学に傾倒した金枝玉葉や、選民思想を掲げる一部の馬鹿共の気持ちも分からなくはない。


『手始めに摂理をブッ壊す。摂理はあーしらよりもパンピーに都合が良いシステムだ。摂理が消えれば、弱者は簡単に死に絶える』


 だが、そんな事はどうでも良い。


『──お前、アインを殺そうとした?』


 体の奥が灼けるように熱い。今の僕は自分でも制御できないほどの熱に支配されていた。


『失伝──黒い星の光冠(ルーザーズ・クラウン)


 光の糸が髪に絡み付き、思考が加速する。


『ここで使うのかね?』


 僕は頭の中に響く悪魔の声を無視した。


 知覚系でもない僕には、梧桐志鳳のように隠れた変数まで読み解く事はできない。拡張思考回路を温存したところで、どうせ大局のコントロールはできないのだ。


 いや、分かってる。言い訳だ。

 

『合わせて。失伝──独り善がりな栄光(ロンリー・アウレオラ)


『無茶を言ってくれる。だが、不思議とできそうな気がするぞ。失伝──悪戯な玩具箱(ジョーク・ボックス)


 僕はもう二度と、アインを……。


『君とは他人の気がしないな、ナーヌス君』


『だから、人違い』




「天使。我の下に付きなさい。悪い扱いはしないわ」


 アンティーク調の服に身を包んだ黙示録──ミセリコルディアは、背中から伸びた機械の巨腕を開いて志鳳を床に降ろした。


 生え際が紫色の派手な桃髪が、レトロなファッションに彩りを加えている。


「遺物は改編できなかった?」


「ふっ、頭の回る人間は嫌いじゃないわよ」


 歯車、パイプ、メーター。


 機械部品が張り巡らさせられた空間を見回し、志鳳は心許ないマナを振り絞って綻びを探す。

 

「無駄よ。ここは我の改編した領域。御園如きに上書きされたモナルキーアの権能とは別格なのだから」


 ミセリコルディアはそんな志鳳の前に屈み、挑発的に微笑んでみせた。

 

「試してみる?少しくらいなら暴れても良いわよ」


『虚勢ではないようでありんすな。私の御園で塗り替えるのは難しい強度でありんす』


 玉兎(ユートゥ)からの閑話を受けて、志鳳は肩の力を抜く。今は無駄な事に体力を割くわけにはいかなかった。


『良い子ね。改編──可能世界(ライクリフッド)B319』


 ミセリコルディアの掌から蒸気が発生し、志鳳の中から暖かい何かを消し去る。


「幕楽の炎を……!」


「これが蘇生直後に動けた理由ね」


 幕楽の術式による補助を失い、座っている力もなくなった志鳳が床に倒れた。その隣に座ったミセリコルディアは、腰の鞄から1冊の本を取り出す。


「貴君も何か読む?我の蔵書は漫画が主だけど、選りすぐりの名作揃いよ」


「『大罪のナサヤ』?会話劇ばっかりで退屈な3巻を持ち歩くなんて変わってる」


 志鳳が見覚えのあるタイトルを見て呟くと、ミセリコルディアは目を輝かせた。


「ふっ、もしかして結構、語れる口?」


「一応、舞台版の初回演出は僕が任されたから。内容は一通り把握してる」


「!」


 ミセリコルディアは身を乗り出す。


「天使。我の下に付きなさい」


「嫌」


「悪い扱いはしないわ」


「目が怖い……!」




 結局、うつ伏せで倒れている志鳳の隣にミセリコルディアが寝転がり、2人で『大罪のナサヤ』の3巻を読む事になった。


「まだナサヤを読むとは言ってないんだけど……。と言うか、この状況で暗い話を読みたくない……」


「ふっ、貴君は捕虜。決定権はないわ」


 あと、幼子に対する読み聞かせのような姿勢が恥ずかしい、と志鳳は思ったが口に出さずに飲み込む。


 そういう場合に嬉々として揶揄ってくる悪友達の顔が頭に浮かんだからだ。


 黙示録が両性なのは知っているが、横から押し当てられている胸の膨らみから、どうしても女友達を連想してしまう。


「ちなみに、選べたら何を読みたいのかしら?」


「『混色のアクアリウム』とか」


 志鳳が名前を挙げたのは、機械によって管理された社会で起こる恋愛と冒険を描いた漫画だ。


「ふっ、我好みのセンスね。良い酒が飲めそうだわ」


「僕はお酒苦手だから。……遺失支族でこういう趣味の話はしない?」


「あの連中はビジネス書や小説ばっかり読んで漫画は読まないのよ。ドゥレッザは少し読むけど、馬鹿だから内容を忘れてるし。アレで建設業に関してだけは有能なのが、本当に信じられないわ」


 そんな会話を交わしながらも、ページを捲る手は止まらない。マルチタスクと速読が得意な2人だった。


『厄介な相手でありんすな。超越者が窮地において発揮する底力を警戒し、敢えて快適な環境を主様に与えてくるとは』


 勿論、志鳳も気付いている。


 学習するのは人間だけではない。人間社会に潜んで生きてきた黙示録が、過去の事例から学ばないと考えるのは浅慮だ。


 そして、敵同士とは思えない穏やかな時間が過ぎた後、ミセリコルディアの武骨な腕時計が軋むような音を立てる。


「ああ、時間ね。失楽園の中は朝夕が分かりにくくて困るわ」


 ミセリコルディアは徐に起き上がると金属製の重厚な丸扉の前に立ち、ハンドルを掴んで回していく。


 志鳳は光のシグネットを最低出力で使い、その奥を視界に映した。


「じゃあ、一緒に来て貰うわ」


 両手を顔の前に翳して、無駄に意味深な笑みを浮かべるミセリコルディア。


「……何処に?」


 志鳳は扉から漏れ出る蒸気に疑問を浮かべた。


「風呂。我は風呂の時間を決めてるタイプなのよ」


 ミセリコルディアは服を脱ぎ捨てながら言う。裸を見せる事への抵抗感のなさは、人ではない黙示録だからか。


「どうして脱ぐ?」


「動けないでしょう?入浴を介助してあげようと思ったのだけれど……」


「拒否権は?」


「ないわ」




 他人に体を洗って貰うなんていつ以来だったか、と志鳳は遠い目をする。海で拾った瀕死状態のサラートの体を洗った事はあるが、洗われる側になったのは随分と久し振りだ。


 唯一の救いは、ミセリコルディアに性的な恥じらいを一切感じない事だろう。姿形が近かろうと、本能が互いを異種族だと理解している。


「受肉した黙示録は体が汚れたりする?」


「しないわ。超越者と同じで存在強度が桁違いだもの。権能を使えばなかった事にもできるしね。それでも、毎日の入浴は欠かせないわ」


 貴君には分かるでしょう?と問われ、志鳳は静かに頷いた。それは超越者にも通ずる価値観である。 


「風呂に入る。雨傘を差す。仕事をする。合理的じゃなくても我々には必要なのよ。普通に溶け込む努力が、ね」

 

「いずれ滅ぼす世界だとしても?」


「当然よ。投げやりにプレイしてたら、この世界(ゲーム)をクリアする事なんてできないわ」


「ゲーム……?それが黙示録の感覚?僕には理解できない」


 志鳳から怒気を放たれても、ミセリコルディアは意に介さない。 


「いいえ、人ならざる遺物である貴君には分かるはず。我々は純粋なこの世界の住人ではない。何処まで行っても部外者なのよ」


 達観したような眼差しを向けられ、志鳳は言葉に詰まった。


「そんな事……ない」


「本当に?これは我の所感なのだけれど」


 ミセリコルディアの背中から伸びた機械腕が湯を汲んで、志鳳の体にかける。


「貴君の度が過ぎた献身は、ただの強迫観念よ。異物として排斥されるのが怖いのでしょう?」


「……」


 ミセリコルディアは知らない。


 志鳳が時間遡行者の同一存在(ドッペルゲンガー)である事。生まれるべくして生まれた人間ではなく、本来の歴史には存在しない真の異物である事を。


「それに、ね。長く暮らした世界に情が湧かないほど、我も無感動な生き物じゃないの。遊戯(ゲーム)とでも思わないとやってられないじゃない」


 風呂から上がり、機械腕が濡れた志鳳の頭を柔らかいタオルで拭く。


「……131」

 

 ミセリコルディアは生身の両手で自身の体を拭きながら、様々な感慨を込めて呟く。

 

「これまでに滅ぼした世界の数よ。我には幾つの命を犠牲にしても、絶対に叶えたい願いがある」


 志鳳の目を覗き込み、挑むように宣言した。

 

「我は奪った命に胸を張って生きるわ」


 そして、数え切れないほど繰り返してきた、黙示録の基盤となる問いを投げ掛ける。

 

「梧桐志鳳。──貴君の願いは何?」


「……僕は」


 志鳳は久し振りにシグネットに頼らず、過去の記憶を掘り起こした。




「僭越ながら、志鳳殿。貴殿の武には芯が欠けております」


 派手な化粧と全身に刻まれた刺青が特徴の武人──大安(ダーアン)は言った。


 彼女は羽化登仙の頂点に立つ異能武術の達人であり、志鳳が神聖喜劇に所属していた頃からの知人でもある。


 礼儀正しく丁寧な人物だが、三度の飯より修行が好きな性分と武術に関して妥協を許さない厳格さが災いし、私的な交友関係は非常に狭い。


「貴殿は常に理想を己の外に求めていなさる。……志鳳殿よりも弱い私が言うのは差し出がましい話ですが」


 大安は深く溜め息を吐いた。


「ええ、地力は申し分ないのです。柔の陰流、剛の陽流。2つの流派を器用に組み合わせた戦い方は正しく正道。技術面に関して私が教えられる事は残り僅かでしょう」


 だから、後は心の問題です、と大安は指を額に当てた。


「貴殿はとても優しい人だ。何かを演じていなければ、誰かを傷つける事などとてもできない。そうですね?」


「……戦いに向いてない事は自覚してる」


 暫しの沈黙が流れる。


「そう言えば、志鳳殿は何度か私の過去を読んだ事がありましたね?」


 志鳳は効率的に技を学ぶ為に、本人の許可を得た上で、シグネットによる過去の追体験を行っていた。

 

「私が心身を鍛え続ける理由は、寿命に抗う為です。ご存知の通り、私は元々、武とは縁遠い生活を送っていました」


 志鳳は静聴する。


「しかし、事故によって死の淵を彷徨い、異能に覚醒した時に思ったのです。死にたくない。永遠に生きていたい、と」


 彼の過去知覚は真実を詳らかにするが、当事者の心境を知る事はできない。だから、対話が重要なのだ。

 

「私に言わせれば、異能者の死生観は温すぎる。位階を上げる事で自己の存在強度を高め、遙か未来での輪廻転生の超克を目指す。壮大な目標ですが、それは今世の終わりを受け入れる事と同義です」


 その日の大安は珍しく饒舌だった。


「私は生来の頑固者でして、自分以外の意思に唯々諾々と従う行為が昔からどうにも許容できないのですよ」


 大安は首元に傷痕のように走る刺青をなぞって心中を吐露する。


「親に逆らって家を飛び出し、上司に逆らって職場を追われ、こんな術式を身に刻んでまで、死の運命に逆らって生き長らえてきた」


 その声に後悔の色は含まれていない。


「ならば、寿命にも逆らわなければ嘘でしょう?絶対的な存在に易々と屈してしまえば、大安(わたし)は勝てない相手には逆らわない卑怯者に堕ちる」

 

「超越者以外が寿命を完全に克服した前例はない」


「ならばこそ、挑戦する価値もありましょう」


 おそらく、結果はどうでも良いのかもしれない、と志鳳は感じた。


「変えられない運命に抗ってこそ、武人。不可能に挑んでこそ、求道者」


 狂人と後ろ指を指されたとしても、彼女は死ぬまで戦い続けるのだろう。


「欲しいものは妥協せずに掴み取る。気に入らない現実は全て打ち倒し、気に入ったものは全て守ってみせる。それが、超一流の異能者というものではありませんか」


 譲れない信念を貫く為に。




 志鳳は臍の下に意識を集中させていた。周囲の自然環境と調和し、疲弊したマナの循環経路を代替させる。


 大安から最後に習った、羽化登仙に伝わる自己回復術。志鳳は蘇生した瞬間から、それだけを繰り返していた。


『異能武術を極めんとするのならば、未能者が扱う武術の常識は逆に枷となります』


 大安の教えを思い出す。


『祝福を意識なされよ。そして、異名を受け入れ、自身の本質を魂で理解するのです』


 祝福は異能者の存在が異能行使の負担に適応し、肉体から魂にまで様々な変化をもたらす現象だ。志鳳の深い青色の髪もその1つ。


 祝福という器は、謂わば異能者が積み上げてきた経験の結晶。どれだけ負傷し、疲れ切っていても、それが失われる事はない。 


『マナが尽きても異能者は戦えます。むしろ貴殿のような御仁は』


 志鳳の異能が息を吹き返した。


『──そこからが本領でしょう?』


 体が軽くなり、志鳳は驚く。自己回復術は応急処置に過ぎない技術だ。これほどの効能があるとは思えない。


 しかし、直ぐに原因に思い至った。


『後は任せた。壟断が蘇生したら、そう返しといてってば』


 恩寵のザイン・ラムール。


 どうやら彼女は最期の置き土産として、意思に呼応して起動する増幅の術式を仕掛けていったらしい。


『貴方達の旅路に恵みがありますように』


 迷惑を掛けた詫びといったところか。入浴を口実にボディチェックをしてきたミセリコルディアも、待機状態のこれだけは発見できなかったようだ。


「……僕の願いは」


 音がする。機械の駆動音に混じって、空間が押し広げられる音が。


『何……?我の領域が……』


 一瞬の隙。志鳳はミセリコルディアの腕を掴み、手近な金属パイプに向かって投げ飛ばした。


 置かれていた祭具にマナを流し、器仗と礼装を展開させる。召喚紋章が入ったポーチを腰に付け、崩壊する空間の外郭へと駆けた。


『──大団円(ハッピーエンド)




 超越者が異能で完全に支配できる範囲は、おおよそ大都市1つ分と言われているが、それは少し間違っている。


 今のレテ・ダームを見れば分かる通り、事前に仕込みを済ませた超越者は国どころか世界規模で強い影響を及ぼす事が可能だ。


 まあ、過小評価されていた方が都合が良いので、わざわざ自分達の危険度を喧伝するつもりはないが。


『青髪……!てめぇ……!』


 ツェーンが空中に瘴気の足場を形成し、光の矢から逃げる。流石は元異能者。即興で組み込んだ術式に気付いたようだ。


『この光の矢、あーしの瘴気を弾きやがる!』


 術式の名は、聖別。


『聖別の省力化は、僕の研究成果の1つ』


 逃げても無駄だ。僕はここに来る道中、律術で多数の起点となる術式を仕掛けてきた。既に包囲網は完成している。


『模型──噛み付く手錠』


『ちぃっ!』


 そして何より、アインがいる。負ける気がしない。


『私は志鳳君を助けに行かないといけないんだ!君に構っている時間はない!さっさと片付けるぞ!』


『同感。……いや、ちょっと待って』


 僕は常に光のシグネットによる視界の拡張を行っている。これは終末を生き抜く為に身に付けた残心であり、その視覚情報が確かだとすると……。


『アイン!衝撃に備えて!』


『なんだ、何か来るのか?……敵か?味方か?第三勢力か?』


 僕はアインを庇うように押し倒し、光の結界で包み込んだ。


『──全部!』


 その言葉に対するアインの反応は分からなかった。直後に起きた衝撃が空間を歪ませ、閑話が一時的に繋がらなくなったからだ。


『……!……!?』


 失楽園に点在している木々が吠えるように裂け、起伏の激しい地面が削れて平らになる。


 結界が剥がれる度に張り直しながら、全ての衝撃が収まるのを待ち、僕は身を起こした。


 血のように赤い長髪と、深紫色の瞳が目に映る。

 

『全て、私に跪け。失伝──至上なる命令(オーバー・ルール)


 残体同盟の盟主。史上最強の女王。


 擅権のベート・バトゥル。


『失楽園までの直線ルートを無理矢理こじ開けるとは、噂以上に無茶苦茶だなァ!』


 紋章院の総裁──ポールヴも隣にいた。


『知るか。私が通るのだから道を開けるのが道理だろう。ついでに役者を全員1箇所に集めておいた。サービスだ。感謝しろ』


 なんて力業。女王の非常識さには呆れるしかない。


『なんだ!?がどーん!と引き寄せられた!?』


『また女王かえ……』


『正直、助かりましたぁ。志鳳さんを探すどころじゃなかったのでぇ』


『ボク、索敵を頼まれてたんだけど~。ミセリコルディアに怒られるかな~』


『泣けますね』


 だが、これで敵の位置を把握しながら、味方と合流できた。


『くっ、またしても私の速度が破られるとは……!』


『流石に女王の異能は安くないね』

 

『22手。ちょっと計算ズレちゃったかも』


 ソークの独り言に、女王が反応する。


『私を利用するとは良い度胸だな』


『やや、怒らない、怒らない。平和が一番!仲良くしようよ!』


 女王と女王の再来。2人の化け物が睨み合ったのは一瞬だった。


『とりあえず、こちら側の目的は志鳳君の救出で良いんだな、ポールヴ君!?』


 アインが場を仕切るように声を上げる。僕は多人数を相手に喋るのが苦手なので、とてもありがたい。


『ああ、その為に壟断の居場所を突き止めてェ……』


『あ、はいはい!私、分かるかも!』


 ソークは手を挙げる。


『失楽園には情報を集めてくれる仲間が沢山いるから!貴方達の思考を少し貸してくれたら、直ぐに特定できるよ!』


 雑種のソーク・ブルームーン。


 彼女は自身の思考を流し込む事で他者を洗脳し、自他の思考を繋いで巨大なネットワークを形成できるらしい。


 僕達とは別のアプローチで処理能力の壁を越えた女だ。 




 志鳳の所在は判明した。高い強度の異空間に監禁されているようだ。


『何か策があるんだな!?』


 僕は消波ブロックに似た掌サイズの祭具を取り出し、隣を走るアインに見せる。


『これで抉じ開ける』


 ロムバスから渡された秘密兵器だ。

 

『対抗神話が開発した、迷宮の発生を誘導する装置。……をリーゼのシグネットで増やした』 


 無数の迷宮を同時発生させる事による空間の飽和。これをぶつけて、志鳳が囚われている空間を崩壊させる。


『とは言っても、まだ欠陥が多い試作品。でも、アインならどうにかできるはず』


 装置を眺めていたアインが頷く。


『ああ、仕組みは大体分かった。私のシグネットで補える範囲内だぞ。だが、空間飽和を起こすとなると、少しタイミングが難しいな』


『流石。タイミングの方は任せて。分析は僕の得意分野』


 問題は失楽園が外界と完全に遮断されている事だ。本来なら、失楽園の中に迷宮は発生しない。


 だから、これを使う為には一時的に出口を空ける必要がある。


 他のメンバーで失楽園の適合者であるポールヴと空いた穴を守り、僕達が志鳳を奪還した瞬間に、女王の命令で全員を失楽園の外に叩き出す。


『時間的な余裕はない。しくじれば終わり』


『ふふ、楽勝だぞ。なんせ、私達は』


 そう、僕達は。


『──天才だからな!』


 アインの思い浮かべているもう1人は、きっと僕ではないのだろう。


 それでも、彼女の隣が居心地良く感じてしまうのは──僕の弱さだ。

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