ウールーズに関する隙間
「お祓いに行ってきた」
青色の髪をウルフカットに整えた男性──梧桐志鳳は、石のような無表情で友人達に報告した。
機嫌が悪いわけではない。威圧する意図もない。彼の無表情は先天的なものである。
志鳳自身もその点には自覚があり、こっそりと矯正を試みた事もあった。しかし、ここで後天的な性質が壁として立ちはだかる。
彼は東洋人としては高めの身長と派手な容姿に見合わず、細かい事が気になってしまう性格だったのだ。
自分が笑う事で誰かの心を傷付ける可能性があるかもしれない。
そんな考えが頭を過ぎってしまい、結局は上手く笑顔を作る事ができないまま、今日まで来てしまった。
そんな志鳳は、いつものように行き付けの喫茶店──ウールーズに足を運び、旧友達との他愛もない雑談で暇を潰している。
「あはは、何十個も御守りを付けてたら、言われなくても分かるかな」
赤色のミディアムヘアが目に鮮やかな女性──信桜幕楽は、志鳳と最も付き合いの長い友人だ。
常に微笑みを絶やさない穏やかな雰囲気と、バーテンダーのようなデザインのベストがトレードマーク。
そして、友人達の溜まり場となっている喫茶ウールーズの店主でもある。
「ご当地の妖怪みたいになってるわね!」
橙色の長髪をハーフアップにした女性──サラート・シャリーアが、全身に御守りをぶら下げた志鳳を的確に評した。
愛用の画材を取り出して、その姿を素早くスケッチし始める。どうやら、彼女の絵描きとしての血が騒いだらしい。
「君はいつも、行動が性急だぞ。私を連れて行ってくれれば、天才的な目利きを披露してみせたというのに。御守りと一口に言っても、細部に職人の思想が垣間見えてだな……」
緑色のロングウェーブを伸ばした女性──アイン・ディアーブルは、戦艦の模型を組み立てながら勢い良く捲し立てた。
彼女の趣味はオークションへの参加。一度スイッチが入ると、様々な物品に関する蘊蓄語りが止まらなくなる性分なのだ。
「きゃひひ、桜国製の御守りですかぁ。相変わらず、面白い事をやってますねぇ」
紫色のサイドテールを垂らした女性──山藤杜鵑花が、志鳳の奇行を肴に度数の高いシュナップスを呷る。
ちなみに、今の時刻は昼過ぎだ。更に補足すると、彼女が飲んでいる酒はギャンブルで手に入れた景品である。
何から何まで駄目人間の所業だが、その豪快さは一周回って優雅に見えなくもない。
「……事の発端はアインの一言だった」
「急に語り始めましたけどぉ」
「自然な導入よね!」
「えっ、私が何か言ったか?」
「あはは、本人は忘れてるみたいだよ」
志鳳は一瞬だけ沈黙し、色々と言いたい事を飲み込んでから話を続ける。
「先週。最近の君は運が悪いからお祓いにでも行った方が良いぞ、ってアインに言われた」
「正直、全く記憶にないぞ」
アインがノースリーブから露出した白い腕を組んで、ダイナミックに首を捻る。
「言った。僕のシグネットで確認したから間違いない」
シグネット。
それは、マナという特殊なエネルギーを扱える稀有な人間──異能者が宿す固有属性。
梧桐志鳳のシグネットは過去。対象の過去を知覚する事で、実際に起きた出来事を遡って確認できる。
「む、それなら私が忘れているだけだな。本当に便利な異能だぞ」
「アインのシグネットほどじゃない」
ウールーズの常連5人は全員が異能者であり、その縁で知り合った間柄だ。各々が全然違うシグネットを持っている。
「あはは、少し運が悪いくらいなら気にしなくて良いんじゃないかな?」
「詳細は言えないけど、先週だけでも都市規模の事故と国家規模の事件に巻き込まれた」
「それはもう、運が悪いとかいう次元の話じゃないぞ。むしろ、無事で良かったな」
「名探偵行くところに事件あり、ってヤツね!」
世界一有名な名探偵と同じ国出身のサラートが、ハイウエストスカートの裏から虫眼鏡を取り出した。
「……実際、国際異能連盟からも事件解決のエキスパートみたいな扱いをされて困る。僕は探偵じゃなくて演出家なのに」
「しっかり解決に協力してるところが志鳳さんらしいですねぇ」
「君1人ならどうにでも逃げられるだろうに。自由を重んじる異能者にしては、少しお人好しが過ぎるぞ」
「お人好しじゃない。僕は流されやすいだけ」
友人達の呆れた視線に、志鳳は決然と言い返す。
「その台詞を堂々と言う人は初めて見たわ。強火の意志薄弱ね!」
「事件に関わるのは別に良いけど、趣味の演劇鑑賞に行く時間が減るのは嫌。今の流行をインプットしないと、演出家としての腕が落ちる。御守りもあんまり効果なさそう……」
詰襟の民族衣装から外した御守りをテーブルに積み上げ、その上に突っ伏してしまった志鳳を前に、アインとサラートが顔を見合わせる。
なんだかんだで友人想いな彼女達は、気落ちした志鳳を放っておくほど薄情ではない。
「でも、次から次に事件に巻き込まれるなんて、まるで映画の主人公みたいですねぇ」
「……主人公?」
その時、我関せずと酒を楽しんでいた杜鵑花が呟いた言葉に、志鳳が僅かに反応した。
『これは……手応えありだぞ』
『志鳳くんは昔から舞台の主役になりたいって言ってたかな。表情が作れないから諦めて演出家になったらしいけどね』
『元気を取り戻させるなら、この方向性よね!』
『すみません、ヴァイスヴルストのお代わり貰えますかぁ?』
志鳳を除く4人は音を立てずに意思を疎通する。異能者が使う閑話という技術だ。
「そうだぞ、志鳳君。この世が舞台なら、君はまさに主役だ!」
「私もそう思うわ!主演なんとか賞よね!」
アインの励ましの言葉に、サラートが雑に乗っかる。
「主役。主演。良い響き」
「そうだろう。ほら、とにかく美味しいものを食べて飲んで吹っ切れるぞ!」
「幕楽さんの調理力は世界一よね!」
「「「乾杯!」」」
友人達の勢いにあっさり押し切られる志鳳は、自己申告に違わぬ流されやすい人間だった。
「私達の友情は永遠だぞ!乾杯!」
「何回乾杯するんですかぁ」
「あはは、アインちゃん、そのグラスはもう空だよ?」
ある程度の実力がある異能者の体は、無意識にアルコールや有害物質の影響を弾く。だから、意図せず泥酔してしまう心配はない。
……が、意識して酔う事はできる。アインは真っ先に酔い潰れた。
「どうせ私なんて……私なんて……!戦隊モノでもオレンジは不遇枠なのよね……!」
喫茶店の隅っこに蹲ったサラートも、見事な泣き上戸を展開している。
「元気出して下さいよぉ」
「うう、追加戦士枠っぽいカラーだからって余裕ぶって……!この気持ちはレッド・ブルー・グリーン・パープルの皆には分からないわよ……!」
「何を言ってるのか、よく分からないんですけどぉ……」
人一倍飲んでいるはずの杜鵑花だが、オフショルダーのトップスから覗く肌は赤くなっていない。
彼女に限って酔いを拒否する事はあり得ないので、素で酒に強いのだろう。
「傾聴!それじゃあ、私達で志鳳君をプロデュースする会議を始めるぞ!」
「わーわー、待ってたわ!はいはい!私は決め台詞とかがあると、主役っぽくなると思うのよね!」
「素晴らしいアイデアだぞ!却下!」
「やったー!当たりが出たらもう1本ね!」
「あの2人は完全に出来上がってますねぇ」
アインとサラートは、もはや自分でも何を言っているのか理解していなさそうだ。
「わーわー」
「あはは、志鳳くんはお酒苦手なんだから、無理にテンションを合わせなくても良いんだよ?」
幕楽も同じペースで飲んでいるのに、顔色は日頃と変わっていない。実を言うと、このメンバーで1番の酒豪が彼女だ。
ちなみに、志鳳はあまり酒が好きではない。敢えて避けるほど嫌いでもないが、お茶の方が美味しいと思っている。
今も舐める程度しか口にしていない。しかし、友人達と一緒に過ごす時間が悩みを癒していく気がした。
「決め台詞、発案リーグ!最下位は、えーっと……アレ!アレだぞ!」
「まさかアレがアレになるとは……大きく出たわね、アインさん!」
「このヴァイスヴルスト、とろけるような柔らかさで最高の口当たりですねぇ」
「爽やかで食べやすい」
「素材にこだわった1皿だよ。そう言ってくれると嬉しいかな」
幕楽と杜鵑花が何杯目かの酒を飲み干すと、志鳳も真似をしてグラスの水を呷る。
「ところで、なんでこの店って常に私達の貸し切り状態なんですかぁ?」
「あはは、他のお客さんが入って来ないように入り口を工夫してるからかな」
「……幕楽、客商売してる自覚ある?」
「大丈夫だよ。来店さえできれば、ちゃんと接客するかな」
「そういう問題じゃない」
「薄々気付いてましたけど、私達の中で一番イカれてる人って幕楽さんですよねぇ……」
ウールーズの広々とした店内は、今日も5人が談笑する声で賑わっていた。