【親衛隊】に関する隙間
『秘伝──厄災を示す地図』
スフィアは危機察知の固有術式を行使し、遥か遠くの状況を確認した。
『目標地点の警戒レベルが格段に下がっています。おそらく、王が勝ちましたね。回収に向かいましょう』
黙示録は強大な力を持つ世界の敵である。だからこそ、彼女の危機察知のシグネットによって鮮明に炙り出せるのだ。
『了解!全速力で発進しちゃうよ!』
『た、頼んだ、シビュラ嬢』
『安心してくれ。この車は既に、この僕が改造済みだからね!』
バレンシア派閥の親衛隊3人しか乗っていないはずの車内で、聞き覚えのない閑話が繋がる。
『えっえっ、誰!?』
『も、黙示録か……?』
『いえ、王と協力関係にある人間ですね。対抗神話の第1室長──ロムバス博士。何をしに来たんですか?』
助手席にぬるりと現れた片眼鏡の男性は、金髪を靡かせながらスフィアの方を振り向く。
『ナーヌス女史が黙示録の力を使って、受肉した黙示録と交戦しているんだろう?こんなに面白そうなイベント、研究者として見逃すわけにはいかないよ!』
『おそらく、もう戦いは終わりましたけどね。冗談みたいな早さで決着が付きました』
『大丈夫、大丈夫。現地に行かずに対象を観察する方法なんて、いくらでもあるんだよ』
ロムバスは片眼鏡を軽く叩いてみせた。
『本来は最重要研究対象──梧桐志鳳を秘密裏に観察する為に改造した遺物なんだけどね』
『当たり前のように異能法を破らないで下さい。志鳳様に訴えられたら負けますよ?』
『僕達が理論上不可能と結論付けた、シグネットの完全な複合。それをどうやって実現したのかが知りたくてね。どうしても好奇心が抑えられなかったんだよ!』
ロムバスが悪びれずに言う。
『再現性がない現象だった事が非常に残念だ。しかし、現実に起きた事象に説明を後付けするのが研究者の仕事だからね。結果そのものは受け入れるしかない』
『流石は対抗神話の気狂い研究者ですね。そんな理由で超越者から睨まれるような真似をするなんて、私には理解できません』
『でも、凄い技術だね!遺物を改造しちゃうなんて!』
『だろう?この車にもいくつか組み込んでおいたよ!特別サービスだ!』
『えっ……!?』
シビュラの表情がぴしりと固まる。
『そ、そう言えば、改造したと言っていたな。王には許可を取ったのか?』
『勿論、取ってないよ!』
『そ、そうか』
ドルクはマナの流れを整え、術式を発動する準備を始めた。
『秘伝──雨を運ぶ男』
ドルクが術式を行使すると、ロムバスの頭上から2匹の巨大な蛙が降り注ぎ、彼を車外に蹴り出そうとする。
『生物系か!これは面白い!』
ロムバスの胸ポケットから、奇妙な質感のハンカチが飛び出し、蛙の蹴撃を自動的に捌く。
『ちょっと!車内で何しちゃってるの、ドルクくん!』
『加勢します』
『スフィアちゃんまで!?』
スフィアの器仗から伸びたマナの斧が、助手席に座るロムバスの肩に向かって振るわれる。
『あ、シビュラさん、計器の右横と上にあるボタンは押さないように。改造の詳細は不明ですが、おそらく全員死にます。とりあえず、貴女は運転に集中して下さい』
『無理だよー!』
シビュラは涙目で悲鳴を上げた。
『いやー、殺されるかと思ったよ』
未能者にとっては一瞬、上位者にとってはそれなりの長さの戦闘を経て、ロムバスが溜め息を吐く。
その衣服には多数の切り傷があり、全身に打撲痕が刻まれていた。中には致命傷に近い怪我もあるが、痛みを感じている様子はない。
『やはり、本人ではありませんでしたか』
『え、遠隔操縦式の客体だな』
ドルクが精巧な自動人形を睨み付ける。
『2人とも最初から偽者だって気付いちゃってたの!?』
『ええ、まあ。対抗神話の室長にしては、知覚できる危険度が低過ぎましたから』
『ま、マナの流れが不自然だった』
『面白い意見だ!次回作の参考にしよう!』
『うるさいです』
スフィアは舌打ちをしながら、ロムバスの口に斧の刃先を捩じ込んだ。客体でなければ猟奇的な光景である。
『本体がいないなら、ここまでしちゃわなくても良かったんじゃ……』
『形だけでも落とし前は付けないと、王が舐められますから』
命を捨てて王を守るのが、親衛隊の使命。それには、王の権威や名誉も含まれる。
『ところで、スフィア女史。タヴ女史の移送先は何処なんだい?移送後に狙われる可能性も考慮すべきだと思うんだけど』
口が塞がっても閑話はできるので、ロムバスは懲りずに話し掛けた。
『はあ……その質問が最後に出てくるのが、最高に対抗神話って感じですね。選択肢は多くないでしょう?……資料館ですよ』
『ああ、なるほど。あそこなら安心だ』
ロムバスは大袈裟に膝を打つ。
『あの一帯は複数人の超越者が入れ替わりで警備しているからね。なんせ、連盟の最重要施設──失楽園の入り口だ』
それは、連盟のデータベース上で、ある程度の閲覧権限を持つ者だけが入手できる情報である。
超越者の親衛隊である3人にとっては、既に知っていた情報だ。
『資料館の警備は、超越者に課せられた数少ない義務の1つですからね。素行が優良であれば、免除される事もあるらしいですけど』
逆に素行不良の超越者でも、この警備任務さえ真面目にこなしていれば、大抵の問題行動が見逃される。
そして、超越者は己という個への執着が強く、プライドが高いので、仕事を引き受けたからには手を抜かない。
重要施設の番人にするには適任だ。
勿論、精神系の異能者や賢者の方舟による事前チェックはあるが、引っ掛かる者はまずいない。
ちなみに、この任務の参加回数が特に多いのは、淫祠邪教のエーシル・スティンガーらしい。
本人は素行不良の罰ゲームと言っているが、実態は自主的に参加する事が多いそうだ。
他人の秘密を暴く事が趣味のネーベル・キングスバレイがその件をからかった際に、エーシルから半殺しにされたという真偽不明の噂もある。
『スフィアちゃん、この場所で間違っちゃってないよね!』
『はい。私のシグネットが正しければ、このまま直進して……』
『……し、シビュラ嬢。少しスピードを上げてくれ』
ドルクが車の上に乗せていた蛙の視界を共有し、焦燥の滲んだ声を出す。
『どうかしましたか?』
『王が倒れている。勝利した事は確かなようだが……黙示録を使った反動か?』
『あの人は、また無茶をして!』
スフィアは文句を言いながら、治療用の祭具セットを取り出す。
『黙示録の反動か!実に興味深い!是非とも僕に見せ……』
『『黙れ』』
ロムバスの操る客体は車外に蹴り出された。




