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【相乗り】に関する閃き

 異能者は隷獣の背に乗って移動する者が多いが、異能社会ではその他の乗り物も普及している。


 車や船などは隷獣よりも速度に劣る反面、部品の1つ1つを工夫する事で、非常に高い強度を誇る祭具として設計できるのだ。


 また、危険が予想される道を通る場合などは、運転手以外の全員が即座に応戦できる利点もある。


「どう考えても乗り物に求められる機能じゃねぇと思うんですが、この世界ってのはそんなに物騒なんですかい?」


 凶悪な人相の大男──デクラン・ギャグノンは、僕が死蔵していた中型車の車体を洗車しながら言った。


 早くも雑用係が板に付いてきたな。異界から渡ってきた人間──渡界者だというのに、新しい環境への適応力は大したものである。


「表の六大陸ならともかく、真説大陸では移動中の襲撃は日常茶飯事ですよ。まあ、私は運転してくれる仲間もいなかったので、乗用車なんて持っていませんが」


 最近、ぼっち経験を自虐ネタとして使い始めたあざとい女──スフィア・ミルクパズルが、特に手伝う素振りも見せずに口だけ動かす。


「シビュラはよく乗っちゃってたからね!運転は任せてくれちゃって良いよ!」


 悪巧みは苦手だが単純作業の適正が高い女──シビュラ・クリスタルは、車の窓を拭きながら胸を張った。


「お、俺も運転はできるが……」


 今のところ苦手分野が見当たらない男──ドルク・バッシャールが、相変わらずの有能さを見せる。


「駄目。ドルクとスフィアは常に応戦できないと困る。だから、運転役はシビュラ」


「消去法!?えっ、シビュラって戦力として見られちゃってない!?」


 そんな事はない。シビュラも充分に優秀ではあるのだ。しかし、ドルクの戦闘力とスフィアの悪賢さが飛び抜け過ぎている。


「せっかく、新しい術式も考えちゃったのに!これを見ちゃえば、シビュラの凄さが……!」


「た、待機中に無駄なマナと体力を消費すべきではないと思うが」


「うっ、正論!」


 そこで、僕の耳に装着した祭具からアラームが鳴った。


「皆、聴いて。梧桐志鳳が連盟本部に向かったみたい。待機の時間は終わり」


 僕は車の表面に軽くマナを流して、水気を吹き飛ばす。超越者にとっては、一瞬で自然回復する程度の消費である。


「そろそろ、タヴの移送が始まる」




「閃いた」


 梧桐志鳳は連盟からの呼び出しを受けて、ゴールデンワトルに設置されている、国際異能連盟の本部に訪れていた。


 主役を演じる事にこだわりのある彼は、光のシグネットで自身を照らすという派手な演出と共に、会議室に入室する。


 が、誰からもリアクションがなかったので恥ずかしくなり、無言で術式を解除した。


「タヴの移送は僕達が引き受ける」


「達、と言うと……?」


 先陣を切って質問したのは、白いポンチョのような貫頭衣を着た女性──金枝玉葉のエフェソスである。


 異能者は基本的に血縁関係を重視しないが、実は例外も存在する。それが、金枝玉葉と呼ばれる七つの異能名家だ。


 金枝玉葉の家系からは異名持ちが安定して輩出され、上位者もそれなりの数を抱えている。


 本来は自然発生を待つしかない英雄を、定期的に供給できる血筋。その価値は言うまでもない。


 優秀な血を取り入れる優生学的な思想は前時代的だが、実際の成果に関しては誰もが認めざるを得ないものだ。


 更に言うならば、彼らは高貴なる者の義務として、異能社会の治安維持に自主的に協力している。

 

 時代遅れの血統主義者とはいえ、ここまで益のある家系を解体する事は難しい。紛れもなく、連盟の重鎮と言える名家だ。


「遺失支族の襲撃に対応できそうな超越者に心当たりがある。僕の方から声を掛けておくから、移送の人員に関しては問題ない」


「……なるほど。それは頼もしい」


 エフェソスは少し迷ったが、彼の提案を肯定する。


 独断行動はあまり褒められたものではないが、優秀な知覚系に関しては話が別だ。


 彼らの直感に従う事は結果的に事態を好転させると、彼女は過去の経験から学んでいる。


「私の計算によると、連盟が呼び掛けを行うよりも、壟断様に一任した方が効率的だと思われます」

 

 連盟の頭脳こと枢密院の総裁である女性──ディーシが、淡い虹色の短髪を揺らして頷く。


「超越者が動かせるってんなら、砂紋部隊(うち)の出番はなさそうだなァ。んで、そのメンバーってのは誰なんだよォ?」


 連盟の武力こと紋章院の総裁である男性──ポールヴは、黒髪の下の眼帯を撫でながら、もう片方の目で志鳳を見る。


「これが、僕の選抜した移送メンバー」


 志鳳の掌から光が浮き上がり、5人の人物の姿を再現した。無駄なパフォーマンスである。


 超越者に認定されて以来、迂闊に正体を明かせなくなった彼は、自身の演出を気兼ねなく披露できる舞台に飢えていた。


「この人選は……!」


「私の計算によると、戦力としては充分以上だと思われます」


「戦力はなァ……。これ、収拾付けられんのか、壟断さんよォ?」


 志鳳は親指を立て、力強く請け負った。


「僕に任せて」

 



 ゴールデンワトルの5割以上を占める広大な荒野を、1台の中型車が走っていた。


 紋章院が用意した車の座席には、6人の超越者が座っている。


 ──1列目。


「たかが死体の移送程度に、随分と仰々しい面子を集めたらしい」


 軍用に改造された車を運転するのは、紺色のロングヘアを伸ばし、レザー風のジャケットを羽織った女性。


 結社無所属の第0位階。大赦のレテ・ダーム。


「タヴの遺体を狙って、遺失支族が襲撃してくる可能性が高い。当然の備え」


 隣の助手席に座っているのは、青色のウルフカットを整え、詰襟の民族衣装を着用した男性。


 断章取義の第0位階。壟断の梧桐志鳳。


 ──2列目。


「久し振りですわね、志鳳。断章取義でも元気にしているようで安心しましたわ」


 灰色の前髪で両目を隠し、黒いレオタードの露出部をレース生地で覆った女性。


 神聖喜劇のボス。洗礼のラミナ・クルシフィックス。


「ふん、この俺が率いる結社に入ったのだから当たり前だ。まあ、貴様がこの俺に次ぐ手腕を持っている事は認めてやろう、洗礼」


 黒髪をアップバングにした、黒色のシャツに灰色のネクタイの男性。


 断章取義のボス。晩鐘の玄松(クロマツ)夕鶴(ユヅル)


 ──3列目。


「結社運営の手腕なんて下らないわね。雑魚には誰も付いてこない。最強には皆が付いてくる。それだけかしら」


 水色の長髪を水平に切り揃え、白いラッシュガードを着た女性。


 残体同盟のボス。戦渦のギーメル・パペス。


「うえーい、ギーメルちゃん、おひさ!今日も姫カットがイケてるじゃん!今夜どう?」


 銀色の髪を無造作にセットし、紺色の軍服を着崩した男性。


 淫祠邪教のボス。虚無のエーシル・スティンガー。


「近付かないでくれるかしら。私、向上心のない人間が一番嫌いなの」


「またまた、素直じゃないんだから!そういうツンツンなところも可愛いじゃん」


「わたくしをナチュラルに格下扱いするのは止めて下さる?再戦しても良くてよ?」


「こちらの台詞だ。今度こそ格付けをはっきりさせてやろう」


 車内の空気は最悪。並みの異能者ならば、四大結社のボスが発する圧で気を失っているところだ。


 勿論、こうなる事は予想できていたので、送迎役にマイペースなレテが選出された経緯がある。


「なるほど、これが聖傅の言っていた喧嘩カップルというヤツだな」


「多分、違う。……サラートはレテに変な事を吹き込まないで欲しい」


 志鳳はレテから話し掛けられる度に、律儀に応答していた。彼女が運転に飽きると何を始めるか予想が付かないからである。


 幸いな事に、彼女の運転は安定しており、襲撃者に対応できるように低速で走って欲しいという要望にも沿ってくれていた。


「レテちゃん、ギーメルちゃんが冷たいじゃん。傷心のオレを慰めて?」


『淫祠邪教の虚無か。なかなか面倒な男らしい。失伝──』


「レテ、記憶を弄るのは禁止」


 当然のように味方の記憶を書き換えようとするレテに、志鳳が警告する。


「エーシルも無節操に口説かないで」


「へいへい、気を付けるじゃん。えっと、シ……なんとかくん!」


「女性の名前しか覚えていませんのね……」


 ラミナが呆れ顔で呟く。


「そういえば、貴様には借りがあったな、戦渦。あの敗北を忘れた日はない。次こそ雪辱を果たしてやろう」


「何度やっても結果は同じかしら、晩鐘。今の私には別の目標があるから、一度倒した相手に構ってられないの」


「この俺に負けるのが怖いのか?」


「思い上がりも甚だしいかしら」


「お待ちなさいな。貴方達は少し熱が入り過ぎで……」


 夕鶴とギーメルの間でマナによる威圧合戦が始まり、流石にラミナが仲裁しようと動いた、その時。


『……来る。失伝──|針の上で天使は何人踊れるか《シースレス・エンジェル》』


 志鳳の頭に光の冠が出現し、閑話が車内に響くと、全員の無駄話が一斉に止まる。


 全員の眼前に光の地図が映し出された。


『遺失支族らしき気配が4。東西南北から向かってくる』


『あら、キリの良い数ですわね。では、わたくしが西を片付けますわ』


 ラミナの器仗を握った拳を包むように、武骨なマナの籠手が出現した。


『東の雑音は俺が掃除してやろう』


 夕鶴の器仗からは幅広の直刀が。


『私は北の雑魚を潰すかしら』


 ギーメルの器仗からは長柄の斧槍が。


『はいはい、消去法でオレは南ね。別に方角なんてどっちでも一緒じゃん』


 エーシルの器仗からは撓る蛇腹剣が飛び出す。


『どうやら、私の出番はないらしい。車で敵陣に突っ込むという脚本も悪くないと思ったのだが』


『止めて。この車、一応は借り物だから。あと、タヴの遺体も乗ってるから』


『壟断が言うのならば止めておこう。……ドアのロックは解除した。いつでも外に出られるらしい』


 レテがマナでシステムを操作し、ドアを開放すると、4人が車の外に身を投げた。

 

『ギーメルちゃん、また後で!オレの無事を願ってて欲しいじゃん!』


『騒がしい男は嫌いかしら』


『貴様は帰って来なくても構わんぞ、虚無』


『あ、今!擦れ違う瞬間に、わたくしの胸を触りましたわね!?』


 彼らは錬術で空中に足場を形成し、それぞれの標的を目指して駆け出した。




『改編──終末世界(コンクルージョン)No.15』


 見上げるような大きさの宮殿が乱立する、瘴気に満ちた異界。


 荒廃した終末の風景によって、世界が上書きされていく。


「キィィィィィ!」


 異形の生物の耳障りな鳴き声が響く。


『残体同盟からの報告にあった生物──烙印者ですわね』


 瘴気に蝕まれた戮辱者ではなく、瘴気に適応進化した生物。


 戮辱者の不死性を引き継ぎながら、激痛によって行動パターンが単調になる弱点もない、厄介な強敵。


『唯一の救いは時間経過で消えるらしい事ですわね。迷宮の外に出た怪異や怪獣と同じく、この世界に存在を留める為の楔がないのだと、ナーヌスは推察していましたが』


 ラミナは既存の情報を元に、烙印者の脅威度と対処法を事前に整理していた。彼女自身と、世界中に存在する教え子達の為に。


 ラミナの本分は教育者である。彼女は昔から人に世話を焼いたり、知識や技術を教える事が好きだった。


 最初は孤児院の子供に、次は卒業できずに悩む徒弟に、その次は噂を聞き付けて来た位階の低い異能者に。


 彼女の強さは、教え導く為の強さである。


『何も問題ありませんわ。時間稼ぎは得意でしてよ』


 ラミナは礼装伝いにマナを流し、種石から眷属を召喚した。

 

『御園【エルシャダイ】──完全展開』


 眷属が異界の拡大を押し留めている隙に、烙印者の軍勢に攻撃を仕掛ける。


『失伝──時計仕掛けの抱擁モーメンタリー・エンブレイス


 彼女の拳が錬術で構築した十字架を次々と撃ち出し、烙印者の大軍を串刺しにする。


 その攻撃を回避できた烙印者も、多数の十字架を起点に周囲の時流が停滞する事で、スローモーションのように動きが遅くなった。


 そこに第2波・第3波の十字架が飛来し、あっという間に大軍が動きを止める。


『やはり、彼らでは相手になりませんか。しかし、その素早い仕事は敵ながら天晴れです』


 突如、背後に現れた気配。ラミナは反射的に籠手を振り抜き、粉砕しようとした。


 が、その一撃は空を切るだけに終わる。


『わたくしのシグネットで加速した拳を避けるとは、敵ながら天晴れですわね』 


 毛先を巻いた銀髪の遺失支族は、頬から流れた一筋の血を拭って、好戦的に笑う。


『なるほど。超越者の中でも貴女が一番の要と見ました。……失礼、申し遅れましたね。私はアシェル運輸の最高経営責任者、クラシーヴィと申します』


『ラミナ・クルシフィックス。貴方の名乗りに合わせるのならば、ただの教育者ですわ。それでは、尋常に』


『『速さ比べと参りましょうか』』


 


『御園【カナロア】──完全展開』

 

 ギーメルが踏み込んだ異界では、あらゆる物が爆発していた。住人である烙印者さえも、侵入者に組み付いて自爆しようとする。


『失伝──完全無欠な矛盾アブソリュート・パラドックス


 それら全てを水の盾で強引に防ぎながら、ギーメルは涼しげに駆け抜けていく。


 彼女の放った巨大な水の矛が、明るい青の長髪の遺失支族を弾き飛ばした。


『ちょっ、来るのが早えーよ!ギーメル・パペス!』


 水圧でひしゃげた体が、一瞬にして元に戻る。


『オレはパビェーダ。イッサカル資源の……』


『名乗らなくて良いかしら』


 ギーメルが斧槍をパビェーダに向けると、水の矛の密度が増し、渦を巻くように回転し始める。より効率的に標的を殺す形状へと。


『私、雑魚には興味ないの』


『言ってくれるじゃねーか、人間の分際で』


 馬鹿げた水量を精密に操作し、あらゆる小細工を正面から打ち砕く女傑。志鳳の術式で再現できる力など、その一端に過ぎない。


『遺失支族とか言ったわね。貴方達は全員潰して、残体同盟(うち)のメンバーにふざけた真似をした事、後悔させてあげるかしら』


 


『御園【中主(ナカヌシ)】──完全展開』


 夕鶴は全てが結晶化した終末の世界で、直刀を指揮棒のように振るう。


『失伝──破滅的な音響(ヴェイパー・ウェイヴ)


 彼を中心に広がった振動が、行く手を遮る結晶を崩壊させた。全身から結晶を生やした烙印者も、原型を失って崩れる。

 

『なんて事だ。安くないコストを投じた権能が、こんなにもあっさり攻略されるとは、もう笑うしかないね。ねえ、玄松夕鶴』


 黒の長髪に青いインナーを入れた遺失支族は、目だけが笑っていない笑顔で、わざとらしく両手を挙げた。


『ふん、一方的に名を知られているのは気に食わんな。貴様、この俺に名を名乗る事を許してやろう』


『おっと、言われてみれば、自己紹介がまだだったね。僕はグロリア。ゼブルン雑貨の最高経営責任者だよ』


『そうか、それは残念だ』


 夕鶴は肩を竦めた。


『この俺は縁起を重んじる桜国で生まれ育ったのでな。雑貨屋のトップが急死とは、なんとも縁起が悪い』


『……安い挑発だね。でも、乗ってあげようじゃないか』


 


『御園【ウラノス】──完全展開』


 エーシルが降り立ったのは、鏡のような美しい水面の上だった。


 瘴気に満ちていなければ、パシフィス遺構にも劣らない絶景かもしれない。


『失伝──何もない部屋(クリーン・ルーム)


 液面から飛び出した何かを、正体を確かめる事すらせずに消し飛ばす。エーシルを囲むように、立方体に切り取られた空白が生まれた。


『全てが液状化した終末世界~。ボクの自信作なんだけど、お気に召さなかったかな~?』


 幼い外見の橙髪の遺失支族が現れると、水面が不気味に泡立ち始める。


『この異界は色んな生物が交ざった1つの死体なんだよ~。面白いでしょ~』


『あっそ』


 エーシルは欠伸をしながら、アスナヴァーニイを横目で見る。


『お兄さん、怖いね~。その目、生き物に向ける目じゃないよ~。人でなしの目だ~』


『こっちの台詞じゃん。あー、女相手じゃないから萎えるわ。さっさと殺して終わらせよっと』

 



『あちらの様子はどうだ?』


『全員、善戦してる。あ、ギーメルの対戦相手──パビェーダが逃げに入った。元々、今回の襲撃には乗り気じゃなかったみたい』


 光のシグネットで視覚を拡張した志鳳が、4人の御園が空けた異界の穴から戦況を観測する。


『とりあえず、僕達が移送任務を終えるまでの時間稼ぎとしては、充分以上』


『そうらしいな。ところで、壟断』


 レテは律術を使って、車に自動運転のプログラムを組み込み終えた。


『そろそろ、私に今回の脚本を教えてくれないか?』


『僕の記憶を盗み読んだレテなら、察しが付いてるはず』


『おや、バレていたか』


『知覚系を侮らないで』


 舌を出すレテの頬を抓り、志鳳は窓の外を眺める。


『今回の仕上げは、もう一人の僕に任せる』




『ったく、付き合ってらんねーよ』


 権能を何度か使って、ギーメルの猛攻から逃げ切ったパビェーダは、巨大な一枚岩に背を預けて愚痴を溢す。


『他人の為に自分のリソースを消費するなんてバカじゃねーの?こんなもん、オレら下位メンバーを捨て駒にして、敵の奥の手を探るってハラだろーが』


 なるほど、遺失支族の内部はそうなっているのか。これは貴重な情報だ。


 それにしても、黙示録の契約者である僕なら、他の黙示録の内心を盗聴できるとは。


『クハハッ、極めて表層的かつ限定的な盗聴だがね。それに、今の君だからこそ成せる技だ』


 ……そう美味い話はないか。今回限りの幸運と思っておこう。


『畜生。この調子だと、いつまで経っても超越者を殺し切れるエネルギーが貯まらねーぞ!上位メンバーの連中が総取りするつもりじゃねーだろーな!』


 しかし、僕の立てた仮説のいくつかは当たっていたな。それが分かっただけでも価値がある。


 じゃあ、行こうか。


遺失支族(おまえら)が利害で繋がった関係なら、お前みたいなタイプが絶対に1人はいると思ってた』


『ッ!何だ、てめーは!?いや、その特徴……クラシーヴィが言ってたヤツか?』 


 僕を送り届けてくれた親衛隊の皆は、無事に離脱できただろうか。


 あの車には呪術による気配隠蔽機能が搭載されている。スフィアの危機察知も組み合わせれば、滅多な事では見付からないはずだ。


『黙示録は黙示録の力でしか倒せない』


 僕の懐には厳重に封をした小箱が入っている。


 緑色のカプセル剤。黙示録の力を使う際の負担を軽減する薬。3回だけの切り札。


 僕はその1カプセル目を服用して、ここに立っている。


『パビェーダ。お前は僕がここで──仕留める』


『チッ、オレ一人ならどうにかできるってか?舐めんじゃねーよ、人間』


 釣れた。敢えて奇襲を仕掛けず、堂々と出てきたかいがある。正直、逃げに徹されると困るからな。


『吹き飛んで。改編──可能世界(ライクリフッド)A16』


 僕は世界を上書きした。巻き起こった突風により、パビェーダの体が宙を舞う。


『そういや、てめーも黙示録持ちだったな。けどよー。まさか、それだけで受肉した黙示録を倒せるとでも勘違いしてねーよな!』


 勿論、お前らの得意分野で勝てるとは思っていない。


 権能は確実に仕留める為の切り札。お前は超越者として磨いてきた異能で倒す。


『失伝──黒い星の光冠(ルーザーズ・クラウン)


 天使が動けば、他の遺失支族も異変に気付いて駆け付けてしまう。僕一人でこいつを潰すのが、今回の最適解だ。


『失伝──独り善がりな栄光(ロンリー・アウレオラ)


 僕の背後に光の輪が出現し、光の矢を掃射した。


『あめーよ。改編──可能世界(ライクリフッド)D46』


 宙に浮いていたパビェーダの姿が消える。


 自分の存在する位置を、別の可能性で上書きしたのだろう。今の僕には理屈が理解できた。


『てめーの手の内は割れてんだよ!不意討ち抜きなら何も怖くねー!改編──可能世界(ライクリフッド)A112』


 僕の眼前で爆発が起こる。


『無駄な消費は避けたかったが……受肉前の黙示録にコイツは使えねーだろ!改編──終末世界(コンクルージョン)No.17』


 遺失支族の本領。万物が絶え間なく爆発する終末が、この世界を塗り替えていく。


 ……パビェーダの言う通りだ。僕が普段使いしている攻撃術式は、これ1本で全てを押し通せるようなものではない。


 与し易い相手。四大結社のボス格と戦った直後ならば、尚更そう感じるだろう。


 だから、今を選んだ。


『失伝──仮初めの代役(アンダー・スタディ)


 僕の全身が自ら生み出した光の人形に溶け込む。


 シグネットと協術を組み合わせた、極めて複雑な術式。光と一体化した僕は、更に加速した意識でパビェーダの位置を捉えた。


『改……!?』


『遅い』


 反応できない速度で接近し、器仗から伸びた光の槍で連撃を繰り出す。パビェーダは目を見開いて絶命した。


 それが1つの意識体である限り、処理速度の限界は必ず存在する。


 悪魔と契約して黙示録に意思がある事を知った瞬間から、この殺し方を考えていた。


 ヴァルナの座標転移ともラミナの時間加速とも違う、予兆を感知させない事に特化した高速の暗殺術。


『ガァ……!』


 パビェーダの体が自動的に復元される。あまりにもおぞましく、あまりにも無防備な時間。


『終わり。改編──可能世界(ライクリフッド)C55』


『待っ……!』


 権能の行使。装飾の施された巨大な剣があらゆる方向から放たれ、パビェーダの体に斬り掛かる。


 僕は勝利を確信した。




 パビェーダは敗北を確信した。


『あーあーあー』


 自身が設定した敗北条件を満たしてしまう事を、確信する。


『ウザってーな!』


 パビェーダは権能の制御を放棄した。狙いなど定めず、手当たり次第に全てを爆発させる。


 当然、自分自身も爆発に巻き込まれ、復活の度に黙示録の根底を成すエネルギーが削られていく。


 パビェーダにとって、これだけ大量の資源(リソース)を消費する行為は敗北に等しい屈辱だ。


 だが、他の黙示録の権能(せかい)で殺されれば蘇生すらできなくなる。それに比べたら、必要な損切りだった。


『──その辺にしてくれるかね?』


 甲高い声がパビェーダの頭の中に響く。


『……てめーが、その女と契約した黙示録か』


『その通り』


 深い青色の髪の女性が、爆発に満ちた異界を悠々と歩く。


 外見こそナーヌス・バレンシアだが、朗らかな笑みの浮かんだ表情は完全に別人だ。


 彼女はパビェーダに歩み寄りながら、曲刀を両手に出現させ、自然な動作で振った。


『ッ!?』


 間一髪で後ろに避けたパビェーダの顔が強張る。


『ほう、悪くない反応だ』


『何……を……!てめーも黙示録じゃねーのかよ!?』


『クハハッ、勿論、同族ではあるとも。だが、同列に語らないで貰えるかね?』


 ナーヌスの姿をしたソレは言った。


『──我輩は母にのみ従う』


『母、だと?』


 想像していなかった言葉に、パビェーダは困惑する。黙示録に繁殖能力はない。自然発生するのみだ。


『ふむ、少し喋り過ぎたな。まあ、良い。せっかくの機会だ』


 ソレは悪魔のような笑顔と共に。


『今のうちに1匹、潰しておこうか。改編──終末世界(コンクルージョン)No.1』


 ──パビェーダの構築した異界を容易く塗り替えた。


『終末世界……!?おい……受肉もしてねーのに、その適合率……!てめー……いや、てめーらはまさか……!?』

 

『言っただろう?同列に語らないで貰えるかね、と。つまりは、こういう事だよ』


 目の前に広がる終焉に対して、パビェーダの表情に明確な恐怖が宿る。それは、黙示録として誕生して以来、初めての経験だった。


『遺失支族。君達は、我輩の私的な事情で滅びる脆弱で愚かな存在だという事だ』


 悪魔は吐き捨てるように言う。


『──驕るなよ、人間未満の寄生虫が』


 それが、唯一の本音だった。

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