【健康診断】に関する閃き
医術は活術のみにあらず。
活術とは自他のマナの働きを促進する術。その治療効果は単純で分かりやすい。
しかし、活術以外の基本六術を疎かにしては、異能医学を学ぶ者として半人前だ。そういう戒めの言葉である。
痛みや症状の進行を抑える為には、マナを抑制する呪術を。
患者に近付けない場合の処置には、マナを放出する発術を。
複雑な術式に体を蝕まれた者には、マナを操作する律術を。
薬品を配合する必要がある際には、マナを同調する協術を。
結界で簡易治療室を作る場合には、マナを固定する錬術を。
医術に妥協は許されない。苦手な分野も満遍なく研鑽し、あらゆる状況に対応できるようになりなさい。
国際異能連盟を支える三機関の一角──治療院では、最初にそう教えられるらしい。
治療院。
それは、名の通りに異能者の治療を請け負う機関である。
異能を利用した治療には、専門的な知識と技術、そして何より高度な設備が必要だ。
位階の高い異能者の中には個人で蘇生の術式を扱える者もいるが、心身に残った障害や欠損部位の完治には手間と時間が掛かる。
故に、異能者として活動している者ならば、誰もが一度くらいは治療院の世話になった経験があるはずだ。
「遺失支族のモナルキーアが何処まで考えていたのかは分かりませんが、予知能力者を落とされたのは痛手ですね」
白髪の小柄な女──諧謔のスフィア・ミルクパズルが、明るい灰髪の女──預言のタヴ・モンドを観察窓越しに眺めて舌打ちをする。
志鳳との戦いで仮死状態になったタヴの肉体は、治療院の一室で保存されていた。
黙示録による人格改編を元に戻す手段が見付かるまで、彼女を目覚めさせるわけにはいかない。
三機関の代表と複数の超越者を交えた会議で、そう決定した。
連盟の招集に応じるような超越者に、三機関を無下に扱ったり、暴力で意見を押し通すような輩はいない。
超越者は絶対的な力を持っている。個人で国家と渡り合える異能力。それに起因する莫大な経済力。派閥や各方面への影響力。
だからこそ、常に自制の心を忘れず、慎重に行動しなければならない。
故に、志鳳も私情を飲み込んで、タヴの蘇生禁止を受け入れた。
仮にタヴを蘇生して、世界の敵として本格的に活動を始めてしまえば、小国程度は地図から消えてもおかしくないからだ。
代わりに、遺失支族に再び狙われないように、タヴの遺体を厳重に保管する事を求めたらしい。
現在は見ての通り、治療院に一時保存されているが、彼女の遺体は遠からず移送されるだろう。超越者の遺体は腐敗しないので、保存は簡単である。
タヴが動けない今、知覚系の超越者の希少価値は高騰している。もう少し色々と要求しても良かった気がするが、それが彼の美点なのかもしれない。
僕には真似できない潔さだ。この辺が、同一人物でありながら人望と顔の広さに差がある所以か。
「一応、良い報せもある。枢密院が方舟を使って、梧桐志鳳の証言を真実だと認定したみたい」
「け、賢者の方舟か……」
黒髪を伸ばした陰鬱な男──怪雨のドルク・バッシャールは、僕の言葉に独特の掠れ声で応じる。
賢者の方舟。
世界最高の情報処理能力を有する遺物。連盟が異能者を管理できている最大の理由。
実物の所在は巧妙に隠されているが、異能者の潔白証明や位階認定には、この遺物が用いられていると聞く。
この遺物を握っているからこそ、連盟が創設できたと言っても過言ではない。
僕や梧桐志鳳の扱う拡張思考回路も処理能力では劣らないと思っているが、人間である限り嘘を吐く可能性が否定できないからな。
利便性と信頼性では、賢者の方舟の方が圧倒的に優秀だ。
「じゃあ、連盟も本腰を入れて動いてくれちゃうんだね!」
桃色のツインテールの女──輝石のシビュラ・クリスタルが、明るい表情を浮かべる。
「そうでなくとも、残体同盟のメンバーが多く負傷した。超越者達にも無視できない案件として認識されてるはず」
意外と言っては失礼になるが、残体同盟の面々は体を張って、遺失支族の起こした事件を終息させてくれた。
本当に感謝しかない。僕も今すぐ淫祠邪教を抜けて、残体同盟に移籍したいくらいだ。割りと切実に。
「閃いた」
青のウルフカットの男性──梧桐志鳳が、LITH端末で健康番組を観ながら唐突に呟いた。
「健康診断を受けに行こう。最近は忙しくて後回しにしてた」
「あはは、言われてみれば、私も受け忘れてたかな」
赤のミディアムヘアの女性──信桜幕楽は、読んでいた恋愛小説に栞を挟んで閉じる。
ここは幕楽の運営する降国風喫茶──ウールーズ。
しかし、喫茶店とは名ばかりであり、基本的に彼女と友人達の溜まり場と化している。
「私もだぞ。良い機会だし、皆で行くのはどうだ?」
緑のロングウェーブの女性──アイン・ディアーブルが、自身の蒐集した祭具を磨きながら言った。
「健康診断ですかぁ。超越者にとっては、あんまり重要じゃないですからねぇ」
紫のサイドテールの女性──山藤杜鵑花は、異能者のスポーツ──バーグラーの試合中継から顔を上げる。
競技自体に関心があるわけではない。異能社会では賭博の規制が緩いので、賭け試合を楽しんでいるだけだ。
彼女は常に刺激を求めて生きている賭博狂である。
「体の異常は祝福とマナで弾けますしぃ。正直、超越者まで来ると位階も頭打ちですからぁ」
異能者の健康診断は、位階測定も兼ねていた。
むしろ、高位の異能者にとっては、健康状態の確認などよりも到達位階の確認こそが本命である。
「志鳳さんと幕楽さんは第0位階だから、本当の意味で頭打ちよね!」
橙のハーフアップの女性──サラート・シャリーアが、『実録!国際異能連盟の闇!』という怪しさの塊のような本を置いて、話に加わった。
「あはは、私は弱いけどね」
幕楽は性格的に対人戦の適性が低く、第1位階の三人にも負け越す有り様である。
「第0位階と言えば、プレイスさんもそうよね。……あれ?プレイスさんは?」
「プレイスホルダーは熟睡してたから置いてきた」
「義体の修理も終わらない内に、随分と無茶を重ねましたからねぇ」
「呆れた仕事中毒だぞ」
金のショートヘアの男性──プレイスホルダーも、ウールーズの常連の一人だ。
彼は世界の自己防衛機構──摂理の守護者であり、過去に摂理の破壊を目論む存在──黙示録に敗北し、肉体を喪失している。
意識のシグネットを利用して、魂だけの存在となって生き長らえたものの、常人以上に休眠を必要とする後遺症を抱える事となった。
「健康で思い出したが、最近の志鳳君は普段よりも元気がない気がするぞ」
「そうだね。まあ、理由は察しが付くかな」
「タヴさんの件ですかぁ。戦った相手の事まで心配するなんて、損な性分ですねぇ」
「勿論、私も気付いてたわよ!大丈夫?おっぱい揉む?」
「揉まない。……そんなにバレバレだった?」
志鳳が質問すると、四人が同時に頷く。
志鳳は常に無表情だが、友人達に隠し事はできない。先日のタヴ・モンドとの一件で気持ちが沈んでいる事は明らかだった。
「それにしても、超越者が世界の敵に回る可能性があるなんて、恐ろしい話ですねぇ」
杜鵑花が溜め息を吐いて、肩を竦める。
「超越者が一国と同等の戦力、なんて話は正面から戦える事が大前提だものね」
「奇襲や搦め手を考慮すると、数で対処できるとは思えないぞ。やはり、超越者には超越者をぶつけるしかないな」
サラートとアインの認識は正しい。
現代において、超越者間の抗争は結構な頻度で発生するが、それはあくまで周囲に配慮した模擬戦のような力比べだ。
古の女王──ベート・バトゥルの時代に遡っても、彼女は世界の支配を目指しており、無意味に破壊を振り撒くような真似はしなかった。
超越者が手段を選ばずに暴れた場合、人間社会にどれほどの被害が出るか。その答えは未だ誰も知らない。
「ところで、今日のウールーズの店内は何か甘い香りがしてませんかぁ?」
そこで、杜鵑花が店内の変化に気付き、話題を転換する。
超越者の肉体は不変であり、体臭も発生しないので、周囲の匂いには敏感だった。
「えっ!私が箱買いしてきたキャラクターウエハースの香りじゃないわよね?」
「また買ってきたんだ……。前回、食べ飽きたから二度と買わないって誓ってたのに」
「ウエハース地獄は流石に辛かったな。幕楽君がいなかったら心が壊れていたぞ」
「あはは、色んなスイーツに調理して、なんとか消費できたかな。それと、この香りの原因はアレだね」
幕楽が指差した棚には、スティックを挿した小瓶型の祭具が置いてある。
「プレイスくんが配合したアロマかな。調香が趣味だったみたいだね」
「意外な趣味……でもないな。言われてみれば、割りとイメージに合うぞ」
「繊細な性格ですから、香りとかにもこだわるんですかねぇ?気分が落ち着く、良い芳香ではありますけどぉ」
「ただのニートじゃなかったのね!」
「言いたい放題過ぎる」
今日、本人がこの場にいなかった事は、幸運だったのかもしれない。
「と言うわけで、来た。温暖な気候に定評のあるゴールデンワト……」
『おい!この急患をトリアージしたのは誰だ!?全然、軽傷じゃねぇか!!』
『しかし、腕が……!』
『腕1本くらい千切れても死なないわよ、馬鹿!止血だけしときなさい!』
『先輩、大変です!22番の患者が泡吹いて倒れました!』
『蹴り起こせ!!』
「……。相変わらず、治療院は凄い気迫」
「あはは、戦場かな?」
連盟の主要施設の多くは、広大な面積と自然を誇る南の国──ゴールデンワトルに設置されている。
攻略済みの迷宮を連盟が買い取り、異能者の居住区として整備した迷宮都市の1つ。その中央に治療院の支部はあった。
『緊急手術、緊急手術だ!道を空けろ!』
「健康診断どころじゃなさそう」
治療院の医療スタッフは、患者に気を遣って閑話で会話しているものの、超越者の五人には筒抜けである。
「あ、そこの青髪のお兄さん達~。もしかして、午後の健康診断を予約してる人かな~?」
そんな医療スタッフの間を擦り抜けて、背の低い白衣の人物が登場した。
ウールーズの面々は認識失墜の祭具で派手な容姿を隠しているが、流石に待合室の隅に固まっていると目立ったらしい。
「お待たせしました~。こちらへどうぞ~」
笑顔で手招きをする姿は幼い少年にしか見えないが、実年齢と外見のギャップなど異能社会では見慣れたものだ。
最初に杜鵑花が席から立ち上がり、少し遅れてアインも続く。
『口伝──|存在の耐えられない軽さ《フリー・フォール》』
『失伝──悪戯な玩具箱』
──そして、白衣の人物に攻撃術式を叩き込んだ。
「あれ~?なんでバレたんだろう~」
白衣の下の肉体がドロリと崩れる。と同時に、院内に設置されたスピーカーから、掴み所のない誰かの声が響いた。
『あ~あ~、マイクテスト~。ジェネリック最高、ポリファーマシー滅びろ~。こほんっ……天使、聞こえる~?』
天使。その単語を聞いた瞬間、志鳳は迷わず固有術式を発動した。
『失伝──|針の上で天使は何人踊れるか《シースレス・エンジェル》』
細い光の糸が無数に発生し、志鳳の青髪に絡み付くように展開する。
梧桐志鳳は世界で唯一、複数のシグネットを同時に行使できる異能者だ。
シグネットは光と過去。
光のシグネットで拡張思考回路を構築している間、彼は無限の過去を──対象の全てを知覚できる。
『失伝──この世は舞台』
加えて、もう一つの術式を発動する。
シグネットで追体験した過去の断片を、自身に可能な範囲で再現する術式。
『気合い入ってるね~。でも、今日は挨拶に来ただけなんだ~』
声の主は飄々と言った。
『ボクはエフライム製薬のアスナヴァーニイ~。好きな言葉は治験だよ~。以後、宜しくね~』
アスナヴァーニイが自己紹介を終えると、広い治療院の奥から飛び出した人影が、志鳳に向けて剣型の祭具を振り下ろす。
『模型──組み立てブロック!』
アインの具現した直方体のブロックの山が、人影の行く手を阻んだ。
『再演──周回する大地』
志鳳が巨大な光球で人影を吹き飛ばす間にも、治療院の各所から後続が次々と現れる。
『ボク特製の薬品を使って改造した子達を、名刺代わりにプレゼントするよ~。やっぱり素体は生きた人間に限るね~。キミ達もそう思うでしょ~?』
志鳳は目の前の人間達の過去を知覚し、黙示録の権能を用いて施された改造を見抜いた。
『……心身の負担を無視した、悪趣味な改造。このまま放置すれば、遠からず廃人になる』
『別に構わないよ~?ボクはモナルキーアと違って、多少の犠牲は仕方ないって考え方だからね~。犠牲なくして進歩なし~』
『二流の考え。僕なら妥協なんてしない』
『なかなか言うね~。物真似芸人~』
アスナヴァーニイが嘲笑する。
『演出家と呼んで欲しい。再演──既定路線の未知』
梧桐志鳳の拡張された思考が、未来の可能性を模索し始めた。
『皆、力を貸して。いつもの布陣で行く』
『了解ですぅ』
『彼らが廃人になる前に倒して、薬を抜いてしまえば良いんだろう?天才の私達なら楽勝だぞ!』
『あはは、戦いは皆に任せるかな。口伝──不可侵な微熱』
幕楽の掌から柔らかい炎が立ち昇り、ウールーズの四人の体に吸い込まれていく。
『漲ってきたわ!ありがとう、幕楽さん!』
幕楽の膨大なマナを注いだ固有術式は、律術で組んだプログラムに従って、内側から自動的に対象をサポートする。
プレイスホルダーの他者強化ほど劇的ではないが、デメリットなく仲間を手助けできる術式は、幕楽の適性に合っていた。
前衛のサラート、中衛のアイン、後衛の杜鵑花。そして、臨機応変に隙間を埋める志鳳。
頼れる仲間が揃っている今なら、彼女も本来の得意分野──回復役に専念できる。
『私は医療スタッフと患者の皆を避難誘導しておくね』
『助かるわ!じゃあ、私は敵を掃討するわね』
サラートは戦闘用に意識を切り替えた。
『口伝──忍び寄る恐怖』
固有術式で自身の発する痕跡を消しながら、治療院の広大な院内を音もなく駆けていく。
『口伝──積み立てた徳点──射出全振り』
事前に蓄積していたマナを発術に注ぎ込み、肉厚なナイフを連続で投擲する。
『死体を増やし過ぎると、治療院に怒られるから嫌なのよね。口伝──呪われた椅子』
焼死。溺死。圧死。震死。
その1本1本に込められた様々な事象が、アスナヴァーニイの放った改造人間達を無慈悲に絶命させた。
『ヨコセ、ヨコセ、ヨコセェェッ!』
『へえ、強そうな個体もいるのね』
サラートは改造人間の一人が自身の隠形を見破り、正確に反撃してきた事に感心する。
『でも、無意味よ。口伝──呪われた椅子』
『ヨ……ゴ……?』
その改造人間も彼女の投げた矢を受けて、全身から力が抜けたように床に倒れた。
『効くわよね?世界一の猛毒使い──ヴァヴ・パープの麻痺毒よ』
真説大陸のパシフィス遺構にて、サラートは残体同盟の旧世代であるヴァヴと相見えた事がある。
その時は突然の不意討ちであっさりと敗北したものの、収穫がなかったわけではない。
礼装の下に常備している暗器に、ヴァヴの放った麻痺毒の一部を蓄積し、持ち帰る事に成功した。
蓄積のシグネットの本領は、事象を劣化させずに保存できる事である。
サラートはヴァヴとの再戦を想定して、採取した毒の分析を続けていた。この麻痺毒の効果は既に熟知している。
流石は第0位階だけあって、暗殺者の彼女から見ても文句の付けようがない完成度の毒だった。
『任務完了。今回は楽な仕事だったわ』
屍の山を築いたサラートは、軽い足取りで志鳳達のいるフロアに戻っていく。
『素晴らしいチームワークだね~』
大量の改造人間と志鳳達の戦いも、既に大勢が決していた。
アスナヴァーニイの白々しい拍手を聞いて、杜鵑花がスピーカーを睨み上げる。
『手駒をけしかけて高みの見物なんて、最低ですねぇ。自分自身も賭け皿に載せたらどうですかぁ?賭け金を惜しむ賭博師は大成しませんよぉ?』
『惜しんでるんじゃなくて、温存してるだけだよ~。ボク自身を賭けるべきタイミングをね~』
『詰まらない言い訳だぞ、臆病者』
『臆病者で結構~。リスク管理とはそういうものだよ~』
アスナヴァーニイは二人の言葉を何処吹く風と聞き流し、ふと思い出したように切り出した。
『そういえば、天使に会ったら訊きたい事があったんだけど~。キミが生まれる原因になった黙示録は誰~?』
『……。敵に答える義理はない』
志鳳は普段以上に感情の読めない無表情で返す。無制限に過去を知覚できる彼は、当然ながら自身の出生も把握していた。
『ふ~ん。個人的な興味だから別に良いけどね~。キミほどのイレギュラーを生み出すなんて、その黙示録の契約者は相当数の願いを叶えて貰ったみたいだ~』
手駒が潰されたばかりだというのに、アスナヴァーニイの声色には何の変化もない。
『欲しかったデータも取れたし、今日のところは帰るよ~。あ、そうだ~。最後にもう1つ~』
まるで実験中の研究者の如く、淡々としている。
『どうして最初に、ボクが敵だって気付いたの~?』
『『勘』』
『……それで攻撃するんだ~。ずっと思ってたけど、ボク達よりも超越者の方が何倍も非常識な存在だよね~』
突然だが、僕は淫祠邪教において一番の常識人である。
他の面子を見れば一目瞭然だ。
息を吐くようにセクハラをする女の敵。常に何かを破壊していないと気が済まない暴力装置。
無意味な買い占めを行って市場を混乱させる転売屋。小さな喧嘩や抗争を煽って炎上させる活動家。
推しに殺されたい願望の変態。他人の秘密を暴く事が趣味の野次馬。常に情緒不安定なメンヘラ野郎。
あとは……。
「ナーヌス殿、久し振りでござる」
「げ」
他人を嵌める事が生きがいの詐欺師。
「淫祠邪教の仲間に対して、酷い反応でござるな」
錬金のモルト・ブラックレイン。
長い黒髪を後ろで結んだ愛想の良い男性。その笑顔と道化じみた言動は、他者の警戒心を解く為の擬態である。
こんな奴ばっかりだな、淫祠邪教。クズほど外面が良いというのは、この世の真理なのかもしれない。
「何の用?悪徳商法の勧誘でもしに来た?」
「ナーヌス殿は誤解しておられるな。拙者は迷える大衆を啓蒙しているのでござるよ」
弱みに付け込んでカモにしてるだけだろ。
「何でも良いけど、用がないなら僕に話し掛けないで。お前と話してると頭が痛くなる」
「では、本題でござる。連盟の上層部が黙示録とやらを討伐する為に、戦力を集めているという話を聞いたでござるか?」
「……噂程度は」
モルトは僕の返答に笑みを深める。
「その討伐対象の黙示録には──ナーヌス殿も入っているのでござる?」
「……」
僕は無言で立ち去った。
『クハハッ!遂に秘密がバレてしまったようだな!』
悪魔の甲高い声が頭に響く。
「仕方ない。派手に動き始めれば、こうなる事は予想できてた」
秘密主義を貫くだけでは埒が明かない。必要な選択だった。
「幸い、天使は順調に成長してる。最悪、僕が誰かに殺されても、救世は成功するかもしれない」
『見届けなくて良いのかね?』
「その役割は梧桐志鳳に任せる。この世界の救世主は彼だから」
『ふむ……それはそれで我輩が困るのだがね』
「お前の事情なんて知らない」
「時期的には、もうすぐ、あれが来るはず」
バレンシア派閥の親衛隊は、地図を広げた大きなテーブルを囲んでいた。
「僕が知っている歴史の分岐点となった、摂理崩壊の大きな火種」
今回の世界と前回の世界は大きくズレている。だが、あの事件だけは確実に起こる……いや、起こすだろう。
当時は驚くしかなかったが、今なら分かる。あれは、遺失支族が裏で糸を引いていたのだ。
僕の記憶によると、近い内に国際異能連盟の管理する監獄型の遺物──失楽園が何者かに破壊される。
そして、内部に収容されていた戮辱者と凶悪犯が溢れ出し、歴史に残るほどの被害を振り撒く。
何よりも、多数の超越者が──死ぬ。
「山藤杜鵑花が戮辱者に殺されたのも、この時だった。まあ、前回と違って既に超越者に至ってるから、ここは変わるかもしれない」
「し、失楽園の破壊か」
「あの遺物が壊れちゃったら、世界中の治安が大変な事になっちゃうよ!」
シビュラが青ざめる。
当然の反応だ。あの中に隔離されている凶悪犯に比べれば、真説大陸のアウトロー共など小悪党に過ぎない。
失楽園が異能社会の最終処分場としての役割を果たしているからこそ、全人類は平穏に暮らす事ができるのだ。
「それを阻止するのが、次の目標ですか」
「ん、第一目標は失楽園の防衛。第二目標は……」
僕は指を2つ折りながら、スフィアの問いに答える。
「僕の世界で発生した火種。神聖喜劇のボスにして、現代異能教育の母──ラミナ・クルシフィックスの死を阻止する事」
さあ、世界の隙間を埋めに行こうか。




