【終末】に関する隙間
『レジスタンスのイカれ野郎共、今日も生きてるフリしてっかー?真善美のクール担当、破壊系配信者のアスタリスクとー』
褐色肌に長い黒髪の女が、超越者の権限で改造しまくったLITH端末の画面に映る。
いかにも気の強そうな……完全に偏見だが、元不良っぽい雰囲気の女だ。
引き篭もり時代の僕なら、避けて通るタイプの女。なのに、今となっては貴重な他者の存在に、安心感を覚えてしまう自分がいる。
『えいえい!真善美のキュート担当、暗殺系配信者のチルダよね!』
くすんだ長い橙髪の女が、半分壊れたようなテンションで画角に滑り込む。
片眼を眼帯で隠し、露出を増やした改造軍服を身に纏う小柄な女。
まあ、外見なんかを観察しても意味がないか。どうせ義体だ。真名ですら摂理の崩壊前とは変わっているだろう。
性別が変わっている可能性まである。義体は女性型の方が高性能な物が多いと聞くし、仮に知人が紛れていても分からないな。
『よく考えるとさー、破壊系と暗殺系って若干キャラ被ってねー?』
『そもそも、人類が滅びたせいで暗殺する相手もいないのよね!そこらをうろうろしてる彫刻は殺せるけど、世界を壊した親玉連中は殺しても死なないし!』
そう。今の世界に、生身の人間はほとんどいない。
生き残りの九割以上は、死者の残留思念が形を成した存在──直魂だ。
レジスタンスの象徴である真善美も例外ではない。
『しっかし、最後に残った避難所が花蓮会議の本部とは意外だなー。ま、桜国の侵略が終わるのも時間の問題だろーけどー』
『花蓮会議の本部は、世界最高クラスの結界に守られてるって噂よね!』
『断章取義の障囲が設計したヤツなー。あーしもアレは破壊できんわー。敵さんでもアレには手こずるんかー。超越者やべー』
『私一人なら侵入はできるわよ!これでも生前は連盟の砂紋部隊で……摘……。……』
そこで、配信は切れた。
逃避の時間は終わりだ。現実を──親友のいなくなった世界を直視しなくては。
「馬鹿、アイン……!勝手に託して……い、いなくなる、なんて……!」
僕──梧桐詩凰の慟哭を聞く者は誰もいない。
異能者の扱う治癒・修復・蘇生の術式は、世界を正常な状態に戻そうとする摂理の働きを利用していた。
摂理が完全に壊れた今、近代の異能者が忘れかけていた、寿命以外の不可逆な死と滅びが世界を満たしている。
黙示録を名乗る侵略者に、四大組合の超越者が各個撃破された時点で、世界の命運は決まったようなものだった。
治療や防衛に応用できるシグネットの持ち主が死に絶えてからは、黙示録による一方的な虐殺が更に加速した。
「天才の癖に、馬鹿……!なんで、僕なんかに……!僕なんか、よりも、アインが……!」
そして、僕の唯一の親友──アイン・ディアーブルも亡くなった。
最期に、命の次に大切にしていたコレクションの全てと、僕へのメッセージを遺して。
『奴らの目を盗んで、一つだけ黙示録を手に入れたぞ。絵札の形をした黙示録。無事、君に渡れば良いが……』
僕は悪魔の宿る絵札を睨みながら、アインの声を静かに聴いていた。
『その黙示録をどう使うかは、君に任せる。天才の私が保証するが、君は自分で思っているよりも凄い奴だぞ、詩凰君』
アインが最期に残したメッセージを、常に両耳に装着している祭具で、何度も再生する。
『君は自由に動けば良い。君にはハッピーエンドを掴み取る才能がある』
そうして、僕は崩れそうな心を縫い留めていく。
『私も君に救われた。これは本当だぞ。君と出会って、初めて世界が美しいと……心から生きていたいと思えた』
涙はもう流れない。
『天使を探せ。世界の隙間を埋めろ。99%の滅びを覆した先で』
ただ、アインに恥じない自分である為に。
『──また会おう、親友』
アイン・ディアーブルと梧桐詩凰、もしくは現ナーヌス・バレンシアが悪魔と呼ぶ存在は、絵札の中で契約者の記憶を鑑賞していた。
『さてさて』
この記憶を共有したのは初めてではない。しかし、現在の状況を最低限コントロールする為には、繰り返し確認する必要がある。
『天使。守護者。女王。孤高の青。遺失支族。──我が母。この世界は本当に、予測できない要素が多いな』
しかし、そうでなくては困る、と悪魔は就寝中の契約者──ナーヌス・バレンシアを見ながら考えた。
彼女と契約してセカンドチャンスを与えたのは、決して気紛れなどではないのだから。
『我輩には我輩の計画があるのだから、余計な動きはしないで欲しいものだが……無理だろうね』
普段の芝居がかった甲高い高音ではなく、落ち着いた高い声で苦笑した。
『まあ、仮に摂理が崩壊しても、自然発生した黙示録では、時間遡行のような真の反則技は使えないだろう。暫くは、天使の時間稼ぎに縋るべきだな』
摂理が弱まるほど、反比例するように、黙示録が扱う世界改編の力は増す。
だが、それでも長期間の時間遡行は、おそらく不可能だ。
何故なら、黙示録の本質は道具。適合した人間の願いを利用しなければ、十全な力を振るえない。
そして、人間には個々の独立した意識がある。
偶然巡り合った黙示録と契約者の適合率が100%である可能性は、限りなく低いと言えるだろう。
遺失支族のように、受肉によって契約者の意識を塗り潰す方法もあるが、その方法にも重大な欠陥がある。
『前の世界では、その欠陥が露呈する前に世界を制圧したようだがね。……おっと』
契約者が目を覚ました様子を察知し、悪魔は思考を打ち切った。
『さて、孤高の青。君は、君達は、我輩の期待を越えてくれるかね?』
彼女の想像する悪魔として、求められた役割を演じる為に。




