表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/64

【肝試し】に関する閃き

 異能者がある程度の年齢となり、厄除の儀を終えると、親から貰った名を捨て、自分自身に名を付ける。


 これが、真名。


 その後も所属や心境の変化に合わせて、名を変える事は珍しくない。改名の心理的なハードルが低いのだ。


 異能者にとって、名前というのは己を判別しやすくする為の文字列でしかなく、執着するほどのものではない。


 なので、知名度の高い上位者や超越者は、頻繁に変更される真名ではなく、魂に刻まれる祝福──異名で呼ばれる機会が増える。


 まあ、異名にしても、二種類以上の獲得が可能なので、状況に応じて呼び分けるしかない。ややこしい話だ。


 だから、確実な個人識別が必要な場合、異能者は基本的にシグネットを用いる。


 シグネットは嘘を吐かない。


 類似したシグネットはあっても、全く同一のシグネットは存在しないのだ。


 連盟に登録されたシグネットと照合すれば、間違いなく本人だと確認できる。




「だから、破綻枢軸に所属していたドルクに前科がない事は、簡単に証明できた。誰かと違って凄く真っ白」


「た、助かる。王の為に微力を尽くそう」


 黒髪を伸ばした陰鬱な男──新しく僕の親衛隊に入った、怪雨のドルク・バッシャールが敬礼する。


「初犯じゃなくて悪かったですね!更生したんですよ、私は!」


 真っ白な髪と真っ黒な経歴を持つ女──諧謔のスフィア・ミルクパズルが、僕に噛み付いてきた。更生した人間の態度じゃない。


「ドルクくん、久し振り。シビュラの事、覚えちゃってる?」


 桃色のツインテールの女──輝石のシビュラ・クリスタルが、おずおずとドルクに話しかけた。


「お、覚えている。シビュラ嬢。アガルタ遺構に現れた迷宮を、共同で攻略した」


「迷宮の核が凄く厳重に守られちゃってて、苦労しちゃったね!」


「だ、だが、俺たちの美しい術式の前では、遅かれ早かれ滅びる運命にあった」


「ね!いえーい!」


 盛り上がる二人を見て、スフィアが口元をひくつかせる。


「シビュラさんはともかく、この陰気男に社交性で負けてそうな事実が、かなり屈辱です」


「そういう台詞を吐くからだと思う」


 自業自得だ、馬鹿。


「す、スフィア嬢と言ったか。砂紋部隊にマークされていたそうだな」


「……まあ、不本意ながら。もう、監視は解けましたけどね」


 スフィアが弱々しい声で言う。流石に監視付きの生活はストレスだったらしい。


「ゆ、油断するな。摘果クラスの隊員が、気取らせずに監視を続けている可能性はある」


「摘果、ですか?」

 

「あ、それ、シビュラも知っちゃってる!幻の喫茶店ウールーズと並んじゃう、有名な都市伝説だよ!」


 シビュラが挙手して答える。


「粛清に特化しちゃった砂紋部隊の中でも、別格の始末屋!噂では、摘果っていう異名が露見しちゃったから、引退しちゃったとか!」


 それが本当の話なら、こだわりが強過ぎる完璧主義者だな。


 異能者は生命力が強い。粛清に特化した砂紋部隊といえど、標的を取り逃がし、そこから情報が広まる事くらいあるはずだ。


 異名がバレた程度、気にする必要はないだろうに。


「あ、あくまで噂だがな。砂紋部隊は超越者との交戦すら想定した、連盟の切り札。どんな人材を抱えていてもおかしくない」


 ドルクの淹れた紅茶を飲み、スフィアは溜め息を吐いた。


「異能者を管理する国際異能連盟の名は伊達じゃないですね。アウトローを辞めて正解でしたよ、本当に」


「ち、違いない」


 それにしても、ドルク。家事から戦闘まで、何でもできるな、この男。




「閃いた」


「聞こうか、壟断」


 青髪の青年──梧桐志鳳の呟きを、何故か隣に座っていた濃紺の髪の女性──レテ・ダームが拾う。


「肝試しがしたい」


「なるほど。恐怖体験がしたいらしい。さて、誰の記憶を弄ろうか」 


「そんな即物的な考え方じゃ駄目よね、レテさん!記憶操作に頼らずに、シチュエーションのエモさを追求しないと!」


 橙髪をハーフアップにした女性──サラート・シャリーアが、音もなくにゅっと現れて、レテに苦言を呈した。


「サラート、久し振り。プレイスホルダーの義体はどうなった?」


「ほぼ完成したわ!デザインは私が考えたから楽しみにしてよね!」


 サラートは絵を描くのが得意で、デザイナーとしても活動している。


 喫茶ウールーズの店内にも、彼女の描いた絵画が数点飾ってあるが、素人の志鳳が眺めても飽きないような出来映えだった。


 デザインセンスに関しては信頼できる。


「プレイスさんも喜んでたわ!」


 義体は最終調整の段階に入っていた。


 当事者のプレイスホルダーも、動作に支障がないかを監修する為に、志鳳のLITH端末から杜鵑花の端末に一時転居している。


「プレイスホルダーが完全復活してくれたら、僕も心強い」


「精神系の優秀な異能者は貴重よね!」


「私も一応は精神系らしい」


 レテが自分を指差して、ここぞとばかりにアピールをした。


「レテはシグネットを悪用してばっかりだから。プレイスホルダーは善行してる」


「私が善行をした、という記憶を周囲に刷り込んであるから、問題ないらしい」


 悪びれずに言うレテ。


「だから、やけに位階の低い異能者達から尊敬されてるのね!昔から不思議だったわ!」


 素直に感心するサラート。


「連盟の枢密院や紋章院のトップにも記憶を植え付けたいが、ガードが固くて接近できないらしい」


「当たり前」


「知覚系と精神系は、連盟から警戒されて損ね!あ、あと支配系も!」


 様々な情報を抜き取れる知覚系と、他者の精神に干渉できる精神系は、戦略的な脅威度が非常に高い。


 ちなみに、支配系が警戒されているのは、ほぼ女王ベート個人のせいだ。


 異能関係者が利用する匿名掲示板──ラフトラックでは、支配系の異能者による愚痴スレがよく立てられる。


 曰く、命令一つで万物の支配ができたら、誰も苦労はしない。


 過去の失態を有耶無耶にしたい連盟が、逸話を盛りまくっているだけだ、と。


 余談だが、位階の高い異能者専用の有料掲示板では、女王の話題はほとんど出ない。怖いから。あの化け物が死ぬわけないだろ。


 高位の異能者ともなると、超越者や上位者から直接当時の話を聞く機会があるので、女王の脅威を低く見積もってはいない。


「しかし、この時期に肝試しとは、壟断には季節感がないらしい」


「季節、感……?」


「知ってるわ!ソシャゲのイベントが開催されるスケジュールの事よね!」


 季節を気にする異能者は少ない。


 常に異常気候の真説大陸で暮らすアウトローは当然として、表の六大陸で生活する異能者も季節の経過に無頓着だ。


 これは、異能者の住環境による影響が大きい。


 多くの異能者は、攻略済みの迷宮の内部に手を加えた、迷宮都市に拠点を置いている。


 迷宮は、幻界から出現した際に内部環境が固定されてしまい、変化する事がない。


 雨の迷宮はずっと雨だし、夏の迷宮はずっと日差しが照っている。迷宮の寿命が尽きて崩壊するまで、ずっと同じ環境なのだ。


 例外があるとすれば、断章取義のボスである玄松夕鶴と、神聖喜劇のボスであるラミナ・クルシフィックスが決闘に使った迷宮。


 苛烈な戦闘の余波で迷宮の環境が変わり、連盟の上層部は頭を抱えたそうな。


 逆に、対抗神話の研究者達は、興味深い結果が得られたと狂喜したという。


「志鳳さん!準備できたわ!肝試し、行くわよ!」


「私はそろそろ帰るらしい」


「レテ。言い忘れてたけど、用がないなら僕のセーフハウスに無断侵入しないで」


 志鳳のセーフハウスも侵入者対策はしているのだが、記憶を読めるレテには効果が薄い。


 ちなみに、同じく最高戦力に属さない超越者──チトラーチ・シャンドルールが入ってくる事もあるが、あれは情報のシグネットで家主に成り済まして侵入しているようだ。


 総じて、フリーの超越者には、良識が欠如している。




「と言うわけで、来た。ホラーな迷宮に定評のある真説大陸のレムリア遺構」


「砂だらけね!」


 レムリア遺構は殺風景な砂漠が広がる場所だ。


 そして、レムリア遺構で発生する迷宮には、恐怖心を煽るような怪獣──絶命種(ラトーム)が出現しやすい。


「サラート、その格好は?」


 対するサラートの服装は、白いブラウスにハイウエストのスカート。


 礼装なので素材の強度は問題ないが、明らかに動きにくいし、一見すると砂漠を舐めているとしか思えない。


「純情な男の人をコロコロする服よね!ついでに、少年の性癖を歪める効果もあるわ!」


 砂漠を舐めている。


「それにしても、今回の敵は何処から出てくるのか……気になるわね!」


 サラートは目を細めて、きょろきょろと砂漠を観察しながら、元気良く言った。


「僕の凶運をメタ読みするのは止めて。今回は何も起こらない可能性も……。……ある」


「素粒子レベルで存在するわね!」


 サラートは一周回って開き直っている。


 確実に事件が起こると分かっていれば、それはそれで適応できるのが超越者だ。


 常人の域を逸脱した精神性と適応力がないと、第1位階には到達できない。


「むしろ、それを覚悟してるなら、動きやすい礼装にモードチェンジするべき」


「嫌よ!これが私の勝負服なのよね!……?ねえ、志鳳さん。何か足下の砂が、動いてな」


 志鳳との会話の最中。サラートの小柄な体が、砂中から飛び出した巨大な物体に打ち上げられる。


「いッ!?」 


『サラート!?失伝──|針の上で天使は何人踊れるか《シースレス・エンジェル》!!』


 志鳳は拡張思考回路を構築し、空中のサラートに対する追撃を光の槍で妨害した。


『骨……?』


 サラートを急襲したのは、全貌が見えないほどの巨体を持つ、黒い骸骨の怪獣。


『絶命種としては定番だけど、何か違和感……ああ、そういう事』


 過去を読んだ志鳳は敵の正体を看破した。


『失伝──この世は舞台(エンドレス・ステージ)


 怪獣を討伐する為の準備を始めるが……。 


『また、砂に潜ったわ!』


 無事に着地したサラートが、黒い骸骨の行動に対して、嫌そうな悲鳴を溢した。


『志鳳さん!あの骸骨、何?』


『僕の過去知覚によると、絶命種のボス級(フォング)。それが、迷宮内で生物の残骸を取り込んで、迷宮外でも活動できるようになった──嵌合体(キメラ)


 迷宮外に溢れた怪獣は、長く活動できずに消えてしまう。


 それは、現実世界に根付いた肉体を持たない事が原因だ。


 怪獣が迷宮を出ると、現実世界に繋ぎ留める楔がなくなり、自身の肉体を切り崩して生き長らえるしかない。


 だが、何事にも抜け道は存在する。


 現実世界の死体と融合し、仮の楔とする延命策は、珍しいが過去にも幾度か確認されている生存戦略だ。


『そういう事なら、ここで倒すしかないわよね!プランBで行くわ!』


『ん。ここは、知覚系(ぼく)の出番。再演──厄災を示す地図(ハザード・マップ)』 


 志鳳の脳内に浮かんだ危険予測図は、光のシグネットでサラートの視界にも共有された。


『この演目(じょうきょう)なら、これか。再演──傅膏(ヤザタ)


 志鳳は膨大な戦闘経験を有する神聖喜劇(ふるす)の知り合いを思い出す。


 前回、杜鵑花と解決した事件を経て、彼は学習した。強大な力に振り回されない為には、経験という要素が欠かせない。


 問題は、志鳳の扱う複合シグネットと特殊な固有術式が、個人の経験だけで制御できる領域を超えている点。


 しかし、一人で足りないのならば、他者の過去(けいけん)を借りるまで。


『後は、足場と逃走防止。再演──凝り固まった流血(クロテッド・ゴア)


 数枚の光の壁が出現する。


 福音の舞萩猪尾。


 血液のシグネットを持つ彼女の編んだ術式は、今まで志鳳が見た失伝の中でも完成度が高い。


 無駄が少なく、燃費が良く、使い手の工夫次第で無限に応用が可能。


 性格は悪いが、理論派の異能者としては尊敬に値する。性格は悪いが。


『過去を読んだ。あの怪獣のシグネットは、現象系の炎みたい。だから、サラートは……』


『盾役として、サポートね!アインさんには及ばないけど、志鳳さん一人くらいなら守れるわ!』


 サラートは胸を叩いて請け負った。


 


(こうして背中を追いかけてると、志鳳さんが神聖喜劇にいた頃……いや、初めて会った時を思い出すわね)


 錬術で柄の長い大槌を形成しながら、サラートは胸中で呟く。


「オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!」


 姿を隠しても追跡してくる志鳳達を恐れたのか、骸骨の怪獣が炎のシグネットで牽制してきた。


『口伝──積み立てた徳点(セーブ・ポイント)──脚部限定強化、全振り!』


 聖傅のサラート・シャリーア。


 彼女は事前に蓄積したマナを、活術による身体強化に回し、志鳳の前に飛び出した。


『幕楽さんの炎に比べたらヌルいわ!愛が足りんわよ!』


 蓄積のシグネットで、全ての炎と熱を吸収する。


『ヤザタの戦闘経験は物騒だけど、殺陣の参考になる』


 志鳳が黒骸骨の両腕を光の二刀で斬り落とすと、砂の中から出現した大量の腕が追加で出現した。


『砂の中から無数の腕!まさにホラーね!』


『骨だけじゃなく肉っぽいパーツもあるのが最悪。どれだけの死体と融合したのか、考えたくない』


 しかし、志鳳は最低限の動きで躱し、鮮やかに断ち斬っていく。


『死体を吸収して生物離れした構造になってるけど、まだ使いこなせてない。後は、潜ってる部分を潰すだけ。サラート、少し一帯の砂を退けて欲しい』


 サラートは錬術の足場の上で、衝撃を貯める素振りをしながら、眼下を見据える。


『了解!火炎属性付与の一撃を食らいなさいよね!サラート、ハンマーッ!』


 振り下ろされた大槌から、先ほど蓄積した炎が噴出した。


「オ゛オ゛ッ!?」


『あ、火属性弱点だったわ』


『自分のシグネットなのに……?』


 怪獣には祝福がないので、こういう事も稀にある。


 困惑する志鳳を追い抜いて、サラートは抉れた砂漠に着地した。


 そして、のたうち回る隙だらけの骸骨を、最初の奇襲のお返しと言わんばかりに、下から掬うように打ち上げる。


『口伝──呪われた椅子(バズビーズ・チェア)!』


 サラートの解放した衝撃によって、黒骸骨の全身が砂上に見えた瞬間。


『再演──凝り固まった流血(クロテッド・ゴア)


 上下から光の壁に挟まれて、全身を粉砕された。




『今回の事件は、実にあっけなかったな!』


「全ての火種に悪魔が関わってるわけじゃない。こういう時もある」


 そもそも、超越者視点だと感覚が麻痺しやすいが、決して小さな事件ではなかった。


 大量の生物を取り込み、迷宮外で活動し続けられる、強力な嵌合体の出現。


 今回の一件も、超越者が居合わせなければ、事態の収拾に難儀しただろう。


「梧桐志鳳の閃きのおかげで、適切な人材が適切な場所に配置され、舞台は整う。黒幕気取りの悪魔共だって、毎回介入はできない」


 そう。それは、イレギュラーな存在である梧桐志鳳にしかできない役割。


 超越者は絶対強者だが、現場にいなければどうしようもない。


『クハハッ!天使さえいなければ、我輩の同族も大手を振って歩けるのだがね』


「今でも充分、堂々と生活してるけど。よく滅ぼす予定の世界で、経営者なんてやれる」


『まあ、別に黙示録は感情のない機械というわけではないからな!長く暮らした世界には思い入れも湧くとも。ただし』


 悪魔は軽く宣った。


『どれほど肩入れしようと、あくまで目的を達するまでの過程(あそび)に過ぎないがね。人間だって、可哀想だからと家畜を食べずに逃がしたりはしないだろう?』



 

『口伝──忍び寄る恐怖(クリーピー・パスタ)


 音、光、熱、マナ。


 自身が発する全ての痕跡を蓄積し、誰からも悟られない隠密と、確実な奇襲を可能とする固有術式。


『やっぱり、終わってなかったか。昔から嫌な勘は当たるのよね』


 一人の小柄な女性が、砂漠の地下に隠された狭い空間に足を踏み入れた。


『一般的な生物とは異なる気配が多数。動く彫刻。志鳳さん達が言ってたヤツね』


 サラート・シャリーア。


 彼女は静かに敵の配置を観察しながら、スカートの中に仕込んだ大量の暗器を指で探る。


『各個撃破を想定していない、単独行動。素人丸出しね。口伝──呪われた椅子(バズビーズ・チェア)


 その内の一本を選び、瘴気を纏った人型の動く彫刻──偽典に向けて無造作に投げる。


 薄く細いナイフが偽典の首筋に刺さり、頭部が内側から爆発した。


 二本目。


 偽典の腹に手裏剣が刺さり、そこから全身へと亀裂が走る。


 瘴気による再生が始まった偽典の胸部を狙って、更に三本目。


 偽典の体が痺れるように硬直し、そこに四本目。


『良かった。再生力は高いけど、生物ベースの戮辱者とは違って、殺せば死にそうな手応えね。まあ、あれは本人には欠点だから、その点も含めて上位互換と言えなくもないか』


 五本目。六本目。


 まるで作業のように淡々と、暗器型の祭具を投擲していく。


 七本目で、偽典は完全に破壊された。


『鈍ってるわね。砂紋部隊(リップルマーク)にいた頃なら、もっと手際良く始末できた。でも、有効な死因は概ね理解したわ』


 彼女は器物を媒体とする事で、多種多様な事象(しいん)を保存できる。


『嫌になるわよね。私のシグネットを一番活かせるのは、隠密行動と──暗殺』


 サラートは自虐的に冷笑した。


『でも、構わないわ。ウールーズの皆を守れるのなら、私は嫌いな過去(じぶん)も』


 彼女は粛々と、次の標的に向かって駆ける。


『──忌々しい摘果の異名も、甘んじて受け入れる』


 摘果のサラート・シャリーア。


 異能社会を恐怖させた始末屋によって、物音一つ立てずに、外敵の粛清は執行された。




「足に使ったみたいで、ごめん」


 茶と黒が入り交じった髪を後ろで結んだ青年は、僕の言葉に苦笑を返した。


「このシグネットですからね。手隙の時でしたら、便利に使って頂いて結構ですよ。そちらこそ、長距離の転移に慣れていないのでしたら、少し酔われたのでは?」


 痛悔のヴァルナ・ジェイン。


 シグネットは座標の転移。第0位階とは思えないほど、真面目で苦労性の好青年だ。


 騎士然とした見た目だが、どっかのエセ貴公子(エーシル)とは違って、中身もしっかり伴っている。


 僕達以外の第0位階は、本当に頭のおかしい奴しかいないからな。同じ常識人枠として、仲良くしたいところだ。


「大丈……」


『ミリアム、キーック!』


 そんな事を考えていた僕の頭部に対して、全身のバネを余さず使った蹴撃が放たれた。


「こら、ミリアム!客人をいきなり蹴るなんて、何を考えているんですか!反省が必要では!?」


 突然の乱入者──薄紫の長髪を二つに丸く固めた女は、逆立ち状態で一笑する。


「小手調べ!ボスが認めた超越者なら、この程度は軽く対処できるはずだし!」


 神品のミリアム・ゼミーロート。


 長い手足から繰り出される蹴りは、恐ろしい威力を内包していた。


 反射的に避けたが、下手な受け止め方をしたら、いくら超越者でも重傷を負ってたぞ。


 そもそも、彼女のシグネットを考えたら、受け止める選択肢自体がないけど。


 第3位階の壁を超えて、生理現象を克服していなければ、冷や汗を流していたかもしれない。


「……全然、軽くないから」


「ほら、無事だし!」


 ヴァルナは頭痛を堪えるように、こめかみを押さえる。


「申し訳ありません。彼女には、よく言って聞かせますので」


「ミリアム!また暴れていますの!?淑女として恥ずべき行動は慎み……」


『戦略的撤退だし!』


 奥の扉を開いて現れた、薄暗い灰髪で両目を隠した女が言い切る前に、ミリアムが脱兎の如く逃げ出す。


『逃がしませんわ!』


『ぐえーっ!』


 ミリアムの蹴り技も凄かったが、そんな女を瞬く間に制圧するラミナは、やっぱり別格だな。


 洗礼のラミナ・クルシフィックス。


 時間系のシグネットで接近し、世界最高峰の体術でミリアムを取り押さえる動きには、一切の無駄がなかった。


「俯瞰しても初動が分からないくらい、自然な体術だった。お見事」


「複雑ですわ。わたくしの技は、身内を捕まえる為のものではございませんのに」


 ラミナが恥ずかしげに、溜め息を吐く。


 前髪が長過ぎてよく見えないが、頬も少し赤くなっていた。


「それに、初動を悟らせないという点では、おそらく上がいますわ」


「ラミナ姉よりも凄い、戦闘技能持ち!?体術なら神聖喜劇だろうから……あ、ヤザタ兄とかだし?」


「むしろ、彼はそういう部分にこだわらない人では?わざと先手を譲る事すらありますし。……と、失礼」


 そこで、ヴァルナの端末が鳴り出す。


「どうやら、仕事が入ったようですね。済みませんが、私はこれで」


「ええ、貴方が出迎えてくれて助かりましたわ。ご苦労様、ヴァルナ」


「お役に立てて、何よりです」


 ヴァルナは僕に対しても律儀に頭を下げて、足早に去って行った。


 真っ当な人格の第0位階は貴重だから、各所から引っ張りだこなんだろうな。


「それで、ナーヌス。貴方の用件を教えて下さいまし」


 僕は深呼吸して、一息に用件を告げた。


「対抗神話の室長を何人か誘拐したいんだけど、誰か護衛してくれない?」


 ラミナは自分の顔を両手で覆って、泣きそうな声を絞り出した。


「やっぱり、まともな第0位階はわたくしとヴァルナだけですわ……!」


「流石は、悪名高い淫祠邪教だし」


 ミリアムにまで白い目を向けられた。


 ほんの少しだけ、言葉選びを間違えたかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ