【悪魔】に関する隙間
「大変だぞ、詩凰君!この世界は終焉の危機に瀕している!」
ウェーブのかかった緑髪の友人──アイン・ディアーブルが、挨拶もなく僕のセーフハウスに飛び込んできた。
「友人が陰謀論者みたいな事を言い始めた」
まあ、いつもの事である。僕は落ち着き払って、ゆっくりと二人分の茶を注いだ。
「今回は本当だぞ!これを証明すれば、対抗神話のマッド共を叩き落として、私達コンビが研究者としても頂点に立てる!」
「僕の協力を勝手に勘定しないで。まだ説明も聞いてないし、手伝うとは限らない」
「そんな事を言いつつ、毎回付き合ってくれるじゃないか。愛してるぞ、親友」
僕は無言で茶を啜る。素面で恥ずかしい事を言うな。
僕達は互いに身長が高いので、正面に座ると目が合ってしまう。アインを見ると、全く照れている様子がない。
「……そもそも、アインは遺物の発生機序について研究してたはず。どうして、世界の終焉なんて話に?」
「今、机の下で私の足が踏まれた理由も気になるが、確かにその点を先に解説しないとだぞ。いくら波長の合う親友でも、私の天才的な思考を覗けるわけではないからな」
実際、僕とアインの相性は良い。
初対面の時から、あっと言う間に意気投合したし、びっくりするほど話が噛み合った。
他の出会い方をしたとしても、間違いなく生涯の親友になっただろう。
「君の言う通り、遺物の発生機序が私の研究テーマだぞ。妙覚状態の私なら遺物も具現できるが、発生の仕組みまでは分からないからな」
アインのシグネットは道具の具現。
扱いが難しい部類のシグネットだが、彼女の優秀な思考力と想像力を加える事で、高い万能性を発揮する。
「もしも、過去の出来事を遡れる超越者が出現したとしても、知覚系の処理能力には限界がある。故に、解明しようのない謎だと思われていたわけだぞ」
アインは楽しげに語る。お喋りスイッチが入ったようだ。
以前に軽く聞いた話だと、孤児の僕と違って、彼女は未能者の家庭に産まれたらしい。
両親の無理解によって、幼少期から自由な発言ができなかったとか。僕に対して口数が多いのは、その反動なのだろうか。
「しかし、とある天才が革新的な仮説を立てた!その名は、アイン・ディアーブル!」
「結論から言って」
絶対に長くなるヤツだ、これ。
引き籠もりの僕だって、時間が無限にあると思うなよ。
「摂理は知ってるだろう?」
「当然。摂理学は、異能研究の基礎」
解明されていない事も多いが、世界の自己防衛機構──摂理に対して無知では、どの分野でも研究者を名乗れない。
「遺物の発生には摂理が関わっている、というのが私の仮説だぞ」
アインは懐からペンを取り出して、僕の机に置いてあるメモ帳の頁を千切り、無断で図を描き始める。
「何らかの原因で世界に歪みが生じた際に、それを元に戻そうとする摂理の働きが、遺物という異常存在を誕生させるのではないか」
誕生、とは洒落た言い回しだ。
遺物は、意思を持って使い手を選んだり、自らマナを精製したりする。
その様は、確かに生物のようにも見える。
「根拠はあるぞ。私の端末を見てくれ。これは、とある精神系の異能者が後世に残した手記だ。時代で言うと、女王ベートが暴れていた頃だぞ」
「プレイス……?文字が潰れてて読みづらい。こんな古い資料、よく見付けた」
「私は天才だからな!」
胸を張るアインを押し退けて、目を凝らして読んでみると、先ほど彼女が言っていた内容がそのまま書いてある。
根拠としては弱いが、この筆者の文章は理知的で論理的だし、できる限り正確に情報を記そうとする誠実さを感じる。
アインが信じたくなるのも頷けた。
「重要なのは、この部分だぞ。摂理の破壊を目論む存在について、筆者は示唆している」
「これまた、急に飛躍した」
「そうでもないぞ。あくまで、この仮説を前提にした場合の話だが、新たな遺物の現れる頻度が不定期に急上昇しているんだ」
僕はアインの話を反芻して考え込む。
「誰かが摂理に負荷を与えて、世界の歪みを加速させていると?」
我が意を得たり、とばかりに彼女は首肯を返した。
「遺物。それを世界の歪みに対する摂理の抵抗の結果と解釈すると、摂理の内側の存在である異能者がここまで大量の歪みを生むのは、おかしな話だぞ」
摂理の概略図を描いたメモ帳の頁を掲げて、アインは演説する。
「考えられるのは、摂理の外側に位置する何者かによる侵攻。この侵略者達を、私は悪魔と仮称している」
が、直ぐに肩を落とした。
「とは言っても、現段階では机上の空論に過ぎないぞ。だからこそ、君の手を借りたい」
「悪魔って名前、安直でダサい」
「その感想は、胸の内に秘めておいて欲しかったぞ!」
アインは僕の胸に飛び込みながら、抗議の声を上げる。
一応、フォローしておこう。
「そんなセンスのない名前で呼べば、精神的なダメージは与えられるかもしれない」
「あれ?フォローになってないぞ……?」
「まあ、ともかく。別に手伝っても構わない。ただし」
僕はむくれる友人の頭を撫でる。
「交換条件。僕の新しい術式の研究を手伝って。光のシグネットを応用して、拡張思考回路を形成したい」
理論上は、失伝クラスの固有術式になる予定だ。
ずっと第1位階で停滞していたが、これが完成したら第0位階に到達する足掛かりになるかもしれない。
「相変わらず、面白そうな研究をしてるじゃないか。勿論、喜んで手伝うぞ。術式の名前は?」
「気が早い……。でも、便宜的な呼称は必要か。じゃあ、アインの名付けに倣って」
僕はアインの使ったメモ用紙の端に、その言葉を書き添える。
「──天使」
固有術式の予想される外観から思い付いた、安直な命名。
「意外とロマンチストだよな、君は。それに、対になる仮称を付けるなんて、流石に私の事が好き過ぎだぞ……?」
「五月蝿い、馬鹿」
なんで、このタイミングで照れる。気まずいだろうが。
「ふむ、壟断の記憶を盗み取ったつもりが、面白い断片が出てきたな」
濃紺色の髪の女性──レテ・ダームは林檎酒を飲みながら、梧桐志鳳という男について考えを巡らせる。
「やはり、興味深い存在らしい」
記憶のシグネットを持つ彼女は、ある事実を独自に掴んでいた。
様々な生物の記憶を辿ってみても、志鳳の幼少期を知る者が誰もいない。
「まるで、何かの拍子に突然──この世界に出現したような不自然さ」
彼は一体、何者なのか。
「まあ、壟断が何を隠していても、私にとっては問題ないらしい」
大赦のレテ・ダーム。
レテはずっと以前から、志鳳に強い関心を抱いている。
「──私の前では、全ての嘘が赦される」
記憶を自在に書き換えられる脚本家。
彼女にとって、脚色のない過去を知覚できる志鳳は、特別な存在だから。




