【義体】に関する隙間
梧桐志鳳のLITH端末に住む金髪の直魂──プレイスホルダーは、勝手に端末の検索機能を使いながら、感嘆の声を上げた。
「それにしても、この時代は義体に関連する技術が発達してるかえ」
半ばマスコットのようなポジションに落ち着きつつある彼だが、今の状態はあくまで、新しい義体が完成するまでの繋ぎ。
高性能な最新型のLITH端末。それを超越者の権限で改造しまくった代物とはいえ、第0位階の器としては、些か心細い。
そして、勤勉なプレイスホルダーは、新たな体の完成を待つ間に、この時代の義体に関する情報を集めていた。
「多分ですけどぉ、客体の派生技術も流用してると思いますよぉ?」
紫のサイドテールの女性──山藤杜鵑花が、バウムクーヘンを食べる手を止めて、炭酸飲料を飲んでから答えた。
信桜幕楽の運営する喫茶店──ウールーズは、降国風喫茶と名乗ってはいるが、フルールドリス以外の国の料理も頼めば出てくる。
特に、常連四人が長く拠点を置いていた国の料理──梅国料理・ベリス料理・セントレア料理・シッスル料理は、完全に網羅していた。
「客体、かえ?」
「異能社会で使われている、人型のロボットだぞ。現代では欠かせない存在だ」
緑のロングウェーブの女性──アイン・ディアーブルが、ティラミスを食べながら、簡潔に補足する。
「要は、アンドロイドよね!」
橙のハーフアップの女性──サラート・シャリーアが、スコーンを頬張りながら、更に簡単に言い換えた。
「異能者は未能者と比べて人口が少ないから、人手不足。だから、人手の代わりになる客体が必須」
青のウルフカットの男性──梧桐志鳳は、饅頭を苦い茶で流し込み、現代異能社会の事情を語る。
今や、適当に異能社会を歩くだけで、マナで動くアンドロイド──客体を見かける事ができる。
志鳳の趣味である演劇でも、演技を学習させた客体を端役に使う劇団は多い。
何なら、客体だけで演じる劇という面白い試みまであったくらいだ。
勿論、ウールーズのような飲食店にも、指示通りに働く従業員として、何体か配備されているのが常だ。
「客体産業はまだまだ伸び代があって、業界人はウハウハよね!」
「その分、競争も激しいですけどねぇ。噂では、あのルースター社も客体関連事業に手を伸ばす予定だとかぁ」
「えっ、本当!?それは流石に、ヤバイわよ!!」
人差し指を立てて驚いたサラートが、急いで端末を弄り始める。あわよくば、投資で稼ごうという魂胆だ。
ルースター社は、高い品質と技術力で有名な12の異能企業の一社。
手広くやっているナフタリ機械などとは違って、未能社会にこそ進出していないが、異能者の間では絶大なシェアを誇る。
「そういえば、今日はアレないですねぇ」
「アレ?何?」
「君がよく言ってるじゃないか。あの、何だっけ。ああそうだ……閃いた、ってヤツだぞ」
「あの言葉が出ると、物騒な事件に巻き込まれる前兆じゃないですかぁ?」
「不運を呼んでくる疫病神みたいな扱いは、流石に心外」
饅頭を食べ終わった志鳳は、二人に対して強く抗議した。
「そんな毎回、大きな事件が発生してたら、僕の身が持たない」
確かに、彼が重大事件の現場に居合わせる頻度は高いが、別に毎日というわけではない。
割合的には、ウールーズで穏やかにボードゲームを楽しんだり、各人の趣味に付き合ったり、親衛隊に稽古を付けて遊んでいる時間の方が圧倒的に長いのだ。
ごく稀に、連盟からの依頼で異能者として働いたりもする。
「平穏が一番かえ」
プレイスホルダーは、彼らの食事風景を視界に入れないように気を付けつつ、しみじみと呟いた。
端末の中にいる現状では、食欲をそそられても食事ができない。シグネットで自身の意識に干渉し、空腹の錯覚から目を逸らす。
「老人みたいな事を言う直魂だぞ」
「超越者は、肉体も精神も全盛期から老いないはずなんですけどぉ」
「あはは、私は皆と一緒なら、平穏も騒がしいのも両方好きかな」
赤のミディアムヘアの女性──信桜幕楽が、志鳳に追加の饅頭を渡して笑う。
「あっ、私の投資してた企業がアシェル運輸にシェアを奪われて、潰れそうになってるわ!」
サラートが目を見開いて叫んだ。
「許すまじね!絶対、裏で悪い事してるわ、この企業!最高経営責任者の顔写真も、何か腹黒そうだったし!」
「酷い決め付けですねぇ」
「私怨で叩くのは止めるべきだぞ」
「根拠のない妄想をラフトラックに書き込む癖は、一刻も早く直して」
「あはは、匿名掲示板に入り浸るのは程々に、かな」
四人の集中攻撃を受けて、サラートは頬を膨らませる。
「ちゃんと連盟に怒られない範囲でやってるわ!個人の感想、思想の自由よね!」
「より悪質」
「そんな事をしてる暇があったら、オークションで掘り出し物でも探した方が有意義だぞ」
「それよりも、最近できたカジノに行きませんかぁ」
「梅国で面白い演劇が……」
喧しくなった店内を眺めて、幕楽は楽しそうに微笑んだ。
「あはは」
「本当に、汝はいつも笑っておるかえ、赤色の」
「当たり前かな」
プレイスホルダーの言葉に対して、幕楽は手に持っていたコースターを軽く振ってみせる。
「皆のいるこの場所が、私の幸せだから」
ウールーズの文字が刻まれたコースターを優しく机に置いて、彼女は笑顔で言った。




