人造ゾンビ
金持ちの道楽は理解できない。
だから、一般市民の俺たちはこうして酷い目にあっている。
一年前のある日、財宝金男が俺たちの島に引っ越してきた。そしてそこに施設を作った。産業がない俺たちにとって、それはありがたいことだった。
だが、半年前からおかしくなった。
人が仕事から戻ってこなくなったのだ。
電話も出るし、メールも返信がある。
ただ大きな仕事をしているから、忙しく帰れないと。
俺の姉ちゃんもそうで、俺たちは心配した。
でも電話口お姉ちゃんは、心配ないというだけ。
俺たちは気がつくべきだった。
おかしいと。
だって、いつも、心配ないよ。頑張ってるから。来年には帰るから。あとはうんという返事。お姉ちゃんの声には違いないから、俺たちは疑わなかった。
それから1ヶ月後、施設で爆発音がした。それと同時に、施設で働いていた人たちが帰ってきた。
ぼろぼろになって。
骨と皮、血走った瞳、よだれを滴しながら、よたよたと歩いてきた。
お母さんが心配して近づいて、最初にお姉ちゃんに噛まれた。
その瞬間、俺は理解した。
お姉ちゃんはゾンビになったんだって。
だって映画そのものだった。
「お父さん、逃げるよ。もうお母さんはだめだ!」
俺がそういったけど、お父さんは頷いてくれなかった。
「お前は逃げろ。俺はこんな二人を置いていけない」
お父さんの手には包丁が握られていて、何をするかわかってしまった。
「お父さん、一緒に逃げよ!もうだめなんだって!」
「俺は残る!お前は逃げろ!」
お父さんは俺を突き飛ばして、包丁をもって二人に向かっていった。
「うわあああ!」
俺は立ち上がり、逃げ出した。
阿鼻叫喚というのは、こういう世界か。
小説、漫画、アニメ、映画でみたことがある。
でもまさか実際自分にその状況が振りかかるとは思わなかった。
転がりながらも俺は必死に逃げた。
ゾンビは施設から出てきているはずだから、その反対方向に。海へ!
逃げていると、銃声が聞こえ始めた。
本物を聞いたことはないけど、映画やアニメでは何度もある。だからこれが銃声だと思った。
「ゾンビ狩りだ!ひゃっほー楽しもうぜ!」
目を凝らして声がした方向をみると、ジープにのった財宝金男がいた。
格好は迷彩服で、銃を持っている。その回りにおじさんたちは同じような格好している。
「これはリアルすぎる!財宝さん。やばいって」
「リアルすぎる?現実だよ。俺が作らせたんだから!」
金男が笑いながら銃をぶっぱなす。
あいつが、わざとお姉ちゃんたちをゾンビにしたんだ。遊ぶために!
「このやろう!」
頭にきて、駆け寄ろうとしたけど、ゾンビが金男たちに迫っていて、俺は逃げた。
きっとあいつはゾンビに殺される!自業自得だ。
そう思って、俺は港に向かって走った。そこでは、俺みたいに逃げてきた人がいっぱいいたけど、バリケードに邪魔されて、船着き場に立ち入ることはできなかった。
「今日はこの辺でいいでしょう。門を閉じなさい」
死んだと思ったのに、ジープに乗って金男が戻ってきた。他の奴らも傷はあるけど、無事だ。なんで?噛まれたらゾンビになるんだろ?
「財宝様。それらの人たちは中にいれることはできません。感染しているじゃないですか?」
「抗生物質を打っているから大丈夫。もちろん、私もだ。じゃないとこんな遊びするわけがない」
金男は笑いながら港の警備員たちに説明する。
そうして、生き残りの俺たちを無視して、バリケードの中に入っていった。俺たちはスマホを持っていたけど、電波が全部圏外になっていて通話できなかった。
「このくそ!なんで、あいつの施設建設に賛成したんだ。俺は!」
お父さんと同じくらいの年頃のおじさんが叫ぶ。それに何人もの人が習う。
「お前らうるさいぞ。黙れ。殺されたいか?ああ。ゾンビに殺されるより、今がいいか?」
警備員たちが薄笑いを浮かべ、俺たちは嫌な音を聞く。引きずるような音、唸り声。ゾンビが俺たちに迫っていた。
「少し殺しておくか」
「財宝さんに止められているだろう?どうせ島民はあわせても百人もいない。このバリケードを破れるはずがない」
警備員は自信満々に行って、その場からいなくなった。
さすがに俺たちが食われるのを見るのはいやってか。
むかつく。
「うわああ!」
悲鳴をあげてみんなが逃げ惑う。
俺もだ。
もみくちゃになって、逃げようとする。だけど、ゾンビの数は生き残った俺たちの何倍だった。
ゾンビの顔は見知った人ばかり。
お姉ちゃんもお母さんもお父さんもそこにはいなくて、ほっとした。
「死にたくない!」
腕を掴まれ、引き倒される。
群がるゾンビたち。
みんな知った顔だ。くそ。財宝金男!
体中を噛まれる痛みを最後に、俺は気を失った。
「……生きてる?」
ゾンビに噛まれたのに、俺はまだ俺だった。
周りにはまだゾンビがいる。
だけど、俺に構うことはない。
「ど、どういうことだ?」
「……あんたも私と一緒ね」
血にまみれた女の子がそこにいた。至るところに噛み痕と切り傷がある。
「どういう?」
「どうやらゾンビに噛まれても、ゾンビにならないみたいなの」
「そうなんだ!それはすごいね」
すごいこと。なんて運がいいんだ。
「でもそれだけ。私たちはここから逃げられない。あいつらがいる限り」
その女の子は、バリケードを顎でしゃくる。
そうだった。
俺たちは逃げられない。
「そうだ。あの金男から車を奪えば」
「うん。それ、私も考えた。だけど、中に入っても、警備員に射殺されたらそれで終わり。だから、私考えたの。ゾンビに警備員を殺してもらおう?抗生物質を警備員たちは打たれてない可能性がある。だから、あのバリケードの中にどうにかゾンビを連れて行こう」
女の子が練った計画はこういうものだった。
金男の車を奪って、そこに何人ものゾンビを入れる。そうして、バリケードの中に突っ込む。
「なんていうか、ずさんな計画だな」
「ほかに何かいい方法あるの?」
「ありません」
そうして俺たちは、その計画を実践することにした。
町に密かに戻って、機会を待つ。
町はひどいもんだった。
生きてる人はいない。
食われ過ぎたらゾンビになれないみたいで、内臓が丸ごと消えたりした遺体があった。
家に戻ると、そこには三つの死体。
お父さんがお姉ちゃんとお母さんを殺して、自分も死んでた。
「ごめんなさい」
俺だけ逃げて生き残った。
俺がゾンビに噛まれてもゾンビにならないって知っていれば、俺がお父さんを守ったのに。
「ごめんなさい」
「謝ってもしかたない。っていうか、私たちに責任はない」
女の子はそう言い切った。
車の音がした。
家の外からそっと覗くと、金男がいた。
おかしいことに一人だった。
「ふん。怖気づきおって」
俺と女の子は頷く。
二手に分かれて、車の両側から様子を見る。
「死ね、死ね、死ね!」
金男はゾンビに銃をぶっぱなつ。頭を狙うので、ゾンビは一発で動かなくなる。
「やっぱり動く的はいいな。スリリングだ!」
吐き気がする。
ゾンビになってしまった人はみんな俺が知ってる人だった。
商店のおばちゃんだったり、新聞紙配りのお兄さんだったり。
飛び出したい気持ちを押さえて、機会を待つ。
ゾンビが突然飛び出して、金男は少しパニックになって、銃を撃つ。
何発もだ。
仕留め瞬間、隙ができた。
「うああ!」
女の子が死体の肉片を金男に投げる。
動揺した奴を助手席から蹴とばした。
俺は運転手を引きずり落とす。
「あんた運転できないでしょ?後ろに乗って!早く。置いていくわよ」
女の子に言われて、僕は慌てて運転手の真後ろの席に飛び乗る。
アクセルを踏んで、女の子は車を走らせる。
「すごい」
僕と同じくらいだから、運転免許をもっていないはず。だけど、なんで。
金男たちの叫び声が聞こえないくらいのところまできて、俺たちはゾンビをトランクに詰める。
それから港のバリケードに向かう。
ジープはとても強い車だ。
警備員の制止を振り切って、突っ込む。
奴らが来る前に降りて、トランクを開ける。
ゾンビたちは勝手に外に出ていく。そうして、走ってきた警備員に向かい始めた。
「うわああ」
パニックになったらおしまいだ。
銃を無茶苦茶に撃って、弾がなくなったら終わり。
肉を断ち切る音と悲鳴が聞こえる。
女の子は迷うことなく前に進んでいた。
船が停泊しているところまで走り、乗り込む。
「早く!」
いわれるがまま、船に飛び乗った。
女の子は船も操縦できて、俺たちは島から逃げ出した。
「逃げれた。これで私は自由」
「じ、自由?」
「私の名前はオリコ。最初のゾンビよ」
「え?」
ゾンビ?だましたの?っていうかゾンビ話せないよね?
「というのはあってるけど、あっていない。ゾンビは私の遺伝子を使って作られたの。なんか特殊みたいなのよ。私の血。それを知ったやつらに私は捕まって、ずっと研究所に閉じ込められていた。この島に来て、財宝の計画を知った時、逃げられると思ったの。まさか、私と同類に会えるとは思わなかったけど」
俺はなんて答えていいかわからなかった。
島で見たことがない女の子だった。その時点で警戒すべきだった。でも警戒って?彼女は望んで、島の人をゾンビにしたわけじゃない。金男がそうした。
「逃げれるところまで逃げてみない?」
女の子の言葉に俺は頷く。
だって、俺はすべてを失ってしまった。何をしていいのか、何もわからなかったから。
数年後、島のゾンビは日本中に広まり、それは世界にも広がった。
俺たちは行きついた先でどうにか過ごしていたが、ある研究者にあった。その人は人類を救いたいと本当に思っている人だったので、俺たちは血を提供した。
そのおかげで薬ができて、世界は滅亡を免れた。
人造ゾンビは数を減らしていき、十年後、ゼロになった。
俺たちのことは秘密され、ある島でひっそり暮らしている。
俺と彼女は決めている。
もし今度利用されそうになったら、一緒に死のうと。
もう犠牲を出すのは十分だから。