9 元ミズローズ家は今② エリオットは省みる。
監獄島のエリオットは今日も大地を耕していた。
服が汚れるし、虫もいるし、最悪だ。
農具を握ったことのなかった手は、昨日今日でできたマメが潰れて痛い。ほとほと嫌気が差している。
監視の兵士が剣を持って控えているため、渋々土にクワを刺す。
なんでリタがこんな楽しくもないことを好き好んでやっていたのか、血を分けた兄妹であっても理解できない。
ふと母カトレアはどうしているか気になり、柵の向こう側、女子受刑者の敷地に目を向ける。
そこには、エリオットと同年代と思われる女兵士がいた。
長い銀色を三つ編みにしていて、鋭い緑色の瞳を持つ少女。
そちらに気を取られたせいで、背後にいた兵士に背後から殴られた。
「よそ見するな、エリオット!」
「……あの銀髪の兵士は?」
「兵士? 見てのとおり、女子受刑者の監視役だ。まったく。畑を耕す時間はないのに女にうつつを抜かす暇はあるのか? さすがは元侯爵家。優雅なことで。もとは何人も妾を抱えられるようなご身分だったもんな」
この兵士はガイ・ランバートと名乗っていたか。ランバート男爵家の三男。
金髪碧眼。着飾ればそれなりにモテそうな目鼻立ちだ。
上背があり、言葉の端々からエリオットを見下しているのが伝わってくる。
「フレイア。あちらで揉み合いになっている。止めるのを手伝ってくれ」
他の兵士に呼ばれ、銀髪の少女――フレイアは「承知しました」と落ち着き払った声音で答えて走った。
(あの子はフレイアというのか)
どうやら揉め事を起こしたのは、母のカトレアのようだ。聞き覚えのある金切り声がエリオットのもとにまで聞こえてきた。
すぐに鎮圧して、フレイアは持ち場に戻ってきた。
フレイアは受刑者の動きに目を光らせながらも、高圧的な態度は取らず、監視をしている。
エリオットは仕事の合間にちらちらとフレイアを気にしていた。
(僕とそう年が変わらないのに、もう働いているなんて)
フレイアの制服についた階級章は上等兵。最下級が二等兵だから、少なくとも昇級するほどの経験を積んでいる。
自力でその地位に立っている。
対して、エリオットは親の金で何不自由なく生きてきた。
家庭教師をつけて勉学に励み、親がコネと金を駆使して集めた蔵書を読む日々。
親に与えられたものを誇り威張り散らしていた。だから、それを全て失って平民以下の場所に堕ちた。自業自得だ。なるべくしてこうなった。
次期侯爵なんていう肩書きはもうない。
エリオットは、枷をはめられた自分の腕を見て瞑目した。
(僕は…………なんて、愚かだったんだろう)
休憩時間になり、エリオットは気になって、フレイアに歩み寄った。
鉄の柵越しに、フレイアと向かい合う。やはり背丈はエリオットと同じくらいだ。
なんと声をかけるべきか迷いながら、エリオットは口を開く。
「君」
フレイアは眉をひそめ、警戒しながらも、「私に何か用ですか?」と冷静に返答する。
「いや、その。今何歳だ?」
そんなことを聞いてなんにもならないのに、エリオットは少しでもフレイアのことを知りたくて聞いていた。
フレイアは「今年の春で十五になりました」と淡々と返答する。
「そうか。すまない、変なことを聞いて」
日に焼けた肌。つやのない髪。汗臭いし、剣の柄に置かれた手は、剣タコと傷痕だらけ。お世辞にも綺麗な手とは言えない。
舞踏会で見える令嬢たちは、最新の美容液やクリームで手入れしていて、髪は艷やかで傷一つない。
どう考えても貴族の令嬢たちより見劣りするはずなのに、何故かフレイアから目を逸らせなかった。
十五歳で真面目に働く少女。
同じ年齢なのに、父親が盗んだ金で遊び暮らしていたエリオット。
(自分が情けない)
エリオットは父の罪を知っていながら、諌めなかったから監獄島でこうして繋がれている。
今ここにいない妹に、農作業を押し付けたいなんて考えていた自分が情けなくなった。
「僕は、エリオット。君と話せてよかった」
エリオットはフレイアに頭を下げて、自分の仕事に戻った。