6 みんなの身の上。
拠点に戻ってきた四人は、石を円形に並べてかまどを作った。
ルーシーが木の枝を集めてきて、シンディが火をつける。
「炎の精霊よ。その力、我に貸し与え給え。フレイム!」
光が集まって枝がパチパチと音を立てて燃える。フレイムは炎魔法の中で最下級のものだ。ドラゴンと戦う上級魔法のような強大な火力はないが、日常生活ではとても重宝される。
目の前で弾ける魔法を見て、ルーシーとリタは感動を抑えきれず拍手をする。
「ゴーレムさんのときも思いましたが、シンディさんすごいのです!」
「ライターもねぇのに火がつくなんて便利らなぁ」
「うふふっ。お褒めにあずかり光栄です、なんてね」
シンディはウインクして新しい枝を火にくべる。
「よし、火がついたなら浜焼き作ろて」
リタは平たい石をまな板代わりに魚の腹を割く。
内臓をとったら竹を割って作った串を刺し、岩塩をこすり合わせて魚にふりかける。
焦がさないよう、火から一定の距離を開けて並べて地面に刺す。
「手慣れてるわねぇ。リタの年で魚をさばけるなんて、実家は漁師か何かなの?」
「いんや。親はグレアスのいち領主らったけど、こっちの家はもうねぇ。父さんが悪さして、おれも兄さんも母さんも、船で監獄送りにされるとこらった」
嘘をつくようなことはしたくなくて、リタは素直に自分の身の上を告白する。
「こっちの家って? あなたにはいくつも家があるの?」
「信じてもらえるかはわからねけど、リタとして生まれる前、別の国で農家をしていた。百八歳まで生きたわ。一番幼い玄孫はルーシーくらいの年齢でな」
頭を打っておかしなことを言っていると思われても仕方のない話。けれどシンディとエーデルフリート、ルーシーは信じた。
「人生二度目って言われてむしろ納得したわ。普通、あなたくらいの年齢なら、親のせいで投獄される羽目になったり、死ぬかもしれないこんな時に笑っていられないわよ。肝がすわりすぎてる」
「生まれ変わりって本当にあるんだねー。すごいや」
「だからリタは、自分のことをおばあちゃんって言ったんですね」
なんとも柔軟な人たちだ。リタは安堵して笑う。
魚が焼けるのを待つ間、エーデルフリートが食器を作る。
節と節の間で竹を割る。これでコップの出来上がりだ。
一節は縦に割って皿に。
「あはは。このバンブーって植物面白いね。頑丈だし、いい器だ」
「あたしの故郷だと、バンブーでランタンも作るわよ。飾り切りして中にロウソクを入れて」
「へぇ! それはきれいだろうね」
沸かしたお湯を飲んで、魚にかぶりつく。ルーシーは肉や魚を食べられないから、木いちごを食べる。
きつね色に焼き上がった川魚はふっくらしている。
「美味しい! いいお魚にはいいお酒が欲しくなるわねぇ」
「アチチ。塩振るだけでもいけるんだね。うまっ!」
シンディとエーデルフリートは串焼きにかぶりついて頬をゆるめる。
リタは魚を串から外し、竹で作った箸で身をほぐして食べる。
「あっちぇ。うん、うめぇわあ」
「グレアス出身なのに箸を使えるって、あなた本当に人生二度目なのねぇ」
グレアス王国の食文化は、地球で言うところの北欧にあたる。魚介スープやポトフ、ミートパイ、硬いパンが主流だ。スプーンとフォーク、ナイフを使って食べる。
箸を使うのは東方、ヤマトやリュウゲツといったごく限られた国だ。
「シンディは東方の出身らか?」
「あたしは元々はリュウゲツの田舎にいたのよ。ぴーたんが村の麦を食い荒らしたから捕まえて使い魔にして、旅に出るとき連れてきたの」
森でとってきた草を頬に詰め込んでいたぴーたんの動きが止まった。
「人さまの畑を荒らしたらだめですよう、ぴーたん」
ルーシーに諌められてぴーたんは不満そうだ。
『腹をすかせた我の目の前に麦が生えていたのがいけないのだ』
「反省してないのねぇ」
『ぐふっ』
シンディが笑顔でぴーたんを椅子にした。
「デルは? そんな厄介な呪いをかけられるなんて、よっぽどのことをしたんでしょ。これでも魔法使いのはしくれだからわかるわ」
「可哀想な俺が理不尽に呪われたとは思ってくれないの?」
エーデルフリートは視線を泳がせるが、観念して白状した。
「ええっとお…………好きって言ってくれる女の子がいたから付き合ったんだ。他の子にも付き合ってて言われて、それを繰り返しているうちに彼女が六人になってたんだよねぇ。そしたら、最初の彼女が魔女で…………」
六人の女性の心をもてあそんだ結果、彼女全員が怒り、女性に触れることができなくなる呪いをかけられた。
自業自得すぎて誰もフォローできず、シンディとリタは気の毒そうにエーデルフリートを見る。ルーシーに至ってはちょっとエーデルフリートから距離を取っている。
「だぁあああっ! そういう反応されると思ったから言いたくなかったんだよお! 一夫多妻制の国に生まれたかった!」
「そういうことを言うから呪われたんだと思うわ」
辛辣なトドメを刺されて、エーデルフリートは泣きながら焼き魚を頬張った。
「ルーシーは、ルールーお姉ちゃんが貴族のお屋敷でメイドをしているのです。ルーシーも立派なメイドになりたくて、お姉ちゃんのご主人様にお願いしたんです。それで、そのご主人様がお仕事をあっせんしてくださって、お仕事に行くための船に乗っていたのです」
立派な姉のこと、そのご主人様にも良くしてもらったこと、ルーシーは嬉々として話す。
「そういがか。ルーシーはええ姉さんがいるんらな。はよ帰って立派なメイドになれるよう、がんばらねぇとな」
「はいです!」
ご飯のあとは海に沈んでいく夕日を眺めて、空にはだんだんと星が広がっていく。
八十歳をすぎる頃には見えにくくなっていた。
今では星がはっきりと見える。
「あ、流れ星だ! 早く呪いが解けますように、早く呪いが解けますように、早く呪いが解けますように!」
「助けが来ますように、じゃないのねぇ」
「救助なんて、星に願わなくても来るよ。呪いは魔法に長けた人じゃないと解けないでしょ」
エーデルフリートとシンディのやり取りを聞いて、リタはこの世界でも流れ星が願いを叶えるという通説があるのだなと考える。
「ルーシーは、無事にここから出られますように、です。リタは?」
「父さんたちが無事らとええな」
罪を犯したとはいえ、リタの親だ。生きていてくれることを願うばかり。
『ぬおおおお、天神よ、我に力を! 我も魔法を使えたら八頭身美男子になって有翼人のように空を舞い、うまいものを出してたらふく……』
欲望まみれの願い事は、シンディの裏拳で途切れた。