26 開拓は計画的に。
朝日が昇るころ、海岸沿いにリタの掛け声が響く。
「はい、いっちにーさんし! にーにーさんし!」
リタは腕を大きく振り上げ、伸びやかにラジオ体操の動きをしていた。メロディはうろ覚えだ。
「……リタ、なんなんだ、その謎の歌と謎の動きは?」
エリオットが困惑した顔で妹を見ている。
「ラジオ体操らよー! 柔軟、体がやっこくなるんら」
リタは嬉しそうに手足を動かす。日本人の九割は知っているであろう体操。夏休みの定番である。
クリティアなら一緒にやるだろうが、初見の異世界組はポカーンとしている。
「リタは時々おかしなことをするな。ふむ。やってみるとたしかに腕が回りやすくなるような……」
フレイアは腕を組んで眺めていたが、少しずつリタの動きを真似し始める。
シンディも興味津々だ。
「長年の経験ってやつ? まあ、リタが言うなら信じてみましょうか」
『キュルル。この選ばれし覇王ゼルフェイン様も乗ってやるのが一興か。さらに雄々しく大地を踏みしめ』
「ニャーー!」
『ぎゃーーーーーーー! 我を敬え漆黒の爪を継ぎしナイトメアよ! 爪を立てるでない!』
ぴーたんの背中にムーがよじ登り、悲鳴があたりに響く。
「柔軟しとくと畑仕事のときも楽になりそうだねー。俺もやってみよ」
エーデルフリートもみんなに声をかけ、気づけば島の住人たちが一緒にラジオ体操をしていた。
日が高くなった頃、小型の船が島に到着した。
領主の娘、ヨイ・ユージーンが上陸した。今日は軍人ではなくこの島の領主として来ているため、軍服ではない。
リタはその服装に見覚えがあるような気がしてならなかった。
ジャージだ。なぜか異世界に日本ならではのダサいジャージ……。考えるまでもなく犯人は玲奈――クリティアだ。
クリティアは着たくなさすぎるあまりに、この世界の仕立て屋にジャージを作らせ、市場流通させたのだ。
軍人であるヨイは、クリティアが普及させたジャージを訓練着として愛用している。
「皆さん、お久しぶりです。進捗はいかがでしょうか」
「ユージーン様。御足労いただきありがとうございます」
ゴードンとフレイアが敬礼する。
「そう固くならなくてもいいです。皆さん。まずは島の地図作成、ご苦労さまでした」
エリオットは、情報をまとめた地図をヨイに渡した。地形の高低差や川、泉なども記せる限り書き込んである。
「ふむ。思ったより山地の起伏が激しいですね。村を作るなら平地を中心に考えたほうがよさそうです」
ヨイが地図を確認している間、リタは原種野菜を並べる。
「こいつが島に自生していた原種の芋とニンジンを育てたもんだわ。土に肥料を混ぜたすけ、山で掘り起こしたときよりは大きく育っとる。そんで、これが木いちご。ジャムにするとええな。あとは季節が変わりゃ、木の実が取れそうら。見たとこ、ここにゃ柿の木と栗の木があるすけ」
「なんということでしょう。我が領地にこんなに野菜が! それに他にもとれるかもしれないんですね」
ヨイは一つ一つ手にとって見て、驚きの表情を浮かべる。
「これまでユージーン領で流通する野菜は、他の領地や国から取り寄せたものばかりでした。これを品種改良して量が取れるようになれば、クシェル島の特産品として売り出せそうですね」
エリオットが補足する。
「コカトリスの肉の燻製もあります。出没したら、ゴードンとシンディとフレイアが倒しているんです」
「コカトリスの……肉?」
ヨイは目を見開く。シンディは
「生きているときは面倒なモンスターだけど、肉は結構おいしいわよ」
「食糧として利用できるなら貴重ですね。あとでこれらを調理して食べてみたいのですが、よろしいでしょうか。領地で流通させる食品は自分の舌で確認する主義なのです」
「はいよ! 領主様のほっぺたが落ちるくらい美味しいものを作るわ!」
「ルーシーもお手伝いしますー!」
サラが頼もしく胸を叩く。ルーシーも跳ねてやる気まんまんだ。
「島の開拓についてですが、まずは村の基盤づくりが必要です。海から村予定地までの道を整備しましょう。水はけを良くしないと、雨が降るたびに移動が困難になります。それから、毎日川まで水汲みにいくのは大変ですから、水路を引きましょう。あとは、畑の拡張ですね。広くしすぎても手に負えなくなるので、ここまでなら大丈夫と思う範囲まで拡張してください」
「承知しました」
「任せとくれ」
エリオットとリタが強く頷く。
「これからの作業を進めるための資材は近日中にこちらに送るので、都度進捗の報告をお願いします」
一通り資料の確認が終わってから、直接現在の拠点付近を目視してもらう。
「前に来たときよりも、だいぶ畑らしくなってきましたね。リタは若いのにこれだけの畑を作れるほど博識とは。ミズローズ領はあまり農業地帯はなかったと思うのですが」
実はリタの中身が百八歳のおばあちゃんだということは、ヨイのあずかり知らぬところである。
「ああ、そうでした。リタ。クリティア様からあなた宛にお手紙を預かってきました。特別指令だそうです」
「クリティアお嬢様から……」
――――前略 リタ様
クシェルで取れる野菜や肉を使った料理レシピがあったらこちらにも共有してください。
とくにお酒に合うものを食べたいです。
やはり玲奈は異世界でも酒好きだった。メインの指令はこちらの世界の文字でつづられていたけれど、二枚目以降は日本語だった。
ミズおばあちゃん、元気にしていますか。
島の生活は不自由していませんか。
私は元気です。こちらの世界で前世の記憶を取り戻してから四年。
今は領地に料理学校を作って、講師をしています。
領主様に仮釈放してもらえないか交渉中なので、叶ったらうちの領地に遊びに来てほしいです。
領地と学校を案内したいし、日本にいた頃できなかった話をたくさんしたいです。
そのうちお土産を持って会いに行くので、お元気で。
栗田玲奈
ひ孫の玲奈としての手紙だった。
後ろから覗き込んでいたルーシーが目をぱちくりさせる。
「二枚目はなんて書いてあるんです? オーキナ国の文字じゃありません」
「暗号解読ゲームをつけてくれたみてーらな。ヨイ様、返事を書いたら届けてもらえるんだろっか」
「もちろんです。ワタシがこちらに滞在する間に渡してください」
「ありがとうねぇ」
さてさてどんな返事を書いてやろうか。
酒飲みすぎるなよ、なんてお小言を書いたら泣いてしまうんだろうなと考えて、リタは笑った。





