2 リタは漂着者に出会う。
しばらく二人で浜辺を歩いて、ルーシーが走り出した。
「リタ、人のニオイがします!」
さすがは人より優れた嗅覚を持つ獣人。迷うことなく船の残骸の向こうに進む。
リタもルーシーを追いかけて走る。
そして波打ち際に倒れている人を見つけた。
夕焼け色の髪の、若い男性だ。ウサギのぬいぐるみを抱えている。
胸が上下しているから、息はある。
リタが青年の肩に触れた瞬間
『ギィアアアアアアア!』
青年の姿が一瞬にしてマンドラゴラへと変化した。
ビリビリと空気を震わせる音波のような声。
リタもルーシーも急いで自分の耳をふさぐ。
一分ほどして、マンドラゴラが青年の姿に戻った。
呆然とする二人を前に、青年が抱えていたウサギのぬいぐるみが立ち上がってペコリとお辞儀をする。
「な、何が起きてんだ?」
「ルーシーにもわかりません」
ミズがリタとして生を受けて十三年。
魔法が日常生活に溶け込んでいるこの世界で生きてきたミズだが、この世界の知識と経験を持った上で見ても、奇っ怪な光景だった。
「あー、驚かせてごめんね。俺、エーデルフリート。長くて覚えにくいだろうから、エドでもデルでも好きに呼んで。こっちのぬいぐるみは相棒のミィ」
「おれはリタ」
「ルーシーです」
それぞれ自己紹介して、置かれた状況の確認をする。
「俺、オーキナ国に行く船に乗っていたんだ。腕のいい魔法使いがいるって聞いたから。今のでわかったと思うけど、この呪いをときたいんだ」
「呪い……。マンドラゴラになることがですか?」
「うん、そう。ちょーっとワケアリで、元カノに呪いをかけられちゃってね。異性に触れるとマンドラゴラになっちゃうんだよ。人間以外の生き物でも発動しちゃうから大変でさぁ」
デルは頭を掻いて笑う。
「そういが。そら、なんぎぃねぇ」
「そいが? ってよくわかんないけど、あの嵐で海に投げ出されちゃった。君たちはこの辺の人……ってわけじゃない?」
「おれもルーシーも、嵐で船が転覆して、流れ着いたんら」
「そっかー。二人もここがどこかはわからないか。じゃ、調べるしかないね」
見知らぬ土地に流れ着いたはずなのに、デルはあっけらかんとしている。
ミィがちょこちょこ歩いて、デルの裾を引っ張る。喋れるわけではなさそうだけれど、何か訴えている。
「ん、どうしたのミィ?」
ミィが指す方から人が歩いてきた。
リタたちと同様、服が湿り、砂まみれだ。
背の高い青年で、藍の長い髪をポニーテールにしている。尖った耳から、エルフ族だとわかる。
横には大きなカピバラを連れていた。
「あら、すごい声が聞こえたから来てみたら……もしかしてあなた達も遭難者かしら?」
女性のような口調で、青年が聞いてくる。
「ああ。おれはリタ。この子はルーシー、そこの兄さんはデル。“あなた達も”ってことは、おめさんも流されてきたが?」
「ええ。あたしはシンディ。この子は使い魔のぴーたん。カピバラだから“ぴーたん”。覚えやすいでしょ」
ぴーたんは目を細めて、鳴きながらダシダシと足踏みしている。
『キュルル、我は偉大なるゼルフェイン・ピルエット・ゼム・プレドニオンなるぞ。そのような間抜けな名で呼ぶでないわ!』
「ピロなんとかかんとか……うん、シンディの言うとおり、ぴーたんで良くない? 俺より覚えにく……ゴフ!」
デルが言い終える前にぴーたんがタックルする。
よろめいたデルがルーシーに触れた瞬間
『ギィャアアアアアアアーーー!』
青年の姿からマンドラゴラに変わる。
耳をふさぐリタ、ルーシー、シンディ。
ぴーたんは四足歩行なため、耳をふさぐなんてできない。マンドラゴラの放つ音に耐えられず目を回した。