16 リタたちの救難信号、捜索隊来たる。
リタたちが無人島に漂着して半月がすぎた。
結界と忌避剤の効果はバツグンで、あれ以降コカトリスはおろか、ネズミの一匹も拠点に侵入していない。
畑の方も順調だ。
手作り肥料と落ち葉を含ませて耕した結果、カチカチに固まっていた土は見違えるほど柔らかくなった。
マル芋を植えた畝からは緑の芽が顔を出している。
植え替えたニンジンの葉もぐんぐん伸びている。
ありあわせの簡素な畑でも野菜は育つのだと判れば、やる気は上がるもの。
水やり係を任されたルーシーは、歌いながらジョウロを振る。
「ふんふんふーん! お芋さんもニンジンさんも、元気におおきくなぁれー!」
「あはは。元気だねぇルーシー。こっちは枝の収集終わったから、水やり手伝おっか?」
「ルーシーも今終わったから大丈夫ですよう」
エーデルフリートは回収してきた枝をテントの横に積む。火を絶やさないよう、燃料を探すのがエーデルフリートの役割だ。数日保つ量がある。
ミィも細い枝を数本抱えてエーデルフリートの後ろをついて歩く。
お玉を持ったリタが二人を呼びに来た。
「おつかれさん、ルーシー、デル。よろっと飯にしよて。じきシンディも戻ってくるろ」
「わぁい! ごはんですー!」
「俺、腹減ったー」
「今日の野菜スープは自信作らよー」
本日のメニューは、燻製したコカトリス肉、マル芋、ニンジンの塩味スープである。
スープが生臭くならないよう、肉は煮込む前にスコップで両面焼いている。
フライパンは鉄板。
スコップも鉄板。
つまり、スコップをフライパンの代わりにできるのだ。
さらに香りのいい野草を入れているから、食欲増進効果もある。
海辺の様子見に行っていたシンディとぴーたんが戻ってきた。みんなで交代しながら、船が通らないか巡視しているのだ。
「あら、いい香り。昨日の野菜炒めもおいしかったし、限られた食材しかないのによくこんなに作れるわね」
「おれは長年やっとったから、できるだけらよ。とくにニンジンはぶちゃる部分がねすけかさ増しできて助かるわ。ほれ、スープん中に葉も入っとるろ?」
「ルーシーはニンジンの葉っぱが好きだから、入ってるのうれしいですー!」
リタは照れ笑いしながら、スープを盛り付ける。
ルーシーの器には肉を入れないようにして、竹を削り出して作ったスプーンを添える。
「天の恵みにかんしゃします」
揃ってお祈りをしてから食事をはじめる。
生活の基盤が整ってきたあたりから、みんな心の余裕も出てきて食事のときのお祈りもするようになった。
これは日本でいうなら、「いただきます」にあたる言葉。
文化が大きく異なるとはいえ、食材への感謝の言葉はこちらの世界にも存在する。
エーデルフリートはスープをスプーンですくい、息で覚ましながらシンディに問いかける。
「シンディ。海の様子はどうだった?」
「進展はないわ。救難信号の数を増やしたほうがいいかもしれないわ」
「オリーブ油でろうそくを作って置いてみよかね? 竹ば器にして」
この島に人がいることを知らせるために、海辺の各所に旗とかがり火を立てている。
夜の間も島が見えるように。
無人島にあかりがあるなら、そこに人がいると気づいてもらえる。
島から脱出するすべを持たないリタたちにできる、精一杯だ。
イカダを作って海に出るという案も浮上したが、海図なんてないから遭難するのは目に見えているし、水と食料も多く持っていないと危ない。だからイカダ案は却下になった。
「他にも信号になりそうなもん作ってみよか。そうさなぁ。凧をあげてみるのはなじら?」
「………タコのからあげが、信号になるんです?」
ルーシーの中でタコをあげるというのは、ご主人様が作っていた“タコの唐揚げ”だ。
食べ物が救難信号になるとはどうしても思えない。
「あぁ。ルーシーのとこに凧あげはねがったか。こう、風の力を利用して四角や三角の布を空に浮かばせて、糸で操るんらよ」
「あ、もしかしてカイト! カイトのこと? リタのところでは凧って呼ぶのかぁ。たしかに空に信号を浮かべたら目立つね」
エーデルフリートも知っているなら話が早い。
さっそく作業に取りかかった。
竹の枝を骨にして裂いたシーツをくくり、拾ってきた糸で縛る。
そうして一メートルほどの大きな凧が完成した。
砂浜に赴き、エーデルフリートが凧を縦に持つ。
「よぉし。いぐぞー!」
リタは思いきり走る。
海風も味方になり、凧はぐんぐんと空に登っていった。
四角い凧が、海鳥たちに混じって空を泳いでいる。
ルーシーは跳びはねてよろこぶ。
「わぁー! これが凧あげ! 布が空を飛ぶなんてすごいですー!」
「どこかの船がこれを見ていてくれるといいわねぇ」
期待半分不安半分といったところ。
「旗も増やしとこうよ。俺、あっち側に行ってくる」
竹を竿にした旗を担ぎ、エーデルフリートが岩場の方に走った。
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フレイアは監獄島の仲間数名とともにオーキナ国の海軍に合流し、四つの船隊で遭難者の捜索にあたっていた。
これまで見てきた島は壊れた積荷だけが浜辺に転がっていて、捜索隊の中には「もう生存者なんていないのでは」というムードが漂いはじめていた。
必ず見つけるとエリオットに約束した以上、フレイアはリタを見つけたかった。
まだ十三歳の少女では、運良く生きてどこかの小島に漂着しても長く生きていけない。
見張り番の交代時間になった。
次の担当はフレイアとガイ・ランバートだ。
今見張りをしているのはオーキナ国の隊長であるヨイ・ユージーン軍曹と、その部下だ。
ヨイは伯爵令嬢という身分でありながら軍属している稀代の女傑。
隣国であるグレアス王国にも名は届き、ユージーン軍曹のようになりたくて兵士になる者もいるくらいだ。
フレイアが登ろうとするのをガイが制する。
「出しゃばるな。女は男の後と相場が決まっている」
ガイは本来この捜索隊のメンバーでなかったのに、無理を言って参加している。
行方不明になった者たちの身を案じて……などという高尚な理由ではない。
この捜索で遭難者を見つけることができたなら、点数稼ぎになるからだ。
男爵家の三男が家を継ぐことはまずない。上の二人が不慮の事故や病死でもしない限り出番はないスペアのスペア。
兄二人を出し抜いて家督を得るには、功績が必要だった。
そういう環境で育ったためか、はしごを登る順番なんていうどうでもいいことですら人の上位に立ちたがる。
フレイアが顔をしかめているのにも気づかず、ガイは先にはしごを登った。
「お疲れ様です。ユージーン軍曹、ビリー二等兵。見張り、交代します」
フレイアが敬礼すると、ヨイとビリーも敬礼を返す。
「ご苦労様、フレイア上等兵、ランバート上等兵。よろしく頼みます」
「お任せください」
フレイアは即座に返事をしたが、ガイは答えなかった。
ヨイとビリーが見張り台を降りてから、ガイはあからさまに舌打ちをして双眼鏡を目元にあてる。
「どうせ軍曹の地位を金で買ったんだろうに、何を偉そうに。俺だってもっと上位の貴族に生まれていれば軍曹くらい簡単になれるのに……」
「不敬だぞ、ランバート上等兵」
フレイアの叱責は聞き流された。
言い争いで消耗する時間が惜しくてフレイアは双眼鏡を目元にあてる。
次に捜索する島はユージーン家の領地だ。
厄介なモンスターが生息しているため開拓に着手できず、長年放置していたのだと聞いている。
モンスターが出るような危険な島……戦う力のない人では、餌食になってしまう。
この島以外の島で無事でいてくれることを願うばかりだ。
島影が近くなり、空に不思議なものが見えた。
雲ではない。四角い何か。
幼い頃に近所の友だちと遊んだ覚えのある遊具。カイトと呼ばれるものだ。
つまり、あそこには人がいる。
「……っ、隊長! 島に誰かいます! カイトが飛んでいるんです!」
フレイアはありったけの声で叫んだ。
すぐさまヨイが上がってきて、双眼鏡を受け取ってフレイアが指す方を見る。
「本当に、人が。操舵手、あの島に向かってください!」
海賊あたりが不法侵入で勝手に住んでいるのでない限りは、行方不明になった者たちの誰かだ。
兵たちは希望が見えて、歓声をあげた。
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凧あげ作戦を試みて三日目。
今日はエーデルフリートが凧をあげていた。
じっと水平線を見ていると船影が見えた。
まめつぶサイズだった影はどんどんと大きくなる。
ついに、気づいてもらえたのだ。
はやる気持ちをおさえて、エーデルフリートは拠点に走った。
「みんな! ついに、来た! 救助の船だよ! こっちこっち!」
それを聞いてルーシーが泣きだしてしまった。
「帰れるんですか? ルーシーは、お家に帰れるんですか!?」
「良かったわねぇ! どこの国の船かしら? 早く行きましょう!」
シンディも喜びをあらわにする。ぴーたんが誰よりも先に走り出す。
『クックックッ。良いではないか! 新たなる冒険が我を呼んでいる!』
「待ってぴーたん! ルーシーもいきますー! リタも早く早く!」
「ああ。行こかね」
ルーシーがここにきてから一番の笑顔でリタの手を引く。
みんな海岸に向かって走った。





