15 元ミズローズ家は今③ エリオットは改心する。
監獄島のエリオットは、フレイアと出会った日から真面目に農作業に取り組むようになった。
他の受刑者に頭を下げて仕事を教えてもらい、土を耕し種をまく。
きついし疲れる。
自分がこれまでこういうことを他人に押し付け、それを見下し笑っていたのは愚かだったと自覚した。
最初はまわりも変化に驚いていたが、一週間も経つとエリオットが本気で心を入れ替えて努力しているのだと伝わり受け入れた。
受刑者の中で最年少だから、弟分か息子のような扱いだ。
先輩たちに教わるうち、仕事も徐々に様になってきた。
ガイはそんなエリオットを見ても「どうせ一時的にいい子ちゃんのふりをしているだけ。性根は平民を見下す嫌味なお貴族様のままだ」と鼻で笑った。
実際、エリオットの両親、オルドレイクとカトレアは今もまだ「平民風情が命令するな」と傲慢な態度を崩さない。
あれの子どもなのだから根性も親と同じだと、疑う者もいるのは仕方のないこと。
「温室育ちの坊っちゃんがいつまで保つかな」
ガイはエリオットに言うが、エリオットは無視して手の甲で汗を拭い、柵の向こうを見る。
フレイアは他の女性兵士にまじり、女子受刑者を監視している。
(フレイアに負けたくない。爵位を失った僕は今、平民と同等の立場だ。あの子にできて、僕にできないはずがない)
勝ち負けなんて存在しないのに、そういう気持ちが湧き上がる。
同い年のフレイアが、平民出身の少女が兵士として真面目に働いている。
それがエリオットにとって道標になっていた。
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フレイアは他の兵士たちと「行方不明者」の話をしていた。
嵐で行方不明になった、元ミズローズ侯爵家の娘リタ。普通なら生存は絶望的だろう。
けれどミズローズ家に仕えていた使用人達は、新領主に訴えた。
「お嬢様なら必ず生きています。だからどうか探してください」と口を揃える。
周辺国の海辺には流れ着いていない。
ならば嵐があった周辺の無人島に流れ着いているのではないかという話になっていた。
同日に同じ海域でオーキナ国の船も転覆している。
監獄島の兵ならこのあたりの海域に詳しいというわけで、共同で捜索隊を結成することになった。
隊長はフレイアに命令を下す。
「フレイアは明朝〇七〇〇から、第二部隊に加わってあちらの隊長の指示に従って捜索にあたってくれ。リタは見つけ次第、こちらに連れてくるように」
「承知しました」
フレイアは敬礼して拝命する。
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エリオットにも聞こえていた。
フレイアは明日、リタの捜索をするためここを離れる。
気づけば手を止め、柵に駆け寄っていた。
「妹を……リタを探しに行くのか?」
「エリオット! 仕事の手を休めるな!」
ガイがエリオットの襟首を掴んで引きずる。
「生きていたって二〇年監獄島なんて嫌がるに決まっている。名を偽るなりなんなりして逃げおおせるだろうさ」
「リタはそういう卑怯な性格じゃない。使用人ひとりひとりに心を砕くようなお人好しなんだから。見つかったなら自分からここに来る」
兄として十三年見てきた妹のことを語れば、ガイは鼻で笑った。
「どうだか。あの二人の子どもなんだから、クズに決まっているだろう」
二人の口論を、女性隊長が諌めた。
「ガイ。職務の中に受刑者を罵倒するという項目はないぞ」
「…………承知しました」
舌打ちしそうになるのをこらえ、ガイは敬礼する。
「エリオット。妹さんは私が見つけてくる。安心するといい」
フレイアは初めて、エリオットを呼んだ。
兵士らしく、抑揚のない淡々とした声音だがリタの身を案じているのは伝わった。
「ありがとう。騒いですまなかった」
エリオットは頭を下げて、フレイアと隊長にお礼を言う。
もしもリタが生きているなら、今度はきちんと向き合ってみたいと思った。





