act.89 夜のルイーネ、変転する町の貌
少しばかり名残惜しそうなモニカと、にやついた表情を崩さずイグナールを見るヴィクトリアを置いて部屋を出る。
それから宿屋を出て町に繰り出した。ルイーネの町は以前のような賑わいはない。元々ルイーネ遺跡を中心として発展した町だったため、それがなくなることによっての影響は大きい。
観光としても、討伐ギルドの修行の場でもあった遺跡。イグナール自身がそれを奪ったわけではないことは分かっている。しかし、一端を担ったのは間違いない。
そのためか少しばかりの罪悪感を覚えていた。
まだヴァスティーア山脈を越えた先にある交通の要衝としての役割があるため、廃れるようなことはないだろうが……。
ここに住む人達はどう思っているのだろうと、夜の町を歩きながら考える。
そこに見覚えのある淡く、綺麗なエメラルドがたなびく。無造作に伸ばされて手入れは程ほど。所々で跳ねている特徴的な髪。エルフリーデだ。
遺跡内――第四研究施設内で彼女が知った大きな事実。しばらくは大きく気持ちを落としていたようだが、遺跡がなくなった影響がエルフリーデを一人にはさせてくれなかった。
遺跡調査の責任者として、イグナール達に依頼を出した依頼主として、ルイーネの町を仕切る人間や討伐ギルドとの連日に及ぶ話し合い。
そんな忙しさに振り回されている。エルフリーデ本人がどう感じているかはわからないが、彼女もそんな忙しさに自ら埋もれて事実から目を背けているように見える。
「あ、イグナールさん……」
こちら側から声を掛ける予定はなかったイグナール。そのままその場を立ち去ろうとしていたとき、エルフリーデの方も気が付いたようだ。しかし、そこから言葉はない。視線は合わせないが、向き合っている二人。
「忙しそうだな」
イグナールはそんな沈黙に耐えられなくなって適当な話題を持ち出す。
「大丈夫なのか? えっと、ほら遺跡がなくなって……いろいろ」
急に始めた話題のために言葉が上手いこと出てきてくれない。
「はい。確かに遺跡がなくなった影響は町にとって不利益もあったのですが……以前より町に住んでいる人達は魔物の脅威がなくなって、むしろ喜んでいるそうで」
度重なる人との話し合いの影響か、人見知りの彼女特有の喋り口が随分と良くなっているように思う。相も変わらずイグナールとは顔を合わせてくれないのは直っていないが。
「そうか……それは、まぁよかった」
出た言葉は曖昧なものだったが、心の霧が少し晴れるような思いだった。感じていた罪悪感が軽くなったようだ。
「えと、モニカさんは大丈夫なのですか? 忙しく、お見舞いに行けず……」
幻肢痛で苦しむ様を見ているイグナールとしては大丈夫とは言い難い。しかし、傷は治り体力も戻りつつあるため、状況としては悪くはない。それに今エルフリーデに無駄な心労を負わせる必要もない。
「ああ、大丈夫だ。順調に回復しているよ」
「それはよかった」
彼女もそれを聞いて少し安堵したような顔になった。遺跡調査を依頼した本人としての責任もあってずっと心配してくれていたのだろう。
実際エルフリーデの要請がなくともルイーネ遺跡の調査には向かっていたはずだ。だから、これは本来彼女が持つべきではない責任だとイグナールは思う。
「それでは私はこれで……落ち着きましたら改めてお話しに伺います」
エルフリーデは軽くお辞儀をした後、イグナールの返事を聞かずに駆け足で夜の町に消えて行った。彼女の厚意で貰った過剰な依頼料で今の生活が出来ている。
何か彼女の手伝いが出来ればとは思うが、ただの旅人、ギルド員でしかないイグナールにはどうすればいいのかなどわかるはずもない。
◇◇◇
エルフリーデと出会った後もしばらく町の中を歩いてから宿屋に帰って来た。ギルド員専用の宿屋はこの三日でだいぶと空いてきていた。
主にギルド員達がルイーネに留まる理由は、遺跡での魔物討伐依頼で路銀を稼ぐためだ。遺跡がなくなった今、ここに長居する必要はないと言ったところだろう。
彼らの生活も随分と変わることになるだろう。ルイーネの町に住む人々に平穏が訪れたのは間違いないが、一方でそれに尽力し、稼ぎを得ていた者達に大きな影響を与えてしまった。
変化が悪いことではないが、良い事ばかりでもないと教えられた気分だ。
イグナールは自分の部屋に戻り、ベッドに腰かけた。
モニカが旅に耐えられるだけ回復すれば出発だ。向かうのはイグナールとモニカの故郷であるケーニヒ王国、王都カイン。
二年ぶりの帰郷。二年ぶりの両親との再会。
話さなければならないことが沢山ある。魔界には行けなかったこと。雷を浴びて属性を得たこと。その力を知るために旅をしていること。
モニカの事も話さなければならない。彼女の両親にはなんて言えばいいのだろうか……。
そんな考えと後ろ向きな気持ちのままに眠りへとついた。
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