act.83 不屈の意志、深淵の第九階層
「すま――」
「それ以上は言わないで」
つらそうな表情は変わらないが、モニカの瞳には、心の奥から湧き上がるような強い意思を感じた。
「私、イグナールに謝ってもらうようなこと……何もしていないよ」
暗に彼女は言っている。腕を失ったことへの謝罪が欲しいわけではないと。そんなもののために身体が動いたのではないのだと。
「守ってくれて……ありがとう、モニカ」
そう言うと、彼女はこんな状況の中、笑顔を作った。そんな彼女の想いに応えたいという気持ちが大きくなり、失った右腕に気を使いながら、イグナールはモニカを優しく抱きしめた。
「ありがとう……モニカ!」
抑えきれない感情を声に出し、言葉に込める。いつの間にか零れた涙が、密着した彼女の頬を伝い濡らしていく。今、彼女がどんな表情をしているか見て取ることはできないが、抱きしめ、感じるモニカの身体が体温を取り戻していく感覚に、少しだけ安堵した。
◇◇◇
怪我の応急処置を終え、モニカは立ち上がった。すでに彼女はいつものモニカだ。右腕がなくなっていることだけを除けば、だが。
「行きましょう! じっくり探索すれば、何か見つけられるはずだよ!」
驚くべき言葉に、全員が呆然とした表情でモニカを見る。モニカを除く全員が、彼女の治療のために今すぐ地上に戻るべきだと考えていただろう。これ以上の探索に耐えうる体力が、今の彼女に残されているとは思えない。
「じゃが、モニカ……」
「きっと地上に戻っちゃうと、私はしばらく動けない……でも、イグナールのことは知っておきたいの。無理を言ってごめんね」
「そ、それじゃあ、モニカさんが元気になってからでもいいのでは?」
おずおずとした、かすれ声で尋ねるのはエルフリーデだ。彼女はモニカの悲劇に一番涙を流し、目を真っ赤に腫らしている。
「ダメ。今じゃないときっと、誰かが遺跡の中を探索しに来るでしょ?」
モニカの回復にどれほどの時間がかかるかは本人次第だが、相応の月日が必要なのは間違いない。それまで遺跡を封鎖し、誰も入れさせないなどできようはずもなかった。必ず誰かの手が入る。モニカはそれが許せないのだという。
「ほらほら! ボーっとしないの! 私は大丈夫だから、みんな何か探してきて!」
「ハハハ。モニカにそう言われたらやらざるを得んのう。ほれ、さっさと行動するぞ!」
ヴィクトリアの切り替えは早かった。重傷を負った本人がそれを望むのだ。ならば、一刻も早く手がかりを見つけて帰途につくのが最善だと判断したのだろう。
「ああ、わかった。何かあればすぐ呼べよ?」
今のイグナールにできることがあるならば、いち早く手がかりを見つけることと、彼女が辛い時に側にいてあげることだけだ。
最後の階層だと思われる第八階層。ただ広いスペースと、頑丈に作られた床や壁があるだけの空間だ。見渡す限り、何もない。焦る気持ちはあるが、がむしゃらに動いても何も見つかりはしないだろう。
ふと、戦闘時の感覚を思い出す。紫電の魔力で身体強化をしている時の感覚だ。意識したことはなかったが、普段よりも五感が研ぎ澄まされていた気がする。
さらに、紫電の力による新しい感覚――「第六感」のようなもの。手段を選んでいる場合ではない。微々たる希望でも試してみるべきだ。
再び、紫電の力を身体に纏う。目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。ここら一帯を探るようなイメージ。
まぶた越しに注ぐ施設内の明かりさえも両手で遮り、完全なる闇に沈む。すると、暗闇の中からうっすらと光る「線」が見えてきた。
視覚なのか、脳が生み出した幻影なのかはわからない。しかしそれは広がりを見せ、くっきりとした輪郭を目の裏側に映し出した。
間違いない。第八階層の全体が見える。床に立っているはずなのに、まるで上空から俯瞰しているような光景だ。
これなら……もっと探索範囲を広げるんだ。まぶたの裏の光景に、複雑な輪郭が絡み合う場所が重なる。
これは……第七階層か?
先に見ていなければ理解できなかっただろう。だが、さらにその下に、未知の空間が広がっているのを捉えた。
そこでイグナールは目を開いた。目の前には、心配そうに自分を覗き込むヴィクトリアの顔があった。突然のことに驚き、思わず一歩後退する。
「なんじゃ? 大丈夫か、イグナール。お主の気持ちはわからんでもない……しかし、今は一刻も早く――」
「違うんだ、ヴィクトリア。それよりも聞いてくれ。この階層の下に、もう一つ階層を見つけた」
その言葉に、彼女は目を見開いて驚愕した。
「よくやった! どうやって見つけたのじゃ?」
ヴィクトリアはイグナールの肩を景気よく叩きながら問う。自分以外の誰かにこの感覚を伝えるのは難しい。紫電の属性だからこそ成し得た業だろう。
「それは……後で説明する。それよりも、ここからどう降りるかがまだ……」
「それなら妾に任せておけ。少し手荒になるやもしれんがな」
読んで頂きありがとうございます!
この作品を「良かった!」「続きが気になる!」と思ってくださった読者様は
ブックマーク登録や下にある『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると励みになります!




