act.75 銀の剥落、静寂の培養室
残骸となった檻に手を伸ばしたヴィクトリアから、凄まじい魔力が迸る。すると、彼女が掴んでいる金属が意思を持った流体のように蠢き始めた。
それは見る間に形を変え、動きが落ち着いた頃には一振りの巨大な剣となっていた。ゆうにイグナールの三倍以上の刃渡りを持つ、規格外の巨剣である。ヴィクトリアはそれを片手で軽々と支え持ち、水平に保ってみせた。
「先に断っておくがの。中は空洞じゃから、お主らが思っておる以上にこれは軽いぞ?」
誰に対しての弁明だろうか。ヴィクトリアがその巨剣を一閃すると、隊列を成していたゴブリンたちは、その一撃を受け止めようと即座に盾を並べ直した。美しいまでに迅速なその連携は、第六階層以降に潜む「意思」の存在をより色濃く感じさせた。
「小鬼風情が、防げるとでも思っておるのか?」
片手で振るっていた柄に左手を添えると、巨剣の勢いが一段と増した。鈍器とも呼べる分厚い金属の刃が、十数匹のゴブリンの隊列へと激突する。受け止めた盾はひしゃげ、剣は折れ、ゴブリン共は木端微塵に吹き飛ばされた。
先程まで攻めあぐねていたのが馬鹿らしくなるほど、清々しいまでの力押しによる解決。さらに後方で控えていた弓持ちたちも、エルフリーデの竜巻によって一掃されたようだ。
前衛をヴィクトリアが薙ぎ払い、後衛をエルフリーデが封じる。呆気ないほどの幕切れだった。イグナールの視界の端で、銀色の水が死体から離れ、奥へと移動していくのが見える。残されたゴブリンの死体は、元の汚らしい緑色の表皮へと戻っていた。
「ヴィクトリア、すごいね! 金属も操れるなんて!」
モニカが無邪気に彼女を称賛する。
「鉱石などは元々大地が生み出した資源じゃからのう。魔力の消費は激しいが、扱えんこともない。……まあ、これを自律型のゴーレムに仕立てるのは無理じゃがな」
土がない場所では土属性魔法使いは無力。そんな固定観念を根底から覆す光景だった。ヴィクトリアの実力には、もはや恐れ入るほかない。
「さあ、先を急ぐぞ」
ヴィクトリアは巨剣を槌の形へと変じさせた。持ち運ぶために小型化したようだが、それでも人一人分ほどの質量がある。彼女はそれを軽々と肩に担ぎ、悠然と歩き始めた。
◇◇◇
第五階層を抜け、一行はついに第六階層へと辿り着いた。ゴブリンを退けた後は、拍子抜けするほど順調だった。
「やはり、ここは魔物に荒らされた形跡がありませんね……」
エルフリーデが興味深そうに周囲を観察する。今まで閉ざされていた第六階層は、それまでの階層と異なり、床も壁も損傷がなく非常に綺麗だ。イグナールは、バージス近くで見たあの研究所を思い出していた。
だが、それだけではない。第一から第五階層までは「檻」が並ぶ飼育施設のようだったが、ここには別の奇妙な設備が並んでいる。大人の人間が優に収まるほどのガラス容器が、整然と列をなしていた。近づいて見ると、内部は透明な液体で満たされている。
「なんだか綺麗だけど、こんなに並んでると気持ち悪いわね……」
モニカの率直な感想は、そのままイグナールの心境でもあった。幻想的な美しさと、身の毛もよだつような不気味さが同居している。
「マキナ、何か知っているか?」
「申し訳ございません。私の記録にはございません」
やはりマキナにもわからない。戦うための兵卒として生み出された彼女に、施設の詳細まで求めるのはお門違いだろう。
それにしても、これは一体何なのか。第五階層までの流れから推測すれば、ここは単に水を貯蔵する場所なのだろうか。それとも、さらに奥に食糧貯蔵庫があるのか。
「エルフリーデ、どう思う?」
専門家の意見を仰ごうとしたが、彼女は顎に手をやり、自分の世界に入り込んでいる。イグナールの問いも耳に入らないほど集中しているようだ。
イグナールは彼女をそっとしておき、辺りの探索を続けることにした。銀色の水がどこへ消えたのかを突き止めなければならない。第六階層が最深部なのかも不明だ。
並び立つガラス容器を眺めながら奥へと進む。
「……待てよ?」
「どうしたの?」
後ろからひょっこり顔を出したモニカが尋ねる。いつの間にか彼女も付いてきていたようだ。
「いや……オルトロスは第六階層から現れたんだよな?」
「うーん、そうじゃない? 上の階層にいたら、もっと前に大変なことになってたと思うし」
モニカの言うことはもっともだ。しかし、だとしたらこの階層は「綺麗すぎる」のではないか。魔物が生活していた形跡がどこにもない。ならば、奴は今まで何を食べて生き延びていたんだ?
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