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act.73 甘味の休息と、銀嶺の監視者たち

適当にその辺に腰かけると、モニカがカバンを広げた。獣の皮で作られた水筒や、人数分の紙包みを取り出す。彼女は丁寧に包装を解いて、イグナールに手渡した。


「はい、焼き菓子だよ」


 遺跡調査のために、モニカが密かに用意していたものだろう。手に取ると甘い香りが鼻腔をくすぐり、それだけで疲労が緩和されるようだった。


「ありがとう」


 モニカにお礼を言ってから、焼き菓子を口に運ぶ。乾燥した食感が口の中で軽快に鳴り響き、甘い香りが弾けた。それに触発されたかのように唾液が溢れ出し、口いっぱいに甘みが広がる。食糧として胃を満たすには心もとない量だが、その甘さが疲れた身体を、そして緊張で疲弊した頭を癒していくのが分かった。十分に咀嚼し、甘美な香りを堪能したあと、名残惜しくも胃の中へと収める。


「はあぁぁ……」


 そこで大きな溜息が出た。疲労からくるものではない、安堵の溜息だ。まるで夢心地である。高価ではあるが、人々がこれを強く求める理由がよく理解できた。だが、焼き菓子によって口の中の水分が奪われ、喉が渇きを訴える。


「はい、お水」


 そんなイグナールをつぶさに観察していたかのようなタイミングで、水筒を差し出すモニカ。それを受け取り、一気に喉を潤した。


「はぁ……ずいぶん落ち着いた。ありがとう」


 休息をとったためか、甘味を口にしたためか……定かではないが、疲れが随分と取れたのは事実だ。落ち着いたところで、明るく照らされた第三階層を見渡す。イグナールとモニカが以前来たことがあるのは第二階層までだ。軽く実戦経験を積むために訪れたに過ぎず、それ以上の階層へ足を踏み入れたことはなかった。


「檻……?」


 先程までは疲れと緊張のせいか視野が狭まっていたが、第三階層には壊れた檻の残骸のようなものが散乱していた。


「おそらくですが……このルイーネ遺跡は、かつて何かの飼育が行われていたのではないかと推測されます」


 誰に向かって言ったわけでもない呟きに、エルフリーデが答えた。


「動物の飼育施設であったこの遺跡が人の手を離れ……そこを餌場にする魔物たちが自然と集まり、独自の生態系をなしたのではないかと考えておりました」

「なるほど……」


 それがルイーネ遺跡に魔物が生息する起源というわけか。だが、今のところ大量にいたはずの魔物たちは一匹も確認されていない。すべての魔物がオルトロスの出現に怯え、入り口へと逃げ出し、ギルド員たちに一網打尽にされただけなのだろうか。


「しかし、あれほど存在していた魔物たちを見かけないのは、少しおかしな話ですね……」


 イグナールも考えていたが、エルフリーデも同様の疑問を抱いているようだ。確かに大量の魔物が入り口へと集結したとは思うが。


「その謎も、奥に行けば何かわかるかもしれない。もう少ししたら出発しよう」


 束の間の休憩であったが、随分と身体が軽くなったと実感する。イグナールは立ち上がり、目標である第五階層の最奥、そしてその先を目指す。


◇◇◇


「ここが、第五階層……だよな?」


 第三、第四階層を抜けてようやくたどり着いた第五階層。しかし、その景色は変わり映えせず、檻の残骸が広がるばかりだ。そのため、同じ場所を何度も通らされているような錯覚に陥る。


「まるで森の中だな」


 木々に覆われた森では、どの方向を見ても同じような景色が広がり、次第に進むべき方角も現在地もわからなくなってしまう。幸い、遺跡内は明るく照らされ、整備された道があるので迷うことはない。しかし、進んでいる実感が薄いため、精神的な疲労が蓄積されていく。


「どうやら、わらわたちはしっかりと目的地に近づいておるようじゃぞ? あっちにとっては、招かざる客のようじゃがな」

「そうみたいだな」


 ヴィクトリアに返事をした頃、そいつらは姿を現した。イグナールはギルド員からもらい受けた剣を抜き、構える。以前使っていたものよりも少し軽く、多少の違和感はあったが、支障はないだろう。


 残骸や瓦礫の隙間から顔を出したのは……ゴブリンらしい生き物だった。


「らしい」と思ったのには理由がある。世間一般で認知されているゴブリンの表皮は緑色だ。地域によっては赤みがかったものや茶色の個体も存在する。しかし、目の前に現れた生き物の表皮は、輝く銀色だった。身に着けたボロ布や、使い古された棍棒、弓矢の色合いは普通なのに、全身の肌だけが遺跡の明かりを反射し、銀色に輝いているのだ。


「ゴブリンだからって油断するな。あいつら、様子がおかしい」


 おそらく、彼らが纏っている銀色は、先程戦ったオルトロスと同じ代物だろう。それだけでも警戒に値するが、何よりも特筆すべきは奴らの行動だ。ゴブリンは魔物の中でも知恵が回る方だが、縄張りに侵入した者に対しては後先考えず襲いかかる傾向がある。


 遠くからこちらをじっくりと観察しているようなその仕草自体が、極めて不気味だった。


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