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act.71 銀の追跡者と、戦火に咲く赤き頬

「これは一体……」


 突如として動き出した銀色の水は、まるで意思を持ったかのように収束していく。その動きは、まるでスライムが分裂した身体を一箇所に呼び集めるかのようだった。


「遺跡に、逃げていく?」


 オルトロスの死体から引いた銀色の水は、まさしくスライムのような物体へと集結し、遺跡へと向かった。モニカの言う通り、まるで逃げるように。


 しかし、銀色のスライムとなった物体からは、生き物らしい躍動を感じ取ることはできない。意思を持つ個体ではなく、別の強大な意思に支配された「何か」というべきだろうか。


 先刻まで戦っていたオルトロスにも感じていた、あの感触に近い。別の意思によって使役されている、あの研究所で守護者ガーディアンと戦っていたときに感じていた感覚だ。


 銀色の水の塊は遺跡の奥へと消え、とうとう見えなくなった。その奇妙な光景に、イグナールを含め誰もが動けず、ただその行く末を見守るしかなかった。だが、その物体が視界から消えた瞬間、直感がイグナールに囁いた。


(奴を逃がしてはいけなかった。……逃がすべきではなかったんだ)


 今更そんな後悔をしても遅いことはわかっている。だが、この直感に従うのならば、すぐさま奴を追いかけるべきだ。


「行こう、遺跡へ」

「え、でも……大丈夫なの、イグナール?」


 モニカや他の皆も、イグナールと同様に言い知れぬ不安に襲われているのか、強い反対意見は出ない。しかし彼女の言う通り、オルトロスと戦ったダメージは無視できるものではなかった。


 だからといって、万全を期すほどの猶予もない。そんな気がするのだ。


「モニカ。少し傷を見てくれるか?」

「あ、うん」


 モニカが駆け寄ってきて、手際よく治療を施してくれる。


「おい、あんたたち! もしかしてそんな状態で遺跡に行くつもりなのか!? 中にはあんな化け物がまだいるかもしれないんだぜ!?」


 エルフリーデと共に避難誘導をしていたギルド員だろうか。彼の心配ももっともだった。


「ああ、さっきの銀色の物体が気になるんだ。それにオルトロス、これ以上の魔物はいないと思う。根拠としては……この魔物が出てきて以降、他の魔物が遺跡から出てきていないことだ」


 戦いの最中に遺跡の様子を伺う余裕はなかったが、今、魔物が溢れていないのは見ればわかる。中にいた魔物たちはオルトロスの恐怖から逃れるために、必死で外へ出ようとしていただけなのだろう。現状、そうした動きが見えないということは、少なくとも低階層にはアレ以上の魔物はいないということだ。


「低階層にオルトロス以上の強敵はいないはずだ。だが、より深い階層に行けばわからない。それでも、慢心でも過信でもなく、俺以外のメンバーは俺よりも優れている。俺は仲間と、あの銀色の水を無視してはいけないという自分の直感を信じるよ」


「そうやって堂々と言われると、恥ずかしいものがあるもんじゃのう」


 ヴィクトリアが人差し指で頬をかくという、いかにもな仕草で答える。モニカは黙っているが、頬を赤くして嬉しそうな表情を浮かべながら治療を続けている。そんな彼女の顔を見て、思ったよりも気恥ずかしい台詞を吐いた自覚が芽生え、イグナールも居心地が悪くなった。


「す、すまない。そういえば剣が壊れてしまったんだ。誰か貸してくれないか? 返せる保証はないが……武器店で手に入るものなら、後で必ず弁償する」


 マキナの槍によって砕かれた剣の代わりを、照れ隠しも兼ねて相談する。すると一人の男が歩み出て、イグナールへと剣を差し出した。先程、忠告してくれたギルド員だった。


「返さなくていい。今日あんたたちが居なければ、俺たちの多くは死んでいただろう。だから……無事帰ってきてくれ。そして、今回のお礼をさせてくれよ」

「ああ、楽しみにしている」


 ギルド員の男から剣を受け取り、握手と約束を交わした。


「はい、とりあえずの治療はできたけど……大丈夫?」


 モニカに促され、軽くストレッチをして身体の具合を確かめる。軽い疲労感と関節にわずかな違和感はあるものの、十分に動ける。モニカの腕なら、この短時間でも全快に近いレベルまで治してくれているはずだ。今感じている違和感は魔法の不出来ではなく、時間の経過が解決する類のものだろう。


「いやぁ、いつも思うが、モニカの魔法はすごいな。ありがとう」


 ごく普通に感謝を伝えると、モニカは両手を胸の前で組み、ギュッと力を込めて俯いてしまった。蒼く綺麗な髪に隠れて表情は伺えないが、その頬は熟れたリンゴのように紅潮している。


「……大丈夫か?」


 戦闘に参加していないとはいえ、彼女は数多くの負傷者の治療に当たっていたのだ。疲れていないはずがない。もしかすると、極度の疲労で体調を崩してしまったのかもしれない。自分のことばかり考えて遺跡行きを強行しようとしたのは、浅慮せんりょであったかとイグナールは反省した。


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