act.68 紫電の導火線、逆転の雷光
尻尾に位置する大蛇の攻撃でこのありさまだ。もしあの大木のような四肢に捉えられていたならば、イグナールの身体は無残な肉片となっていただろう。
(これが魔界にいる魔物なのか……)
イグナールは、自分が目指そうとしている高みが、いかに荒唐無稽なものであるかをその身をもって思い知らされる。
「クソッ、冷静になれ……」
相手の強さに気圧されている場合じゃない。きっと何か弱点があるはずだ。イグナールはさっきの一瞬の攻防を必死に思い返す。
斬撃はあまり有効ではない。硬質かつ柔軟な銀の毛皮が邪魔をして、オルトロスに決定打を与えることができなかった。しかし、反対側のマキナは間違いなく有効打を与えていた。
イグナールとマキナの違い。それは膂力――それも当然あるだろうが、本質はそこではない。決定的な違いは武器の特性だ。彼女は「槍」、自分は「剣」。そうか、突きだ。
斬撃という「面」の攻撃では、毛皮に衝撃を吸収されて芯まで届かない。だがマキナの槍は「点」の攻撃によって、その防御の隙間を貫いたのだ。
イグナールは剣を逆手で持ち、左手を柄頭に添える。刃を寝かせ、あえてオルトロスの毛並みに沿わせるように構えた。これに紫電の突進力を合わせれば――。
イグナールは意識を集中し、大地を踏みしめる。オルトロスの巨躯相手なら、細かい小細工はいらない。力一杯に突き進み、一点に剣を叩き込むだけだ。歯いしばり、両手に渾身の力を込めて剣を固定する。
そして、爆発するように大地を蹴った。
紫電を纏ったイグナールと剣は、真横から降り注ぐ落雷となってオルトロスへと襲いかかる。銀の体毛を縫うように、剣は深々と奴の脇腹へ突き刺さった。
「よし!」
思惑通りの手応えに思わず声が漏れる。だが、激しく暴れ始めたオルトロスから即座に離れなければならない。しかし――。
「抜けない……っ!」
両刃の剣がオルトロスの分厚い筋肉にガッチリと食い込み、引き抜くことができない。その隙を目ざとく見つけた尻尾の大蛇が、こちらに狙いを定める。このままでは先程の二の舞だ。
イグナールは剣を回収することを断念し、オルトロスの腹を蹴って強引にその場を離脱した。
オルトロスは痛みにもがき暴れているが、その力強さを見る限り、まだ致命傷には至っていない。おそらく強靭な筋肉が防波堤となり、刃が内臓まで達していないのだ。せめて剣を引き抜くことができていれば、出血によって弱らせることもできただろう。現状では、深々と刺さった剣が皮肉にも栓となり、流血を抑えてしまっている。
さらに追い打ちをかけるように、オルトロスを足止めしていたヴィクトリアのゴーレムたちにも限界が訪れる。
ゴーレムたちが耐久の限界を超え、土くれとなって崩れていく。拘束から解き放たれたオルトロスは、銀色の体毛を震わせて高らかに咆哮した。手負いの双頭狼は、四つの眼光でこちらを射抜くように睨みつける。そしてイグナールを一瞥すると、興味を失ったかのように他の者へと向き直った。
オルトロスにどれほどの知性があるかはわからない。だが、武器を失った自分を「もはや脅威ではない」と判断したのだと、イグナールは直感した。
オルトロスは太い四肢で大地を蹴り、駆ける。標的はヴィクトリアだ。先程まで自分を縛り付けていたゴーレムが、彼女の魔力によるものだと理解しているかのようだった。
(おかしい……)
イグナールを、漠然とした違和感と既視感が襲う。強靭で巨大な肉体を持ってはいるが、所詮は獣のはずだ。しかし、このオルトロスの判断力は尋常ではない。野生の勘というレベルを超えている。確実に、優先順位を定めたうえで戦っている。まるで……「研究所の守護者」のように。
そうだ。この既視感の正体は、あの守護者との戦いだ。何かの意思に統括され、動かされているような、あの感覚。
「うおぉぉぉぉ!」
考えている暇はない。標的にされたヴィクトリアを助けなければ。ゴーレムを失った今の彼女では、あの巨躯を防ぎきることはできない。
イグナールは駆けるオルトロスに向けて右手をかざし、紫電の魔力を放出する。周囲に被害が出ないよう出力自体は抑えるが、ただ漠然と放たれただけの電撃で、奴の足を止められるのか。
放たれた紫電の奔流が奴に迫り――そして、不自然に軌道を逸らした。
魔力が吸い寄せられた先には、先程イグナールが突き刺した「剣」があった。まるで紫電が自らの意思を持っているかのように、銀色の毛皮に突き立つ鋼へと吸い込まれていく。
当然、イグナールはそんな現象を予期して放ったわけではない。ただ、あの巨体に当たりさえすればいいと願っただけだった。
「グゥォォォォォ!」
「グゥォォォォォ!」
双頭の狼が、同時に裂けるような苦痛の咆哮を上げた。イグナールの放った電撃が剣へと到達し、避雷針のごとくオルトロスの体内へとダイレクトに流れ込んだのだ。
雷の属性を帯びた魔力は、剣を通じて内部から巨体を蹂躙した。身体を硬直させ、神経を焼き、行き場を失った光が銀色の毛皮を伝って激しく放電される。
その隙を逃さず、ヴィクトリアが土塊の大剣を生成し、硬直したオルトロスの横っ面をフルスイングで殴りつけた。衝撃で左側の頭が苦悶の声を上げ、右側の頭が逆巻く怒りの咆哮を上げる。
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