act.6 初めての依頼
多少の不安を残しつつ、イグナールはライセンスを握りこんだ。さっき見た力が夢幻ではないことを信じて……
「よし!」
イグナールは決意と共に宝石を強く握りしめ、魔力を流し込む。
手の隙間からは紫色の光が漏れ出た。開くとそこにはやはり透明感のある紫色に輝く宝石があった。
空に浮かぶ雷雲のように、時折雷光が瞬き蠢いているように見える。
「それは? ほ、炎……いや水?」
受付の女性はいつの間にかカウンターに両手を突き、こちら側に乗り出していた。
イグナールのライセンスを見つめる彼女の表情は驚きと未知への好奇心に満ち、今もなおイグナールの持つ宝石に鼻がくっつきそうな程だ。
「驚くのも無理はないと思いますが、落ち着いてください」
モニカの腕がイグナールと受付の女性を両断するように入り言った。受付の女性は今だ興奮冷めやらぬ雰囲気でしぶしぶカウンターの奥に引っ込んでいった。
「申し訳ございません……」
彼女は頭を深く深く下げイグナールとモニカに謝る。だが、目線だけはいまだに宝石に釘付けである。
辺りを見回すと、他のギルドメンバーや受付の人々が何かあったのかと、こちらを見ていた。
モニカはイグナールの属性についての経緯を小声で説明する。
彼女も終始半信半疑で聞いていたが、論より証拠。今だかつて見たことがない色へと変色したライセンスが現実に存在しているのだ。
信じざるを得ないだろう。
「取り乱してしまい大変申し訳ございませんでした」
彼女はモニカの説明のあとで再度、深々と頭を下げて謝罪した。
「いや、いいんだ。俺達も謎ばかりで困惑しているんだから。それよりもこのことについて何か知っていることはないだろうか?」
戦闘に特化した様々なメンバーが所属するギルド。もしかするとこの属性について何か知っているのではないかと、微かな希望があった。
だが受付の女性を見る限り、新しい情報を得ることは難しそうだ。
「ご存知の通り人を含め万物は炎、水、風、土の属性に分類されます。まさに常識がひっくり返る思いです。しかし……古代には雷を操る魔法使いがいたとは聞いたことはありますが……」
モニカも雷属性の魔法について話しはしていたが、あれは水と風の複合魔法だで結論付けられていると言っていた。
「詳しいことは私にはわかりかねますが、古代魔法の研究をしている方を知っていますので、よろしければご紹介いたしましょうか?」
「本当か! それは助かるよ」
正直、望み薄ではあるが、この力については藁を掴みたい気分のイグナールは彼女に提案が救いの手のように思えた。
「保証は出来ませんが、きっとお力になって頂けると思います。紹介状と地図を用意する時間を頂きたいのでまた後日となりますがよろしいでしょうか?」
「全然構わない。こちらも少しでも情報が欲しい所だしな。あぁそれと、登録してすぐで悪いんだが依頼を受けたいんだ」
受付の女性は少々お待ちくださいと言って奥へと消えた。
「よかったわね、イグナール」
「まだ何かわかったわけじゃないけどな……それでも一歩前進した気分だ」
しばらくして数枚の羊皮紙を手に受付の女性は戻ってきた。
「本来実績がない方は登録直後、Eランクとして格付けされるのですが……勇者ディルク様の同行経験とご紹介もあり、Bランクとさせて頂きます。それでもバージスではAランク相当の依頼ばかりですのでご紹介できるのは数件ではありますが――」
受付の女性が持ってきた羊皮紙をカウンターの上に並べて見せる。
イグナールとモニカはその依頼書に目を通す。
「よし、この依頼にしよう。モニカもいいよな?」
「えぇ、問題ないわ」
二人は依頼を受け、討伐ギルドを後にした。
◇◇◇
討伐ギルドで登録と依頼を受けたイグナールとモニカは依頼の準備のために武具店、魔石店、道具店などが立ち並ぶバージスのメインストリートにやってきていた。
「討伐対象が異常繁殖したスライムだからと言っても準備は怠れないわよね」
「あぁ、魔界が近いバージスのスライムだからな。油断は禁物だな」
二人が選んだBランクの依頼とは、異常繁殖したスライムの討伐だ。
一括りにスライムと言っても環境によって様々な種類が存在し、地域によって特色も異なる。共通して言えることはゼリー状の楕円に近い形をしていることだ。
スライムの体は殆どが水分でできており、上質な養分を蓄えている。
そのため上位の魔物に捕食されることが多いく、そのためか強い繁殖能力を持ち、環境に合わせる適応能力に長ける。
攻撃方法としては、主に対象を丸のみにして、消化する捕食行動ではあるが、不意打ちでもなければ適正距離を保って魔法を叩き込むだけで討伐ができる初級モンスター扱いだ。
もし飲み込まれても、消化のスピードは遅く体内で窒息する前に救助できれば問題ないため、二人以上で挑めば比較的安全でもある。
だが、時には人を捕食、吸収し高い知能を持ち合わせた個体へ変異する場合もあると聞く。
「それにディルク達と旅をしていた頃はデボラの風魔法で楽勝だったからよかったけど、剣しか使えない俺と水属性のモニカじゃ分が悪いからな」
デボラ・イッテンバッハ。勇者ディルクを支える女性であり間違いなく上位の風属性魔法使いだ。一部では尊敬と畏怖の念を込めて、嵐のデボラとも呼ばれているらしい。
だが、本人は荒々しい感じが気に食わないと迷惑がっていた。
「デボラかぁ……なんて言うか素晴らしい人だったな。風を扱うからって理由でピッチリした装具を身に着けて、身体が強調されて――いやはや男にはそれが凶器だと――」
「ちょっ! 最低! これだから男の子って!」
「いやデボラには大人の余裕と言うか、妖艶さと言うか……そういう色気がモニカには足りな――」
言い終わる前にモニカはカバン攻撃を繰り出すも、イグナールにはまたもや見切られ空を切る。
「あぶねぇだろ! そういうところだぞ!」
「ふん!」
モニカはふくれっ面でそっぽを向いて見せた。誰から見てもモニカは不機嫌を前面に押し出した態度だ。
「見て見てイグナール! 魔石店あったよ!」
そっぽを向いた先にたまたま目的の店を見つけ、先程何があったのか忘れたかのようにいつものモニカへと戻り、店を指さす。
魔石とは、簡単に言うと宝石に魔力を封じ込めたアイテムのことだ。
宝石は魔力を蓄える性質を持ち、品質の高いものほど蓄えることができる魔力量が多くなる。魔石店では冒険や討伐用のアイテムとして魔力を込めるための宝石と、すでに魔力の込められた宝石――魔石を売買する店のことである。
その用途としては、自身の魔力を込め疑似的に魔力量を増やしたり、自身と異なる属性の魔石を持つことで、他属性の魔法を行使することも出来る。
宝石は希少鉱物のため数に限りがあり、魔力が尽きてしまった魔石は捕食吸収能力のあるスライムに食べさせ、魔力の残滓を処理することで元の宝石に戻し再利用することも可能である。
魔石店ではそう言った処理をするサービスを受けることもできる。
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