act.5 ライセンス
イグナールとモニカはバージスの討伐ギルドへとやってきていた。イグナールの魔法修行のため、しばらく滞在することを考えればこれからの路銀を獲得しなければならないからだ。
人類の拠点であるバージスのギルドには、基本的に猛者ばかりが集まる。
目的の多くは魔界へ行くための認定……と言いたいところではあるが、単純に討伐依頼が多いこと、そして比較的多い報酬が目当てのことが多い。
元来勇者一行以外が魔界への道を切り開くには、討伐ギルドで依頼をこなし、信用と実績を積み、それが認められなければならない。
長く険しい道であることは間違いないが、勇者ディルクのパーティーから外れた彼らは正規のやり方で魔界へと赴かねばならない。
名前の通り討伐ギルドであるからして、主に依頼として出されるのは魔物の討伐だ。
魔界ゆかりであると言われている異形の怪物たち……それは人間界に浸透し、それぞれの生態系を形成している。もちろんその中で、人に仇名す魔物も多くいる。
武力を持たない町人や村民からの依頼を受け、そんな人の営みに弊害をもたらす魔物達を駆逐するのである。
そして各地域によって依頼の難易度は異なり、おのずと魔界との距離が近くなるにつれ高くなる。
無論、魔界と隣接するバージスで取り扱っている依頼難度は軒並み高く、報酬もかなりの額となる。
「取りあえず来てみたけど……俺たちの実力で依頼を寄越してくれるものなのか?」
「それは問題ないんじゃないかな。ディルクの名前を出せば何かしら対応はしてくれると思うよ」
するとモニカは凶器にもなるカバンから高級そうな羊皮紙を取り出した。
「モニカ、それは?」
「勇者オタク垂涎! 勇者直筆の紹介状よ」
モニカの言葉にイグナールは少し顏を曇らせる。ディルクに追いつくために必要なことだとは言え、彼の威光を利用するマネは少し気が引ける。
そんな表情を見て、モニカは察したのか彼にこんな言葉を掛けた。
「こんなこともあろうかと、ディルクが用意してくれていたの。十分に力を付けてからなら、一緒に魔界を冒険しようってね……」
「……またディルクに借りが出来たな」
「それだけイグナールの将来に期待してるってことじゃない?」
俺に兄がいたならあんな感じなのかなとイグナールはディルクの顔を思い出していた。
逞しい肉体に精悍な顔つきで、いかにも熟練者を思わせるディルクだが、年は二十二と比較的若い。いつも三十前後と間違われてはいるが……
「すみません」
モニカが受付の一人に尋ねる。
「勇者ディルクの紹介で来たモーニカ・フォン・ハイデンライヒとイグナール・フォン・バッハシュタインです」
受付の女性はニッコリと笑顔を見せ、少々お待ちくださいと受付の奥へと消えていった。
しばらくして戻ってくると彼女の手には小箱がある。モニカに向けて開いて見せると中には均等な距離で美しく並べられた三つの宝石が輝きを放っていた。
見る限り宝石の種類は二種、内二つは無色透明で屋内の光を拡散するように反射してキラキラと輝いている。
もう一つは、紅く燃えるような輝きを自らが放っていた。
「失礼ですが、紹介状の確認を致します」
受付の女性がモニカから羊皮紙の紹介状を受け取り広げるが、そこには何も書かれていなかった。
受付の彼女が白紙の羊皮紙に紅い宝石を乗せると、たちまち燃えるように文字が浮かび上がる。
そこには勇者ディルクから討伐ギルドへ向けられた、イグナールとモニカについての基本的な情報や、耐えうる依頼難度などについて書かれてあった。
「はい、確認が取れました」
これは魔法を利用した秘密文書。
偽造や紛失からの悪用を防ぐため、魔力を込めた羊皮紙と宝石を使って施す魔法の一種だ。両方が揃わないとただの白紙と色味が綺麗な石くれに過ぎない。
「それではこちらの紹介状は処分致しますね」
そう言うと受付の女性は羊皮紙に乗せた紅い宝石を持ち上げる。すると羊皮紙は自ら燃えだし一瞬にして灰と化した。
紅く輝いていた宝石はその輝きと色をなくし、ただの黒ずんだ石へと変貌した。
「それではイグナール・フォン・バッハシュタイン様、モーニカ・フォン・ハイデンライヒ様、こちらのライセンスにご登録をお願い致します」
二人は受付の女性からライセンスと呼ばれた透明の宝石を受け取る。
「登録?」
宝石を摘まみ上げ頭を捻り見つめるイグナール。
「これは一種の記憶結晶ね。属性判別の時みたいに魔力を込めるのよ」
「はい、魔力情報を保存し身分証の代わりとさせて頂きます」
モニカの説明を受付の女性が補足してくれる。モニカは宝石を握り締めると目を閉じ精神を統一して魔力を流し込む。手の隙間から青白い光が漏れ出て消える。
モニカがゆっくりと手を開くと無色だった宝石が蒼色に染まっていた。それは彼女の髪色と同じ澄んだ海を思わせるようで、中心には底知れぬ深さを思わせる黒が覗く。
彼女の水の属性魔力を吸い込み変化したのだ。
イグナールはその美しさに目を奪われた。
「綺麗だ」
「え、ちょっとイグナールそんないきなり……恥ずかしいじゃない」
「モニカのライセンスすごく綺麗だな」
「え、ああね……不思議なことに例え同属性でも全く同じ色合いはないってくらい、個人差が出るものなのらしいよ」
それはつまるところ、魔力の色。彼らの人生がそのままに色として出る。偽造が絶対できない言う点において、個人を認識する許可証としては最たるものであろう。
「……」
イグナールは今だ色に染まっていないライセンスを眺めて沈黙した。
「もし……もしも無属性だったらこのライセンスはどうなるんだ?」
誰に言うでもなく、イグナールは呟いた。
「イグナール様は、まだ属性の発現がお済でないとのことですが……紹介状から十分に依頼に耐えうるだけの腕前をお持ちと勇者様の口添えもありますので、特別処置として討伐ギルドに歓迎いたします」
受付の女性は営業用の笑みを浮かべてそう説明してくれた。
イグナールの疑問に答えるものではなかったが、それは彼女の気遣いか、それとも単純に知らないのか。
その他の鍛冶ギルドや商人ギルドのような、戦闘から遠いギルドならまだしも、討伐ギルドのように戦闘が主になるならば無属性の人間は役に立つとは言えない。
勇者の推薦が無ければ、イグナールだけが門前払いされていた可能性はある。それは単純にギルド側が無属性者の生命を慮っての処置だ。
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