act.23 遺された希望の地図
「ダメならダメでしょうがない。確かに少し残念ではあるが……知ったところで急激に強くなれるわけでもないだろうしな……」
イグナールの言葉は、マキナをフォローするというよりも、自分の落胆を抑えるためのものだった。感情を理論で押し込めるやり方だ。実際のところ、知識だけで急に強くなれるわけではない。
「ねぇマキナ、貴方じゃなくて他の人じゃダメなの?」
「何言ってんだよモニカ。どれだけ時間が経ったか分かんないけど、生きてる奴なんてもういないだろう?」
この真新しくも古い建物。ここを管理していた人たちがどうなったかは不明だが――おそらく魔王に敗北したのだろう――当時を生きる者は今この時代にはいないのは確かだ。
その証拠に研究所へ入っから出迎えは侵入者を手厚く歓迎する守護者だけである。
すべての施設を見て回ったわけではないが、生命の反応は感じられなかった。今も、こうして彼女たちと話しているが、訪れる者はいない。それが答えだった。
「ギルドで持たされたライセンスってあるわよね?」
「ああ、あるな」
「あれって、幻覚を見せる魔法なんかに惑わされないようにするためのギルドの工夫なのよ」
「うん? ……それで?」
モニカが何を言いたいのか、イグナールは要領を得ない。
「だから、探してる資料を見られる身分の人から、身分証みたいなのを貰えたら閲覧できるんじゃないかしら?」
つまり……身分証や許可証さえあれば、だれであろうと閲覧できるのではないかとモニカは言っているのだ。
「なら……この研究所をくまなく探せば――」
モニカの言葉を遮るように、マキナが静かに歩み寄った。
「良い提案ですが、恐らく不可能です。この研究所は当時、最新鋭と謳われた設備です。情報管理においても二重三重のプロテクトがかかっています。重要機密であれば、生体認証が不可欠かと」
マキナの話す内容は難解だったが――
「要するに、その偉い人が生きてないと意味がないってことか?」
戦闘人形である彼女は無表情のまま、こくりと頷いた。
「そっかぁ……遺品を拝借できれば解決かと思ったけど、ダメかぁ」
モニカは貴族育ちとは思えない発言を口にした。方法が通じるのであれば、墓荒らしすら辞さないようだ。
少しは彼女を嗜めようと口を開きかけるイグナールだが、これはモニカが自分を思って考えてくれてるのだと思い至ると言葉が出てこなくなった。その代わりこれからの方針について話そうと考える。
「まぁ、これはマキナが現れて急遽入った件だしな。本来の目的だった研究者に会うことにしよう」
ここで情報を得られなかったのは悔しいが、手掛かりが完全に失われたわけではない。ギルドの受付をしていたカミラから紹介された研究者がいる。
もちろん、ここで得られる情報に比べれば信頼性や正確さは劣るだろうが、ないよりはましだ。
「そうね。振り出しに戻るよりはマシよね」
「じゃあ、他の場所を探索してバージスに戻ろう」
「その前に、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
新たな目標を立てて部屋を出ようとするイグナールとモニカを制止するマキナ。どうしたんだとイグナールが振り向いて問う。
「はい、ここでは無理ですが、他の研究所でなら何か情報を得られるかもしれません」
マキナが示唆しているのは、同じような研究所がいくつも存在するということだ。
「こんな建物が他にもあるっていうのか?」
「はい。ただし、私にも所在までは把握しておりません。それに、この研究所以上の設備があるところは期待できないかと思います。また、経年による風化や露出した入り口から何者かに荒らされている可能性もあります」
それでも希望がある限り、それを追わないわけにはいかない。
「少なくとも、可能性があるなら探したい」
「承知しました。他の研究所の所在を検索してみます」
マキナは再び、机にある複数の突起を操作し始めた。期待を込めた音が、小気味よく響く。
「検索が完了いたしました。こちらをご覧ください」
マキナは手を机に向け、そこに表示された地図を指し示す。そこにはいくつもの点が明滅していた。
「この点が研究所の場所を表しているのね?」
モニカの質問に「はい」と短く答えるマキナ。モニカは自分のカバンから一枚の地図を取り出し広げる。それは、イグナールたちが使っている安価な地図だった。安価なため古く、正確性に欠ける。
マキナが示した地図のほうが広範囲を表していたが、大きな違いはなさそうだった。ただ、モニカの地図にはバージスから西の方角に「魔界」とだけ書かれており、詳細は不明だった。
「わかりやすくするため、拡大します」
マキナが再び操作すると、地図がこちらの持つものと同程度の範囲にまで縮小された。その便利さにイグナールは感心し、モニカの地図と照らし合わせることにした。
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