act.20 水牢の罠と紫電の一閃
銀狼たちがこちらの言葉を理解するかは分からないが、イグナールはできるだけ彼らにこちらの意図が伝わらないよう、小声で思いついた作戦をモニカとマキナに伝える。この作戦の要は、怪我を負っているモニカだ。
怪我をした状態の彼女に頼むのは酷であるが、モニカにしか出来ない。モニカだから……これが非常に重要になってくる。
「どうだ、モニカ。やれそうか?」
「やれるも何も……やらなきゃならないなら、やるまでよ!」
モニカはマキナに借りていた肩から離れ、ふらつきながらも一人で立ち上がる。傷が響いたのか、一瞬苦悶の表情を浮かべるが、すぐにいつもの強気なモニカに戻る。
十六歳にして己の魔法に絶対の自信を持ち、目の前の困難にも屈しないモニカ・フォン・ハイデンライヒだ。
「よし、頼む!」
「『我に眠りし力よ、我が意思に従え』『揺蕩う水よ、形を成し顕現せよ』」
イグナールの合図に応え、モニカが呪文を唱える。
人がすっぽり収まるほど巨大な五つの水弾が出現した。四つはモニカを囲むように配置され、彼女を守るかのように四方を覆い、最後の一つはモニカの頭上に浮かぶ。
水で作られた牢――それはモニカを守る防御壁だ。
「マキナ、行くぞ! 作戦通りに動くんだ」
水弾が配置されるのを確認したイグナールは、マキナと共に行動を開始。二人はそれぞれ逆方向に向かい、銀狼たちを挟み撃ちにするように動く。銀狼たちも、これには対処せざるを得ない。
だが、奴らは不用意に近づいてこない。イグナールの剣や、マキナの怪力に捕まれば、破壊されることは明白だ。相手は疲れ知らずの作り物だ――いずれ魔力が尽きるという期待はできるものの――今は悠長に構えていられない。
イグナールは一体に狙いを定め、剣を構えて前進する。マキナにも同様の指示を出している。
背後の警戒も怠らない。油断すれば、背後から襲われてしまうからだ。
「どうだ、俺の剣が恐いだろう?」
紫の雷光を纏った剣を振りかざし、銀狼にプレッシャーをかける。銀狼は距離を取り、攻め込んでくる様子はない。イグナールはじりじりと銀狼たちの位置を変え、彼らを内側に追い込んでいく。
「追い詰められる気分はどうだ?」
生き物の気配を持たない銀狼に、追い立てられる動物の代弁者だと言わんばかりに笑みを浮かべるイグナール。
銀狼達がマキナとイグナールに挟まれるように内側に追いやられる。その中心点には水弾の牢に守られたモニカ。
奴らは彼女が負傷していることを理解している。彼女の水弾では致命傷にならないことを知っている。仮に巨大な水弾に破れようとも、必ず隙が出来ると推測しているだろう。
銀狼達は中心にいるモニカへ向かって走り出した。
「モニカ、奴らがそっちへ向かうぞ!」
イグナールとマキナがモニカから離れると、銀狼たちは予想通り、彼女を狙って突進してきた。合理的に弱っているモニカを狙うのは概ねこちらの計画通りだ。
あとはモニカの罠にかかってくれるかどうか。
銀狼たちは一斉に彼女に向かうが、それぞれ微妙にタイミングをずらしている。モニカは動かない。
水弾も微動だにせず、彼女を守る水牢の役目を全うするために不動を貫く。
先頭の銀狼が巨大な水弾に突っ込むと、銀狼はそれに砕かれるわけでも、跳ね飛ばされるわけでもなく、そのまま飲み込まれた。
水弾の中で溺れもがく銀狼。
奴らが苦しいかどうかはわからないが、水の中でジタバタともがく姿は溺れた生き物の反応と変わらない。
極わずかな時間差で二体目、三体目も同様に飲み込まれていく。
最後の一体だけが間一髪で止まり、後退しようとするが、その後ろにはマキナが待ち構えていた。彼女は銀狼の首を掴み、水弾の中の仲間たちと同じように溺れさせる。
イグナールは、水牢の中で身動きが取れなくなった銀狼たちを次々と切り裂いていく。
水弾に捕らえられた銀狼は、ただのマトに過ぎない。すべてを斬り伏せ終わったころ、実験場に大きな音が響き渡る。マキナが捕まえた銀狼に止めを刺した音だ。
「残るはお前だけだ」
イグナールは、最後の一匹となった銀狼に剣を向けて言い放つ。数を頼みにしていた守護者はもう打つ手がない。
だが、その銀狼は静かにこちらに向かって歩みを進め、銀狼はゆっくりとこちらに歩み出した。
それは徐々にスピードを上げ、疾走へと変わる。
彼らの役目はただ一つ――異物を排除すること。
生き物としての生存本能はなく、銀狼にあるのは与えられた役目のみ。たとえ一体になっても、その目的は変わらない。
イグナールは跳躍してくる銀狼を迎え討つために一歩前へ出た。紫電を放つ剣を構え、深く息を吸い込む。
銀狼は爪と牙をむき出しにし、イグナールに襲いかかる。愚直で真っ直ぐな攻撃は、先程の狡猾さとは対照的だった。これが彼らの最期の、道具としての意地なのか。
イグナールは牙と爪を掻い潜り、銀狼の腹を両断する。銀狼は二つに割れ、床に転がり、完全に停止した。
鈍い銀色の体は、紫電の光を反射し、妖しく光っていた。
第二章 紫電の剣 ―完―
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