act.19 決断の剣、守護の誓い
「モニカ!」
イグナールの頭上をかすめ、銀狼の鈍く光る牙が見えた。標的を逃した銀狼は、鋭くむき出しの前足の爪で、モニカの背中を深く抉る。
イグナールは仰向けに倒れ、その上にモニカが崩れるように倒れ込んだ。
モニカの周囲に漂っていた水弾は音を立てて砕け散り、霧のように消えていく。彼女が手にしていた水槍も、銀の床の上で形を失い、最終的には消滅した。
モニカの体から立ち昇る薄い霧は、彼女の集中力が途切れ、身体強化の制御を失ったためだ。
イグナールは倒れた彼女を見下ろした。モニカの背中には、衣服を裂き、痛ましいほど赤い四本の爪痕がくっきりと残っている。
「クソがぁぁぁぁぁ!」
実験場にイグナールの怒号が響き渡る。剣を握る右手に力を込め、左手でモニカの体をそっと抱きかかえ、床に優しく下ろした。
前方に目を向けると、二匹の銀狼が正面に、そして視界の左右に一匹ずつが見える。イグナールは剣を背後に構え、大きく振りかぶった。
紫電を纏った剣が、背後から襲いかかってきた銀狼の首を一瞬で刎ね飛ばした。
心の中は怒りと焦りで煮えたぎる。
しかし、頭は異様なほど冷静だ。後ろからの奇襲を察知できたのは、決して勘に頼ったわけではない。
冷静な判断と経験が、奴らの動きを予見させたのだ。この銀狼たちは単なる獣ではない。相手を観察し、弱点を見極め、戦略を持って攻撃してくる。まさに人の手によって生み出された証拠だ。
残った四匹の銀狼は少し後退し、こちらを伺っているようだ。どのように意思疎通しているのかはわからないが、彼らの統率は完璧だった。戦略が崩れた今、次の手を考えているのだろう。
「マキナ!」
イグナールが叫ぶ前に、マキナはすでにモニカの元に駆け寄り、彼女の状態を確認していた。
「幸い、傷は深くありませんが、気絶しています」
状況は決して楽観できないが、今ここで命が危険にさらされているわけではないと、少しだけ安堵する。
しかし、モニカが負傷したのは自分の不甲斐なさ故だ。そして、この場を切り抜ける手段があるとすれば、それは自分の手に委ねられている。
「マキナ……奴らは見ているのか?」
イグナールは実験場の扉付近に視線を送りながらマキナに尋ねる。先程、水弾で跳ね飛ばされた銀狼は扉の近くで動く気配はない。
「はい、守護者は視界と思考を別所で共有し、統括されています」
イグナールの意図を即座に理解し、マキナは冷静に答えた。魔物の中にはリーダー格の個体が後方から全体を見渡し、指示を出す者がいる。だが、この銀狼たちはさらに高度な次元でそれを行っている。
そのような敵と対峙した場合、司令塔となる個体を倒すことで相手の連携を崩すことができる。しかし……。
「司令塔が別の場所にいるということか……」
マキナの言葉から判断すると、司令塔は扉の前に構えている銀狼ではないようだ。あの銀狼はあくまで「第三の目」であり、俺の死角からの攻撃もすでに見透かされていたのだ。
「達人には背中にも目があると言うが……俺の背中にも『目』があったわけだ」
さて、どうしたものか。モニカをマキナに任せ、魔力を放出して一気に薙ぎ払うか?
だが、ここが地上ならともかく、この地下空間では全員の墓穴を掘ることになるだろう。
ならば、一体ずつ剣で倒すか。幸い、俺の魔力を纏った剣は銀狼に有効だ。だが奴らは学習している。モニカの水弾を避けなかったのも、それが脅威にならないと判断したからだ。
「それにしても、攻めてくる気配がないな……」
「彼らには疲労という概念がありません。マスターが疲れるのを待っているのでしょう」
合理的だ。疲れ知らずの狼が獲物の疲れを待っているのだ。隙を見せれば襲いかかってくるだろうが、この膠着状態を打破するには……モニカしかいない。
「……私……うっ……」
イグナールの思考に呼応するかのように、モニカがかすかに声を上げた。マキナが彼女を支え、立たせる。
「大丈夫か、モニカ! すまなかった……」
彼女の目を見つめ、謝罪したい衝動を抑え、四方の銀狼に睨みを利かせる。
「いいの、イグナール。私が勝手に動いちゃっただけだから……ごめんね、足引っ張っちゃって……」
「いや、助かったよ。ありがとう、モニカ」
彼女の優しさが痛いほど胸に響く。自分の弱さが憎い。しかし、素直に「ありがとう」と言えたのは本心だ。
「すまない、モニカ。もう少し頼みたい。俺の作戦を聞いてくれるか?」
「大丈夫。傷は浅いし。でも、跡が残ったら責任取ってよね!」
「ああ、もちろんだ!」
この窮地を脱したら、いくらでも付き合うさ。買い物の荷物持ちでも、食い物屋巡りでもな!
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