act.2 最強の両親から生まれた無属性
「今のは? なぁモニカ! 今のが見えたか!」
イグナールは目を丸くして、目の前の現実に信じられない様子のモニカに尋ねる。
「まさか……え、でも……そんな」
モニカは思い出したかのように棚に置いてあった鞄に手を伸ばす。
そこから無色透明の小さなガラス玉を取り出した。
「イグナール、これを握って」
そのちっぽけなガラス玉を見たイグナールの身が強張り、無意識に力を込めた両腕が震える。
彼女が渡したのは魔力を込めた本人の属性に呼応し、色を変える属性測定器だ。赤なら炎、蒼ならば水と単純明快な代物である。イグナールは幾度となく、手にし……なんの変化も起らないガラス玉をその数と同じだけ目にしてきた。
彼にっとってそれは不変であり、イグナール自身を無能と認定する証。
「あ、あぁでも……でももしまた、何も反応がなかったら……今さっきのはただの幻覚だったら。やっぱり俺がまだ無属性だったら」
一欠けらの希望が、ただの夢幻だとしたら。
楽しみにしていたプレゼントの中身が空っぽだったら。改めて絶望を味わうくらいなら、そんな箱は開けなくてもいいのではないかと、イグナールの脳裏をよぎる。
モニカはそっとイグナールの震える拳を握った。
血の気の引いた彼の手を優しく包む温かさ。そんな温もりと共にじんわりと浸透する彼女の大丈夫だと言う心。
「大丈夫」
モニカの言葉はとても静かであったが、それは自信に満ち溢れ、何よりも力強く聞こえた。
イグナールの胸中に渦巻いていた不安も、手の震えも、すでになくなっていた。
イグナールはゆっくりとガラス玉を握り閉め、瞼を閉じる。以前モニカから教わった、魔力を流し込むイメージを思い出す。
体に流れる血液。それと共に全身へと循環する魔力。それを握った異物へと流し込むような想像。
以前はいくら説明を聞いても判然としなかったものが、今はっきりと感じ取ることができる。
そして唐突にイグナールのイメージにあるものが生じた。力強く、暗闇を瞬く間に照らす稲光。
「イグナール!」
モニカの声に目を開ける。測定器を握りしめた手から紫色の光が漏れだしていた。
イグナールは恐る恐る手を開き、ガラス玉を確認した。
「これは?」
イグナールの手に納まっている測定器は、透明感のある紫色に染まっていた。
拙い魔力操作。故にそれは淡い。
だが、彼にとってそれは大きな、とても大きな変化であった。
無邪気な子供の様に、身体全体を使って喜びを表現したいと言う感情。それと同じくらいに膨らんだ不安と湧きあがる疑問。それがイグナールの胸中でせめぎ合い、無関心のような疑問だけが口から零れた。
それはモニカも同様だったようで、イグナールと同じ表情で彼の手にある淡く紫色に光るガラス玉を見つめていた。
「おかしい……」
しばしの沈黙が続き、先に口を開いたのはモニカ。それはイグナールも同意するところであった。
世界にある属性は四種。炎、水、土、風。これは誰もが知る常識だ。
それに合わせて測定器の色は濃淡の違いはあれど赤、蒼、黄、緑の四色に変化する。
「今まで見たことがない反応だけど……この測定器もおんぼろだし、治療が終わったら試してみましょう?」
属性測定器は失われた技術で作製された物だ。今では遺跡やダンジョンでしか手に入らない、それなりに高価な代物である。
故に、粗悪品や偽物が出回っていることに違いはないが……祖国でその名を聞かない人間はいない程の名家ハイデンライヒ。その息女であるモニカが旅に出る際に持ち出したアイテムだ。
粗悪品であるはずがない。
◇◇◇
三日後、イグナールの体はすっかり回復。イグナールとモニカは魔法を試すためにバージス近くの平原に来ていた。
四日前の夜、イグナールに雷が降り注いだ平原だ。現場を見てみると地面に焦げた痕跡が残っていて、どれ程の落雷だったかを物語っている。
それと同時に、たったそれだけの期間でイグナールを完治させたモニカの才能が際立つ。
「ありがとう」
「ん? 何か言った?」
「いや、なんでもない」
モニカの治療のおかげで今があることへの感謝。幼馴染に素直になれない気恥ずかしさ。
そして……たった一歳しか違わない、弱冠十六歳にして、名門ハイデンライヒの名に恥じない一級の水魔法使いとしての彼女への嫉妬。
そんな入り乱れた感情がイグナールを口ごもらせた。
だが、モニカがイグナールに対して行った治療は、魔力を生命力に変換して自己治癒力を極限まで高め癒す方法だ。
元々は難病などで生命力が減少している者や、瀕死の人間の応急処置として使う魔法である。
激しい落雷に晒され、生死の境を彷徨ったイグナールを完治させるような……奇跡めいた類の代物ではない。
もちろんモニカの力量があってこその回復でもあるが、それ以上に両親を凌ぐ常軌を逸した魔力量を誇るイグナールだからこそ、起こった必然の奇跡でもある。
常軌を逸した魔力量……だがイグナールにはそれだけだった。
名のある両親の元に生まれながら、この時まで属性が発現せず、無能力と呼ばれる者。
通常、子は親の世代から優れた方の属性を引き継ぎ生まれてくる。そしてその属性は十を数える頃には片鱗が顏だす。遅くとも十五歳を過ぎる頃には属性が判明するものだ。
だが稀に、ごく稀に属性が発現せず、無属性のままで生涯を終える者がいる。
原因には諸説あり、両親の属性が相反するためだとか、二人の力が拮抗しているためだとか……今だ原因の究明には至っていない。
そんなイグナールの将来に影を落とし始めた頃に現れたのが、勇者ディルクであった。
旅の中で属性に目覚めてくれればとイグナールの将来性を買っての誘いであった。
結局その二年間の旅でイグナールが身につけたのは、己が身を守るための剣術だけであり、属性が開花することはなかった。
「さて早速試してみるか……」
イグナールは自分の掌を見つめ、あの時淡く紫に光ったガラス玉をそこに思い描いた。
「大丈夫。きっと大丈夫だ」
イグナールは自分自身を励ますよう呟いた。
そして暗い心を一新し、意気揚々と右手を開いて前方へと向けた。
イグナール的に魔法を放つイメージを体現した格好。数秒間その体制のまま固まり、沈黙が流れる。
「それで、魔法ってどうやって使うんだ?」
「え……」
彼の問いに対して言葉がでないモニカ。
「学え――家庭教師とかから学んだりしなかったの?」
モニカが言いよどんだのは魔法学園のことであろう。二人の出身であるケーニヒ王国の王都カイン。
日々の暮らしで便利魔法以上に、対魔物、対人としてケーニヒ王国は優秀な魔法使いの育成に力をいれている。
故に国の方針としては完全なる実力主義の国である。
魔法の才があるのであれば、平民であろうがなんだろうが、貴族へのし上がることもできるのである。
実際、イグナールの家であるバッハシュタイン家も、彼の父であるアルフレートの功績が認められたため、貴族への仲間入りを果たした。
そんな実力主義王国の王都には、国中から優秀な魔法使いの卵達が集う王立魔法学園がある。
もちろんどん有名貴族であろうとも、本人にどれだけ入学の意志があったとしても、属性が発現していないようなイグナールにその門扉が開かれることはない。
「あぁ、お父様とお母様は発現してからで遅くないと……いつも言っていたからな」
それはイグナールのコンプレックスを刺激しないようにした、両親なりの優しさだったのだろうと今のイグナールは思う。
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