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act.17 狡猾なる守護者


「『我に眠りし力よ、我が意思に従え』『揺蕩う水よ、形を成し顕現せよ』」


 モニカが唱えると、彼女の周りには大小さまざまな水弾が次々と出現し、静かに漂い始めた。


 頑強な敵、素早い敵、そしてまだ見ぬ敵に備え、水弾の大きさを巧みに変えている。


 彼女はその中から人の頭ほどの大きさがある水弾を両手で取り上げた。


「『それは仇なす者を貫く矛なり』」


 モニカの手にある丸い水の塊が、彼女の言葉に呼応して形を変える。それは細長い棒状へと変化し、モニカの手に収まった。


「アクアランス!」


 通常は相手を刺し貫く投擲魔法であるが、今回はモニカが手で扱う武器として活躍する。


 そして彼女は更にもう一つ水弾を引き寄せる。


「『我に纏いて助力と成せ』」


 水弾はモニカを覆うように薄く広がり、体全体を包んだ。

 人間の身体能力を向上させ、鎧にもなるモニカの身体強化魔法である。


 中距離、遠距離を大小様々な水弾で対処し、近寄る敵には手に持った水槍で貫く。

 これがモニカ本来の戦闘スタイルである。先のヒューマン・スライムのように、水魔法に強力な耐性をもつ特殊な敵でなければ彼女のスタイルは様々な状況に対応できる万能型と言える。


 そして、これだけの魔法を展開しても疲労の色を見せない魔力量とその数を制御しうる魔法の練度。


 先程まで取り乱していたとは思えないような落ち着きようを見せる精神力と胆力。勇者パーティで二年もの旅をしてきたモニカの実力は魔界入りも全く問題ない実力者だろう。


 そんな幼馴染を頼もしい仲間として尊敬し……同時に強い劣等感を抱き続けてきたイグナール。


 だが、今は違う。


 あの時は確かに魔界へ出向くには力不足だったかもしれない。しかし、今はモニカと肩を並べて戦いうる可能性を有している。比肩しても遜色のないポテンシャルを持っている。


 そう考え、思えるものを持っている。


「『我に眠りし力よ、我が意思に従え』『剣に纏いて助力と成せ』」


 イグナールが比較して安定に扱える魔法は己が武器への属性付与(エンチャント)だけだ。だがいずれ追いついてやる。


 イグナールは決心を新たに紫電を纏った剣を構えた。


 イグナールも二年間、何もしていなかったわけではない。剣技で屈指と呼ばれた勇者ディルクから直々に学んだのだ。


 その努力はきっと嘘をつかない。だから自信を持って(ふる)え。新たなる力と共に。


「来ます」


 マキナの言葉が言い終わるかどうかのタイミングで扉から守護者が顏を出した。


 扉から押し寄せる敵。施設内の異物を排除するために駆けてきた守護者共。


 その姿は銀色の狼を思わせた。しかし、まるで生き物の鼓動を全く感じない。ただ狼の形を模しただけの彫像。


 製作者の美的センスなど介在しない。だが、それでいて美しく感じるのはなんだろうとイグナールは思う。


 イグナールは、その姿に一瞬驚きを覚えた。


 製作者の美的センスなど介在しないが、なぜかそれでも美しさを感じるのは何故だろう。八頭の銀狼が扉の前に並び立った。


 彼らは本物の狼のように姿勢を低くし、唸り声を上げて今にも飛び掛かりそうな威嚇姿勢を見せる。これは奴らの最終警告であろう。


 先頭の一匹がさらに身を屈め、吠えながら床を蹴った。その狙いは一番近くにいるマキナである。


 他の銀狼たちは動かず、先行する一匹で様子をうかがっているのだ。


「アクアボール!」


 イグナールのとなりに控えていたモニカが叫ぶ。彼女を包むように漂う水弾の一つが空中の銀狼へ吸い込まれるように飛翔する。


 広い実験室の中に、金属を高硬度の鈍器で殴りつけたような音が木霊し、水弾のしぶきがばら撒かれ、消えた。


 先陣を切った一体は大きく後方へ吹き飛ばされる。


「やったか⁉」


 モニカの水弾の威力は森で見た通り。木々を難なくなぎ倒し、それでも勢いを失わない。


 観察していただけのイグナールだが、会心と言える打撃音に確かな手ごたえを感じていた。


 しかし、扉近くまで飛ばされた銀狼は地面に打ち付けられるが、すぐさま立ち上がってみせた。


 生き物であれば痛みでのたうち回るところだが、そんな様子もない。

 それに銀色に輝く体には傷らしい傷は見当たらない。あの水弾は手加減なしの一撃だったはずだ。


 イグナールはその水弾を見舞ったモニカの表情をうかがう。敵である銀狼を険しく睨み付ける彼女の表情に一見して動揺は見られない。


 しかし、瞳の奥の光が少し揺らいでいるように見えた。


 銀狼達がゆっくりと前に歩み出た。前衛に三体、後衛に四体。最初に飛び出した銀狼は後ろに控えている。


 驚くべきことに隊列を組んでみせたのだ。


 魔物でも群れで狩りをする種は存在する。しかし銀狼のそれは長年訓練された人間の動きだ。食うために狩るのではない、人間同様排除するために、殺すために造られている。


 そして、誰が合図を送るわけでもなく、一斉に駆けだした。その動きが全く生き物であることを感じさせない。


 糸乱れぬ統率された完璧な初動。武器となるのは牙と爪に見立てた鋭利な刃。そしてモニカの水弾を受けても損傷しない丈夫な体。まさに全身凶器と言える。


 それがグングンと速度を上げ、死を恐れずに迫って来る。


 駆けだした先頭の三体が途中小さく分かれ、イグナール、モニカ、マキナそれぞれに方向を変える。


 後衛の四匹は少し離れた所で制止した。

 奴らは探っているのだ。どれが一番狩りやすい獲物かどうかを……


 誰か一人でも最初の一体で隙を見せれば後の四体が襲い掛かる。確実に数を減らす方法を造られた銀狼はよく知っている。


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