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act.16 失敗そして、失敗


「よし、行こう」


 意を決して前に進もうと思ったイグナール。しかし、一歩踏み出したところでイグナールは止まった。

 

 どうやって開けるかがわからないのだ。扉らしきものには手を掛けるための取っ手がない。


 イグナールは手を伸ばして滑らかな表面を擦り、力を入れて押してみた。だが、ビクともしない……


 本当に扉なのだろうか?

 本当にこの先に部屋があるのだろうか?

 ただマキナにからかわれているだけ、なのではないだろうか?


 イグナールはマキナにチラッと振り向いた。


「申し訳ございません」


 謝罪の意を全く感じさせない表情で彼女はそう言った。

 これならばまだ肖像画の方が感情豊かだとイグナールは思った。


「どうやら現在、研究所全体が警戒態勢となっているようでございます。扉は全てロックされ、該当施設への出入りが出来ない状態です」

「警戒? もしかして、あれか?」

「お考え通りかと」


 何を考えているか読めないマキナだが、この場この時だけは彼女が言わんとしていることは分かった。


 研究所が警戒態勢になっている原因を二人揃って見やる。


「あっやっぱり?」


 モニカは悪戯をした子供が親に恥ずかしながら許しを請うように、上目使いで二人を見上げた。イグナールはどう言ったものかと思案顔を浮かべ、マキナはいつも通りの無表情のままだった。


「あーもう! 私のせいなんだったら私がなんとかするわよ!」


 沈黙に耐え切れなくなったモニカが、イグナールを扉の前から退かせる。


「『我に眠りし力よ、我が意思に従え』『揺蕩う水よ、形を成し顕現せよ』」


 彼女の側に握りこぶし程の水弾が複数出現する。


「おいモニカマジか」

「大丈夫よ、ちゃんとこの扉だけ何とかするから」

「いえ、モーニカ様その――」

「アクアボール!」


 生成された水弾が扉を穿つ。

 それは綺麗な円を描き、人ひとりが十分に通れるほどの通路を作った。


「ほら、大丈夫でしょう」


 モニカは得意気な表情を浮かべてイグナールを見る。どうだ、と聞こえんばかりの表情にイグナールはただ黙るしかなかった。


 この狭い場所で的確に扉に穴を開ける威力調整と制御で見せつけられる圧倒的魔法センス。


 魔法使いとして歩み出したイグナールでもそれがどれだけ難しいことかがわかる。

 が、モニカにはもう少し――


 ビー‼ ビー‼


 突如鳴りだし、たけたたましくも人の心を焦らせる音が研究所を埋め尽くす。先程まで銀と白の(はざま)で清潔であった研究所内が真っ赤に染まる。内部を照らしていた明かりが赤色に明滅しだしたのだ。


「え、なになに!」


 先程までの表情はどこへやら、モニカは身を硬くし怯えるような表情へと変わる。


「大変な事になりました」


 全く大変そうにない様子でマキナが言う。慌てふためくモニカと表情も口調も平静のまま大変だと言うマキナ。

 そんな二人に挟まれたイグナールは、焦燥に肌がざわつく感覚にいながら、心は非常に冷静であった。


「何があったんだ? いや、これから何が起こるんだ?」


 何があった、と言うのは間違いなくモニカの所業であろう。それに対して研究施設が反応を見せたのだろう。


「これは侵入者撃退モードへと移行したようです。間もなく守護者(ガーディアン)が到着することでしょう。この狭い通路で囲まれると厄介ですので、こちらへ」


 マキナはその言葉を言い終わると廊下を走り出した。


 一定のリズムで赤く染まる廊下を走るマキナ。彼女の上半身は殆ど揺れておらず、まるで歩いているのと変わらない。だが、その速さはイグナールでも追いつくのにもやっとの速さである。


「ついて来てるかモニカ!」


 イグナールが後ろを振り返りモニカに言葉を掛ける。彼女もイグナールを追いかけて懸命に走っていた。


 何とか大丈夫だと見たイグナールは前を向き、マキナを追う。今の間にマキナとの差が広がったと思っていたが、先程と変わらない距離感で彼女は前を走っていた。


 最初からマキナはイグナール達に合わせて走っていたのだ。後ろを振り返りもせずに……


 そうであるならば、マキナを見失うことはないだろう。そう考えたイグナールはモニカのために少しペースを落とした。


 マキナが言うガーディアンが何かわからないが、研究施設を守る兵みたいなものだろう。つまり敵が来るという事だ。


「マキナ! この状況はどうにかならないのか?」

「申し訳ございません。研究所の破損現場にいた私、マスター、モーニカ様は異物として認定され、排除の対象となってしまったと思われます。特に魔力を検知されたモーニカ様を執拗に追ってくると予想されます」


 走っているとは思えない程、淡々とした口調で話すマキナ。


 マキナでどうにか出来ないならそれはもう、どうしようもない。彼女が向かう先が何なのかはわからないが、今は付いていくしかなさそうだとイグナールは考えた。


「ご、ごめんなさい……」

「モニカ。そういうのは全てがちゃんと終わった後でいい」

「う、うん!」


 自分の後先考えずにやったことが起因でこうなり、落ち込み気味のモニカをイグナールなりの励ましの言葉を投げかける。


 イグナールはやや下を向いて走るモニカの手を取った。大丈夫だと握った手が、まるでありがとうと返すように握り返された。


「あちらでございます」


 マキナは扉を素手で突き破り、部屋に飛び込んだ。頑強そうな扉を魔法もなしに突き破る膂力に彼女が人ならざる者である証を見た。


 だが、今の状況下では頼もしい限りだ。


 マキナに続いて部屋の中に入るイグナールとモニカ。そこは地下の施設とは思えない程の広さを有した空間であった。天井も遥か遠くに存在し、上部にはこちらを覗き見るような窓を設置した部屋がある。まるでテラスだ。


「ここは何なんだ」

「対魔王討伐兵器をテスト運用するための実験室でございます。ここであれば少々の荒事でもビクとも致しません」


 つまりマキナが意図することは、ここでガーディアンを迎え討つと言うことだろう。


 イグナールは、ゆっくりと腰に携えた剣を引き抜きながら、出入り口を見つめる。


「マスター。(わたくし)に魔力の補充をお願い致します」


 マキナが差し出した手を反射で握るイグナール。


「魔力を放出するだけでいいんだよな?」

「はい。お願い致します」

「『我に眠りし力よ、我が意思に従え』」


 イグナールは自身から力を呼び起こす言葉を唱える。それがマキナと繋がった手から徐々に放出されるイメージ。


「充填率60%……七十……八十」


 右手から放出された魔力がマキナに吸い上げられるような感覚に戸惑いながらも、彼女の様子から順調に補充出来ていることに安堵するイグナール。


守護者(ガーディアン)が七体、いえ八体こちらに向かって来ます。皆さま戦闘の準備はよろしいでしょうか」


 赤黒く明滅する出入口から金属と金属を打ち鳴らすような物音が無数に聞こえてきた。


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