act.11 アーティファクト
イグナールは目を覚まし、辺りを見渡す。そこには焚火を囲む二つの影が見える。片方はモニカだが、もう一方はメイド服を着た謎の女だ。
二人は特に何をするわけでもなく、何を話すでもなく、暗闇を照らす火を覗いている。
イグナールは頭をかきながら起き上がる。
ボンヤリする頭が回転し始め、今の状況を考える。
渾身の魔力を放ち、ヒューマン・スライムを倒したことは覚えている。
その時空はまだ明るかったはずだ。
その後謎のメイドが現れたときからの記憶が抜け落ちたように思い出せない。その思い出せない間に夜になるまで眠ってしまうようなことが起きたのだろう。
二人はイグナールが起きたことに気がついた。
「やっと起きたわね、イグナール」
「モニカ……いったい何があったんだ? ヒューマン・スライムを倒したあとのことをあんまり覚えていないんだ」
体に残っているのは酷い疲労感と頬に鈍い痛み。前者は魔力不足からくるものだろうが、後者には身に覚えがない。
これには何か意味があるのだろうかとイグナールは頬を撫でる。
「えっと……あんまり思い出さないほうがいいんじゃないかな? それがきっとお互いのためになると言うかさ……」
焚火に照らされたせいか、顏を紅潮させたモニカは伏し目がちにイグナールに言う。
彼女の態度はどうも煮え切らない。
「私が魔力を大幅に吸い上げてしまったため、記憶に少々混乱が生じているようです。ただ意識をなくされたのはモーニカ様のビン――」
「わぁあああ! マキナ、それは言わないで!」
モニカは急に騒ぎ出しメイド服の彼女の口を両手で覆った。
どうやら謎の女はマキナと言う名らしい。
「これも女同士の秘密と言うやつでしょうか?」
「そ、そうよ!」
自身が気と失っている時、彼女らに何があったのかわからないが、どうやら随分親しくなったように見える。
「先程は非常事態とはいえ、大変不躾な事を致しました。申し訳ございませんマスター」
マキナは居住まいを正し、深々と頭を下げた。
形だけはそれなりに誠意のある謝りようなのだが、なぜか彼女からは謝罪の意をあまり感じられない。
謝ると言う行為と意味は知っているが、理解していないような……
イグナールは彼女からまるで謝罪をする彫像を目の当たりにしているような感覚を抱いた。
「マスターってのは俺のことか? 確かに俺の家にもメイドはいたけど……」
イグナールはマキナの顔をジロジロと観察する。
そこで脳内を閃光が迸るように、記憶の断片が次々と駆け巡った。
「ああぁぁぁぁ! お、おま、お前! きっききすの!」
イグナールはマキナを右手で指さし、左手は優しく唇をなぞっている。
「お、俺の……」
「えっと、何から説明したらいいのかしら、ちょっとイグナール落ち込むのは後にして、今は私の話を聞いてくれない?」
「お前はいいのかよ! 大事な友人が唇の貞操を奪われたんだぞ!」
パァァン!
滅多に当たらないモニカの攻撃が、取り乱しているイグナールの頬をとらえた。小気味いい音が夜の森に響き渡る。
静かになった一同の間にはパチパチと燃える焚火の音だけが聞こえる。
「落ち着いた?」
「あ、あい」
モニカは笑顔だ。しかし、その奥に怒りを沸々と湧きあがらせているように見え、イグナールはそれ以上何も言えなくなった。
何がモニカの気に障ったのかがわからないイグナール。ただ、その笑みの中に隠された得体の知れない怒りには、逆らわない方が賢明であると判断した。
「そ、それでモーニカさん……彼女、えっとマキナさんはどういうお方なんでしょう? 俺の貞操を奪い去ったと思えばマスターと言ってきて全く意味がわからないのですが」
混乱するイグナールはモニカに対する態度が、目上の人間に接するような態度に変わる。
なるべく彼女を刺激しないように目覚めたばかりの頭を回転させて出た彼なりの答えだ。
「なんか気持ち悪いんだけど……まぁいいわ、イグナールが眠っている間に、マキナから聞いた話を聞かせてあげる」
イグナール、モニカ、マキナは焚火の周りに集まる。
「モーニカ様にはすでに説明させて頂いたのですが、マスターのためにもう一度お話しさせて頂きます」
マキナはモニカに一度目配せし、話を続ける。
「私は対魔王討伐のために製造された強襲型オートマトン、識別名マキナでございます。研究所内にて出撃準備をすませ待機していたのですが……情勢は大きく変わってしまったようです」
「何を言っているんだ?」
淡々と語るマキナをよそに、イグナールはモニカを振り返り質問を投げた。
モニカは唇に人差し指を当てるジェスチャーを取る。物腰は柔らかだが、その目は鋭くイグナールを見ていた。
取りあえず最後まで聞けと言う事だろう。
「モーニカ様の言葉でイグナール様にわかりやすく説明すると、失われた古代技術で作製された戦闘兵器でございます。そして私はイグナール様のためにチューニングされた特別機でもあり、貴方様の槍であり、盾でもあるのです」
微動だにせず、口だけを動かしていたマキナの言葉が止まった。
どうやら説明とはこれだけのようだ。
もちろん、イグナールは理解できない。
そもそも目覚めたばかりの彼からすると夢の延長なのではないかと訝しんでいる。
だが、モニカに叩かれた頬がジンジンと痛んでいることでこれは夢ではないとイグナールは考える。
「えっと……古代技術……それって遺跡でたまに見つかるアーティファクトと同じってことなのか?」
「そうよ」
真剣な表情で語るモニカ。嘘や冗談の類でないことは明白ではあるが、イグナールはそんなすんなりとわかったとは言えない。それはマキナが――
「いや、どう見ても人間だぜ? ナニがとは言えないが……アレはどう考えても人間だった」
回復した記憶を呼び起こし、イグナールは思い出す。
「信じられないのは無理ないよね。私だってあれを見るまでは全然信じてなかったんだし。ねぇマキナ、イグナールにも見せてあげて」
「はい」
マキナはモニカの言葉に二つ返事で従う。そして彼女はおもむろに白いエプロンを外し、黒のワンピースに手を掛けた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
その突飛な行動を途中まで静観していたイグナールだったが、ようやく制止をかける。
二年間、旅を出て成長したとはいえ、彼は十七歳……思春期真っただ中の男子である。興味をそそられるのは当然だが、まだ心の準備が出来ていない。
得体の知れない女性にファーストキスを奪われ――しかも濃厚な――清純な乙女のように動揺していたが、彼もまた男子と言うことだ。
「よし! いいぞ」
深呼吸をして先程よりも目をカッと開き、待機する。視界の端にジト目で、イグナールを見つめるモニカの視線を意にも介さずマキナを見つめる。
いや、マキナの服の上からでもわかる程に膨らんだ胸を見つめる。
彼女は前にあるボタンを外し始めた。3つほどのボタンを外したところで、それは現れた。
「……え?」
イグナールが目にしたのは、白く柔らかそうな胸の谷間の上に輝く、赤い球体だった。
誰かが手を加えないとあり得ないほど綺麗な球体であり、握り拳ほどのサイズである。
そして半分以上、体にめり込んでいる。
一体化していると言ってもいい。
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