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act.1 追放された無能


 人間界と魔界を隔てる断崖。

 そこに築かれた城塞都市であり、魔物たちと戦う最前線の基地としての役割を担う『バージス』は、魔王討伐を目指す勇者一行が人間界において最後に訪れる中間目的地である。


 『イグナール・フォン・バッハシュタイン』を含む勇者一行も二年の歳月をかけ人間界を回り、魔界で耐えうる力をつけ、バージスに辿り着いた。


 そして魔界への出発を明日に控え、イグナールと国に選ばれた勇者『ディルク・バーデン』の二人は酒場で人間界最後の晩餐を楽しんでいた。


「なぁ、イグナール……」


 ディルクは鮮やかな赤の液体の入ったゴブレットをゆっくりと揺らしながら目の前に座るイグナールに言う。

 彼は中々の酒豪だ。まだ三杯目の酒にもかかわらず、まるでセンチメンタルに酔っぱらってしまったかのような仕草だ。


「ここまで来て申し訳ないんだが……お前はここに残れ」


 イグナールを連れ二年もの間旅をしてきたディルク。

 彼はイグナールの良き友人であり、良き師匠でもあり、パーティを支える良きリーダーであり、そして国に選ばれた勇者である。


 そんな勇者ディルクがイグナールに告げたのはパーティからの解雇通告。


「……」


 彼の言葉をゆっくりと咀嚼するように、イグナールは木製のカップに入った甘い果汁を一口飲んだ。


「はは、なんの冗談なんだディルク……俺は酒を飲める年齢じゃないから素面だ。そんな悪趣味なジョークはやめてくれよ。ははは」


 喧騒にまみれた酒場で、イグナール自身の乾いた笑いは彼の中で妙に大きく響いた。チラリとディルクの顔を伺うイグナール。彼の表情には酒に酔った様子も、笑いを我慢しているような様子もない。

 先程の真剣味溢れた声色からも、イグナール自身今のが悪い冗談でないことは重々わかっていた。


 だが、彼は少しばかり期待していた。

 なーんて冗談だ、そう言ってタガの外れた大笑いをするディルクを……


 そんなイグナールの希望は、ディルクの追い打ちの言葉に打ち砕かれる。


「イグナール、お前もわかっているはずだ。これからの旅はお前にとって荷が重い。今のお前では魔界に踏み込んでも無駄死――」


 イグナールはディルクの言葉を遮るように勢いよく立ち上がり、ガタリと椅子は倒れた。

 周囲のテーブルで談笑していた客が数人、イグナール達の席を見やる。


「嘘だろディルク! 俺が何のためにここまで来たって言うんだ……こんなところで引き下がったらお父様とお母様が築いた名声に泥を塗ることになるだろう!」


 喉が壊れんばかりにイグナールは叫ぶ。

 それに応じるようにディルクは立ち上がった。イグナールの一回りは大きい体躯。十二分に隆起した筋肉。燃えるような赤髪と立派な赤髭は勇者と言うよりも戦士か、山賊の首領と言った風貌。


「じゃぁ、はっきりと言ってやるよ! 魔法の使えないお前はこの先、足手まといだ!」


 ディルクはイグナールにそう言いながら、酒代をテーブルに叩きつけた。

 彼の剛腕で叩きつけられたテーブルが踊り、卓に載った料理とゴブレットが宙に舞った。


 ディルクの迫力に酒場全体が静まり返り、全員が彼を見上げた。


「それだけだ……」


 そう告げるとディルクは酒場から出ていった。

 残されたイグナールはうな垂れ、テーブルに突っ伏した。


 わかっていた、わかっていたんだ……他の仲間たちを置いて俺だけを誘った時からじゃない。

 バージスに辿り着く少し前から……


 イグナールは溢れ出るを隠しもせず、拭いもせず酒場を出た。


 魔界が隣接するためかバージス周辺の気候は安定しない。

 店に入るまで燦々と降り注いでいた月の光が今はもうどこへやら……分厚い雲が空に敷き詰められ大雨が降り注ぎ、雷が轟く。


 まるでイグナールの涙を覆い隠し、情けない泣き声をかき消すように。


 彼は走った、こんな情けない姿を見られたくないと……一心不乱に外へと。

 イグナールはバージスを離れ、平原の真ん中で膝を折る。


「どうして……どうして何時までたっても俺の魔法は開花しないんだ!」


 突然、イグナールの叫びに共鳴するように(いかずち)が彼に降り注いだ。


「あ、あああああああああああ‼」


 (いかずち)が彼の体を掛け巡る。血を沸騰させ、神経を焼き、皮膚を焼く。


「イグナール!」


 聞き慣れた声が自分の名を呼ぶのが聞こえる。

 だが、全身の激痛に耐えかねイグナールの意識は暗闇の中に引きずり込まれた。


 翌日、イグナールが目覚めると白いふかふかのベッドの上にいた。窓から降り注ぐ陽の光が眩しい。

 全身の痛みは消え去り、昨日の出来事は夢だったのかと訝る。しかし、全身にまかれた包帯が夢ではないと教えてくれた。


「夢じゃないのか……ディルクのことも含めて……でも一体誰が?」


 その答えは彼のすぐ近くにあった。イグナールのベッドの側に椅子を置き、彼の脚にもたれ掛かる形で突っ伏している女性、『モーニカ・フォン・ハイデンライヒ』の存在だ。


 意識が途切れる瞬間に聞いた声。それは彼女の声であった。


「モニカ……」


 モニカは勇者パーティの一員であり、彼が冒険へ出る際についてきた幼馴染である。

 彼女の家、ハイデンライヒ家は代々水属性の回復魔法を研究してきた貴族だ。その属性を現した海を思わせる蒼い髪を手で()く。潤って透き通るように綺麗な長髪は触れる手のほうが心地よいとイグナールは思う。


「目が覚めたんだね」

「あぁ、傷を治してくれたのはモニカなんだろ? ありがとう。世話を掛けたな……」


 モニカは起き上がり微笑みかける。その表情には疲労が色濃く刻まれていた。それはイグナールがどれだけ危険な状態だったかを示している。


「でも、まだ無理しちゃダメだよ。瀕死の状態だったけどイグナールの魔力量のおかげで完治したと思う。たぶん殆ど消費しちゃったからね。魔力が回復するまでは安静にしていてね」

「……見ていたのか? それとも知っていたのか?」

「うん……両方」


 モニカはすでに知っていたようだ。ディルクが俺をバージスに置いていくことを、そしてその様子をどこかで見ていたのだろう。

 それで酒場を飛び出したイグナールを追って平原まで来ていた……


「お前は行かなくていいのか? 今日が出発だろう」


 自分とは違い、モニカは優秀な魔法使いだ。その身に宿した水属性の魔法の数々。回復にも攻撃にも対応でき、剣術にも精通している。


 誰もが羨み、そして妬む。有名貴族生まれでその名に相応しい才を持った優秀な令嬢。


「うん。でも私は元々イグナールが心配だったから付いて来てただけだし……だから私も抜けてきたの」


 イグナールは偉大な両親を持ち、常軌を逸した魔力を持っていると言われて周りから期待されてきた。だが、その期待には応えることはできなかった。

 通常なら物心つく頃には誰しも属性が判明し、大なり小なり魔法を使えるようになる。


 だが、イグナールは十五歳になっても魔法を使えるどころか、属性も発現せず……無属性の疑惑が立ったのだ。万に一人と言われる奇病。最早どうしようもない遺伝子異常。魔法から嫌悪された無能。異端。


 だからこそ、勇者ディルクから旅の誘いを受けたとき、イグナールは嬉しかった。いつも自分を庇ってくれる両親に報いるため、自分に冷たい態度と言葉を浴びせる貴族共へ一矢報いるため。


 イグナールにとってこの旅は大きな意味を持っていた。


 しかし、彼女にはこの旅の意味なんてものは、幼馴染を追いかけてきただけのお節介でしかない。

 イグナールは白いシーツをギュッと掴み、心の底から湧き上がってくる感情を抑え込んだ。


「いいのか。お前がいないとこの先大変だぞ」

「大丈夫よ、あの二人なら。私なんていなくても問題ないわ。だから……イグナールが良くなるまで私が看るわ」


 イグナールはモニカから目をそらし俯く。

 堪えきれない感情がじわりと漏れ始める。


「私なんて……じゃあ俺はなんだって言うんだ! そうだろうな、モニカがいなくても大丈夫なら、俺なんて必要ないよな! ディルクの言う通りだたの足手まといだ!」


「そんな――イグナールは頑張ったじゃない! 確かに魔法は使えないかも知れないけど、あんなに努力して剣術を覚えたじゃない! 十分戦っていけるくら――」

「それは人間界までの話だ! 魔界じゃ通じない。そう考えたからディルクも俺をパーティから外した……」


 拳を握りしめ、歯を食いしばる。悔しさがイグナールの胸を焼く。


「情けない……英雄と称えられる両親を持ちながら、どうして俺に魔法が使えないんだ! 何が常軌を逸した魔力量だ! 使えなければなんの意味もないじゃないか!」


 その時、怒声と共にイグナールの体から紫電が迸った。


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