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水色  作者: Cloudrop
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名前をつけられない想い

深く潜っている意識のそとで、なにかが鳴っている。

それが起床を知らせるアラームだと気づき、慌てて音の鳴る無機質な長方形をタップする。

急速に引き上げられた意識がまだぷかぷかとするなか、また布団に潜り込んで画面を見れば8月17日の文字。

そっか、今日はユナちゃんの誕生日だ。


出勤する電車の中でメッセージアプリを立ち上げ、ユナちゃんとのトーク画面を開く。前回の履歴は三ヶ月前。久しぶりに東京に行く予定があるから会わないか、と聞いた時のものだ。結局都合が合わなくて、その日は会うことができなかったのだけれど。


私とユナちゃんの出会いは5年ほど前。

就職を機に地方から東京に出た2年目の私と、地方から転職してきた一年目のユナちゃん。

年齢はユナちゃんのが4歳上だが、会社では私の方が先輩という社会人ではよくある出会いだ。

たまたま乗り合わせたエレベーターで話しかけてくれたことがきっかけとなり、遊ぶようになった。

彼女はとても柔らかい雰囲気に可愛らしい顔立ちをしており、初めて見かけたときから可愛らしい方だなと密かに思っていた。だから仲良くなれたことは願ったり叶ったりで、とても嬉しかったのだ。

上京したばかりで引き篭もりがちだった私を外に連れ出してくれてありがとう、とユナちゃんはよく言ってくれた。

上司に会社で誰と仲良くなったか聞かれると、私だと答えていると教えてくれた。

そんなユナちゃんが可愛くて可愛くて、あれ、私って同性も恋愛対象なのかな、ユナちゃんだからだろうけど、私、恋愛的な意味でユナちゃんのこと好きなのかな。

少しずつ自分の気持ちに疑問を抱くようになったが、それを認める確信も持てなかった。

小さな出来事一つ一つが、だんだん私の心に優越感として降り積もっていくのを、見て見ぬふりをした。

飲みに行った帰りに酔ったふりをして、男だったら付き合ってた。なんて酷いことも言ってしまったけど、この気持ちを肯定して打ち明ける勇気はなかった。

この関係が壊れてしまったら。その先を考えると怖くなったので、考えるのをやめた。

社会人3年目も終わりに差し掛かった頃、私は実家に帰ることを選択した。ずっとこの仕事をしていく人生でいいのか、と常々迷っていたタイミングで家の更新と重なるというなんとも普遍的な理由だ。

正直、ユナちゃんと離れるのが嫌すぎて退職を考え直そうとしたが、このまま離れてしまった方がこんな曖昧な気持ちは忘れられる。その方がいいと思った。

会社の人が開いてくれた送別会では、わざとユナちゃんの名前を呼び捨てにした。最後までユナちゃんの一番は私なんだと証明したかった。勝手に嫉妬と優越感でぐちゃぐちゃだった。

二次会行こうとみんなが声を上げるなか、ユナちゃんは先に帰るね、と店を出てしまった。

慌てて追いかけると彼女は泣いていた。

「みんなに愛されている君を見ていたら、寂しくなってしまった」

そう言って彼女は泣いていた。私はなんとも言えない気持ちになって彼女を抱きしめた。

しかし、最後まで抱えている気持ちを打ち明けることはできなかった。

「東京来たときは絶対に会おうね」

どちらともなく言葉にした約束が、東京生活最後の彼女との思い出。

私のために開かれた送別会を断ることも出来ずに二次会へ行ったが、なんで駅まで送って行かなかったのだと、次の日死ぬほど後悔した。

もう会うか分からない会社の人間なんかより、目の前にいたユナちゃんを大切にしなければならなかったのに。


あれから3年。私が東京に行く際に、予定が合えば会ってはいる。

しかし、それも1年に1回あれば良いものになりつつあるが。

物理的距離が離れると、自然と私たちの心の距離も開く。

そういえば私は仕事のこと以外、ユナちゃんのことを何も知らなかったんだなぁ。離れてすぐに、それを痛感した。

最後の日の後悔、離れたから知ることのできない彼女の毎日。頻繁に連絡をとるような仲でもなくなってしまった私たちの関係は、一体なんなんだろう。

会いたいから連絡するのは私の方ばかりで、彼女からしたらきっと寂しかった日常の暇つぶしだったのではないだろうか。

そんな考えを巡らせては深いため息をつくしかない。曖昧な気持ちとか言って、そんなの。

気づくのはいつだって遅すぎる。そして、待っているだけでは欲しいものは手に入らないのだと実感させられる。


退勤の電車の中、新着メッセージを知らせる震えにアプリを開く。そこには彼女からお礼の言葉と一緒に、いつでも東京で待ってるね。そう記されていた。

ユナちゃんは東京で私が来るのを待っている。待っているだけ。私には会いに来てくれないのか。会いに来ることなんて微塵も考えつかないのか。

そのひとことでこんなに寂しくなるこの気持ちが、好き以外なんでもねえだろって気づいた私は、そっとメッセージアプリを閉じた。


END

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