第9話「深まる絆」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
翌朝、ミナリエの体調が万全になったかどうか、ポポルが丁寧に体中を触って確認した後、二人は改めてヴァリアスに向けた旅を再開することにした。
大怪我をすることが少なかったミナリエにとって、そこまで気を遣われるのはむず痒かった。
二人が乗る小舟が軽快に進んでいく。
水上である限り、ビスティアに遭遇することは少なくなった。
理由はわからないが、ビスティアは水を恐れるのだろうか。
海の中にビスティアが現れないというのも、それと関係しているのかもしれない。
小舟での移動は単なる思い付きではあったものの、この広大な森の中ではかなりいい移動方法になっていた。
「ポポルは菫砂の民を見たことはあるか?」
「たまーにだけど、森の中に入ってくることもあるから、何回か見たことはあるかな~、急にどしたのー?」
ポポルは風を受けてリラックスしながら、ミナリエの話を聞いていた。
「私ができるだけ騒ぎにしたくないと言ったのを覚えているよな?」
「うん、もちろん覚えてるよ~」
あまりに軽い調子すぎて、本当に覚えているのか疑わしいとは思ったが、触れるのはやめておいた。
「それは、もしも私が菫砂の民になりすますことができるなら、ヴァリアスに入る際に問題なく入国できそうだと思ったからなんだ」
「なるほどね~。そういうことだったんだねぇ~」
だらだらとしていたポポルが体を起こし、ミナリエの方をジーっと見つめた。
「あー、でも砂の人たちの肌って、もう少し日に焼けた感じだったかも。あとあと、どんな服着てたっけ……。森にある素材でどうにかできるかな~? できないかな~? どうだろう……? う~ん、上手くできるかはポポルにもわかんないけどね~、なんとか頑張ってみるよ!」
「……うん、まあ。よろしく、頼む」
ポポルが張り切っていると、少し不安になってしまうのだが、ここは彼女に頼るしかないだろう。
* * *
それから、川を北上すること数時間が経過して、二人は小舟を降りることにした。
アグテカの村付近とは違って、大森林に生える木々の種類も変わってきたような気がする。
ほんの少しかもしれないが、気温も下がっただろうか。
「もうカラクリュムの領地に入ってるから、ここからは西にまっすぐだよーーー!」
ポポルが西と思われる方角を指差している。
しかしそれは、川の上流側を背にして左手の方角だった。
「西は反対じゃないか?」
「え? あ、そっか。こっちは東だったかも!」
と慌てて方向転換するポポルを見て、ミナリエはさらに不安を強めたのだった。
「じゃあミナ、ポポルに捕まって?」
ポポルがミナリエに向かって手を差し出したが、ミナリエはその手を拒む。
「いや、また草術をたくさん使ったらポポルも疲れるだろうし、少し歩いて行かないか?」
「いいの? 急いでたんじゃないの? 少し疲れるくらいポポルは気にしないよ?」
「これでいいんだ。元々、大森林を抜けるにはかなりの時間がかかると思っていたからな。すでに予定よりもずいぶん早い」
「そっかー! それなら、いっぱいお話できるね!」
「息抜きする時間があってもいいだろう」
「やったー! じゃあポポル、槍が使えるようになりたい!」
元気になったポポルがミナリエの槍を指差している。
「……槍を?」
「ミナがシュンシュン! ビュンビュン! ってやってたみたいにポポルもやってみたい! そしたら、ポポルもビスティアと戦えるようになるでしょ?」
そこでミナリエは考える。
自分が身につけた槍術は、アクティムで3年以上も厳しい師匠のもとで鍛錬を積み重ねて修得したものだ。
目の前の少女がそれを短期間で身につけることができるだろうか。
いや、万が一があってもあり得ないだろう。
「ポポルには非常に言いにくいのだが……」
とミナリエが断ろうとしたとき、ポポルはすでに大木の枝を折って形を整え、使い勝手の良さそうな槍を生成していた。
さすがに気が早すぎる。
「何か言った? 早く教えてー!」
「あー、うん。そうだな……」
現実を見せつけてやれば、どうせポポルもすぐに諦めるだろうと、ここはミナリエのほうが折れることにした。
* * *
「ハァッ……。ハァッ……。ハァッ……」
「ポポル、もうやめにしないか?」
「……イヤだ! ミナみたいに、ズギュン‼ ってやつできるまで続けるの!」
ミナリエは頭を抱えた。
ポポルはどれだけ上手く槍を振るうことができなくても、そもそも槍を振る前に木の根につまづいて転んでしまっても、全く諦める素振りを見せなかった。
どうすれば、ここまで熱の入っているポポルを諦めさせることができるのか、策が思いつかない。
「……ポポル、いったん休憩にしよう。槍を振りすぎて私も疲れた。それにヴァリアスに行くまで教える時間はたっぷりあるからな。少しずつ使えるようになろう、な?」
「えー。そんなこと言って、ポポルに教えないつもりなんでしょー。やっぱりミナはポポルに教えたくないんだー」
「そうじゃない。ポポルに向いているやり方が必ずあると思うんだ。それを考える時間をくれ」
「そういうことなら、今は許してあげるけど! ちゃんと教えてくれなきゃ、ヴァリアスには絶対行かせないからね!」
そして、渋々ながらも折れてくれたポポルと一緒に再び森の中を歩き始めた。
「ミナたちはさ~、普段どんなもの食べてるの? やっぱりお魚? お魚ってそんなに美味しい? 木の実と比べてどっちが美味しい?」
歩き始めたばかりにも関わらず、ポポルの質問攻めが始まってしまった。
「確かに魚を食べることもあるが、基本は海藻や貝類を食べていることが多いな。それに、海獣の肉を食べることもあるぞ」
「海獣!? 何それ! それってどんくらいおっきいの? あの木よりもおっきい?」
と他愛のない会話でしかないのだが、ポポルにとってミナリエの話は新鮮なことばかりらしく、いつも楽しそうに聞いている。
翠杜の民というのは森の中ばかりで生活していて、かなり閉鎖的な者たちなのかもしれない。
さすがに徒歩で森の中を進んでいると、ビスティアが飛び出してくることがあったのだが、アラクネほどの強敵に出会うことはなかった。
ましてやミナリエが水を放てば、ほとんどのビスティアが逃げて行ってしまうため、たいして怖がる必要もないらしい。
とはいえ、いつビスティアの襲撃があってもいいように緊張感は維持し続けた。
ポポルはと言うと、ミナリエの変装のために使えそうなものがないか忙しく首を動かしていた。
ミナリエの頼みに応えるため、周囲に気を配りながら歩いてくれているようだ。
「そう言えば、ポポルはアグテカの村で生まれたのか?」
「ん? 違うよ~。ポポルはね、もっと北の方にあるパレケの村で生まれたんだって~」
つまり、何かのきっかけでパレケの村から移住してきたということだろう。
「ということは、その村での記憶はないんだな」
「そうなんだよね~。ポポルはパパの顔もママの顔も知らないんだ~」
それを聞いてミナリエは口を閉じた。
親の顔を知らない?
物心ついた頃にはすでに一人だったということだ。
親の顔を知っているだけ、自分のほうがマシだと思えた。
「すまない……。嫌なことを思い出させてしまった」
「え? ポポルは全然気にしてないよ! ポポルにとっては、村のみんなが家族なんだから!」
「家族か……。家族がいるなら、安心だな」
「うん! 」
ミナリエの頭に思い浮かぶのは、石像になってしまった父と母の顔。
だが、そこにはエレナやダガンの優しい笑顔もある。
ミナリエは咳払いをしてから、話題を切り換えた。
家族の話をするのはもうやめにしよう。
今は思い出して立ち止まる時ではないだろう。
それから数刻ほど歩いた後、村のような囲いが見えてきた。
石を積んで村の敷地内であることを示しているのだろうか。
「あれがカラクリュムの集落か?」
「たぶん!」
「ということは、この村にはポポルも初めて来るんだな」
「当たり前じゃん!」
何が当たり前なのかはわからないが、村の場所もわからず、よく辿り着いたものだ。
よく見たら人の足跡だったり、何かそれらしい痕跡でもあったのだろうか。
ポポルは目印になるようなものを探しながら、歩いていたのかもしれない。
囲いの前にやって来た二人の前に、村の用心棒らしき男が立ち塞がった。
「おめぇだづ、どごがら来た?」
「アグテカからだよ~。もうヘトヘトでさ~、一日だけ止めてもらえないかな~?」
アグテカの村民よりも訛りが厳しいように思ったが、ポポルには通じているらしい。
ポポルは疲れたことをアピールするように脱力してみせるが、男はそれをジッと見つめた後に、ミナリエの方に視線を移した。
「ダメだ。おめぇはよそもんだがら、長が決める。入れ」
どうやら村の中に入ること自体は許されたらしい。
そこで長に会って判断してもらえということだろう。
さすがに不審者として扱われることはないだろうが、少しだけ不安が脳裏をよぎった。
ポポルは完全に油断してだらけているため、自分だけは気を引き締めておこうと思う。
二人は男に案内してもらい、村の中へと入って行くのだった――。
高評価やいいねボタンを押していただけると、作者のモチベーション維持・向上に繋がります! 泣いて喜びます! よろしくお願いいたします!