第8話「洗礼」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
夜が明けて、清々しい朝を迎えた。
想像以上にアラクネとの戦闘でも体力を消耗していたのか、慣れない環境にも関わらず、熟睡してしまったらしい。
すでに起床していたポポルと共に朝食を済ませた後、二人はアグテカの村を出発することにした。
ポポルは普段から村の中にいること自体が少ないのか、外が危険だと引き留める者はいなかった。
昨日のようにビスティアに捕まってしまうことは珍しいことなのかもしれない。
アグテカの村を出ると、さっそくポポルが草術で伸ばしたツタを使って大木に登り始めた。
ミナリエも彼女の後に続いて登る。
そして、葉の隙間から顔を出すと、一面に見える緑よりも高く聳える塔のようなものが見えた。
「あの石の塔、ミナにも見える?」
その灰色の塔を指差しながら、ポポルが言った。
「一応見えているが、あれは何だ?」
「んっとね~、簡単に説明すると、ポポルたちがお祭りする場所だよ!」
「翠杜の民が……?」
「たとえばね~、いっぱい食べ物が採れますようにって神様にお願いしたり、今年はたくさん食べ物を恵んでくださってありがとうございますって感謝したりする感じだね!」
「なるほどな。神様と繋がれる神聖な場所ということか。遠くにも幾つか見えるのは、部族ごとに祈りの場があるということだな」
「そういうこと! ミナ、賢すぎ! あれが森の中でのいい目印になるから、迷ったら塔を探せばいいよ。必ずその近くに村があるんだよ!」
「それはいいことを聞いたな。ポポルと出会えて本当によかった」
「急に恥ずかしくなるようなこと、言わないでよ!」
ポンポンとミナリエの肩を叩かれたが、そこまで痛みは感じなかった。
ポポルも気恥ずかしさを隠したいだけなのだろう。
「はい! というわけでね、気を取り直して、ポポルたちはあの塔を目指すよー!」
ポポルの切り替えの早さにミナリエは困惑させられつつも、二人はポポルのツタを使って北西の方角に向かって出発した。
最初は歩く必要もなく、翠杜の民ならではの素晴らしい移動方法だと感心していたのだが、それではポポルだけが疲れてしまうため、しばらくして休息が必要になった。
そこでミナリエは、別の移動方法も必要なのではないかと思いつく。
「ちなみに、この近くに川はあるか?」
「川? あったような……。なかったような……?」
どっちなんだと言いたいところだったが、ミナリエはポポルの返答を待った。
すると、あたふたした様子のポポルが目をつぶって急に静かになった。
「……あっちにある!」
とポポルが突然走り出した。
ミナリエも彼女を見失うまいと追いかける。
翠杜の民ゆえの観察力によるものなのか、ポポルはあっという間に目的の川を見つけてくれた。
「これくらいの幅なら十分だろう。ちなみに上流が北であっているか?」
「南の海が下流だから、たぶんあってると思うよ!」
自信があるのかないのか、どちらなんだろうか。
「それなら一つ試したいのだが、ポポルの草術で舟を作ってくれないか?」
「ふぇ……? フネ……。ああ、舟ね……! 任せて!」
たまに言葉を理解するのに時間がかかるのはなぜだろうか。
それを知ったところで仕方ないのだが、無性に気になってしまう。
気合十分のポポルが木々の枝葉を呼び寄せて、みるみるうちに本体が組み立てられていく。
ミナリエはその光景をただ眺めているだけだったが、二人で乗るには申し分のない大きさの舟がものの数分もしない間に完成してしまった。
「じゃ~~ん! かーんせいっ!」
「おお。やはり草術は便利なものだな」
二人が小舟に乗り、ミナリエは船尾側に座った。
そして川の中に右手を入れると、水術を利用して推進力を生みだした。
二人が乗る小舟は緩やかな川の流れに逆らい、上流を目指して動き始める。
「すごいすごい! こんなに速いならヴァリアスまであっという間かも!」
「この川がヴァリアスに繋がっていればの話だがな……」
「あー、繋がってるわけないよねー」
たははーとポポルがのんきに笑っている。
正直言うと、ミナリエも期待はしていなかったため、そこまでがっかりすることはなかった。
相当な距離が徒歩になるだろうことも覚悟はしていたのだから。
そして、小舟で北上してしばらく経った時、昼食の目安となる空腹を知らせる音が二人から聞こえてきた。
「そろそろ腹を満たす必要がありそうだな」
「ポポル、何か食べられそうなもの探してくる! 勝手にその辺のものとか食べちゃダメだからね!」
ポポルが小舟を近くの木に括りつけると、森の中に駆け出した。
さすがに待っているだけというのも手持ち無沙汰なので、ミナリエも何か探してみることにした。
ポポルと違う方角に行けば、その分食べ物が見つかる可能性も高まるだろう。
元来た道を戻れるようにできるだけまっすぐ道を進み、足元に目印として木の枝を置いて歩くことにした。
そしてミナリエが見つけたのは、ポポルが朝食に食べさせてくれた白いキノコだった。
「これなら食えそうだな」
周りにも群生しているようだったので、四つほど手に取って戻ることにした。
だが、ミナリエが小舟のもとに戻っても、ポポルはまだ戻って来ていなかった。
先に火を熾して待っていれば、そのうち来るだろうと考えていたのだが、ポポルはなかなか戻って来ない。
さすがに空腹感が増してきてしまったため、ミナリエは木の枝に先のキノコを刺して、炙ることにした。
キノコの焼ける匂いがミナリエを誘惑してくる。
一つくらい食べてしまっても問題はないだろう。
ミナリエはいい感じに焼けたキノコにかぶりついた。
「はふっ、しっかり火は通っているし、このキノコはやはり美味しいな」
肉のような身の厚さと旨味は、キノコとは思えないほどだった。
すぐにそのキノコを食べ切ってしまい、もう一つのキノコに枝を刺そうとした時、ちょうどポポルが戻って来た。
「え? まさか、それ食べちゃったの?」
ミナリエとその手に持つキノコを凝視していたポポルの顔が真っ青に変わった。
ミナリエのもとに慌てて駆け寄ってきて、ポポルは尖った声を発した。
「それ! 今すぐ吐き出して! そのタマゴタケモドキ! 毒キノコ!」
「え、毒……?」
「早くぺってして!」
ポポルがミナリエの背中を叩いて吐き出させようとしてくれるが、時はすでに遅かった。
「と言われ、ても、いし、きが……」
ポポルの見幕を見て彼女もこういう顔をするのだなと思ったミナリエだったが、それ以上意識を保っていることができず、目の前が真っ暗になってしまうのだった。
* * *
ミナリエが目を開けると、そこは海の中だった。
「ここは……アクティム?」
ここは見覚えのある天井だが、もう見ることはないと思っていた場所だ。
「私はいつの間に戻って来たんだ……? それにここは……」
ミナリエがかつて幼少期を過ごした家であり、そこには懐かしい顔があった。
「おかあ、さん? なんで動いて……」
「ミナ、起きたの?」
その優しい声を聞いた途端、心がざわめくのを感じた。
だが、ミナリエは自分の体を見回した瞬間にこれが夢だということを理解した。
それはミナリエが幼い頃の容姿だったのだ。
それでも母のアンナが笑顔で目の前にいることが嬉しすぎて、いつまでもこの夢が覚めないでほしいと願っている自分がいることに気づいた。
「ただいま」
その時、もう一人の懐かしい声が聞こえてきた。
「お父さんが帰って来た!」
ミナリエが父のミリオに向かって泳いでいく。
すると、ミリオがミナリエを優しく受け止めてくれる。
「ミナは今日もいい子にしてたか~?」
「当たり前でしょ。私はお母さんの娘だからね」
その後は母が作った料理を囲み、三人でとても幸せな時間を過ごすという夢だった。
この後の展開は知っている。
二人は石化したまま一生会えなくなってしまうのだ。
もう一度二人の声を聞きたいと思っても、今はそれができないことをミナリエはわかっている。
だからこそ、今聞いている二人の言葉を忘れないように、いつでも二人の声を思い出せるように、耳を澄ます。
そして何度も何度も繰り返し呟いて、一言一句忘れないようにした。
いつか二人が石化の呪いから解放されて再会した時に、私はずっと二人を待ち続けていたんだと伝えられるように……。
* * *
覚めないでほしいと願った夢が終わってしまったことに気づいたミナリエは、自身の瞳に溜まった涙を拭った。
なんだか体が重いと感じていると、自身の体に寄りかかってポポルが寝ていることに気づいた。
「そうか、私は毒キノコを食べてしまったんだったか……。きっとポポルが看病をしてくれていたんだろうな……」
ミナリエがそっとポポルの頭をなでると、何かを思い出したかのようにポポルがバッと飛び起きた。
そして目の前のミナリエの体調が戻っていることを察したのか、強く抱き着いてきた。
「ポポル、とっても心配したんだよ! ミナのバカ! アホ! あんぽんたん!」
「すまない。ポポルがいてくれなければ、私は今頃死んでいただろうな。これからは、ポポルの言うことをちゃんと聞くようにするから、許してくれないか?」
「許すも許さないもないけど! ポポルの言うこと、間違ってないんだから、勝手なことはしないって約束して!」
「ああ、約束する」
「約束破ったら、絶交だから!」
ポポルには感謝してもしきれない。
ミナリエがポポルを助けたことが始まりとはいえ、この出会いは運命だったのだろうか。
「それにしても、どうやって解毒したんだ?」
「解熱作用のある葉と消化機能を高める木の実をすり潰して、ポポルの血と合わせて飲ませただけだよ。翠杜の血は、どんな毒でも浄化できるからね!」
「そうか、私はポポルの血を……」
ミナリエはそれ以上ポポルに聞くことをやめた。
命が助かっただけ有り難い。
それに、自分の周りをよく見れば、かなりの量の足跡があった。
ミナリエを治療するために、ポポルが奔走してくれたのだろう。
それがわかっただけで十分だ。
その後、二人は体力を取り戻すことに専念するために、その日はもう川辺で休むことにしたのだった――。
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