第6話「人助け」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
ミナリエが駆けつけた先は、木漏れ日がほとんど差さない薄暗い場所だった。
生い茂る木々の隙間に白い糸が張り巡らされており、所々に大森林に生息している生物と思われるものたちが捕らえられていた。
不気味な空間を慎重に歩み進めていくと、白糸が密集した中央部分に巨大な八本脚の生物と少女の姿があった。
エメラルドの如き髪色を持つ少女はおそらく翠杜の民だろうが、不運なことにアラネア(毒を持つ蜘蛛のこと)の巣に捕まってしまったのだろう。
糸で縛られて身動きのできない少女に迫っているのは、間違いなくビスティアだった。
ビスティアになった生物は、その体表に特徴的な模様が浮き出るようになる。
長生きするほど、最初は青だったものが緑に、緑は黄色、最後は黄色が赤へと移り変わっていくのだ。
目の前のアラネアはすでに黄色へと変化しており、それだけ長く生きている証拠でもあった。
「ビスティアの脅威度を確かめられるいい機会だが、なんとか彼女を助けなければ……」
だが、残された時間は少ないかもしれない。
アラネアの鋭利な鋏角が、今にも少女に襲いかかろうとしていたのだ。
さすがに目の前で少女に死なれてはミナリエの気分も悪いため、水術を使うことにした。
「『巻き取れ』‼」
ミナリエの手から放たれた水は、まるでセルペーン(蛇のような生物)のように細長くなり、少女に巻きついた。
「え、ナニコレェ!?」
突然自分を掴んだ何かに驚いている少女には構わず、ミナリエは自分の方に手繰り寄せた。
「えええ!? ウウエエエッッ‼ ぎゃぁぁぁアアア! ぶへぇえええ!」
しかし、急いで引いてしまったせいで制御を誤ってしまい、少女は頭から地面に突っ込んでしまった。
「あ、すまない……」
とミナリエは申し訳なさそうに手を差し伸べる。
少女がその手を取って起き上がったものの、その顔は少しも笑っていなかった。
「こらぁっ! 謝って済むわけないでしょ! 自警団が許しても、ポポルは許さないよ!」
ビシッとミナリエに向かってポーズを決めている少女だが、ポポルというのが彼女の名前だろうか。
さっきまで捕まっていたにも関わらず、怒る元気はあるようだ。
「だが、命を失うよりはマシのはずだ」
「た、確かにぃぃ!」
コロコロと調子の変わる少女だとミナリエが不思議に思っていると、食べようとしていたエサが目の前から消えて怒り狂った様子のアラネアが、こちらに視線を合わせているのに気がついた。
「何よりもまずは、アラネアだな……」
関所の兵士も言っていたが、大森林には毒を扱う生物が多いということだった。
「あのアラネアも毒を使うのか?」
ミナリエはアラネアから目をそらすことなく、ポポルに問いかけた。
「まさか、あなたアラネアと戦うつもりなの!? 危険すぎるよぉ!」
その時、アラネアの口から紫色の塊が吐き出された。
「早く逃げてっ‼」
とポポルが叫んだ。
だが、ミナリエが動じることはなかった。
「『我が眼前に、壁生ず』」
狼狽している少女とは対照的に落ち着き払っていたミナリエが水の壁を生み出し、飛来してきたそれを遮った。
地面に落ちたそれが植物を溶かしていく。
ミナリエの想定どおり、これがアラネアの毒だろう。
安易な気持ちで触れないほうがよさそうだ。
しかし、そんなことよりも、ミナリエはポポルの言ったことのほうが気になった。
「お前は今、逃げろと言ったのか? 助けろと言われたから私は来たんだぞ」
「へ……? あなたはいったい……」
「ミナr……だ」
ミナリエは慌ててポポルから視線を逸らす。
危うく本名を名乗ってしまうところだった。
翠杜の民であればアクティム帝国の戦姫であるミナリエのことを知っている可能性は低いだろうが、用心しておくに越したことはない。
緊張感を失いかけているミナリエたちのもとに、小さなアラネアの大群が襲いかかって来る。
「それ、アラネアの子どもたち! 猛毒と糸には気をつけて!」
「忠告、感謝する」
子蜘蛛たちの糸と毒がまるで吹き荒れる嵐のようにミナリエに向かってきた。
粘着力のある糸に触れれば動けなくなってしまい、猛毒はミナリエの体すらも容易に溶かしてしまうだろう。
まだ幼体とはいえ、どちらの攻撃にしても厄介でしかない。
ミナリエは前方に水の壁を生成し、後方宙返りでその場から退いた。
「親玉に集中するためにも、子どもたちは一掃しておくべきだろう……」
邪魔なアラネアの子どもたちは獲物を逃がすまいと再びミナリエに迫って来ている。
ミナリエは一段腰を深く落とし、その手に持っている槍を構えて集中力を高めた。
「『イヴレア流槍術 壱舞 貫穴穿~五月雨~』」
ミナリエの槍から放たれた連撃が散らばっている子蜘蛛たちに対して正確に繰り出された。
それはまさに豪雨の如く、アラネアの子どもたちの体を貫いていく。
すると、辺りに動かなくなった子蜘蛛たちの亡骸がボトボトと落ちた。
「あなた、ちゃんと強かったんだ……」
いつの間にか周囲の植物を器用に使って巻きつく糸から解放されていたポポルは、開いた口を塞ぐことを忘れているようだった。
その様子を遠巻きに見ていた親玉のアラネアは自身が孤独になったことを理解したのか、けたたましい咆哮をあげた。
その怒声にポポルの表情がみるみる恐怖に染まっていく。
ミナリエがいっそう緊張感を高めると、アラネアがこちらに向かって飛び上がって来た。
ミナリエは襲い来るアラネアの脚を槍を使って受け止めるが、一瞬の間に何本もの脚が踊り狂い、それらを防ぐだけで精一杯だった。
「速すぎるっ!」
強靭な力も兼ね備えた脚の前に、ミナリエはジリジリと押し込まれる。
その体の大きさに似合わずに俊敏な動きを見せるアラネアにミナリエは動揺を隠せず、その頬を汗が伝った。
「水中なら、こんなビスティアに苦戦などしないのに……」
豪脚をなんとかなぎ払ったミナリエは、一度アラネアと距離を取ってからポポルの方を見やった。
「このままでは、アラネアに勝つのは難しいか……」
守りながら戦わなければならないという制約が、ミナリエの精神力を削っていたのだ。
「ポポルのことは気にしなくていいよ! こんな毒なら全然効かないから!」
毒が効かないと言われて、ミナリエはハッとした。
「そういえば、翠杜の民に毒は効かないという話だったか」
それが真実であれば、ポポルを守る心配はしなくてもいいだろう。
とはいえ、ポポルがアラネアの一撃を受けてしまえば、それだけで致命傷になってしまうだろうが。
それでも、彼女が翠杜の民であると確定したのは幸運だった。
このアラネアさえ倒せれば、道案内を頼むこともできるだろうし、最悪でも近くの集落までの案内を頼むことはできそうだ。
わずかな希望を見出したところで、再びアラネアがミナリエに迫って来る。
「『海獣の哮り』!」
ミナリエは水術をアラネアに向けて放つが、降りかかる水を煩わしそうにしているだけで致命傷には程遠く見える。
むしろ、さらに怒りを募らせてしまったことだろう。
「水場ではないからか、威力が足りなすぎる……。やはり、槍術に頼るしか……」
ミナリエは自身の手にある槍を強く握り締めた。
そして、槍術を使う隙を探すものの、アラネアの動きに翻弄され、なかなか狙いを定めることができない。
「ほんの少しでも余裕ができれば……」
そうは思いつつも、その余裕が全くできないことにミナリエが苦悩していると、
「だったら、ポポルが時間を稼げばいいんでしょ!」
という声が背後から聞こえてきた。
時間を稼ぐとは言われたものの、どうやって彼女が成し遂げるのか疑問に思っていると、ポポルは木々を駆け上がってアラネアに近づいた。
そして、近くのツル植物に触れると、みるみるうちにツルが急成長して八本中一本の脚を取り押さえた。
だが、他の脚が暴れ出し、すぐにツル植物を踏み潰してしまうと、捕らわれた脚は解放されてしまった。
「ありゃりゃ、もう解けちった……」
とポポルはミナリエの役に立てなかったことを残念そうに項垂れている。
「いや、十分すぎる」
その一瞬できた隙だけで、ミナリエには十分だった。
ミナリエの持つ槍が荒れ狂う水を纏い始める。
「『イヴレア流槍術 肆舞 水覇龍の息吹』」
ミナリエは一気に大地を蹴り上げ、右手に持つ槍をアラネアの頭部目がけて突き出した。
その槍から解き放たれた一撃はアラネアの頭部を貫き、その先にある巨木の幹にすら大穴を穿った。
すると、ドシンと巨体が崩れ落ちる音が聞こえた。
激闘の末にその場に立っていたのは、ミナリエ一人だけ。
ビスティアの脅威度に対する考えは改めなければならないだろう。
脅威度最大の赤色になっていたとしたら、どれだけ強くなっていたのだろうか。
今はそんなこと考えたくもない。
ダガンに修行不足と言われても、言い返すことはできないだろう。
一人だけではもう少し苦戦していただろうが、ポポルが手伝ってくれたことは非常に助かった。
ミナリエはアラネアが事切れていることを確認してからポポルのもとに向かった。
「す、すごい……」
ビスティアを一撃で葬り去ってしまった槍の勇者を見て、ポポルは呆気に取られているのだった――。
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