第5話「翠杜の民の森」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
ミナリエはアクティムの帝都と大森林マティカヤを繋ぐ海中トンネルの中を進んでいた。
そこは所々に空いた隙間から地上の光が差し込んでくる幻想的な場所だった。
波の揺れに合わせて、差し込む光も揺曳している。
このトンネルを抜ければ、その先に関所が見えてくると聞いている。
関所までがアクティムの領域になっているのだが、ミナリエはここまで来るのは初めての経験だった。
ミナリエはまるで道案内をしてくれているかのように先行する小魚たちを追って、海中トンネルを抜け出した。
すると、浅瀬の珊瑚礁地帯の先に関所が見えてきた。
この関所を越えた後は地上へと出て、翠杜の民が暮らすマティカヤに足を踏み入れることになる。
関所の前には二人の兵士が待ち構えており、その一人がミナリエに対して一振りの剣を向けてきた。
今までは戦姫として、剣を向けられることはなかったので、新鮮な気持ちだった。
しかし、何かに気づいた様子のもう一人の兵士が大慌てでその兵士の剣を下げさせて姿勢を正す。
「し、失礼しました! 戦姫さまが関所に何用でしょうか!」
「何を言っている。私のどこが戦姫に見えると言うんだ」
ミナリエはあくまで戦姫と認めるつもりはない。
そうでなければ何のために長い髪を切り、変装をしたというのか。
だが、無礼を働いたと思っている兵士は俯きながら申し訳なさそうにしていた。
「どこがと言われましても……。明らかに、戦姫さま、ですよね?」
「だから戦姫じゃないと言っているだろ。……百歩譲って戦姫だったとして、何のために戦姫がマティカヤに行くと言うんだ」
何やら気まずそうな兵士はすでに確信しているように振舞っているが、ミナリエは動じなかった。
ここで動揺を見せてしまえば、それこそ自分から戦姫だと認めたも同然なのだから。
「僭越ながら申し上げますが、我々のようなアクティム軍所属の兵士ですと、その背中に装備された四叉槍を見ただけで戦姫さまだとわかってしまうかと……」
「なん、だと……」
ミナリエは衝撃の事実に驚きを隠せなかった。
必死に誤魔化そうとしていたのも、すべて意味がなかったではないか。
四叉槍をその手に持ったまま、ミナリエは思考をフル回転させると、この槍が持つ特別な機能をダガンに聞かされていたことを思い出した。
この四叉槍は分かれた穂先を内部に収納することで、形状を通常の槍のように変化させることができるのだ。
ミナリエは変形させた槍を兵士に見せつける。
「これで大丈夫だろうか?」
「でしたら、問題ないかと存じます! ですが、女性が一人旅をしているのは少々怪しく見えるかもしれませんので、その点もご注意いただけると」
「……!」
それもまたミナリエにとっては寝耳に水だった。
ゲオルキアという大陸は弱い者が一人で旅をできるような生易しい世界ではないのだ。
「確かに……。参考にはさせてもらおう」
「いえ! お役に立てて何よりです! ……それと、これは関所を通るすべての者に伺っているのですが、戦姫さまはマティカヤへ何をしに行かれるのでしょうか?」
「ああ、皇妃さま直々にご相談を受けてな」
と出国許可証を見せる。
その保証人の欄にパトラ皇妃の名が刻まれている。
「皇妃さまのご依頼でしたか! 許可証もありがとうございます」
「まあそれもあるが、一度くらいは外の世界を見てみたいと思っていたんだ。軍に所属してから働き詰めだったからな」
外の世界を見たいという気持ちに偽りはない。
「そうだったのですね。マティカヤのビスティアの多くは強力な毒を持っているそうですので、お気をつけていってらっしゃいませ!」
「なるほど。情報提供助かる」
そして、見送りのために背筋を伸ばす兵士たちに別れを告げたミナリエは、意を決して関所の門をくぐった。
そこはもうかなりの浅瀬であり、地上の光が強く差し込んでいる。
だいぶ温かくなってきたような感覚があった。
「槍の形状は変化させたが、どこかでさらに変装しなければいけない、かもな……。そもそも、化粧云々ではなく、いっそのこと男になりきったほうがよかったのでは……」
とミナリエは思い至るのだった。
とは言っても、それも今さらだ。
だが、とりあえず今はこのままマティカヤの地に足を踏み入れるしかないだろう。
広大な土地であるマティカヤを巡っている間に、何かいい策を考えるしかあるまい。
しばらくして、ミナリエは地上に顔を出した。
そこには一面の緑が広がっている。
背の高い木々、その根元に生い茂る植物の数々。
木々がまばらにしか生えていない海樹の森とは全く異なっていて、そこは鬱蒼とした森だった。
海中から飛び出したミナリエは精霊の力を借りて水気を切る。
そして、付近にある一番高い木に目星をつけて登ることにした。
「さすがに遠くまでは、見えないか……」
どれだけ周囲を見渡してみても、緑以外の色を確認することはできなかった。
あわよくば目印になるような街や集落を見つけることができればと思っていたが、そううまくはいかないようだ。
「やはり、案内役がいないと……」
諦めて木を降りたミナリエは考える。
この大森林には毒を扱うビスティアに限らず、植物に関しても毒を持っているものが多いことで知られている。
それだけここが危険な土地ということでもある。
だが、大森林に暮らす翠杜の民は、これらの毒に対する免疫を持っているため、この大森林で過ごせるのだとか。
「翠杜の民……。マティカヤ……」
マティカヤという国は、その翠杜の民が幾つかの部族に分かれて治めている民族国家だ。
どのくらいの部族が存在するのかを他の民は知り得ないが、そのどこかの部族に接触する必要があるだろう。
「彼らの集落はいったい、どこにあるんだ……」
もしかすると、関所の兵士たちなら何か知っていただろうか。
さすがに今から戻ろうとは思わないが。
大森林の案内役を見つけるためには、まずは翠杜の民が暮らす集落を見つけるべきである。
この大森林において、どの道を通るのが最も安全なのかという情報すら、ミナリエは持ち合わせていないのだから。
大森林の中は初めて見る色とりどりの植物や奇妙な鳥類の鳴き声、木々に付着した液状の何か、そのすべてが影響して不気味な空間と化していた。
それでも恐れることなく進んでいくミナリエだったが、一度立ち止まって耳を澄ますことにした。
もしも川の流れがあれば、川伝いに歩くことで集落も見つかりやすいのではないかと思い至ったのだ。
「川が……。ある……」
ミナリエは微かに感じ取った水の流れのもとに向かうと、そこにあったのは両手を広げた幅よりも狭い小川だった。
水術で浄化すれば、飲み水にすることもできそうだ。
とりあえず、小川を目印にすることができそうだと思ったミナリエは、小川とあまり距離が離れないように注意しながら、北上することにした。
いっこうに変わることがない景色に退屈しながら歩いていると、ふと金色に輝く甲虫を見つけてミナリエは立ち止まる。
「こんなに綺麗な虫もいるのだな」
と普段は興味を持つことがないだろう昆虫を眺めていると、それは迫りくる危機を感じ取ったのか、羽を広げて飛んでしまった。
「あっ……」
そのキラキラと輝いていた甲虫はあっという間に見えなくなる。
マティカヤにいれば、またどこかで出会うことがあるかもしれない。
気を取り直して再び歩き出したミナリエだが、今度は目の前の植物が自分に向かって近づいて来ているように見えた。
「ん? これは植物なのか?」
ミナリエはよくその植物を観察することにした。
ただの植物に見えたその根元の部分が地を這っているようにも見える。
「いや、生物か……」
それは植物を背負った生物のようだ。
ミナリエは足下にあった石を拾って、その生物の進む先を目掛けて投げた。
突然現れた石に驚いた様子のそれが、急に進路を変更して身をくねらせつつ逃げていく。
その後ろ姿を見る限り、植物に擬態していたのはセルペーン(蛇のような見た目の生物)だったらしい。
そのセルペーンは植物だと油断させて近づいた獲物を丸呑みにしようとしていたのだろうか。
「さすがに人を丸呑みにすることはないだろうが……。本当に興味深い場所だ」
ヴァリアスからアクティムに帰って落ち着いた時には、エレティナと一緒に大森林の入り口辺りを散策してみるというのも面白いかもしれない。
エレティナの泣き喚く姿が簡単に想像できた。
エレティナにとって、虫が天敵と言っても過言ではないからだ。
また歩き出したミナリエがそろそろ空腹を感じ始めたころ、一瞬の静寂を破って聞こえてくる何かの音があった。
「……けて!」
「ん? 何かの声か? おい! そこに誰かいるのか!?」
その声の聞こえた方角を確かめるために、ミナリエは辺りを見渡しながら返事が聞こえてくるのを待った。
「だぁぁぁぁあああすぅぅうげてーーー!!!」
ミナリエはその叫び声が助けを求めていると理解した瞬間、背中に差していた槍を左手に持ち、声が聞こえた方角へと急ぐのだった――。
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