第30話「奇跡の果てに見た世界」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
「……五公会談以外に止める方法はないんですか?」
絞り出すように、ルドラがリーザに問いかけた。
「方法がないわけじゃないが、それこそ央公を暗殺するぐらいしかないだろうねぇ。そうすれば、もう戦ってるどころじゃなくなるし、三公になるから二対一で軍を引き揚げさせることもできそうだよ」
「リーザさま、冗談はほどほどにしてください……」
困り顔のジルランが告げる。
「これが冗談なわけあるかい! アタイだってそんなことはしたくないけどね! それをしなきゃ止まらないってんなら、たとえ逆賊と言われようともアタイは遠慮しないからね!!」
リーザの真剣な眼差しを見れば、冗談で言っているわけではないことは誰にでもわかるだろう。
「そういえば、北都軍は北公がいないのに戦っているんですか?」
「北公の代わりになるヤツが指示を出せば、北都軍自体は動けるわけだ。誰も北公がいないことを疑問に思わずにね。それこそ、狂気としか思えないよ」
狂気という言葉を聞いて、ルドラは考える。
戦争状態というのは、平穏な日々からすれば異常事態ではあるのだが、そこで一つの可能性に思い至った。
「まさか、ここでも界蝕者が関わっているってことですか?」
「今、ここでもと言ったかい……?」
リーザはルドラを見つめ直して問うた。
「いや、俺が蒼の碑石にいた時も界蝕者の刺客に襲撃を受けたんです。そのせいで、死にかけたんですけど……」
「ったく、何やってんだか……。そもそも、この戦乱自体が界蝕者たちの仕業と考えたら、何もかも合点がいくじゃないか! 面倒ったらありゃしないねえ!」
つまり、北公が行方不明になったことすらも、界蝕者の仕業と考えたほうが今の状況を理解しやすかった。
とはいえ、北公が見つからない限り、五公会談を開けない状況は変わらない。
リーザが言った方法もあるとはいっても、極力血を流さずに解決できるに越したことはないだろう。
もう今さらかもしれないが……。
「って、もうルドラ来てんじゃん! 遅くなっちまったな!」
ルドラとリーザが頭を抱えていたその時、海獣を連れながら現れた男の姿があった。
それはレグニだ。
「レグニ! 良かった! 無事だったんだな!」
「お前はかなりボロボロになったのな」
「そんなこと、今は仕方ないだろ」
何があったかは後で話すとして、今レグニが来たところでこの状況が変わるわけではなかった。
心配していたレグニの無事を確認できたことは嬉しかったが、ルドラの心は沈むだけだった。
「なんであからさまにガッカリしてんだよ! ここはオレに任せとけって!」
「任せとけと胸を張って言われてもな……」
レグニが何を言おうとも、ルドラは全く期待することができなかった。
戦争を止めるために先に動いてもらうはずだったレグニが今さら何をしようというのだろうか。
「アレ、出せるか?」
レグニが連れて来た海獣に何かを促すと、海獣もその言葉を理解しているのか反応を見せる。
戦場で静かに待っている海獣は確かに違和感ではあったが、それは琥獣の民の血が混ざったレグニのおかげでもあったのだろう。
海獣の口が開くと、その中から何かが吐き出される。
クルクルと回転しながら現れたのは、リーザが探し求めていた北公イドゥリスその人だった。
口元に蓄えられた髭に見覚えがあったから、間違いない。
「ぬぁっ!?」
それを見ていたルドラたちは戸惑いを隠せなかった。
まさか海獣の口の中から、北公本人が現れるとは思ってもいなかったのだ。
そんな中で、リーザはすかさずイドゥリスに近づいた。
「急で申し訳ないが、戦争を終わらせるために協力を頼む」
リーザが北公を威圧している。
ここで問答する時間すら惜しかったのだろう。
「もちろん協力するする! するから、どうかワシを殺そうとするヤツらから守ってくれぇ!」
リーザというよりも、北公は別の何かに怯えているようだった。
そうなってしまうだけの死の恐怖を感じていたのかもしれない。
界蝕者たちがその命を狙ったということだろうか。
「な? オレがいて、良かっただろ?」
とレグニは自信満々のドヤ顔を披露してルドラを見やった。
しかし、ルドラはレグニの頭を軽くポンと叩くことにした。
「バカ。それにしては遅刻しすぎだ」
「ヒーローは遅れてやって来るもんだからな!」
だが、レグニのおかげで初めて光が見えたことで、ルドラはそれ以上言い返すことをやめた。
「今ここに、東公リーザの名の下、五公会談の開始を宣言する!」
北公の登場によって、ついにリーザが動き出した。
五公会談を開いたからと言っても、まだ戦争が終わったわけではない。
攻め手が緩んだことに違いはないものの、まだヴァリアス兵は戦い続けている。
戦争停止派の東公リーザ、西公バシム、北公イドゥリスの向かい側に戦争継続派の南公シナンと央公ファハドが対峙する。
その時点で戦争停止派が優勢になったことが明らかになった。
央公は不快感を露わにした顔つきで告げる。
「我は決して諦めぬ……。今回はあくまで、一時撤退を認めるだけ。貴様ら、公の座を維持できると思うなよ……。覚悟しておけ……!」
その怒りを隠すことなく、央公はヴァリアスに戻るために北上を開始した。
央公の付き人たちがその後を追っていく。
南公シナンに至っては、どこか興醒めした様子で央公の後を追う。
界蝕者との繋がりは不明だが、その二人を疑う必要が出てきただろう。
その一方で、北公は未だに怯えた様子でいる。
それを隣で宥めていた西公は落ち着き払ったまま、央公の後ろ姿を眺めていた。
そして、リーザは戦い続けるヴァリアス兵に向かって宣言する。
「五公会談の結果を報告する。我々ヴァリアス連合軍は一時撤退を決定した! 各自笛の音を聞き次第、即刻自領に撤退すること!」
リーザが腕を掲げると、一人の伝令兵がその笛を吹き鳴らした。
笛の音が伝令兵の耳に届くと、また次の伝令兵が笛を吹き、音が連なっていく。
ヴァリアス軍の撤退を知らせる笛の音は、戦場の南にも向かって鳴り響いていくのだった――。
* * *
あれからミナリエは、鬼姫の存在を知らしめるべく、戦場を駆け回っていた。
やや攻勢が緩くなった違和感を抱きつつも、ヴァリアス兵が次々にミナリエを目指して襲いかかってくる。
それでも、ミナリエは動き続けた。
疲労の蓄積はすでに限界突破している。
必ずやルドラたちがヴァリアス軍を止めてくれると信じる気持ちだけがミナリエの精神を支えていた。
それももう長くは持たないかもしれない。
自らの意識が薄れていく自覚があった。
戦場のド真ん中で意識を失ってしまえば、ミナリエは無防備な状態で攻撃を受けてしまうだろう。
もうそんなことすら気にすることができないと思ったその時、海中に笛の音が連鎖し始める。
「何の、音だ……?」
ミナリエが疑問に思っていると、なぜかヴァリアス兵がみるみる引いていく。
もちろんアクティム兵がその後を追おうとするが、制止する声があった。
「追う必要はない! 我々の勝利だっ!」
ダガンの声で勝利を確信したアクティム兵が歓喜の声を上げる。
エレティナもまた、ミナリエのもとに向かい、戦争が終わりを告げた喜びを分かち合う。
「ルドラが……。ルドラがやって、くれた……!」
「良かった! 信じた甲斐があったね!」
ミナリエはホッとひと安心すると、一気に疲れが押し寄せてくるのを感じた。
そして、傍にいたエレティナの身体に寄りかかることにした。
「え、ミナ!? ……寝てるの?」
疲れすぎて反応すらできないというのが正解で、つまりはその訂正もできない。
何とか意識だけは保っている状態だった。
事が落ち着いたら、ルドラとレグニに会いに行こう。
いつ会いに行けるかはわからないが、その時が楽しみで仕方がなかった。
「ニヤついちゃうほど、楽しい夢を見ているんだね」
だから、意識はあるんだって。
エレティナに事実を伝えたいものの、今のミナリエはその手段を持ち合わせていなかった。
ルドラは撤退するヴァリアス兵の最後尾に加わりながら、エレティナにもたれかかるミナリエの姿をその目に焼き付けていた。
今は海中に菫砂の民が残っているわけにはいかない。
ヴァリアスに帰って、またいつか再会すればいいだろう。
レグニはというと、東都軍にお前がヒーローだと担ぎ上げられていて、もみくちゃにされている。
東都軍の指揮官だったリーザも、生き残った兵士たちの現状確認に追われていた。
傍にジルランの姿があるから、そのうち落ち着くことだろう。
ルドラは東都軍とは少し距離を取りながら、ヴァリアスへの帰路についていた。
自分は兵士として戦ったわけでもないし、レグニのように戦争を止めるきっかけを作ったわけでもないし、そこに混ざることを心の中で避けてしまっていたのだ。
もしかすると、一人になって彼女と再会する日のことを考えたかっただけなのかもしれない。
ミナリエと二人きりになったら、もっと恋人らしいことをするのだろうか。
鬼姫と呼ばれた彼女とそういった関係値になることは、今でも不思議で仕方がないが、どんな未来が待っているのかは今後の楽しみだった。
これから経験するであろう未知への期待に胸を膨らませながら、ルドラは確かに帰り道を進んでいた。
先行している者たちが待っている地表にはもう少しで着いてしまうだろう。
そうすればきっと、レグニがルドラを見つけて、うるさく絡んでくるのかもしれない。
たまにはそういう日があってもいいだろう。
離れている間に積もり積もった話をしたら、レグニも喜ぶだろうし、なぜこんなに遅くなったのか話を聞くのもいいだろう。
「……?」
だが、ルドラがもう一歩前に進み出そうとした瞬間、自身の身体の違和感に気がついた。
何だか重く、鈍くなっているような感覚があったのだ。
今になって疲労が押し寄せてきてしまったのだろうか。
ルドラが自身の身体をよく確かめると、その足がまるで石のように変化していることに目が留まった。
「そうか……」
その瞬間、ルドラは自身の運命を悟ってしまった。
「俺は、ミナとの約束を、守れないんだな……」
希望、期待、喜びといった感情のすべてを押しのけて、後悔や諦観といった負の感情のほうが大きくなっていく。
「石像ができるなら、厄災の復活まで猶予があるということだ」
それは一つの希望でもあった。
「それなら、未来の心配は不要、かもしれないな……」
ミナリエならきっとやってくれるだろう。
レグニもミナリエには懐いていたし、喜んで協力するはずだ。
その場に自分がいれないことを寂しく思いはしたが、ルドラは最後に笑うことにした。
咄嗟に笑顔を残したいと思ったのだ。
自分が笑った姿を見せたのは少なかったかもしれないが、ミナリエが自分の石像を見つけた時に笑顔のほうが心配させないで済むと思って……。
いや、どちらかと言えば、これはただの自己満足なのかもしれない。
ミナリエはルドラのどんな顔を見たとしても、きっと怒り、悲しみ、その身体を酷使して石化を解くために全力で動き回ることだろう。
だが、どうか無理だけはしないでほしい。
決してその願いが届くことはないが、ルドラはもう願うことしかできなかった。
自身の身体だというのに、指一本すら動かすことができなくなっている。
だからルドラは、自身の意識が途切れてしまうその時まで、ミナリエの幸福を祈り続けた。
そして、完全に動かぬ石像となったルドラは、どこからともなく発生した海流によって、蒼の碑石が待つ南方へと音もなく流されていくのだった――。
* * *
海中にも関わらず、そこは陽光が差し込む神秘的な場所だった。
岩場に囲まれたその不思議な空間に一人の男が佇んでいた。
彼は百年もの間、厄災を封じるために石像を作り続けてきた張本人だった。
「また子孫の犠牲を増やして……。いっそのこと、我が死んでしまったほうが子孫は幸せになれるのでは――」
石像作りはちょうど一人の男を石化させたところだった。
心苦しく思いながらも、厄災を復活させないために男はそうするしかなかったのだ。
しかし、男の背後から胸部の辺りを目がけて一振りの剣が刺し込まれた。
「では、死んでくださいます?」
剣を持っていたのは、アクティム帝国の皇妃パトラ・オール・アクトルージュだった。
彼女は石像作りの周りを上機嫌になって高らかに笑いながら歩いている。
「ようやく、見つけましたわ。かれこれ百年も隠れていたこと、褒めて差し上げましょう」
「貴様、は……」
石像作りはその姿を確かめることもできず、前のめりに倒れることしかできない。
長きにわたる戦いに終止符を打ち、満足そうな皇妃はその様子をうっとりと見つめる。
「幾つかのイレギュラーはありましたが、蒼海の民も混沌に包まれることになるのですね。フフッ、フフフフフッ……」
石像作りの胸から剣を抜き去った皇妃は、混乱に泣き叫ぶ人々が恐怖に怯えて逃げ惑う悲劇的な未来を想像しながら、恍惚の笑みを浮かべていた――。
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