第29話「それぞれの闘い」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
ミナリエとエレティナはヴァリアス軍をうまく退けながら、戦場となっている浅海を突き進んでいた。
菫砂の民がもたらす砂によって蒼海は汚され、視界はかなり遮られている。
水の流れを生み出すことで、砂を取り除こうとはするものの、そもそもの砂の量が多すぎて、無意味とまでは言わないが、効果は薄かった。
「ミナ! 砂の山が近づいてくるよ!」
「エレティナは私の後ろに下がれ! 道を切り開く!」
エレティナの言うとおり、砂の嵐が二人に向かって襲いかかってきていた。
おそらく、ヴァリアス軍の兵士が目くらましのために作り出したものだろう。
「『イヴレア流槍術 壱舞 貫穴穿~魚群狂乱~』」
瞬時に集中力を高めたミナリエが無数の槍撃を解き放った。
その技は水術も組み合わせていることで一撃一撃がまるで生物のようにうねり、砂の壁に向かっていく。
魚の群れの如く荒れ狂う波は、徐々に砂嵐を打ち消していった。
すると、驚くべきことに砂嵐の中からヴァリアス兵の姿が明らかになった。
砂嵐の中に潜んで、奇襲を企んでいたのだろうか。
しかし、ミナリエが繰り出した技によって奇策は封じられ、前線にいた彼らも相当な痛手を負ったことだろう。
「自身を犠牲にしてでも、アクティムに攻め込みたいんだね……」
「どうした? 今さら怖気づいたか?」
「そういうことじゃないでしょ! 蒼海の民と菫砂の民が戦ってることは知ってたけど、ずっと他人事だったの……」
エレティナは苦悩の表情を浮かべて、お互いの民が憎しみをぶつけ合う戦場を見つめている。
「だから、さ……。早くあたしたちが止めなきゃいけないんだなって思っただけ!」
「この中を進んで義父さんに会うのは、至難の業かもしれないぞ?」
ミナリエは両軍が入り乱れる戦場を指差しながら告げる。
「でも、行くって決めたから絶対に行く!」
どうやらエレティナの意志は変わらないらしい。
「それなら……私からあまり離れるな」
「急にカッコいいこと言うのやめてね? 別にあたしだって、戦えるんだから!」
とエレティナは意気揚々と戦場を駆け抜ける。
ミナリエはエレティナに離されないようについて行く。
「鬼姫がいるぞ! その首を取れば、我々の士気が上がる!」
そう叫んだのは、ヴァリアス兵だろうか。
それを聞いたヴァリアス兵たちが迷わずミナリエに向かってくる。
その時、ミナリエはふと疑問を抱いた。
四叉槍を解放していないミナリエの正体に気づくことがあるのだろうかと。
たとえば、接近した兵士と斬り合っている最中に気づかれることはあるのかもしれない。
だが、ミナリエを特定した兵士との距離はかなり離れていたように思う。
それにも関わらず、一心不乱にミナリエだけを目指して突進してくることが疑問でしかなかった。
変装の技術も学び、鬼姫と呼ばれていた当時と異なる顔にも関わらず、ミナリエだと認知すること自体がそもそもあり得ないのだ。
つまり、その叫んだ男も界蝕者だったのではないだろうか。
仲間が蒼の碑石での襲撃に失敗したことに勘づいたのかもしれない。
もしかすると、彼らの狙いは最初からミナリエだったのかもしれない。
界蝕者に襲われる理由はわからないが、彼らの思う壺になるわけにはいかなかった。
いつの間にか、ミナリエとエレティナはヴァリアス兵に囲まれていた。
ミナリエに恨みを持っているであろう兵士たちが集まって来てしまったのだ。
「エレティナ、こんな所で戦っていては、いつまでも義父さんのもとに着けなくなってしまうぞ……」
「おっけ~。じゃあ、あたしたちの力を見せてあげよっか!」
頷いたミナリエとエレティナはその手を繋ぐことにした。
「海の中はあたしたちの……独擅場に決まってるじゃん!」
繋がれた手を通じて、二人の力が共鳴する。
二人の力が合わさることで、それは一気に膨れ上がり、新たな水術が紡がれていった。
たちまち極大な海流が生み出されると、二人はそれを周囲に向けて解放した。
「近づけ、ない……!」
界蝕者を含めたヴァリアス兵たちは、二人に接近することもできずに流されていってしまう。
どれだけ足掻こうと、その運命から逃れることはできなかった。
数分後くらいには、彼らはきっと海岸に打ち上げられていることだろう。
軍に所属しているような者たちがそれで怪我をすることはないはずだ。
とにかく邪魔されるわけにいかなかった。
「ミナ! 行くよ!」
「ああ!」
エレティナの手に引かれながら、ミナリエはダガンのもとを目指して戦場を駆け抜けた。
目的地に近づけば近づくほど、ヴァリアス兵の数は減ってきた。
それでも、敵兵の数がゼロにはなることはない。
アクティム側が押されているわけではないが、敵にも精鋭がいるということだろう。
「お父さん!」
エレティナが先に、ヴァリアス兵と戦っているダガンの姿を見つけて声を上げた。
ダガンはちょうどヴァリアス兵に剣を突き刺し、止めを刺したところだった。
エレティナの声でこちらに気づいたようで、ダガンが近づいてくる。
「エレティナ!? なぜ戦場に来たんだ……! ミナも一緒にいながら、どうして連れて来てしまったんだ!?」
「エレティナが来てくれてなければ、今頃私は死んでいました……」
「……!? お前は何を言っている!?」
「界蝕者の襲撃を受けたんです」
「そうか、わかったぞ。あの菫砂の男が界蝕者を呼び込んだのだな!? やはり信用ならんヤツだったか!」
「義父さん! ルドラは違います! 今はヴァリアス軍を止めるために動いてくれています!」
ミナリエは必死に訂正した。
そもそもダガンがまるで目の敵のようにルドラを捉える理由がわからなかった。
明らかに普段の冷静さを欠いているとしか思えない。
「そう言い切れる根拠はあるのか?」
「根拠はありませんが……、そこまで菫砂の民を疑うのはなぜなんですか!?」
「あたしもルドラなら、信じてあげてもいいと思うよ」
エレティナの物言いにダガンは唖然としていた。
「まさかエレティナも毒されたのか!? なおさら、放っておくわけにはいかな――」
とその時、ダガンの口に一匹の魚が突っ込まれた。
慌ててゴクンと飲み込んだダガンは、魚を突っ込んだ張本人のエレティナに迫る。
「なっ、何をするっ!」
「お父さん、うるさい! 黙れ! そこに直りなさい! 冷静になんなきゃ、何も話せないでしょうが!」
エレティナの見幕を見て、瞬きを繰り返していたダガンは落ち着きを取り戻したのか、意気消沈してしまった。
しばらくして、ダガンが徐に口を開いた。
「……お前たちに話したことはなかったが、俺の両親は菫砂の民に殺されたんだ……」
「「えっ!?」」
「いや、だからと言って、復讐したいと考えているわけではない。だが、なぜか急に沸々と怒りが込み上げてきたんだ」
「急に、怒りが……?」
ミナリエはその怒りという点を疑問に思ったが、誰かの影響を受けていたと考えれば、先ほどのようにダガンが取り乱していた理由も納得できる。
考えられるとすれば、界蝕者の仕業とするのが自然だろう。
「お前たちが戦争を止めたいという気持ちがわからないわけではない。とはいえ……今回は向こうが止まらない以上、こちらも引くわけにいかないことは理解してほしい。攻めてきたのは向こうが先なのだから、アクティムの民を守るためにも我々は戦い続けなければいけないんだ……」
ダガンは断固として、戦う姿勢を貫くらしい。
「なんでまだ頑固なのよ!」
とエレティナは憤慨している。
その怒りをぶつけるように、エレティナはダガンの背中を何度も叩きつけたが、その巨体はびくともしなかった。
「ヴァリアス軍が止まらない限り、こちらも止まらないか……」
ミナリエはどうするべきなのか、思い悩む。
レグニやルドラが動いてくれているはずなのに、ヴァリアス軍が止まらないのはなぜか。
今まさに説得している最中なのか、それとも何か不測の事態が起こっているのだろうか。
ミナリエにできることと言えば、彼らが止めてくれることを信じて待つことだけだろう。
それでは結局、何もしていないのと同じにしか思えなかった。
「こんな時、私にできることと言えば……」
ミナリエは深呼吸をしてから、決意を固めた。
四叉槍を解放し、鬼姫としての姿を隠すこともやめた。
鬼姫として、ヴァリアス軍に恐怖を示すことで、この戦局を乱すことができないかと思ったのだ。
それが本当に正しいことなのか、ミナリエは迷いながらも、後はルドラたちを信じることにした。
「頼むぞ、ルドラっ!」
* * *
その頃、ミナリエと別れた後のルドラは、アクティム軍が襲いかかってくる中、一人で戦場を進み続けていた。
「リーザさんのところまで行けば、きっと何とかなるはず、なんだ……!」
今はなんとかエレティナが回復力を高めてくれたおかげで動けている。
とはいえ、体力の限界が近いことには変わりなかった。
何度か襲いかかってきたアクティム兵に対しては、砂術で目くらましをすることで、逃げ延びてきた。
アクティム兵への恨みはないのだから、剣を振る理由はない。
次第にすれ違うヴァリアス兵の数が増えてきたとルドラが思った時、ついにリーザの姿を発見した。
「リーザさんっ!!」
「ルドラ!? アンタは西都に向かったんじゃなかったのかい! ここで何をしてんだい!?」
リーザの驚き様を見るに、ルドラがアクティムにいることがかなり想定外だったのだろう。
「そんなことより、レグニは来てないんですか!?」
ルドラは周りに友がいないかを探すが、気配すら感じられない。
「レグニだって? あんなひよっこが来てるわけないじゃないか」
つまり、レグニはビスティアに阻まれてしまって、リーザのもとに辿り着けなかったということだろう。
戦争に巻き込まれてしまう可能性もあっただろうし、来ていないならそれでも良かった。
「リーザさん、この戦争を止めることはできないんですか?」
ルドラは気を取り直して、リーザに問いかける。
「アタイも早々に止めるつもりだったんだけどねぇ、肝心の北公の姿がないんだよ」
「北公が? 要するに、今は四公しかいないってことですか?」
「そういうことさね」
公の姿が一人見えないというのは、相当な大事なのではないだろうか。
そのイレギュラーが起こっている中でも、ヴァリアス軍が戦い続けているというのは狂気としか思えなかった。
「北公が現れて五公会談を始められなければ、この戦争が終わることはないよ……」
それを聞いたルドラは絶句した。
リーザのもとに向かえば、必ず突破口が開けると思っていたのに。
彼女もそれを諦めているということは、他に打つ手がないということだ。
ルドラは必死に思考を巡らせるが、そう簡単に策が思いつくはずもなかった――。
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