第3話「家族」
ファンタジー作品のため、オリジナル用語も多めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
第9地区というのは帝都でもかなり閑静な住宅街となっており、そこにエレティナとミナリエの住む家がある。
正確にはダガン将軍とその娘であるエレティナの家だが、幼くして両親と離れ離れになってしまったミナリエにとっては、そこが帰るべき場所となっている。
二人を乗せた鯆タクシーが、街路脇に珊瑚礁が群生する華やかな道を抜けると、ようやく三人が暮らす家が見えてきた。
その家は決して見栄を張ることもなく、周りの住宅に溶け込むように建てられており、それはダガンの控えめな性格ゆえだろう。
養父がアクティム軍を統べる将軍だったことは、環境的にかなり恵まれていたと言える。
家の前まで送り届けてくれた鯆に手を振りながら、エレティナが口を開いた。
「それで、ミナは皇宮で何してたの?」
「まあ、あれだ。ちょっと皇妃さまに呼ばれてな」
「皇妃さまに!? 何やらかしたの!? お母さん、そんな娘に育てた覚えないんだけどっ‼」
いきなり疑ってくるのもどうかと思うし、どんな思考をしたら自分が母だと思うのか、エレティナの思考が全く理解できない。
はあと一息ついてから、ミナリエは口を開いた。
「いや、私は何もしていないし、お前は私の母でもないことは訂正しておく。ただ、相談があると言われたんだ」
「え、何それ! ミナばっかりずるいっ‼」
「ずるいも何もないだろ。ほら、さっさとご飯の準備をしないと、義父さんが帰って来てしまうぞ」
一度ミナリエから視線を外したエレティナだったが、ムスッとした表情でもう一度ミナリエの方を見やる。
「お父さんが帰って来たら、ちゃんと聞かせてもらうんだからね!」
エレティナは買ってきた貝類を開き、食べやすいように慣れた手つきで下処理を進めていく。
最初は不満そうではあったが、食材と向き合ううちに楽しくなってきたのか、いつの間にか笑顔に変わっていた。
さらにエレティナは、水の精霊の力を借りて手の周りの海水の温度を上昇させ、貝柱だけを茹で上げていく。
一方のミナリエは切り分けて保存していた海獣の肉を保管庫から持って来て、それを薄く切り分ける。
その身を大皿に並べるまでが、ミナリエの作業だった。
仕上げにエレティナが海藻の彩りを加えて、本日の晩御飯が完成した。
ちょうどそのとき、この家の主人が帰ってきた。
「おかえりなさい! お父さん!」
と気づいたエレティナが声をかけてダガンの上着を預かる。
「もうご飯できてるんだから、ぼさっとしてないで早く着替えてきて!」
ダガンがミナリエに何か伝えようとその場で立ち尽くしていると、エレティナがその背中を押す。
「わかったわかった。な、エレティナ。俺は一人で着替えられるんだから、ついて来なくていいんだ」
「だったら、早くして! あたしたちはお腹ペコペコなんだから!」
帝国の将軍を務めるダガンと言えど、怒る娘には頭が上がらなかった。
* * *
着替え終えたダガンも揃い、三人で食事の並んだ卓を囲む。
「それでは、我ら蒼海の恵みに感謝して……」
「「「いただきます」」」
ダガンの掛け声に続いて、三人の声が合わさる。
蒼海の民なら、食事前に必ずおこなう祈りの仕草だった。
ミナリエはエレティナが茹でた貝柱を手に取り、口に含む。
「うまいな。塩味の効いた海藻ともよく調和している」
「でしょでしょ! あたしの買い物センスも最近磨きがかかってきてるんだよね~」
「今まで料理なんて、全く興味がなかったというのにな」
と言ったダガンに視線が集まった。
それは言っていけないことではないだろうか……。
「お父さん! デリカシーって言葉知ってる!? あ、知ってるわけないかあ! そんなんだから、お母さんにも逃げられちゃうんだもんね!」
「面目ない……」
ダガンはエレティナが突きつけた事実にひどく落胆していた。
「本当に反省してるの?! 反省してるなら、早く奥さんの一人や二人見つけて連れて来てよっ! ったくもう!」
それはここ数年で幾度と繰り広げられたやり取りであり、ミナリエは笑みをこぼした。
「そういえば、義父さんにもお伝えしようと思っていたのですが、私は近日中にアクティムを出ようと思います」
唐突なミナリエの進言によって、エレティナの口が開いたまま塞がらなくなった。
「な……。な……。なんで急に!? アクティム軍は!? 辞めてきたの!?」
「確かに、今日ミナリエが辞職したと報告を聞いている」
「大事なことをサラっと言うな!」
そんなに怒っていたら疲れないだろうかという心配は無用だろう。
エレティナとダガンが顔を合わせると、いつもこの調子である。
「すまないエレティナ。これは義父さんと以前から約束していたことなんだ。五年間アクティム軍で力をつけた後は私の自由にしていいと……」
「ああ、もう! こんなときって、何から言えばいいんだろう……。ええと……」
そう言って、必死に思考を巡らせるエレティナ。
「……とりあえず、お疲れさま。アクティム軍なんて、お父さんが無茶ばっか言ってくるわけだし、大変だったでしょ」
「まあな……」
と言ってから、ミナリエはダガンと顔を見合わせた。
「そこはそうでもないと言ってくれ……」
エレティナの猛攻によって体力が削られてしまったのか、ダガンの元気がなかった。
「んんっ! そのおかげで私は強くなることができたと言うこともできるな」
ミナリエの言葉を聞いて、ダガンの心がギリギリで持ちこたえたように見える。
「ってそんな些細なことはどうでもいいんだけど、ミナはアクティムを出て、どこに行くつもりなの?」
しかし、ダガンはさらにショックを受けてしまい、その分ご飯を食べることで誤魔化そうとしていた。
「あ、でもあんまり聞かないほうがよかった?」
「家族に嘘をつく理由はない。ただし、他言無用でお願いするが、私はヴァリアスに行く予定なんだ」
「ヴァリアス……」
「そうか、やはりお前はミリオとアンナのことを……」
ダガンがどこか昔を懐かしむような顔でミナリエのことを見つめてくる。
ダガンはミナリエの父母と旧知の仲だった。
その関係性があったからこそ、突然独り身になってしまったミナリエのことを引き取ってくれたのだ。
「先日、ようやく蒼の碑石の古代文字の解読が終わったんです。そこには砂国にも碑石があると書かれていました。おそらく、その砂国にある碑石には真実が書かれているのではないかと踏んでいます」
エレティナがダガンの方をそっと見上げる。
「お父さんは、いいの?」
「俺が反対することはない。そのためにアクティム軍に入って力をつけさせたんだからな」
「あたしは……。あたしは嫌だよ! ミナと離れたくないーーー‼」
とエレティナが抱き着いてきて離れない。
絶対に離さないという強固な意志を感じる。
「別に私は死ぬわけじゃないからな……。それに、ちゃんと帰って来るから。この家に」
エレティナが目を見開く。
それでも、抱き締める力が緩むことはない。
「……絶対、だよ? 約束破ったら、許さないからね?」
「わかっている。絶対に戻って来ると誓おう」
「お前が信用してあげないで、誰がミナを信じてあげられるんだ?」
ダガンからは珍しく大人の余裕を感じる。
家の中ではいつもエレティナのほうが立場が上だというのに……。
「だって、ビスティアがいるんだよ!? そんな危険な土地にミナが行くなんて! ううん、それだけじゃない! ミナに惚れた有象無象が集まって来ちゃうかもしれないじゃん!」
「そんなヤツらがいれば、すべて叩き潰す」
ミナリエは自信満々に言ってのける。
たとえ蒼海の民でなくても、自分が誰かに負けることを想像することができなかった。
それだけ、アクティム軍に所属したこの五年で鍛えられたのだ。
「むぅう。ミナがそこまで言うなら、認めるしかないかぁ」
「そうしてくれると助かる。それに皇妃さまから届け物の依頼を承ったんだ」
「それが皇妃さまに呼ばれた理由ってこと!? やっぱり、ずーるーいー!!」
ダガンは一瞬怪訝そうな顔を見せたが、すぐにいつもの調子に戻っていた。
その後、エレティナが解放してくれるまでかなりの時間を費やしてしまったことは言うまでもないだろう。
話がひと段落したところで、食事を終えたダガンは自室に戻り、エレティナとミナリエは二人で後片付けをしていた。
「でも、よくよく考えたらさ、ミナは有名人で顔が知られてるわけだし、変装しないとまずくない?」
「それなら、エレティナに頼もうと思っていたところだ。私は自分で化粧などしたことないし、戦姫だとバレないようにうまく化粧してくれないか?」
「そういうことならわかった! あたしがミナのこと、とびっきり綺麗にしてあげるね!」
先ほどミナリエが言ったことと矛盾しているような気もするが、あえてそのことに触れるのはやめた。
これ以上、エレティナの機嫌を損ねるのは得策ではない。
ミナリエは自室に戻ると、旅立つための準備を始めた。
「どうせたいした持ち物を持つことはできないだろうな。皇妃さまから預かったこれもあるわけだし……」
ミナリエは皇妃に渡された手の平サイズの小包を見つめた。
軽いものであるのは確かだが、中に何が入っているのか、全く想像できない。
大切なものであることに変わりはなく、それを傷つけることがあってはならないだろう。
ミナリエはその小包に加えて、最低限の金銭と愛用の槍だけを持参することにした。
荷物は最小限に抑えたことになる。
あまり重い荷物を背負って、いたずらに体力を消費するわけにもいくまい。
そもそも目的地であるヴァリアスに行くためには、大森林を案内してくれる翠杜の民を見つける必要もある。
そのような親切な者が都合よく見つかるのかはわからないが、森の中を案内して日銭を稼いでいる民の一人や二人はいるのではないだろうか。
もしくは村や集落が見つかれば、協力を請うこともできるかもしれない。
そんな妄想を膨らませながら、ミナリエは眠りにつくことにした――。
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